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SARNews No.21

SARNews_21

構造活性相関部会・ニュースレター<1October,2011>SARNewsNo.21「目次」/////Perspective/Retrospective/////医薬品の安全性評価・毒作用回避と構造毒性相関:現状と将来展望堀井郁夫・・・2/////CuttingEdge/////SBDDに基づく毒性回避-パラレルSBDD-木下誉富・・・7反復投与毒性の評価を目指して岡田孝、大森紀人・・・13/////ObituaryTribute/////CorwinHansch先生を偲ぶ—QSARの誕生まで—藤田稔夫・・・20/////Activities/////<報告>構造活性フォーラム2011開催報告「ADME/Toxに基づく創薬:安全な医薬品の創製に向けて」山下富義・・・28<会告>第39回構造活性相関シンポジウム・・・29SARNewsNo.21(Oct.2011)/////Perspective/Retrospective/////医薬品の安全性評価・毒作用回避と構造毒性相関:現状と将来展望昭和大学・薬学部、ファイザー堀井郁夫1.はじめに創薬初期から毒作用回避を目指した構造毒性相関(STR)を検討することの重要性は、創薬プロジェクトの方向性がほぼ決定した臨床試験候補医薬品の選択時には、その化学構造骨格の基本線が決定していることにある。すなわち、構造活性相関(SAR)に続くSTRアプローチは、殆どの場合リード化合物設定時の前後に検討されることにその意義があり、開発候補化合物の選択時には化学構造に関しては既にその方向性は決まっていることを意味する。医薬品の研究開発において、創薬そのものがpharmacogenomicsの観点からmoleculartargetingされることに始まり、high-throughputchemistry、combinatorialchemistry/biologics等の新技術の導入に並行して、薬効のスクリーニングのみでなく毒性についても創薬の早期でのhight-throughputtoxicology(HTP-Tox)の導入を余儀なくされるようになってきている1)。これらの展開に連動して、創薬の初期に開発すべきリード化合物の毒作用の特定化とその知見を踏まえつつ、目的とする薬理活性の向上、薬物動態改善、物性改善、criticalな毒作用の回避を目指して多面的に化学修飾しながら開発候補化合物の選択をする方向に展開される2)。2.創薬初期における多面的な薬効・毒作用の解析:多様性科学をベースとした安全性評価とSTRの関わり創薬早期から創薬チームが多様性科学領域(薬効薬理学、分子生物学、毒性学、病理学、薬物動態学、構造生物有機化学、医薬品合成化学など)の関係者で構成され、その多様性科学の観点をもってリード化合物探索に取り組むことが一般的になりつつある。このことは、創薬早期でのリード化合物探索とそれに続く医薬品開発候補化合物の評価においても、多面的にかつ多様性科学領域からのアプローチが求められていることに帰する。すなわち、当該化合物に対して薬理学的・生化学的・生理学的性状、毒性学的・病理学的性状、薬物動態学的性状、物理化学的性状などを考慮しながら総合的に評価していく必要性が生じ、その実践的挑戦がなされてきている。また、その評価指標、実験方法、評価方法も一定ではなく、加えてその評価は、到達点としてヒトへの最初の臨床投薬時、臨床試験での段階、市販後の安全性を常に考慮しつつ総括的に捉えておく必要がある。創薬デザイン・化合物(合成品、天然物)スクリーニングからリード化合物設定・開発にかけて薬効薬理・安全性・薬物動態・物性の研究において各試験の導入をいかに挑戦的に行うかによって、それらの開発候補化合物の選択に対する貢献度が変わってくる。多様性科学領域からの総合的評価により、(1)種差の問題を考慮した薬理作用と毒作用のバランス(薬物動態-2-SARNewsNo.21(Oct.2011)評価を含めて)からの薬効・安全性評価、(2)物性評価からの開発性の評価(製剤的に臨床の場での適応性)、(3)構造活性/毒性相関評価(薬理・毒性・薬物動態データ)、(4)開発候補化合物の選択のためのランキング設定、(5)当該化合物に潜在しているリスクの明確化とその対応策などが的確にできるようになることが期待される。医薬品開発において、創薬早期に毒作用(副作用)を特定し、発現機序を明確にし、それらの情報をもとに毒性発現回避に挑戦して行く思考は必然的である。3.STR思考のタイミングと毒性回避STRの検討で提示された毒性回避については、薬効は維持されるということが前提になることが多く、そのため問題点が構造変換の大きさと創薬の進行段階により以下のように変わってくる。(1)側鎖の小さな構造変換で改善できる:創薬プロセス後半でも、ある程度の回避・解決の可能性はある。(2)母核(中心となる部分)の変換が必要:創薬プロセスがある程度進展してしまうと回避・解決は難しい。(3)全く別のファーマコフォアへ変換が必要:創薬プロセスはやり直し、振りだしに戻る。このことは、どのタイミングで毒性を評価するのかで回避の方向性が変わってくることを示している3)。このような観点から考えるとできるだけ早いうちからHTP-Toxによる当該関連化合物の毒性データの提供およびその他薬物動態などの関連データの提示が望まれるのは言うまでもない。4.毒性発現要因と毒作用回避提示された毒性作用回避の例のいくつかを以下に示す。①作用メカニズムに由来する毒性:生体内では、1つの分子が複雑に複数の生理作用にかかわっており、一般的に化学構造変換による副作用回避は困難であるが、求める薬効と毒性の発現する微妙な血中濃度の調整やターゲット分子の生体内分布を利用して回避可能な場合もある。この場合、薬物動態パラメータの調整が化学構造変換の中心となる。②選択性の不十分さから発現する毒性:ここでは、QT延長副作用という観点からhERGチャネル阻害について言及する。最近では、コンピュータモデリングによる、より合理的な回避研究も行われているが、これまで精力的に行われてきた研究成果を化学の視点から分類すると(a)分子量の低減、(b)脂溶性の調整、(c)立体構造の変換、(d)塩基性部位のpKa値の調整、(e)Zwitterionの形成、に分類できる。これら全ての方法論はhERGチャネル阻害の低減には有効であり、中でもZwitterionの形成は極めて有効である。薬効、薬物動態などの方向性と矛盾しないように、注意深く化合物シリーズに適切な方法論を選択すれば、阻害回避は可能になってきている4,5)。③物理化学的性質による毒性:化合物はある物理化学的性質を持つが、その性質が毒性発現に繋がる場合がある。例えば、(i)脂溶性が高い部位を持ち、かつ塩基性(例えばアミン)部位も併せ持つような化合物の場合、高頻度でリン脂質症を引き起こす。(ii)化合物のUV吸収が、ある特定の領域(290nm)を超えると光毒性を発現する確率が高くなる。この2つの例について以下に言及する。-3-SARNewsNo.21(Oct.2011)(i)ホスホリピドーシス:化学構造中にカチオンを生じる部位を有し、脂溶性の高い部分構造を併せ持つ薬物(cationicamphiphilicdrugs;CADs)は、古くからホスホリピドーシスのリスクが高いと考えられている。ホスホリピドーシスの回避を目的として、化合物の持つ物理化学的性質とホスホリピドーシス発現の相関関係が検討され、脂溶性と塩基性が重要な要素であることが実験的にも示唆されている。脂溶性と塩基性との相関関係から化合物の有するリスクをgrade分類でき、これを利用することで化合物シリーズがどの程度のリスクを有しているのか推定することが可能である6)。回避に向けては、薬効維持にダイバーシティに富んだ構造が許容される場合には、pKaを下げることは最も有効な方法であるし、高い塩基性が必須とされる場合には、脂溶性を下げることでリスクを減弱することができる。溶解性の改善などを指向して塩基性官能基の導入もしばしば行われるが、本リスクとは相反する方向性となるので注意が必要である。(ii)光毒性:化合物の持つUV吸収特性は、その化学構造中の芳香族母核に大きく依存しているため、光毒性が問題となった場合、その芳香族母核を変換するという創薬プロセス上、大きな戦略変更を余儀なくされることもある。光毒性発現には光による励起が必須であることから、化合物が光によって励起された後に放出するエネルギーを減弱することで光毒性が回避できるのではないかという方法論が検討され、エネルギーを示す指標として、HOMO(highestoccupiedmolecularorbital)–LUMO(lowestunoccupiedmolecularorbital)ギャップに注目し、3T3NRU試験結果との相関関係を分析することで創薬早期での光毒性リスク回避を検討している7,8)。④化学構造(特に反応性代謝物)に由来する毒性:薬物そのもの(親化合物)に由来する毒性と親化合物の代謝物に由来する毒性があるが、両者は動物実験では直接区別できない。反応性代謝物による毒性発現の回避策としては、(a)既知のtoxicophoreを避けて化合物をデザインする、(b)代謝経路を検討・推定して反応性代謝物の生成を回避する、(c)より代謝され易い部分構造を導入して代謝経路を変換する、(d)主活性を増強して投与量の低減を図るなどが考えられている9)。5.おわりに:将来展望医薬品の安全性評価におけるSTRについては、創薬初期(リード化合物探索~開発候補化合物の選択)に並行して実施された当該関連化合物の探索毒性試験結果データからの毒作用提示、推測される毒作用発現機序、その他関連データ(薬効薬理・薬物動態・物性)をみて医薬品合成化学者が先ず毒作用回避検討に入ることになる。この段階では、殆どの場合は当該医薬品合成化学者の技量に託すことになる。その思考の中には、当然のことながら構造毒性相関データ・ベース(外部提供および自社蓄積データ・ベース)を駆使することも包括される。STRの貢献は単に目前にある毒作用の回避にあることは言うまでもないが、薬効との微妙なバランスを保つような思考展開が望まれる。今後、視野の中に入れておくべき事項は、新規バイオマーカー設定にSTRからの貢献を望みたい。また、毒作用(薬効も含めて)のヒトへの外挿性に関して示唆できるようなSTRからの挑戦に期待している。-4-SARNewsNo.21(Oct.2011)昨今、biologics関連の新しい動向(combinatorialbiologics、核酸医薬など)に対してのSTR視点への方向性も考えていかねばならなくなることが予想される。その他、新しい科学的発見・進展(non-codingRNA、epigeneticsなど)により、毒作用発現機序の考え方に大きく影響する事項が提示されてきている。それらに対応するSTRアプローチも今後の課題であると考える。医薬品の安全性評価と構造毒性相関•創薬早期段階での薬効・毒作用のバランスからSTRを展開•毒性学的に意義のある新規バイオマーカーの探索思考との関連•Humanrelevance思考非臨床試験から臨床試験移行時のリスク評価・管理思考および臨床試験中に見られた副作用のリスク評価・管理思考LeadScreeningCandidateSelectionEntry-intoHumanINDPhaseI-IIINDAToxicologyforScreeningToxicologyforCandidateselectionToxicologyforEIM/INDToxicologyforNDA構造毒性相関データ・ベース•外部提供データ・ベース•自社蓄積データ・ベース探索毒性試験結果データ推定毒作用発現機序薬効薬理・薬物動態・物性データSTRの貢献と将来展望参考文献1)堀井郁夫、山田弘:ハイスループット・トキシコロジー(第Ⅱ章第1節)非臨床試験―ガイドラインへの対応と新しい試み―野村護、堀井郁夫、吉田武美編集,419-440,エルアイシー,2008.2)堀井郁夫:新薬の創出に重要な創薬初期段階での安全性、薬物動態および物性試験(Safety,pharmacokineticandphysicochemicalstudiesintheearlystageofdrugdiscovery):日薬理誌(FoliaPharmacol.Jpn.),127(3):217-221,2006.3)内田力:創薬における化学構造と毒性予測―毒性回避に向けて―(第Ⅲ章第2節)非臨床試験―ガイドラインへの対応と新しい試み―野村護、堀井郁夫、吉田武美編集,535-560,エルアイシー,2008.4)ThaiK.-M.andEckerG.F.:PredictivemodelsforhERGchannelblockers:Ligand-basedandstructure-basedapproaches:Curr.Med.Chem.,14(28):3003-3026,2007.-5-SARNewsNo.21(Oct.2011)5)AronovA.M.:TuningoutofhERG:Curr.Opin.DrugDiscov.Devel.,11(1):128-140,2008.6)TomizawaK.,SuganoK.,YamadaH.andHoriiI.:Physicochemicalandcell-basedapproachforearlyscreeningofphospholipidosis-inducingpotential:J.Toxicol.Sci.,31(4):315-324,2006.7)堀井郁夫、内田力:光毒性(特集3)1.医薬品開発における光毒性―創薬早期・開発研究における評価とその実際―谷本学校毒性質問箱第11号安全性評価研究会編集委員会編集,137-151,サイエンティスト社,2008.8)堀井郁夫、内田力:医薬品開発における光毒性(第Ⅰ章第13節)非臨床試験―ガイドラインへの対応と新しい試み―野村護、堀井郁夫、吉田武美編集,271-288,エルアイシー,2008.9)KalgutkarA.S.,GardnerI.,ObachR.S.,ShafferC.L.,CallegariE.,HenneK.R.,MutlibA.E.,DalvieD.K.,LeeJ.S.,NakaiY.,O’DonnellJ.P.,BoerJ.andHarrimanS.P.:Acomprehensivelistingofbioactivationpathwaysoforganicfunctionalgroups:Curr.DrugMetab.,6(3):161-225,2005.-6-SARNewsNo.21(Oct.2011)/////CuttingEdge/////SBDDに基づく毒性回避-パラレルSBDD-大阪府立大学大学院理学系研究科・木下誉富1.はじめにStructure-BasedDrugDesign(SBDD)とは,薬理活性化合物と医薬品標的蛋白質の立体構造情報に立脚して,薬理作用の発現機構を分子レベルで明らかにし,その知見に基づいて新規な医薬品候補化合物を創製する方法である.1990年代以降,遺伝子組み換え技術やコンピュータ技術などのX線結晶構造解析を取り巻く技術の進展により,SBDDは急速に定着していった.医薬品標的を分子レベルで特定したうえで進める,現在の創薬研究には,いまや欠かせない方法のひとつとなっている.分子標的医薬品として知られる,抗HIV薬リトナビル(プロテアーゼ阻害剤),慢性骨髄性白血病治療薬イマチニブ(Bcr-Ablキナーゼ阻害剤),抗悪性腫瘍薬ゲフィチニブ(EGFRチロシンキナーゼ阻害剤),抗インフルエンザ薬オセルタミビル(ノイラミダーゼ阻害剤等)といった薬剤の開発にSBDDは大きく寄与している.これらの薬剤は,従来の絨毯爆撃的な開発手法だけでは短期間には見出せなかったと思われる.このようにSBDDは,こうした薬理活性物質の阻害活性を論理的かつ迅速に向上させることができる有用なツールである.しかし,これら分子標的医薬品といえども,ヒトにとっては異物に変わりはなく完全に無毒であることはありえない.薬物動態(ADME)関連蛋白質,毒性関連蛋白質,あるいは標的類縁蛋白質などのoff-targetに作用することで,十分な薬理作用を示さない,あるいは重篤な副作用を示すことをしばしば経験する.SBDDはADMEにおける問題点あるいは毒性を回避し,医薬品として良好なプロファイルを持たせるには無力なのだろうか?否.標的蛋白質と基質(あるいは基質類縁体)との複合体の構造があれば,ある程度回避することができる.さらにADME関連蛋白質,毒性関連蛋白質,標的類縁蛋白質などoff-target蛋白質が同定され,それらの立体構造解析がなされていれば,我々が提案するパラレルSBDDが利用できる.ヒトゲノムが解読され,多くの医薬品の開発研究において共通課題となっているADME,毒性に関連する蛋白質が次々に同定され,ここ数年の間にそれらの構造解析も進んでいる.2011年9月現在,シトクロムP450(1A2:1構造,2A6:10構造,2B6:1構造,2C9:3構造,2D6:1構造,2E1:5構造,3A4:7構造),血清アルブミン(66構造),α1酸性糖蛋白質(1構造),hERGカリウムチャンネル(部分3構造)などの構造がProteinDataBank(PDB)に登録されており,これら蛋白質が関連するADME・毒性問題を改善する構造基盤ができあがりつつある.さらにパラレルSBDDは類縁蛋白質に作用しない高選択性阻害剤の開発に有用である.生体内では構造,機能が類似しているが役割の異なる蛋白質群が存在しており,多くの場合,副作用は標的以外の類縁蛋白質に作用することに起因する.キナーゼはヒトゲノムに518種類あり,特に選択性確保に注力しなければならない.キナーゼはガンや免疫疾患などの標的分子すなわち創薬ターゲットとして注目を集めている.一方でキナーゼは細胞増殖や免疫系などのそれぞれ固有のシグナル伝達に深く関与しているため,そのバランスがくずれると重篤な副作用を起こす.我々はキナーゼファミリーについてパラレルSBDDを整備し,最終的には518種の選択的キナーゼ阻害剤の創出を目指す.これにより,生体内での各キナーゼの役割が明確になり,副作用のない医薬品開発が可能になると考えている.本稿では,通常のSBDDを利用した毒性回避の事例,ADME関連蛋白質のパラレルSBDDの現状,キナーゼのパラレルSBDDについての取組みを紹介する.-7-SARNewsNo.21(Oct.2011)2.標的蛋白質の構造に基づく医薬品設計(SBDD)蛋白質の一つである酵素は,複雑な形状や性質を有する表面にうまく合致する基質に対してのみ,その酵素特有の反応を触媒する.この特異的な関係は,カギ(基質)とカギ穴(酵素)の関係にたとえられる.酵素のカギ穴には結合するが酵素による反応を受けない化合物(ニセ鍵)を阻害剤と呼び,医薬品の候補物質となる.阻害剤の作用は,基質の代わりに酵素に結合し,基質が酵素に結合できないことにより発現されるので,酵素に結合する力が強いほど効果的となる.ここでは,カギ穴の形を元にニセ鍵を作る方法,つまり,タンパク質の立体構造に基づいた阻害剤デザインStructure-BasedDrugDesign(SBDD)について解説する.SBDDの手順としては,まず,標的蛋白質の立体構造を決定することからはじめる.蛋白質のみの構造でもよいが,できればその時点で見つかっているシード化合物あるいはリード化合物との複合体の構造であることが理想的である.なぜなら,蛋白質は基質や阻害剤が結合するとその形状を微妙に変化させることがある上,薬物分子の配置などの新規化合物をデザインする際の不確定要素を少なくすることができるからである.複合体の構造が解析できると,あとは構造をコンピュータ画面上に表示し,より蛋白質との親和性が強くなるように設計する.例えば,蛋白質との接触面積を増やすために,薬物結合部位の中で化合物がまだ結合に使っていない空間に置換基を延ばすとか,静電的な相補性(電気的に正の部分と負の部分を合わせる)を改善するといったことを考える.すなわち,分子レベルでカギとカギ穴の形と性質がぴったり合うように設計する.標的蛋白質と阻害剤の相互作用エネルギーを正確に見積もることができないために,設計した分子の阻害活性を正確に予測できないという課題はあるが,数化合物の合成で1000倍以上の活性向上も可能である.3.アデノシンデアミナーゼにおけるSBDD研究アデノシンデアミナーゼ(ADA)は免疫や炎症の調節に深くかかわっている.例えば先天的なADA欠損の方は,重篤な免疫不全症となる.このことは,逆にADAを阻害する薬は,免疫抑制剤や抗炎症剤になる可能性を示唆している.ADAの基質アデノシンは核酸骨格を有しているため(図1),アデノシン受容体,核酸関連酵素などに作用する危険をはらんでいる.これまでに多くのADA阻害剤が報告されているが,それらは全て核酸類縁体であるため,経口吸収性や代謝安定性が乏しく,また重篤な毒性を示すなど医薬品として問題があるものが多い.毒性を軽減し,かつ経口活性を有する新規ADA阻害剤の創出を目指し,一般的に困難とされる核酸骨格→非核酸骨格への変換に取組んだ.そこで,SBDDにより化合物1(図1)がデザインされた.この化合物はアデノシン類似阻害剤とADAとの複合体結晶構造をもとに,結合に重要と考えられる水素結合を維持しつつ,アデノシンの親水性の糖の部分を疎水性のベンゼン環に置き換えるという大胆な構造変換を行っている(図1-ステップ1).しかし,この意外性のある構造変換は,複合体の構造から合理的に導き出された.リボース糖が存在しているADAの基質結合部位周辺は,多くの疎水性のアミノ酸から形成されていた.化合物1はリードと呼ぶには幾分活性が弱かったため,計算機による結合シミュレーションによりベンゼン環へのリンカーが検討され,化合物2がデザインされた(図1-ステップ2).この化合物は10-6Mレベルの阻害定数を持ち(化合物1に比べ約10倍活性向上),また毒性,経口投与での吸収性などもヌクレオシド型の阻害剤に比べ改善されており,良好なリード化合物となった[1].図1SBDDによる非核酸骨格ADA阻害剤の創出-8-SARNewsNo.21(Oct.2011)X線構造解析により,設計された化合物2はADAの活性部位に結合していることが確認され,さらに化合物のベンゼン環付近に大きな疎水的空間が残されていることが明らかとなった(図2).また,ADA酵素阻害を指標にしたHighThroughputScreeningで得られた分子骨格の異なる化合物がこの疎水的空間に結合していた.そこで,この情報に基づいて疎水的空間を埋めるように化合物3を設計して,約800倍の活性向上に成功した(図2)[2].しかし,得られた化合物3は強力な阻害剤ではあるものの,薬物としては不適格である.化合物3は強いADA阻害活性を有し,毒性はないものの,経口吸収性,薬物動態に問題があった.少々時間を費やすことになったが,化合物3との複合体構造をスタートとして,これら問題の改善を目指しSBDDによる最適化を行い,現在までに経口投与で有効性を示す化合物を得るに至っている[3,4].図2ADA阻害剤のSBDDによる最適化4.パラレルSBDD標的蛋白質だけを対象にしたSBDDは,阻害剤から薬剤への開発過程において,それほど効果を発揮しない.前章であげたADA阻害剤の開発研究において,医薬品レベルの強力な阻害剤を得るところまでは短期間に達成できたわけだが,動物モデルで有効性を示す化合物に到達するまでは多大な時間と労力を要している.また,冒頭で触れた分子標的薬であるはずのゲフィチニブは間質性肺炎などの重篤な副作用を伴う.ゲフィチニブについてキナーゼ阻害活性を指標にしたプロファイリングの結果,他のキナーゼも阻害することが判明し,このうちのどれかが副作用と関連しているものと考えられている.これらは考えてみれば当たり前のことである.目で見ているのは標的蛋白質との結合様式のみであり,標的そのものに対しては活性を上昇あるいは保持するようにデザインすることができる.一方,経口吸収性,代謝安定性などのADME,毒性に関する標的蛋白質については,構造はもちろんのこと,存在の同定すらも困難なことも多い.とはいえ,多くの薬剤に共通して問題となるADMEあるいは毒性関連の蛋白質については機能と構造が急速に明らかになりつつある.化合物-ADME関連蛋白質及び化合物-標的蛋白質の各複合体のX線結晶構造解析を同時に行い,その情報に基づいて標的蛋白質選択的阻害剤をデザインする「パラレルSBDD」(図3)がいよいよ現実的になってきた.図3パラレルSBDD-9-SARNewsNo.21(Oct.2011)5.ADME関連蛋白質とパラレルSBDD多くの薬物は体内に取り込まれた後にシトクロムP450(CYP)などによって水溶性の高い化合物に代謝されて薬効を失う.CYPには多くの種類が存在するが,中でも1A2,2C9,2C19,2D6,3A4の5種類で95%以上の酸化反応を担う.特に,これらCYPへの結合回避は医薬品の開発研究において重要課題となっている.2003年,英Astex社がCYP2C9の構造を発表したこと[5]を皮切りに,のべ28種のX線結晶構造が報告されている.これらの構造に共通しているのは,薬物が結合するポケットが広い,薬物によって結合する場所が異なる,薬物の結合によって構造が変化する,の3点である.これら構造情報に基づいたCYP相互作用回避に関する論理的研究が進められている.ヒト血清アルブミン(HSA)は血清中の全蛋白質の半分以上を占め,血しょうに存在する脂肪酸や酸性薬物などの外来物質を吸着する.このために想定した薬剤血中濃度が保たれないことがある.7箇所の脂肪酸結合サイトのそれぞれに特定の薬物が結合することが解明されており,CYPと同様にHSAとの親和性を低下させる研究が進められている[6].ワルファリンは強力で有用な血液抗凝固剤として今日まで50年間近く使用されてきた.長らくその標的蛋白質が不明であったが,近年VKOR(vitaminKepoxidereductase)であることが示され,その立体構造が明らかとなった[7].同時に,ワルファリンはHSA,CYP2C9と相互作用することが知られている.ここではワルファリンを題材として,パラレルSBDDを考察してみたい.ワルファリンはHSAの狭い脂肪酸結合サイトに分子全体がうまくフィットしており,4箇所の水素結合で固定されている(図4).したがって,小さい置換基をどこかに導入するだけで親和性が低下すると予想される.一方,CYP2C9の活性部位は大きく,比較的緩く結合している.主にPhe114及びPhe476とのπ-πスタッキングと2ヶ所の水素結合で固定されている(図4).例えば.スタッキング相互作用を低下させる設計が可能である.ただし,VKORの基質にはワルファリンのクマリン骨格と類似構造があり,この部分の変換は慎重に行うべきである.図4warfarin-ADME蛋白質の相互作用6.キナーゼとパラレルSBDDキナーゼはヒトゲノム上に518種存在しており,癌などの重篤な疾患の標的蛋白質となっているものが多い.一方で,それぞれのキナーゼは細胞の増殖や分化あるいは免疫・炎症反応などのシグナル伝達に重要な役割を果たしていることから,選択性のない薬物は重篤な副作用を呈する危険を孕んでいる.ほとんどのキナーゼ阻害薬物はATP結合部位に結合するように設計されており,標的以外のキナーゼに対する選択性を確保することが医薬品開発のボトルネックとなっている.この課題に対し,X線結晶構造に基づいたパラレルSBDDが有効ではないかと考えている.ATP結合に関する相互作用様式,酵素活性に関わるアミノ酸はよく保存されており,これらの部位に結合する化合物は選択性が低くなる.しかしながら,ATP結合サイト周辺の構造は多様性があり(図5),この部位と相互作用するように設計すれば高選択性化合物を創製することができる.ここでは,SrcファミリーキナーゼであるFyn,Lyn,Lckとスタウロスポリンとの複合体のX線構造[8-10]に基づいて,それぞれに特異的な阻害剤の設計が可能であるか,考察したい.スタウロスポリンは代表的な非選択的キナーゼ阻害剤であり,上の3つのキナーゼに対する阻害活-10-SARNewsNo.21(Oct.2011)性は同等である.はたしてスタウロスポリンが結合している部分のコンホメーション,アミノ酸は保存されており,阻害活性と矛盾しない.化合物結合周辺で違いのみられたEサイト(図5,図6)を利用すれば高選択性阻害剤が創製可能と考えている.また,キナーゼは阻害剤の結合により,大きくコンホメーションを変化させることがある.これら構造変化のメカニズムを解明すれば,パラレルSBDDを進めるうえで有利となる.例えば,Gatekeeper-1のアミノ酸の立体的大きさにより,DFG-in→DFG-outという大きなコンホメーション変化の有無が決まる(図7).Gatekeeper-1が大きいアミノ酸であると,DFGモチーフのPheが分子内側に埋もれたままで構造変化は起きにくい(DFG-in).一方,小さいアミノ酸の場合には,Pheの側鎖が反転して活性部位のほうに露出する(DFG-out)とともに,Pheのベンゼン環が位置していた辺りにアミノ酸の保存性が低い疎水性ポケットが出現する.すなわち,このポケットにフィットする化合物は高選択性が期待できる.図5キナーゼATP結合サイトの特徴図6SrcキナーゼのEサイトの差異図7DFG-in/DFG-outコンホメーション7.おわりに創世期においては,SBDDの標的は結晶化という制約から可溶性蛋白質に限定されていた.しかし,最近,立て続けに6つのGPCR(ヒスタミンH1,アドレナリンβ1,アドレナリンβ2,アデノシンA2A,ドーパミンD3,CXCR4)のX線結晶構造が報告されており,この実験的制限も解除されつつある.ますますSBDD研究が発展すると予測される.さらに薬物共通のoff-targetの探索,構造解析が行われており,我々の提唱するパラレルSBDDが各研究機関で始められている.現状では数個の蛋白質の立体構造をみながら,標的蛋白質に高選択性化合物を設計しているが,近い将来にはゲノム上の蛋白質すべての構造を取り扱うことになり,相互作用をコンピュータで認識できる記述子に落とし込む必要がある.手作業でパラレルSBDDを進めながら,ゲノム全蛋白質をつかったバージョンに拡張していきたいと考えている.-11-SARNewsNo.21(Oct.2011)謝辞最後になりますが,本稿を本誌に掲載する機会を与えてくださいました先生方に深く感謝いたします.参考文献[1]Terasaka,T.,Nakanishi,I.,Nakamura,K.,Eikyu,Y.,Kinoshita,T.,Nishio,N.,Sato,A.,Kuno,M.,Seki,N.,Sakane,K.,Structure-baseddenovodesignofnon-nucleosideadenosinedeaminaseinhibitors.Bioorg.Med.Chem.Lett.2003,13,1115-1118.[2]Terasaka,T.,Kinoshita,T.,Kuno,M.,Nakanishi,I.,Ahighlypotentnon-nucleosideadenosinedeaminaseinhibitor:efficientdrugdiscoverybyintentionalleadhybridization.J.Am.Chem.Soc.2004,126,34-35.[3]Terasaka,T.,Okumura,H.,Tsuji,K.,Kato,T.,Nakanishi,I.,Kinoshita,T.,Kato,Y.,Kuno,M.,Seki,N.,Naoe,Y.,Inoue,T.,Tanaka,K.,Nakamura,K.,Structure-baseddesignandsynthesisofnon-nucleoside,potent,andorallybioavailableadenosinedeaminaseinhibitors.J.Med.Chem.2004,47,2728-2731.[4]Terasaka,T.,Tsuji,K.,Kato,T.,Nakanishi,I.,Kinoshita,T.,Kato,Y.,Kuno,M.,Inoue,T.,Tanaka,K.,Nakamura,K.,Rationaldesignofnon-nucleoside,potent,andorallybioavailableadenosinedeaminaseinhibitors:predictingenzymeconformationalchangeandmetabolism.J.Med.Chem.2005,48,4750-4753.[5]Williams,P.A.,Cosme,J.,Ward,A.,Angove,H.C.,Vinkovic,D.M.,Jhoti,H.,CrystalstructureofhumancytochromeP4502C9withboundwarfarin.Nature2003,424,464-468.[6]Ghuman,J.,Zunszain,P.A.,Petitpas,I.,Bhattacharya,A.A.,Otagiri,M.,Curry,S.,Structuralbasisofthedrug-bindingspecificityofhumanserumalbumin.J.Mol.Biol.2005,353,38-52.[7]Li,W.,Schulman,S.,Dutton,R.J.,Boyd,D.,Beckwith,J.,Rapoport,T.A.,StructureofabacterialhomologueofvitaminKepoxidereductase.Nature2010,463,507-512.[8]Kinoshita,T.,Matsubara,M.,Ishiguro,H.,Okita,K.,Tada,T.,StructureofhumanFynkinasedomaincomplexedwithstaurosporine.Biochem.Biophys.Res.Commun.2006,346,840-844.[9]Miyano,N.,Kinoshita,T.,Nakai,R.,Kirii,Y.,Yokota,K.,Tada,T.,StructurebasisfortheinhibitorrecognitionofhumanLynkinasedomain.Bioorg.Med.Chem.Lett.2009,19,6557-6560.[10]Zhu,X.,Kim,J.L.,Newcomb,J.R.,Rose,P.E.,Stover,D.R.,Toledo,L.M.,Zhao,H.,Morgenstern,K.A.,Structuralanalysisofthelymphocyte-specifickinaseLckincomplexwithnon-selectiveandSrcfamilyselectivekinaseinhibitors.Structure1999,7,651-661.-12-SARNewsNo.21(Oct.2011)/////CuttingEdge/////反復投与毒性の評価を目指して関西学院大学理工学部情報科学科岡田孝,大森紀人1.はじめにNEDO/経済産業省の委託事業で「構造活性相関手法による有害性評価手法開発」のプロジェクトが,2011年度を最終年度とする5年間に亘って行われている[1].このプロジェクトでは,実用的なinsilico評価手法が確立されていない反復投与毒性について,しっかりとしたデータ基盤を整え,さらに評価支援システムを開発することが目的となっている.プロジェクト発足の背景として,欧州における化学物質規制REACHで動物試験抜きのinsilico技術によるデータも評価の対象となり得ることが認められ,OECDでの積極的なQSARプログラムの推進と相まって,いずれ本邦の化学物質規制法にもこのような動きが波及するという予測がある.反復投与毒性のような複雑な事象を計算機利用だけで評価しようとするには,まずもって質の高いデータベースの充実が必要である.プロジェクトの根幹は,これまでに行われてきた反復投与毒性や併合試験さらにはNTP(NationalToxicologyProgram)の短期,長期試験の数多いレポート群からのデータベース作成である.代謝についても東北大学・富士通,ブルガス大学で多くの文献データが集められデータベース化,予測モデルの構築がなされている.実際の評価システムとしては,本プロジェクトでHESS(HazardEvaluationSupportSystem)が開発され,その内容となる化合物カテゴリーの確立がNITE(製品基盤技術評価機構),国衛研(国立医薬品食品衛生研究所)を中心に行われている.これにより,誰もが納得できるカテゴリー内に含まれる類似物質については,最大値と最小値による範囲を参考にして毒性の評価が可能となる.ところで,筆者は10年ほど前から,GPCRの受容体活性を中心とした基本活性構造の知識ベースBASiCを開発している.MDDRデータベースから医薬活性毎に特徴的な部分構造を発掘し,それを基本活性構造と呼んで,インターネット上で公開している.本プロジェクトでも,このような活動を期待されて参加した.しかし,化合物数が最大でも500と少なく,これでは大変と考えBASの抽出と並行して,毒性評価のためのベイジアンネットも開発することとした.本稿執筆の時点では追い込みに入った段階であり,すべてが未完成の状態であるが,現状での悪戦苦闘ぶりを筆者の正直な感想を交えて紹介したい.2.知識ベースBASiCと反復投与毒性BASiCの開発基本活性構造(BasicActiveStructure:以下BASと略す)のマイニングと知識ベース化は,2001年度からの科学研究費特定研究で開始した.昔学んだ医薬品の鍵と鍵穴の関係を構造式レベルで明瞭にカタログ化してみたい,自分でも理解できるような形に整理したい,というのが動機であった.対象をMDDRデータベース所載のGPCRに関連する医薬品活性とし,当初ドーパミンのアゴニストを取り上げた.構造式を独自の線形フラグメント群で表現し,当方で開発したカスケードモデルによるマイニング法でルールを生成,それを解釈する方法を採用した.D1アゴニスト活性を有する化合物からの解析例を以下にあげる.D1,D2,Dautoの3種のアゴニスト活性を示す407分子から4,626種のフラグメントを生成,その中の335種を属性として選択し,D1アゴニスト活性を導く2個の主ルールと14個の関連ルールを得た.もっとも強力なルールを次葉の図1左に示す.このルールは,407化合物中で18%に活性があったものが,主条件のカテコール構造(O2H-c3:c3-O2H)が存在する60化合物中では95%に上昇することを示す.主条件適用時に出現比率の大きく変る他のフラグメントには,meta,para位置に芳香環から2原子挟んでアミンが存在している.これを考慮すると,D1-Aで示す構造式(ドーパミンそのものである)が得られる.他のルールからは,D1-BのようなD1-Aを含む構造や,D1-Cのように長-13-SARNewsNo.21(Oct.2011)い側鎖の先にある2級アミンが結合部位となる場合,D1-Dのようにカテコール部分がエステル構造となっている場合も発見することができた.HOHONH2D1-ANHSHOHOD1-BHOOHNHNPhnmn=6,8m=2,3,4D1-COONH2D1-DOO図1.ドーパミンD1アゴニストのルールと基本活性構造の一部しかし,創薬専門家の評価は「一部のルールには,合理的仮説に発展できるものが存在する.しかし,総じてルール数が多すぎて解釈が困難であり,またルール群内に明らかに情報が不足している場合も多い.」という低いものであった.代表的な活性構造はどのようなマイニング法でも得られるが,数百を超えるような多数の活性化合物群から,大多数の活性化合物を説明できるように網羅的にBASを発掘するのは不可能であった.この問題を解決したのは,構造精錬システムpatmatchの開発である.このシステムに,ルールのカテコール構造を入力すれば,識別力が低下しない限り部分構造を自動的に拡げていき,この場合にはドーパミン骨格を得ることができる.さらに,支持化合物群の構造を即座に見られるため化学者にもストレス無く使用できるシステムになった.製薬会社OB研究者の協力を得て,GPCR関連の46医薬活性を対象に1000近い数のBASを発掘した.この結果はインターネット上のBASiC(BasicActiveStructuresinChemicals)サイト[2]に収載して,昨年初めから公開している.また,マイニング法の詳細やドーパミンアゴニスト活性を対象としたBASの解釈については論文[3]を参照いただきたい.現時点でこの知識ベースには,本稿の主題である反復投与毒性が加わっており,さらにJAPIC添付文書データベースの肝臓副作用を対象としたものの3本立てで構成している.PubChemのような大規模スクリーニングデータからサンプリングを利用した解析フローも実用化間近である.BASiCには平均すれば1日当たり10件程度のアクセスがあり,それなりの評価を得ているのであろう.年内には分子のSMILESコードを入力すれば対象活性のページを検索できるサービスも開始予定であり,より多方面で活用されると予想している.反復投与毒性のデータプロジェクトで収集されたデータを,NITEや国衛研の研究者が毒性兆候表という化合物毎の簡潔な表にまとめた.さらに20種ほどのendpointについては異常の有無を強引に1/0に2値化していただいた.我々のマイニングの出発点はこの表である.endpointとしては,腎臓重量,肝細胞肥大等の解剖所見やヘモグロビン量,尿素窒素等の各種検査結果などが含まれている.当初から利用可能であった139化合物を対象とし,各endpointで1/0を識別するようなBASを発掘した.マイニング法は先に述べた医薬活性と同じであるが,化合物数が少ないために,ルールを利用せず視察でBASを発掘した場合もある.可能な限り多数の化合物をBAS群で覆う方針で進めたので,中には支持化合物数2というような統計的議論からはほど遠いものも含めている.毒性を引き起こす/引き起こさない,の双方についてBAS発掘の結果を,BASiCサイト[2]のRepeatedDoseToxicitiesforRatsページに掲載している.例えば,赤血球減少RBCdecreaseの場合9種のBASを掲載しているが,その先頭にはアニリン様の構造式が表示されている.これをクリックすると次ページ図2のwindowが現れる.ここでSMARTSは表示した構造式に対応する構造定義である.また,maskはヒットした化合物群から除外すべき部分構造のリストであって,やはりSMARTS言語で記載されている.この場合はRが3配位のCと芳香族sulfoneを除外している.次のActの行は,BASに該当する化合物13種の内で,11種が赤血球減少を起こし,2種が起こさないことを表す.最下部の4種のリンクを-14-SARNewsNo.21(Oct.2011)クリックすると,Act_textは活性化合物番号のリストに,Act_PDFはそれらの構造式を表示するページにつながる.Inactも同様である.医薬品の場合と比べて,得られた167種のBASは概して小さな部分構造で表現され,通常の官能基に近いものが多かった.原因としては,(1)BASに分類される化合物数が非常に少ないため,官能基程度しか認識できない,(2)毒性化合物は医薬ほどぴったりとタンパク質にフィットしなくとも,投与量が多いため活性を示してしまう,の2点が考えられる.しかし,中にはt-Bu基やdiphenylmethaneなど,毒性に関連しないと予想したものも含まれていた.立体的に混み合った構造が関与しているのであろうが,素人集団で既知か否かも判断できず論評は控えたい.このBASを後に利用可能となった化合物データ100種強に対して適用してみた.その結果を見るとBAS発掘時の支持化合物数が10以上と多いものは,それなりの予測結果を出していたが,化合物数がごく僅かしかないのに無理して発掘したBASは,予測精度も惨憺たるものであった.(各endpointのページでH_19BASsappliedtoH-20DBの項からWordファイルをダウンロードして参照可能.)図2.赤血球減少から発掘されたBASの1種鑑別診断の導入一応はできあがったBASiCサイトを自分で見ると,理解できる人がいるのだろうかというのが正直な感想であった.多数のendpointがあり,それぞれに異なったBASが表記されており,多様過ぎるのである.筆者自身にとっては訳の分からない情報の山であった.毒性学の専門家は一体普段から何を見て考えているのだろう,と疑問を持った.その後プロジェクトチームの皆様から,「毒性専門家は赤血球やヘモグロビンの値が減少するかどうかに自体には余り関心がない.それらは溶血性貧血が起こっているか否か,という鑑別診断を行うための材料に過ぎない.」と言われて疑問が氷解した.すなわち,重要なのは溶血性貧血であり,例えば赤血球減少とヘモグロビン減少が共に起こっている場合に溶血性貧血が起こっていると定義し,これを対象活性としてマイニングを行えばよい,ということである.貧血のBAS毎に,関連するendpoint群にどの程度異常があるかを表にすれば,統一性のある解釈が得られる可能性がある.肝細胞障害を鑑別診断とし,GOTまたはGPTのいずれかが上昇している場合に肝細胞障害が起こっていると考えて,BASを発掘し肝臓関連のendpointへ適用した.その結果の一部を下の表1に示す.なお,この解析時点で,対象データは315化合物となっている.表1.肝細胞障害基準で選定したBAS毎のendpoint変化(一部)BASchem肝細胞障害肝重量増GOT↑GPT↑肝細胞肥大コレステロール↑溶血性貧血腎重量増BUN↑Dhalides10/816/2(10/0)2/16(2/8)8/10(8/2)10/8(6/4)5/13(4/6)5/13(3/7)2/16(2/8)15/3(9/1)FPh-CR-Ph5/26/1(5/0)0/7(0/5)5/2(5/0)2/5(1/4)4/3(3/2)2/5(2/3)2/5(2/3)3/4(3/2)C1PhCOOH3/21/4(0/3)3/2(3/0)1/4(1/2)0/5(0/3)0/5(0/3)0/5(0/3)0/5(0/3)1/4(0/3)IROH4/33/4(1/3)2/5(2/2)3/4(3/1)1/6(1/3)1/6(1/3)2/5(2/2)3/4(2/2)3/4(2/2)この表では最初のhalidesには18化合物が含まれ,その内でGOTまたはGPT上昇を起こして肝細胞障害起こしたと判断された化合物が10種,起こさないものが8種であることを示している.chem列に記したhalides表記は便宜上のものであり,実際のBASは肝細胞障害を起こさない化合物数を減らすように,複数のmask付で定義されている.肝重量増の欄の16/2は,この18化合物の内16種が肝重量増を起こしていること,また肝細胞障害を起こす10化合物のすべてが肝重量増を起こしていることを(10/0)で示している.-15-SARNewsNo.21(Oct.2011)この表の肝重量増のところを見て驚いたことは,GOT,GPTの和集合を対象に最適化して得られたBASなのに,肝重量増の列で毒性化合物の比が特徴的な分布を示していることである.D,FのBASでは肝細胞障害を起こす化合物が肝重量増を起こすものの部分集合になっている.反対に,C1とIのBASでは,まったく相関がない.この表は,25種もあるBAS中で4種のみを表示しているが,他の21種のBAS群でも,大部分がいずれかのパターンに属していた.相関があるか否かハッキリしない中間のものは,アニリン,フェノール,エステルの3種のみであった.D,Fのように部分集合関係にあることは,特定の化合物群では肝細胞障害で細胞破壊が起こる前段階の予兆として,すでに肝重量増を起こしていると解釈できる.この解釈を専門家の先生方にお話ししたところ,「肝重量増は脂肪代謝とも関係があり,そう簡単に言い切れない」とのコメントをいただいた.また,東北大の山添先生からは,「C1やIのBASに属す化合物群では,血液中での酸解離が影響しているのではないか」というご指摘もいただいた.まずイオン解離について調べてみると,C1,IのようなBASで例外的に毒性を示さない化合物の内およそ半数が酸解離しており,肝臓に入りにくいという理由で説明できることが分かった.面白いことに肝細胞肥大をターゲットとして別途抽出したBAS群では,肝重量増以上にイオン解離の影響が強く現れるようである.次に,肝重量増をターゲットとして選定したBAS群をもとに,表1と同様の表を作成した.詳細は紙数の関係で略すが,ここでhalidesに属す化合物は48種であり,その内37種が肝重量増を起こしていた.48種の中で,肝細胞障害を起こすものは10種であり,そのすべてが予想通り肝重量増も起こしていた.しかし,肝細胞肥大とコレステロール上昇についても,それぞれ17種中の17種,13種中の12種が肝重量増を起こしている.さらにいえば,貧血を起こす化合物14種中の13種や,腎重量増を起こす28種中の27種も肝重量増を起こしていた.この結果だけからは,肝重量増は肝臓,腎臓,血液でのすべての毒性の予兆ということになる.しかし,ことはそう簡単ではなく,エステル,エーテルやベンゾニトリルなどこの傾向からまったく外れるものもあり,その他のBASでも例外が散見された.今後,イオン解離や他の要因の関与も含めて調査するつもりであるが,現段階では反復投与毒性は理解困難という言葉を裏付けているだけである.合理的な解釈がどこまで進むかは別として,年内には8種の鑑別診断項目についてBASを確定し,それに含まれる化合物群の各種endpointに対する陽性/陰性の化合物数をBASiCサイトに掲載する予定である.年明けにご覧いただいて評価していただけたらと思う.3.ベイジアンネットによる毒性評価前節で紹介したBASの発掘では,ドーパミンD1アゴニストの活性を対象とした際の活性化合物数は74で,参照としたD2,Dautoアゴニストの数と合わせて407であった.しかもこれらはどちらかというとよく似た構造をもっていた.今回のプロジェクトで扱うデータ数は最大でも500であり,しかも非常に多様な構造を持つ工業薬品が含まれていてendpointの種類も多い.これまでは,金魚すくいをしていた人間が,大海で目の粗いトロール網を曳くようなものである.よりぼんやりとした毒性化合物の識別が可能であるように,また複雑なendpoint間の関係を理解できるようにする必要があると考え,BASの発掘と並行して,ベイジアンネットを利用した化合物の毒性評価を試みることとした.ベイジアンネットとはベイジアンネットは、因果関係の連鎖を有向グラフで表現し,連結される事象間の生起確率を条件付き確率表で表して,確率推論を遂行する一般的な枠組みである[4].次ページの図3は、ある化合物が(1)COOH基を有する(T/F),(2)NH2基を有する(T/F),(3)pH(low/neutral/high),(4)リトマス試験紙の色を(red/blue)に変える,という4つの事象をノードとしたネットの例である.図中で右上の表は、COOH,NH2の有無に応じてpHがlow,neutral,highの値となる条件付確率表を示している.例えば,COOHのみが存在する時は,pH=lowの確率が0.8となる.同様に,pHの値に応じてリトマスの値がred,blueとなる確率を下部の表に示している.なお,COOH,NH2には事前確率としてこの場合0.5を与えている.ベイジアンネットでは,最上流にあるノード群の事前生起確率とその他全ての事象の条件付き確率表を与えておく.何らかの事象が実際に観測された時に,これをノードのevidenceとして-16-SARNewsNo.21(Oct.2011)COOHNH2pHリトマスP(COOH)=0.5P(COOH)=0.5P(pH|COOH,NH2)pH=lowpH=neutralpH=highCOOH=T,NH2=T0.10.80.1COOH=T,NH2=F0.80.150.05COOH=F,NH2=T0.050.150.8COOH=F,NH2=F0.150.70.15P(リトマス|pH)Color=RedColor=BluepH=low0.990.01pH=neutral0.50.5pH=high0.010.99pHの条件付確率表リトマスの条件付確率表図3.ベイジアンネットワークの考え方(T/F)(T/F)(low/neutral/high)(red/blue)設定すると,他ノードの確率を推論することができる.例えば,COOHとNH2双方の存在をevidenceとして入力すると,pHはlow,neutral,highの確率が0.1,0.8,0.1となり,リトマスのred,blueの確率も加重平均でそれぞれ0.5となる.反対に,リトマスの値のみをredに固定すれば,pH=low,neutralの確率が0.54,0.45と高くなり,COOH=T,NH2=Fのc2A確率が0.68と高くなる.1990年頃にエキスパートシステムがもてはやされたが,その枠組みでは上流から下流または反対の場合に確率をうまく推論できても,確率の干渉が起こるような例では推論が困難であった.例えばCOOH=Tとリトマス=redが観測された時に,pHやNH2の確率がどうなっているかを計算することである.ベイジアンネットは,この課題を数学的にすっきりとした確率推論の枠組みで扱えるようにしたものと言える.この考え方は,すでに医療診断やマーケティングで広く適用されており,さらにはomics研究においても各種のgenotype,phenotypeを含むpathwayの表現とも親和性が高く,多くの応用がなされている.条件付き確率表の値は主観的に定めることも多いが、EMアルゴリズム(ExpectationMaximizationAlgorithm)を使用すれば、観測データをもっともよく説明する確率表の値を学習することができる.問題は各ノードにどのような値を設定するか,また因果関係をネットでどう表現するかである.トポロジー自動構築のアルゴリズムも存在するが,複雑な現象をデータから自動的にモデル化しようとすると,とんでもないネットを作ってしまう場合が多い.ネット設計の段階では適用領域の専門家が深く係わるべき,と筆者は考えている.矛盾の発見上記のネットにCOOH=F,NH2=T,リトマス=redの値を与えると,どうなるだろう?試薬瓶の中味が他の強い酸性基を持つような化合物ならあり得る.ベイジアンネットで推論すると,リトマス=redの効果が勝って,pH=low,neutralの確率が0.37,0.57と高くなる.この結果を素直に受け取るだけでは能がない,「推論結果で,pHはlow寄りのneutralですが,この結果とCOOH=F,NH2=Tのevidenceは整合していませんよ.」と指摘して貰えるとありがたいと思った.調べてみると,この要求はベイジアンネットの矛盾解析(conflictanalysis)の手法で解決できる[5].単純化して言うと,COOH=F,NH2=T,リトマス=redの3種の事象が独立して起こる確率の積を分子,これらのevidenceを与えて推論して得られる確率を分母として,分子の値が分母よりも大きければ矛盾が起こっていると主張する.この分数の対数をconflictmeasureと呼び,この例では1.33と値が正になる.非常にまれな現象が起こっているので,どこかおかしいというわけである.この指摘を受けて,COOH以外の酸性基を示唆する情報があるかどうか,あるいはリトマス試験紙の測定にミスがないか等をチェックすればよい.反復投与毒性への適用反復投与毒性のデータを評価するために,現在Toxbayと名付けたwebapplicationシステムを開発中である.このシステムの現段階での利用画面を次ページ図4に示す.InternetExplorer上でこのシステムのURLを指定して,評価したい化合物の構造をSMILES式で入力する.endpointの実験値がある場合には,その値もevidenceとして画面左下に指定する.画面右上にはネット構造を表示する.この入力を受けて,システムは以下のような作業を行う.-17-SARNewsNo.21(Oct.2011)(1)化合物構造があらかじめ与えてある化合物カテゴリー定義のどれと一致するかを計算する.その結果は,やはり画面左下にevidenceの一種として表示される.(2)goBNボタンをクリックすると確率推論を行い,各ノードに対して得られた確率を左下の各endpointに対して表示する.(3)画面右上にはネット全体の構造が表示される.各ノードはTrue/Falseの2値を取るが,Trueの確率が高いノードは注意を促すために赤色や黄色で表示される.(4)矛盾が起こっている際は,そのノード間のリンクを赤い色で表示し,画面右下にも矛盾の程度とそれがどこで起こっているかを表示する.図4.Toxbayシステムの画面図4の表示は,ニトロベンゼンを入力し,いくつかのendpointの値もevidence(ネット図ではノードの縁が太線で表示)として指定した結果である.このネットでは上部に化学物質のカテゴリーを配置している.nitrobenzeneと記したArNO2ノードが赤で表示されて,ニトロベンゼンカテゴリーに分類されていることが分かる.このノードからは,中層のtestis(精巣毒性),anemiaMH(メトヘモグロビン貧血症),liver(肝細胞壊死)へリンクが張られている.その中でtestisとliverではこのような症状が観測されていないことを青色のノードで示している.さらにその下には,各種のendpointの結果が表示されている.例えばtestisからはTestisWD(精巣重量減少が起こっている)へリンクされている.nitrobenzeneカテゴリーでtestis障害が起こらないのに,TestisWDが起こっているのは一種の矛盾であり,これらノード間のリンクは赤色で表示されている.同様にliverの壊死は起こっていないのに,その下のLWI(liverweightincrease),GPT(GPTincrease)が起こっているので,この間のリンクも赤色になっている.ただし,GOT上昇やLIH(liverhypertrophy)は起こっていないので,これらノードへのリンクは青色である.図4の右下では,この推論結果のconflictmeasureが0.63と表示されており,矛盾が起こっていることを示す.最下部のconflictsには,矛盾を解消するための仮説群が3種表示されている.もっとも効果的なのはliverのevidenceであり,これをevidenceから削除するとconflictmeasure値が-0.59と減少することが分かる.他も同様である.もし,構造式のみを入力してendpointを指定しなければ,毒性の起こる可能性のあるノード群の色があちこちで赤くなる.当然ながら矛盾は一切発生しない.Toxbayシステムは,本年末にインターネット上で誰もが使えるwebapplicationとして公開予定である.推論エンジンとして利用しているHugin[6]システムのライセンス料の問題でいつまで-18-SARNewsNo.21(Oct.2011)サービスできるかは不明であるが,少なくとも1年間は利用可能とするので,是非お使いいただきたい.4.まとめ前節で説明したネットでは,NITEの櫻谷氏が本年の夏前の時期に設定したカテゴリーを採用している,中層や下層のノードも同様に全面的に櫻谷氏のまとめたものに従っている.櫻谷氏もプロジェクトの完成に向けてこれらの内容を精査されているところであるが,本学での研究開発も,本稿で紹介した内容はまだ道半ばといったところである.今後の課題として,具体的には以下の点があげられる.(1)鑑別診断やendpoint毎のBAS発掘では,最終的なBAS表現の決定にはどうしても作業者の主観が入る.そのために鑑別診断毎にほぼ同一の内容でもまったく異なった表記を採用している可能性が高い.まずこれら表記の統一化を図る予定である.(2)BASの発掘と知識ベース化は,元来ベイジアンネットでの利用も考えたものであった.櫻谷氏の設定されたカテゴリーは,毒性面から見て非常に均質性の高い化合物群の範囲を設定されており,ベイジアンネットで同じ分類を採用しても意味がない.より広い範囲の化合物をカバーするように,BAS発掘の成果を取り込んで化合物分類を設定する必要がある.これにより,幅広い化合物群に対して評価が可能となる.(3)BAS発掘の節で述べたように,鑑別診断や各endpointではBAS構造毎に毒性間の相関も異なる.現状のベイジアンネットでは,肝細胞障害や溶血性貧血のような鑑別診断の確率が定まれば,どのような化合物でもendpointの発現確率は同じとしている.今後,BAS毎の毒性間相関をより明確化して,ネットのトポロジーがBAS構造毎の特異性を取り入れたものにしたいと考えている.課題山積で頭痛の毎日ではあるが,年末までには研究計画をほぼ完了させる予定である.BASiC-RDTのページを見ていただければ,Toxbayシステムへのリンクも用意するので,忌憚のないご意見をいただければ幸いである.謝辞プロジェクトの皆様には,全くの素人であった筆者に毒性学の基礎から教えていただき,またデータ整理の大変な作業を行って研究を行う基盤を作っていただいた.林真先生,山添康先生,櫻谷祐企氏をはじめとしてNITE,国衛研,東北大学,富士通の多くの皆様に感謝の意を表したい.また,BASの発掘は山川眞透氏,森幸雄氏,堀川袷志氏のご尽力の賜物であり,ここに記して感謝するものである.参考文献[1]林真,櫻谷祐企:化学物質の安全性–insilico評価への挑戦,構造活性フォーラム2011,pp.25-38.[2]BASiC:http://www.dm-lab.ws/BASiC[3]T.Okadaetal.:TheDevelopmentofaKnowledgeBaseforBasicActiveStructures:AnExampleCaseofDopamineAgonists,ChemistryCentralJournal,vol.4,1,2010.[4]ベイジアンネットについての和書はいくつか出版されている.例えば,繁桝,本村,植野:ベイジアンネットワーク概説,培風館,2006.[5]U.B.KjaerulffandA.L.Madsen:BayesianNetworksandInfluenceDiagramsAGuidetoConstructionandAnalysis,Springer,2008.[6]Huginexpert:http://www.hugin.com/-19-SARNewsNo.21(Oct.2011)/////ObituaryTribute/////CorwinHansch先生を偲ぶ—QSARの誕生まで—京都大学名誉教授藤田稔夫1.はじめに薬物の構造活性相関の分野に,有機物理化学的思考を導入し,コンピューター技術を活用する定量的構造活性相関法(QSAR)の創始者で,アメリカ・カリフォルニア州ClaremontのPomonaCollege名誉教授であったCorwinHansch先生が2011年5月8日に肺炎発作で亡くなられた.享年92歳であった.筆者は50年まえ1961年の6月14日に先生の植物生長ホルモンの構造活性相関(SAR)に関するプロジェクトに博士研究員として参加しQSARの誕生に直接関与した.最初の数ヶ月を除き,1963年9月まで研究グループのただ一人のメンバーとして1対1のコミュニケイションを通じ,先生には公私にわたりいろいろなことを教わった.ここでは先生のあまり知られていない初期のSARのお仕事がどのようにしてQSARにつながったかについて紹介し,先生の遺業を偲びたいと思う.2.先生の略歴とPomonaCollege先生は1940年UniversityofIllinois化学科を卒業され,1944年2月NewYorkUniversityでPhDを取得された.戦争終結までの短期間博士研究員としてU.ofIllinoisで抗マラリア剤の合成研究と,分析化学者としてU.ofChicagoとDuPont社にてManhattanProjectに係わられた.戦後更めてDuPont社の研究職に就かれたが,程なく1946年2月PomonaCollegeに赴任され,それ以来1988年まで有機化学教育とQSARをはじめとする構造活性相関研究に専念された.同年名誉教授の称号を受けられてからも2010年に至るまで同Collegeにおいて研究を続けられた.PomonaCollegeは1887年にピュリタンの流れを汲みリベラルな会衆派(Congregationalist)のグループによって設立された.設立グループの価値観を反映し,自由・自主・独立の精神と教育の機会均等を学是とする無宗派・男女共学・全寮制の4年制LiberalArtsCollege(学生数1600)で大学院をもたない.古くにやはり会衆派によって設立されたHarvardUniversityやDartmouthCollegeのようなNewEnglandタイプの高等教育機関をモデルとし,その西海岸版が目指されたのである.事実種々の調査機関により,アメリカ全土の4年制LiberalArtsCollegeのなかで,常にトップテン以内にランクされる名門校である.しかしundergraduateの学生のみでは講義や実習指導の負荷が大きく,研究環境として必ずしも恵まれているとは考えられない.先生は赴任当初ともかく研究成果をあげ,機会が来れば適当な研究機関に移ることを考えておられたようである.とはいえ先生は学生教育に真剣に取り組まれた.“難しい”内容をノートやメモなしで板書され講義されること,また絶えず学生に質問をかけるとともに質問を誘導され双方向性の講義をされることで評判であった.学内の“DistinguishedProfessorforExcellentTeaching”としてのAwardを2度受賞されている.その講義の副読本とでもいえるのがU.ofCalifornia,RiversideのGeorgeHelmkamp教授との共著により1959年にMcGrawHill社から出版された“AnOutlineofOrganicChemistry:ProblemsandAnswers”である.官能基ごとに分類された化合物の合成法と反応および性質の要点が明快に記述され,ドリル型の多数の問題と解答が配されていて,学生の理解と思考力を高めるのに適当な参考書である.極めて好評であって改訂増補のうえ1975年に第3版が,また1968年にはスペイン語版が発行されている.第2版の国際学生版も講談社から刊行され,筆者も現役の1970年代に有機化学の講義で活用させて頂いた.-20-SARNewsNo.21(Oct.2011)3.Hetero環化合物の合成と植物生長ホルモンの研究Hansch先生の研究への情熱は,まず先生のNewYorkU.におけるPhD研究課題であった“置換thianaphtheneの合成”に関係し,DuPont勤務の期間に興味を持たれた“接触的脱水素閉環反応による縮合異項環化合物の合成”を発展させることに注がれた.500~600ºの高温でalkyl置換thiophenol,phenol,anilineおよびbenzeneselenolを出発物質としthianaphthene,benzofuran,indoleおよびselenonaphtheneへ接触的に環化する反応の系統的検討が1960年近くまで続く.一例として1951年のJACSに掲載されたo-ethyl-anilineのindoleへの環化反応の経路について式1に示す(この報告の共著者はG.Helmkamp:Hansch先生の初期の高弟であり同僚でもあった).CH2CH3NH2CH=CH2NH2NHNH(1)以上の課題とほぼ同時並行的に取り組まれた新規のプロジェクトが置換phenoxyaceticacid(POA)類や置換benzoicacid(BA)類など植物生長ホルモンの構造活性相関研究である.その契機となったのは,植物生長ホルモンの生理学的研究に取り組んでおられた植物学のRobertMuir教授(1948年UniversityofIowaに転出)と,天然の生長ホルモンである3-indoleaceticacid(IAA)に対し共通の興味をもたれたことにあった.結局はvarietyに富み合成の簡単な置換POAおよびBAの領域で主な研究は展開されることとなったが,先生はNewYorkU.時代にIAAを合成された経験があり,式1に示されているようにPomonaCollegeに赴任されてからもindole(およびその誘導体)の合成をされていて,植物生長ホルモン活性物質に親近感をもっておられたのである.4.置換Phenoxyaceticacid類のSARと二点接触説戦中にイギリスICI社のグループによって2,4-Cl2-POA(2,4-D)および2-Me-4-Cl-POA(MCPA)が非常に活性の高い生長ホルモンで,低濃度では植物の生長を著しく促進するが,適当な濃度では強力な選択性殺草活性(除草活性:広葉の雑草を駆除し,イネ科の穀物作物を保護する)を示すことが発見された.戦後の1940年代後期,置換POA類の構造活性相関研究は,更に優れた活性を示す化合物の発見と生長ホルモンの作用メカニズムの解明に向けて,多数の研究グループによってとりあげられるようになっていた.Hansch先生らが化合物を合成し,1948年にU.ofIowaに転じられたMuir教授らが標準試験系であるエンバク子葉鞘切片を用いてホルモン活性を測定するという共同研究が,1960年代初期まで続く.1949~1952年にわたり測定された種々の置換POAの活性は以下のようである.POAの環上に3-Cl,4-Cl,および3-Br置換基が導入されると約100倍,4-NO2および3-NO2置換基の場合は,それぞれ約4および7倍,2,4-DおよびMCPAでは約1000倍に活性が増大する.また3-Me,4-Me,3-OMeおよび4-OMe置換基の導入は活性にあまり影響しない.一方2,4,5-Cl3誘導体は2,4-Dとほぼ同等の高い活性を示すが,2,4,6-Cl3,2,4,6-Br3,2,4-Cl2-6-Me誘導体は活性を示さない.すなわち,POAの環上にハロゲンやNO2のように電子求引性置換基が導入されると生長ホルモン活性は高められる一方,MeやMeOのような電子供与性置換基によっては高められず,2-および6-位に同時に置換基が存在するときには化合物は活性を示さない.Hansch先生はこのように活性の強度が置換基の電子的性質に依存して変化する実験結果から,生長ホルモン化合物は植物体内の活性部位(受容体)の構成成分と実際に化学反応を引き起こすと考えられた.そして1951年に活性POAには側鎖のCOOHグループとともに,一個の置換されていないortho位置が必要であり,これら2種の構造要素が植物受容体と反応することが活性の発現に必須であるという仮説(二点反応説あるいは二点接触説)を提唱された.すなわち植物の生長促進に関する活性POAの反応は,まずCOOH基が受容体に含まれる塩基性成分と反応し,ついで電子求引性置換基の効果によって,ortho位置が受容体の求核性成分の攻撃をうけるというメカニズムである.塩基性成分と求核性成分の両方を兼備する植物側受容体として,仮想活性部位たんぱく質に存在するcysteine側鎖が考えられた.-21-SARNewsNo.21(Oct.2011)この仮説には,当時のアメリカにおける生長ホルモンの生理学的研究の流れが関係している.HarvardU.のThimann教授らはヨード酢酸,亜ヒ酸塩,4-クロロメルクリ安息香酸塩などのSH酵素阻害剤がエンバク子葉鞘の生長を抑制・阻害するという実験の結果,植物ホルモン活性に関与する植物側の受容体はSH基を含むと想定した(1948年).またCaltechのBonner教授らはアミノ酸のcysteineがIAAの効果を抑制すること見出し,それはIAAと本来の受容体SH基との生長促進反応を,外部から加えられた過剰のcysteineが妨害することによると考察していたのである(1949年).二点接触説では図1に示すようにまず仮想受容体タンパク質cysteinyl部のNH2基がホルモン分子の側鎖のCOOH基と反応してamide結合する.ついでanion化したSH基がホルモン分子のortho位置を好ましい位置から求核的に攻撃し,H-イオンの放出をともなって(大)環状化合物が生成する.そしてそれが引き金となって生長反応が進行する.HPROTEINOSCH2CNHCH2CHPROTEINFirstAttachment:AmideBondingviaSaltFormation(AQuickProcess)OCH2COOHXH2NHSCH2+OCH2COO+H3NXOHSCH2PROTEINOOOXOCH2CONHXHSCH2PROTEINOOCH2CONHX-SCH2PROTEINOOCH2CONHXSCH2PROTEINOH-SecondAttachment:NucleophilicReplacementwithRingFormation(RateDeterminingProcess)図1.活性POAにおける2点接触説-5.二点接触説の置換Benzoicacid類への拡張2,3,6-Cl3-Benzoicacidの強力な生長ホルモン活性は,1950年にイギリスのManchesterUniversityのグループによって発見され,1951年にICI社のグループによって2,4-Dと同様の選択的殺草活性が報告された.Hansch先生らの1951~1952年の測定によれば,無置換benzoicacid(BA)および電子供与性のOH,OMe,NH2基の単置換体と2,6-(OMe)2および2,6-Me2二置換体は不活性であるが,電子求引性のCl,BrおよびNO2基がortho位置に導入されるとかなりのホルモン活性(2,4-Dの1/250~1/500)を,2,5-,2,6-Cl2および2,3,6-Cl3-BAは高い活性(2,4-Dの1/10~1/100)を示すようになる.このように構造・活性のパターンはPOAシリーズとかなり異なり,2,6-位に同時に電子求引性置換基が存在するほうが活性にとって好ましい.Hansch先生は,BAにおけるCOOH基はPOAのOCH2COOHよりも電子求引性が高いので,例えば2,6-Cl2-BAにおいては,ortho位置で求核的受容体成分(CH2S-)の攻撃を受けてCl-イオンの脱離を伴う求核置換反応が起こり易いものと仮定し,活性POAにおける2点接触説を活性BA類に拡張された.図2には2,6-Cl2-BAの2点接触説における第二段階を示す.またエンバク子葉鞘試験液中のCl-イオンの量を分析し,活性の低い2,4-Cl2-BAの場合と比べ,活性の高い2,6-Cl2-BAの試験液中に放出される濃度の高いことを実験的に確かめられた.図2.2,6-Cl2-BAにおける2点接触説(環状化段階)Cl-SCNHCH2CHPROTEINPROTEINOSCH2OClSecondAttachmentinBASeries:NucleophilicReplacementwithCl-ReleaseNHClOClClONHPROTEINSCH2OClO–22-SARNewsNo.21(Oct.2011)6.二点接触説に対する支持と批判—Veldstraの仮説続く1950年代は上記の2点接触説に対し多くの支持あるいは反対の意見が表明され極めて活発な討論が行なわれた.CaltechのBonner教授らは,1952年仮想植物受容体と1点でしか“反応”することができない2,4-D類縁化合物の2,4-Cl2-anisole(COOH基を欠く)と2,6-Cl2-POA(フリーのortho位を欠く)はantagonistとして働くが,“必須”の2点とも欠いている2,4,6-Cl3-anisoleは生長促進作用とantagonismのどちらをも示さないことを含め,2,4-Dの生長促進反応は,Michaelis-Menten型の酵素反応kineticsに従うことを実験的に確かめ,2点接触説を支持した.また1958年に京都大学の福井謙一教授らは,Pomonaグループの発表した多くの置換BA類のホルモン活性値が,ortho位での求核的攻撃の受け易さに対する量子化学的指標であるsuperdelocalizability(SN)の値と良好な対応関係にあることをJACS誌上に報告し,2点接触説を理論的に支持した.一方,2点接触説を批判する立場にたったのは,のち(1959年)にUniversityofLeidenの生化学教授となるAmsterdamのCombinedQuinineWorks社のVeldstra博士であった.かれは当時のestrogenや抗マラリア剤のような生理活性物質の構造・活性パターンを参照し,植物生長ホルモンの生長促進は酵素反応のように共有結合の生成を伴う化学反応を通じて起こるのではなく,純粋に“物理化学的”メカニズムによるものと主張した.ホルモン活性物質はいずれも親脂性に富む芳香族の環と親水性の官能基(COOH)をもつ側鎖から成り立っている.Veldstra教授は1944年の論文において,活性生長ホルモン分子の構造上の必須条件を,(1)環の親脂性と官能基の親水性のバランス(HLB:hydrophilic-lipophilicbalance)が適当な範囲にあること,および(2)COOH基のdipole(COOHの付け根原子とCOOH炭素との結合に対し,COOH炭素をプラス極として,約74oの方向をとっている)が環平面からできるだけ垂直に立ち上がっていること,の二点に要約した.親脂性の芳香環が細胞膜などの生体膜面に適当なHLB(ここでは親脂性とほぼ同義)によって吸着され,吸着面に対し垂直近くに配置しているCOOH基のdipoleが,栄養をふくむ水分の膜透過と細胞への供給を促進すると仮定した.生長の促進が以上のように純粋に“物理化学的”メカニズムによるものであるとの見解から,Veldstra教授は置換基の反応性に係わる電子効果を否定する.そして2点接触説の欠陥を示す実例として,1952年にortho位で置換反応の起こる可能性が極めて低い2,6-Me2-3-X-BA(X=NO2,Cl,Br,I)は高い活性を示すが,置換反応の可能性のある2,6-Br2-BAは活性を示さないことを発表した.Veldstraの仮説においては環置換基の効果は環系全体の親脂性を“調節”する(たとえばOHやNH2は親水性,Cl,Br,I,Meは親脂性基として)役割を果たすほか,COOH基に対する立体障害や遮蔽効果を現すものであり,環上の特定位置に対する電子的効果を示すものではない.例えば上記の2,6-Me2-3-X-BA(X=NO2,Cl,Br,I)の活性がかなり高い事実は,2-,6-位の2個のMe基による立体障害のため,COOH基が環との結合を軸として直角近くまで回転していることに,またX=NO2の場合活性が若干低くなることはNO2基が水素結合受容基であって,親水性がハロゲンより高いことによる.2,6-Br2-BAが活性を示さないことは,2個のBr置換により環部の親脂性が高くなりすぎること,あるいは2個のBrのかさ高さが大きすぎてCOOH基の固有の効果が発揮され得ないことによるものと説明される.NO2-POAのうち,3-位置換体が2-および4-位の異性体に比べ高い活性を示す.これはNO2基と側鎖の-OCH2-部との間にthrough-resonanceが起こる2-および4-位異性体では-OCH2-部が環と同一平面に固定されるが,3-位の置換体の場合にはthrough-resonanceが起こらないでOCH2COOH側鎖の回転の自由度が高く,COOH基が環平面から外れた配座をとる確率が高いことによると説明される.そのほかにも二点接触説によっては説明のつかない構造の多くの新しい活性化合物が合成されてくる.例えば,イギリスKentのWyeCollegeのWain教授のグループは,1953年に2,4-Cl2-6-F-POAおよび2,4-Br2-6-F-POAがフリーのortho位を持たないにもかかわらず高い活性を示すことを明らかにした.またBonner教授によれば,これらの化合物では,2,6-Cl2-BAにおける2点接触の第2段階に付随する6-位ハロゲンイオン(F–イオン)の脱離は観察されなかった.1956年Veldstra教授はBonner教授らによって示された2,4-Dの生長反応におけるMichaelis-Menten型のkineticsが,共有結合の生成を伴う置換反応メカニズムに必ずしも対応するものでないことを指摘し,1960年に福井先生のグループもSNの値は,必ずしも環との-23-SARNewsNo.21(Oct.2011)共有結合生成を伴う求核置換反応性を反映せず,電子の受容を伴う電荷移動錯体の形成に於ける安定化エネルギーの指標とも受け取れることを発表した.生長の促進が純粋に“物理化学的”メカニズムによるものであるとの見解から,Veldstra教授は生長ホルモンの生長促進作用において“受容体”との反応性を仮定する置換基の電子効果を否定した.それに対しHansch先生は1952年の論文でVeldstraの説に反駁を加え,HLBがほぼ等しい2,4,5-Cl3-POAと2,4,6-Cl3-POAの活性を比べるとき,前者はきわめて高い活性を示すにもかかわらず,後者はほとんど活性を示さないことなどを例に上げ,活性強度の変動にHLBの変化を考慮することにはほとんど意味がないとしておられた.しかし2点接触説と矛盾する多くの活性化合物の登場にともない,先生の考え方は1950年代後半から,活性の強度の変化に対する置換基の効果には,電子的効果と重複してHLBあるいは親脂性の関与を考慮することが必要であるという方向に次第にシフトしていった.少なくとも生理活性物質の投与部位から作用点への移動にかかわる膜透過の過程では,化合物の親脂性が重要な役割を果たすはずである.7.京都大学における筆者の研究京大農芸化学科の農産製造学研究室において筆者の指導教授であった三井哲夫先生は,1943年に1-naphthoicacid(1-NA)とその部分水素添加体である1,4-H2-1-NA,3,4-H2-1-NA,および1,2,3,4-H4-1-NAを合成しそれらがいずれも生長ホルモン活性を示すことを見出しておられた.幼トマト葉柄上偏生長テストで1,4-H,頂いたテーマとして1-NA関連化合物の構造・活性パターンよびその部分水素添加体のcarboxyl基と環との間の立体関係を理解するためには,種2および1,2,3,4-H4化合物はIAAに比べそれぞれ同程度およびほぼ1/2の極めて強力な活性を示すが,3,4-H2体の活性はIAAの1/20程度であり,1-NAの活性はさらに低い.また1,4-H2および1,2,3,4-H4化合物を光学分割し,いずれもS体が活性型であることをも明らかにされた(図3).分子模型を組み立てると,1-NAおよび3,4-H2体では,carboxyl基と環とは共役が可能で,平面に近い構造をとるが,1,4-H2および1,2,3,4-H4化合物では,部分水素化環の反転が状況を複雑にするものの,carboxyl基は環平面からかなり立ち上がった配置をとることができ,限られた数の化合物範囲内ながらVeldstraの立体構造に関する仮説と対応する.筆者は1950年以降,三井先生からCOOHCOOHCOOHCOOH1-NA1,4-H2-1-NA3,4-H2-1-NA1,2,3,4-H4-1-NAWeaklyActiveModestlyActiveHighlyActiveActive図3.1-NAおよび誘導体の構造と活性+H2/PtActiveFormS(+)-isomerHCOOHHCOOHActiveFormS(-)-isomerの解析に取り組むことになった.まずはVeldstra教授の提唱した活性物質に必須の構造条件であるHLBとdipolemomentを実験的に測定し,それぞれのホルモン活性との関係を検討することとした.HLBはポーラログラフィー(滴下水銀電極による電解還元法)により,標準水溶液中の溶存酸素に由来する還元極大波を発生させ,その波高の抑制強度として求めた.また経験的に定められていた構成要素相加性のパラメーターからHLBを計算することもできた.当然ながらHLBの変化からだけでは,生理活性強度の変化を全体的に説明できないという結果であった.1-NAお々の置換誘導体やモデル化合物のdipolemomentの値を用いて考察する必要がある.1953年東大理学部の森野米三先生の研究室にてdipolemoment測定のノウハウを教わり,1,2,3,4-H4-1-NAの骨格であるtetralin誘導体について半椅子型脂環部の反転平衡の性質と1-位置換基の立体配座を検討した.また3-および6-置換1-NAの双極子能率の数値から,環とcarboxyl基がほぼ同一平面上にある2個のCOOH基の安定配座の量比などを明らかにした.高いホルモン活性を示す2-および8-位置換の1-NAでは,双極子能率は温度変化せず,近傍の置換基の立体効果によってcarboxyl基がほぼ環平面に垂直に近くまで回転した位置で固定されていることも判った.-24-SARNewsNo.21(Oct.2011)1959年には,福井先生らの置換BA類に関する論文が発表されたあとを追い,筆者らも福井研究室の永田親義博士から手ほどきを受けて約40個のF,Cl,Br,I,MeおよびNO2置換1-NAについてSNを求めた.2-および8-位置換化合物の立体構造については,COOH基が環平面から90o回転した配座をとり,それ以外の3-.4-,5-,6-および7-位置換体に関しては同一面上に存在するものとした.計算の結果,8-位置におけるSNの値が活性の強度とほぼ対応することが示唆された.しかしその対応はすべての化合物を含める場合に比べ,HLBがほぼ等しい同一置換基をもつそれぞれの異性体のグループ内で顕著であった.すなわち置換1-NAの活性強度の変動は,Veldstraの主張する立体因子であるCOOH基の配座およびHLBの効果を分離した場合において,求核的植物受容体との相互作用と対応関係があることを意味する.また8-Me-1-NAは極めて高い活性を示すが,8位でMe—イオンの脱離が起こる可能性は極めて低い.筆者らは2点接触説のように共有結合が生成するのではなく,福井先生のグループが指摘したように電子の受容を伴う電荷移動錯体が8位で形成されると推定した.5-,6-,7-および8-位置に種々の置換基を導入した部分水素添加1-NA類の活性強度の検討結果をも含め,1960年の段階で筆者らは置換基の電子効果を重視するHansch先生らの仮説と,COOH基の立体配座と環系の親脂性を必須要因とするVeldstra教授の仮説の双方とも単独では十分でないと考えるに到った.そして植物生長ホルモンの構造・活性パターンを支配する置換基の効果には,電子的,立体的,親脂性などの中から2種類以上の因子の変化が同時に関与しているので,それぞれの因子の関与を互いに分離・評価せねばならないと予想した.しかし当時筆者は置換基の効果を構成因子の寄与に分離する方法について確たる見解をもつには至らなかった.1-NA関連植物ホルモンの作用メカニズムという点からは未完成であったが,筆者は約10年間にわたる以上の研究結果を学位論文としてとりまとめ三井先生に提出し1961年6月に福井先生のご紹介によりHansch先生のもとへ留学した.Hansch先生が1960年NIHに提出されたグラント申請が採択され,博士研究員が採用できるようになったので,適当な日本人の候補の推薦を福井先生に依頼された.研究実績の少ないPomonaCollegeにはアメリカ国内からの応募はあまり見込まれないと考えられたのである.8.QSARの誕生—置換POA類の植物ホルモン活性筆者のPomonaCollegeでの最初の仕事は数種の新しい置換POAの合成と分配係数Pの測定であった.1961年6月にはHansch先生は既に植物ホルモン活性の強度の変化に対し,親脂性が重要な因子であることを受け入れておられ,親脂性の指標として1-octanol-水系の分配係数を選択し,技術員の方が測定を始めておられた.また先生は2種類以上の因子がホルモン活性の強度の変化に関与している場合,それぞれの因子の関与を互いに分離するためには定量的方法が必要であることをも認識されていた.そして置換基の電子求引効果にHammettのσ定数を用い,親脂性Pの関与を取り入れて定式化するための方法についていろいろ試行しておられた.アメリカでの研究生活に慣れ始めた7月中旬になり,先生と筆者は定量的・数式的定式化について本格的に考察を加えることとなった.置換1-NA類では直接Hammettのσ定数を適用することはできず,Hn-1-NA類は脂環式化合物であったので,筆者にはσ定数を使用する機会がなかった.Hansch先生の場合,置換POAやBA類ではσ定数によって電子効果を表現するという先生の発想は当然であると納得したものである.筆者は1956年にWileyから出版されたM.S.Newman著“StericEffectsinOrganicChemistry”に所載のR.W.Taft教授(当時PennsylvaniaStateU.)の脂肪族化合物の反応性における電子効果と立体効果の分離に関する論文を思い出していた.そこには脂肪族化合物の反応速度定数kに対する置換基の効果を,置換基Xに帰属させられる電子的定数σ*と立体的定数ESの線形結合を適用する式2によって定式化する方法論が詳しく記述されている.いずれの定数も標準の反応から定義された自由エネルギー関係のパラメーターである.logkX=ρ*σ*+δES+constant(2)式2においてρ*とδはそれぞれの効果に対する反応速度の感受性を示す定数で,constantとともに最小二乗法で求められる.Constantは置換基が導入される前の無置換化合物のlogkH-25-SARNewsNo.21(Oct.2011)の値に相当する.先生と筆者はホルモン活性の強度変化に対しても式2の方式を適用することに合意した.筆者は親脂性のPに対しては式3で定義される置換基定数πを用いることを提案した.π(X)=logP(X-置換化合物)—logP(無置換化合物)(3)式3の定義によって親脂性(疎水性とほとんど同義)パラメーターπは,σ,σ*,ESと同様の置換基定数という資格を持つことになるからである.先生は線形結合に負のπ2項を導入して活性にとり最適の疎水性を表現できるように修飾を加えられた.このようにして単置換POA類について1962年のNature誌に最初のQSAR式が速報され,それが改良されて式4の形で1963年のJACSに掲載された.log(1/C)=—1.97π2+3.24π+1.86σ+4.16(4)ここでCはエンバク子葉鞘切片の生長を一定の程度促進するのに要求される化合物のモル濃度である.合計21個(n)の化合物に対し,標準偏差sは0.484,相関係数rは0.881であって,優れて良好とはいえないにしてもlog1/Cの変化の約80%(r2)を説明する.合計21個の内訳は3-位置換体が16個,かさ高くない基による4-位置換体が3個,そして2-naphthoxy化合物および無置換体である.これらの化合物しか含められなかった理由には長年にわたる経験的知見が関係している.すなわち4-位の置換基がClよりかさ高くなると,おそらく立体的理由から非連続的に活性が観察できなくなる.3-位置換基の場合にはn-Pr以上に長くなると活性が失われる.3,5-二置換体においては,1,4-炭素をむすぶ軸に直角の横断幅にも非連続的制限が加わる.Ortho置換基に対してHammettのσ定数を適用することは当時不可能であった.そしてこれら21個の化合物セットに対してのみ生長ホルモン活性を正確に測定することが可能であったのである.なお式4による計算に際しては3-位置換体のσ定数にσ(para)の値を4-位置換体のσ定数にσ(meta)の値を用いる.逆のσ定数の組み合わせでは相関関係は低下する.すなわち置換基の電子効果は側鎖のortho位置に向けられていて,二点接触説の環化反応における仮定を踏襲している.式4のπおよび負のπ2の項は,透過・輸送・受容体との相互作用の過程に関係する置換基の疎水性効果には最適値(π値が約0.8)があること,また疎水性の関与を分離した後でも,σ項の符号が正であることは,やはり電子求引性の置換基が活性にとって好ましいことを示している.また疎水性の関与を認めることによって,従来は難しかった活性強度の相対的な関係が説明できるようになった.たとえば3-NO2-および3-CN-POAは,3-Br-および3-Cl-POAより置換基の電子求引性はかなり大きいにもかかわらず,活性はほぼ同等かかなり低い.これはNO2およびCN基の疎水性が,最適値より,そしてBrおよびClよりも低いことによると説明される.やがてHansch先生と筆者は,式4のような自由エネルギー関係パラメーター項の(線形)結合による定式化の方法が植物生長ホルモン以外の種々の生理活性物質系列における活性強度の変化の解析に応用できることを見出した.Hanschグループは筆者の帰国のあと年を追うごとに成長し,計40名を超える博士研究員,大学からの訪問教官,企業からの派遣社員の参加をえて(日本からは岡山大学岩佐順吉名誉教授,元三共の吉本昌文博士,元塩野義の山川真透博士,京都大学赤松美紀准教授など),QSARは酵素反応・免疫反応・代謝・制癌剤・抗菌物質・中枢系医薬をふくむ極めて多方面に展開することとなる.先生はまたQSARとグラフィックスの方法論的結合・QSARのデータベースの構築とそのコンピューター化などにも精力を傾けられ,いくつかの著名大学院大学からの招聘を固辞し研究の自由度の大きいPomonaCollegeを生涯の場と定めてQSARの探求・普及・応用と有機化学教育に一生をささげられた.筆者はHansch先生の変らぬ激励を頂きながら主に農薬の領域において一貫して(Q)SARの研究に携わってきた.詳細は先生と筆者のそれぞれの著作[1-4]に記載されているとおりである.なお式4は1995年の先生の著書[1]において,式5のように訂正された.log(1/C)=1.25π+0.97σmeta+0.95L—5.54log(β・10L+1)+1.39(5)n=19,s=0.242,r=0.975式5には4-位置換体は含まれておらず,3-位置換基のσmeta値がσpara値よりはるかに良好な関係を示した.置換基の電子的効果は環上のortho位置ではなくCOOH基を担う側鎖に向く.すなわちHansch先生はこの時点で過去の二点接触説とは決別されていたことになる.Lは-26-SARNewsNo.21(Oct.2011)VerloopのSTERIMOL-lengthパラメーターである.負のlog項は置換基の長さLに対するKubinyiのbilinearmodelが有意で,Lに最適値が存在することを示している.式5によって3-位置換POA類の生長ホルモン活性の強度変化における置換基効果が電子的・疎水的・立体的因子それぞれに分離・評価できたこととなる.式5の信頼性に関しては最近三次元構造が明らかにされたIAAや2,4-Dの受容体たんぱく質との相互作用を通じて検討されなければならない.9.おわりに1961年筆者はHansch先生から手ほどきを受けて自動車の運転免許を取得した.1975年に始まったQSARGordon会議への往路には隔年約20年間,かならずClaremontに数泊しHansch先生とdiscussionするのが楽しみであった.最後にお目にかかったのは2004年IstanbulでのEuroQSARにおいてであった.いろいろな楽しい思い出も,QSARにまつわる新しい“発見”の喜びもともに分かち合うことができなくなりとても寂しい気持ちで一杯である.先生のご冥福を祈って筆を擱く.なお筆者の1961年までの研究に関しては,とくに京都大学名誉教授小清水弘一博士および故岡山大学名誉教授河津一儀博士が大学院学生であった当時の協力によるところが大きい.文献[1]HanschC,LeoA(1995)ExploringQSAR,AmericanChemicalSociety,Washington,DC.[2]HanschC,HoekmanD,LeoA,WeiningerD,SelassieCD(2002)ChemRev102:783–812.[3]FujitaT,ed(1995)QSARandDrugDesign:NewDevelopmentsandApplications,Elsevier,Amsterdam.[4]HanschC,FujitaT,eds(1995)ClassicalandThree-DimensionalQSARinAgrochemistry,AmericanChemicalSociety,Washington,DC.-27-SARNewsNo.21(Oct.2011)/////Activities/////構造活性フォーラム2011開催報告「ADME/Toxに基づく創薬:安全な医薬品の創製に向けて」構造活性フォーラム2011実行委員長山下富義医薬品の開発において,たとえ優れた薬理効果を発揮するにしても,その体内動態・毒性が不適切であるために,開発を中止,あるいは市販後であれば販売を中止せざるを得ないケースがあります。こうした問題を未然に予測し,有効かつ安全な医薬品を設計・開発することが強く望まれています。そこで,今年の構造活性フォーラムでは,「ADME/Toxに基づく創薬:安全な医薬品の創製に向けて」をテーマに掲げ,化学物質の体内動態,毒性に関わる各分野の専門家を招いてご講演いただきました。また,構造活性フォーラムでは初の試みとして,京都大学大学院情報学研究科・松田哲也教授にランチョン特別講演をいただきました。当日のプログラムは,下記の通りです。《午前の部》ADME/Tox研究の創薬へのインパクトディ・スリー研究所堀江透ADME/Toxデータマイニングの創薬現場での活用第一三共株式会社小林好真《ランチョンセミナー》医学と情報学の融合―医用画像と生体シミュレーションにおける新展開―京都大学大学院情報学研究科松田哲也《午後の部》化学物質の安全性-insilico評価への挑戦製品評価技術基盤機構櫻谷祐企,林真エステラーゼを標的とするプロドラッグ設計熊本大学薬学部今井輝子薬物トランスポーターの基質選択性と医薬品体内動態特性東京大学大学院薬学系研究科楠原洋之総合討論当日は,雨こそ降らないものの梅雨空の鬱陶しい天気でしたが,会場には101名にも及ぶ多数の参加者が集まりました。参加者には,構造活性相関研究に携わる分子設計研究者のみならず,薬物動態,毒性学,医薬品化学,リスク工学などを専門とする企業や大学の研究者も多数いらっしゃり,稀に見る多様性に富んだフォーラムとなりました。各講演に対する質疑応答や最後に行われた総合討論では,それぞれの立場から様々な貴重な意見が出ました。総合討論では,分子設計,医薬品化学,薬物動態研究者が如何にして連携を図るかを中心に討論がなされました。現在,科学の進展に伴い各分野が深く専門化されていく中で,ますますコミュニケーションが難しくなっています。各研究者が,弛まない自己研鑽を重ね,創薬に関わる幅広い知識の獲得に努めるとともに,異分野の研究者のニーズを理解し,自らの持つ情報をわかりやすく整理・要約することが必要である,こうした協調的な意識をもつことが連携して創薬研究を円滑に進める上での基本であるとの認識が共有できたと思います。この他にも忌憚のない意見や要望が交換され,非常に有意義な会合となりましたことをご報告いたします。最後になりましたが,貴重なお時間を割き,最後の総合討論にまでお付き合い下さいましたシンポジストの先生方,座長の先生方に御礼申し上げます。なお,次回の構造活性フォーラム2012は,新潟薬科大学・石黒正路先生が実行委員長を務められ,例年どおり6月頃に開催される予定です。-28-SARNewsNo.21(Oct.2011)/////Activities/////<会告>第39回構造活性相関シンポジウム日時平成23年11月28日(月)・29日(火)会場東京理科大学薬学部講義棟(千葉県野田市山崎)主催日本薬学会構造活性相関部会共催日本化学会日本分析化学会日本農芸化学会日本農薬学会懇親会11月28日(月)連絡先第39回構造活性相関シンポジウム事務局〒105-0014東京都港区芝3-2-11-702Tel03-3798-5240Fax03-3798-5251E-mailsar2011@event-convention.com第1日目(11月28日)10:00-10:05開会西谷潔(帝京平成大学・薬)10:05-12:40SARPresentationAward応募講演(薬学部1311教室)座長:赤松美紀KA01量子計算を用いた高精度結合活性予測モデルの構築:CK2-リガンド複合体○浅田直也、北浦和夫(京大院・薬)KA02ヒトノイラミニダーゼ-シアル酸誘導体複合体相互作用の非経験的フラグメント分子軌道法計算に基づく相関解析(LERE-QSAR)○比多岡清司、的場弘、原田政隆、河野明大、坂本修平、岡田耕平、吉田達貞、辻大輔(徳島大院・薬)、広川貴次(産総研・CBRC)、伊藤孝司、中馬寛(徳島大院・薬)KA03古典QSAR解析におけるσp+の理論的解釈―密度汎関数法分子軌道計算に基づくpara-置換フェノールの水素引き抜き反応に関する解析〇吉田達貞、廣隅公治、原田政隆、比多岡清司、中馬寛(徳島大院・薬)座長:清水良KA04キナーゼの大規模ケミカルゲノミクス情報を利用した活性特異的モチーフの抽出と阻害剤活性予測○新島聡、白石慧、奥野恭史(京大院・薬)KA05立体構造の類似性指標とGPCR立体構造データベースの構築○岩舘満雄、松岡美里、荒井まみ(中央大・理工)、加納和彦(国立感染症研)、梅山秀明(中央大・理工)KA06United3D:2つのコンセンサス法によるタンパク質予測構造評価プログラム○寺師玄記、大澤誠、中村裕樹、加納和彦、竹田―志鷹真由子(北里大・薬)-29-SARNewsNo.21(Oct.2011)13:40–15:40ポスターセッション(薬学部実習棟ロビー)13:40–14:40奇数番発表14:40–15:40偶数番発表15:50–17:20招待講演(薬学部1311教室)座長:内呂拓実KI01タンパク質間相互作用を標的としたinsilico創薬手法の実践田沼靖一(東京理大・薬)座長:宮城島利一KI02ゲノム研究の光と影宮田満(日経BP社医療局)17:30–18:25特別講演(薬学部1311教室)座長:西谷潔KS01グロバリゼーション—何をすべきか日本小林利彦(東京大学薬友会)19:00-懇親会(理科大学カナル会館)SARPresentationAward表彰式—————————————————————————-ポスターセッション(薬学部実習棟ロビー)KP01硫酸化グリコサミノグリカンは生理的濃度のホルモンFGF19の臓器特異的受容において必要である○中村真男(茨大院・理工、産総研・バイオメディカル)、上原ゆり子、浅田眞弘(産総研・バイオメディカル)、永井尚子(愛知医大・先端医学医療研究拠点、愛知医大・分子医科学研)、木全弘治(愛知医大・先端医学医療研究拠点)、鈴木理(茨大院・理工、産総研・バイオメディカル)、今村亨(産総研・バイオメディカル)KP02抗腫瘍活性物質Myceliothermophin類およびその安定型類縁体の合成と生物活性○田中怜、永田大貴、山口亮、塩野崎宣裕(東京理大・薬)、内呂拓実(東京理大・薬、東京理大・戦略的物理製剤学研究セ)KP03抗マラリア活性物質CodinaeopsinのC17-デメチル型類縁体の合成と生物活性○倉科りさ、山口亮、塩野崎宣裕(東京理大・薬)、内呂拓実(東京理大・薬、東京理大・戦略的物理製剤学研究セ)-30-SARNewsNo.21(Oct.2011)KP04PPARγLBD-三環系パーシャルアゴニスト複合体構造の構築○中込泉(北里大・薬)、豊岡尚樹(富山大・工)、峰平大輔、竹田大輔、加藤敦、足立伊左雄(富山大病院・薬)、松谷裕二(富山大・薬)、川田耕司、佐藤謙一((株)セラバリューズ)、山乙教之、合田浩明、広野修一(北里大・薬)KP05異性化アスパラギン酸を含むペプチドに対する分子力学計算の妥当性の評価○小田彰史(東北薬大・薬、阪大・蛋白研)、小林佳奈、高橋央宜(東北薬大・薬)KP06様々な系における自由エネルギー変分原理に基づく相対的な結合自由エネルギーの予測○芦田剛士(立命大・生命科学・生情)、森田諭貴子(立命大・生命科学・生情)、菊地武司(立命大・生命科学・生情)KP07実験と分子モデリングによる化合物の拡散係数の見積り野上佳邦、上田紋華、河合聡人(崇城大・薬)、田口久貴、赤松隆、新隆志(崇城大・生)、○宮本秀一(崇城大・薬)KP08アクティブサンプリングによるデータモデリングと予測の精緻化○大山美香、高橋由雅(豊橋技科大院・工)KP09一塩基多型による薬物代謝酵素CYP2B6の立体構造への影響○小林佳奈(東北薬大)、小田彰史(東北薬大、阪大蛋白研)、平塚真弘(東北大院薬)、山乙教之、広野修一(北里大・薬)、高橋央宜(東北薬大)KP10カテゴリーアプローチを用いた化学物質の反復投与毒性評価手法とその評価支援システムの開発○櫻谷祐企、山崎和子、張慧琪、西川智、山田隼(NITE)、林真(NITE、安評センター)KP11順序カテゴリデータの多変量解析による環境毒性の予測○伊藤雅士(阪大院・薬)、山﨑広之(北里大・薬)、岡本晃典(阪大院・薬)、川下理日人、高木達也(阪大院・薬、阪大微生物病研)KP12KY法による皮膚感作性のQSTR解析○湯田浩太郎((株)インシリコデータ)、JoseM.Ciloy((株)富士通九州システムズ)、佐藤一博、日下幸則(福井大・医)KP13水素結合性の官能基を持つ物質の生物濃縮性を対象としたカテゴリーアプローチの検討○池永裕、櫻谷祐企、山田隼((独)製品評価技術基盤機構)KP14部分電荷に基づく毒性予測QSAR式の開発○古濱彩子、青木康展、白石寛明((独)国立環境研究所)-31-SARNewsNo.21(Oct.2011)KP15分子動力学計算を用いた化合物の代謝部位予測:CYP3A4とcarbamazepineへの適用○幸瞳、本間光貴(理研SSBC)、畑晶之(松山大・薬)、星野忠次(千葉大・薬)KP16毒性構造知識ベース構築とそのソフトウェア基盤○大森紀人、森幸雄、堀川袷志、山川眞透、岡田孝(関学院大・理工)KP17血清アルブミン‐リガンド相互作用における熱力学パラメータとドッキングエネルギーの相関‐疎水性リガンドについて加藤祐樹、〇松浦誠、田浦俊明(愛知県立大・院情報)KP18アスパラギン酸残基が関与する非酵素的反応とアミド-イミノール互変異性○高橋央宜、小林佳奈(東北薬大)、小田彰史(東北薬大、阪大・蛋白研)KP19甘味修飾タンパク質の構造と甘味発現機構○大久保崇之(新潟薬大・応生)、中嶋健一朗、伊藤啓祐、三坂巧、阿部啓子(東大院・農)、田宮実、石黒正路(新潟薬大・応生)KP20大規模データベースからの基本活性構造(BAS)抽出○高田直人、大森紀人、岡田孝(関学大院・理工)KP21系統樹表現に基づく分子の関係ネットワークの可視化システムの開発○檜山綾乃、加藤博明(豊橋技科大院・工)KP22トポロジカルフラグメントスペクトル(TFS)のフーリエ変換に基づく非冗長な構造記述子◯志賀元紀、高橋由雅(豊橋技科大院・工)KP23既知活性化合物との網羅的3D構造比較に基づく新規バーチャルスクリーニング手法の開発○佐藤朋広、本間光貴(理研)KP24分子行列の固有値にもとづく構造プロファイリング○宮脇康司、高橋由雅(豊橋技科大院・工)————————————————————————-第2日目(11月29日)9:45–10:50一般講演(薬学部1311教室)座長:岡島伸之KO01*ベニバナ花弁中に含まれる生理活性物質の構造と活性○熊沢智、田中利一((株)SK農業戦略研究所)、松葉滋(山形大・工)KO02*Insilico代謝安定性予測モデルを用いた創薬スクリーニング手法の開発〇綾部美帆、長谷川清、妹尾千明、荒井真一、大田雅照(中外製薬(株))KO03生体内分子の三次元構造データベースの開発とVersion2.1の公開-32-SARNewsNo.21(Oct.2011)○前田美紀((独)生物研)11:00–11:45招待講演(薬学部1311教室)座長:山下富義KI03安全性(毒性)評価のための予測に関する研究の現状赤堀有美((一財)化学物質評価研究機構(CERI))座長:赤松美紀12:45–13:00CorwinHansch先生を偲ぶ藤田稔夫(日本薬学会構造活性相関部会)13:00–14:30招待講演(薬学部1311教室)座長:中山章KI04ミトコンドリア電子伝達酵素複合体-Iに作用する阻害剤の作用機構三芳秀人(京大院・農)座長:粕谷敦KI05多剤排出トランスポーターの結晶構造に基づく動的機能解析村上聡(東工大院•生命理工)14:40–15:20一般講演(薬学部1311教室)座長:高木達也KO04*Whydoestamifluhaveabranchedalkoxysidechain?○比多岡清司、的場弘、原田政隆、河野明大、坂本修平、岡田耕平、吉田達貞、辻大輔(徳島大院・薬)、広川貴次(産総研・CBRC)、伊藤孝司、中馬寛(徳島大院・薬)KO05分子進化計算:初期個体集合生成アルゴリズムの改良○丸野裕史、高橋由雅(豊橋技科大院・工)閉会※一般講演(KO01~05)の*印はA講演25分(発表20分、質疑5分)、無印はB講演15分(発表10分、質疑5分)、SARPresentationAward応募講演(KA01~06)は25分(発表18分、質疑7分)-33-SARNewsNo.21(Oct.2011)/////Activities/////構造活性相関部会の沿革と趣旨1970年代の前半、医農薬を含む生理活性物質の活性発現の分子機構、立体構造・電子構造の計算や活性データ処理に対するコンピュータの活用など、関連分野のめざましい発展にともなって、構造活性相関と分子設計に対する新しい方法論が世界的に台頭してきた。このような情勢に呼応するとともに、研究者の交流と情報交換、研究発表と方法論の普及の場を提供することを目的に設立されたのが本部会の前身の構造活性相関懇話会である。1975年5月京都において第1回の「懇話会」(シンポジウム)が旗揚げされ、1980年からは年1回の「構造活性相関シンポジウム」が関係諸学会の共催の下で定期的に開催されるようになった。1993年より同シンポジウムは日本薬学会医薬化学部会の主催の下、関係学会の共催を得て行なわれることとなった。構造活性相関懇話会は1995年にその名称を同研究会に改め、シンポジウム開催の実務担当グループとしての役割を果すこととなった。2002年4月からは、日本薬学会の傘下組織の構造活性相関部会として再出発し、関連諸学会と密接な連携を保ちつつ、生理活性物質の構造活性相関に関する学術・研究の振興と推進に向けて活動している。現在それぞれ年1回のシンポジウムとフォーラムを開催するとともに、部会誌のSARNewsを年2回発行し、関係領域の最新の情勢に関する啓蒙と広報活動を行っている。本部会の沿革と趣旨および最新の動向などの詳細に関してはホームページを参照頂きたい。(http://bukai.pharm.or.jp/bukai_kozo/index.html)編集後記日本薬学会構造活性相関部会誌SARNews第21号をお届けいたします。今回は、毒性の予測と創薬における毒性回避をテーマとしました。Perspective/Retrospectiveでは、堀井郁夫先生(昭和大学・ファイザー)に、創薬での毒性評価と、構造毒性相関研究および毒作用回避研究の関わりについて、現状と将来展望を解説していただきました。また、CuttingEdgeでは、木下誉富先生(大阪府立大学)に、SBDDに基づいて活性の向上のみならず毒性の回避も図るパラレルSBDDについてご紹介いただき、また、岡田孝先生、大森紀人先生(関西学院大学)に、反復投与毒性についての基本活性構造の探索とベイジアンネットによる構造毒性関連解析システム(Toxbay)について、ご紹介いただきました。創薬研究において毒性の予測や回避が今後さらに重要になっていくこと、また、それらへの具体的な取組みについてご解説いただき、計算科学分野でこの先どのようなアプローチが可能かを考える上でも、たいへん有用な情報ではないかと思われます。お忙しい中ご執筆いただきました先生方に、心よりお礼申し上げます。また今号では、去る5月8日に逝去されたCorwinHansch先生(ポモナ大学)への追悼文を藤田稔夫先生(京都大学)よりご寄稿いただきました。QSAR誕生までの研究の流れを明快に解説していただくと同時に、研究への思い、Hansch先生への思いが伝わってくる感動的な内容で、深く感謝いたします。Hansch先生のご冥福を、心よりお祈りいたします。このSARNewsが今後とも構造活性相関研究の先端情報と展望を会員の皆様にご提供できることを、編集委員一同願っております。(編集委員会)SARNewsNo.21平成23年10月1日発行:日本薬学会構造活性相関部会長赤松美紀SARNews編集委員会(委員長)粕谷敦福島千晶飯島洋竹田-志鷹真由子久保寺英夫*本誌の全ての記事、図表等の無断複写・転載を禁じます。-34-__