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SARNews No.33

SARNews_33

構造活性相関部会・ニュースレター<1October,2017>SARNewsNo.33「目次」/////藤田稔夫先生追悼/////中川好秋・・・1/////CuttingEdge/////疾患特異的iPS細胞の表現型を利用した創薬スクリーニング本間謙吾、井上治P・・・3非染色細胞画像を用いたフェノタイプスクリーニングの可能性藤谷将也、河合駿、加藤竜司・・・9ケミカルスペースネットワーク(CSN)を用いたSAR解析国本亮・・・16/////Activities/////く報告>構造活性フォーラム2017「PPI阻害をターゲットとする中分子医薬開発戦略」開催報告・・・24く会告>第45回構造活性相関シンポジウムプIグラム・・・26藤田稔夫先生追悼ACSAward受賞(1995/8/22)Hansch-Fujita法50周年(2012/8/25)京都大学名誉教授藤田稔夫先生p、201)年8月22日(火)n肺炎ocv永眠されtしcH藤田先生p1929年(昭和4年)1月2(日n京都jR生tれnなり、京都□中、第□高等学校を経i京都大学n進tれtしcH1951年(昭和2(年)n京都大学農学部農芸化学科を卒業後、直en助手としi勤務され、農産製造学研究室o□井哲夫教授o下、植物ホルモンo研究n取り組tれ、「1Fナフトエ酸誘導体o植物生長活性n関する研究」j学位を授与されiRられtすHこo研究が、19(1年(昭和3(年)Sらoアメリカ合衆国カリフォルニアポモナ大学ro留学(-orC8n04ns57先生とo出会い)と、そo後o研究o発展nつながりtしcH最終的n”04ns57-FA98t4法”と呼ばれる世界的n有名な”定量的構造活性相関解析(1A4nt8t4t8v63trA5tAr6A5t8v8tD26l4t8ons78p;13A2)”が誕生することnなりtしcHそo後3-D13A2なl様々な13A2手法が提唱され、今p04ns57-FA98t4法p-l4ss854l13A2とw呼ばれるようnなりtしcH2012年np、04ns57-FA98t4法50周年を記念しi、京都nRいi、シンポジウムを開催することがjきtしcH残念なことn04ns57先生p2011年5月8日n92年o生涯を閉じられiRり、こo記念シンポジウムn参加しi頂くことpSないtaんjしcH藤田先生p、アメリカSら帰国後o19((年(昭和41年)Sら農薬化学研究室o助教授とし研究室を運営しiいく中、先代o武居□吉、中島稔両教授が手がけiこられc殺虫活性化合物を材料nしi、04ns57-FA98t4法o応用n着手され、多くo論文を学術雑誌n発表されtしcHそo後、1981年(昭和5(年)n教授n昇任され、就任後しばらくしiSら研究室o名前を農薬化学Sら、生物調節化学n改名されtしcH農薬ouならず医薬、生理活性化合物全般を研究対象とする姿勢を明確n打e出され、13A2とそれn基hいc分子設計n関する研究を精力的n展開されtしcH1992年(平成4年)n定年退職されc後w、自宅Sら離れcところnオフィスを構Qられ、最近tj一貫しiさtざtな医薬、農薬o構造活性相関o研究を行っiこられtしcH学会関係jp、日本農薬学会o設立(19)5年)当初Sらそo運営n尽力され、1983-1985年副会長、1985-198)年np会長を務vられtしcH日本農芸化学会nRける功績w大きく、1989-1991年o2年間n亘り関西支部o支部長を務vられtしcH学会活動としip、何と言っiw構造活性相関シンポジウムo開催と構造活性相関部会o設立jありtすH19)5年5月10日n、京都商工会議所集会室j懇話会を開催されtしcが、これが、そo後毎年開催されiいる構造活性相関シンポジウムo第1回nなりtすH数回p懇話会としi藤田先生が実施されiいtしcが、19))年n北里大学o森口郁夫先生が実行委員長としi、pじvi東京o薬学会館ホールjシンポジウムを開催されtしcHこれが、第4回構造活性相関懇話会シンポジウムjしcH再度、森口先生が薬学会館ホールnRいi第8回を開催されctしcが、こo時Sら『構造活性相関シンポジウム』となり、今n至っiいtすH第9回p豊橋技術科学大学nRいi、第5回情報化学討論会と合同j開催され、そo後pずっと共同j開催されitいりtしcH2002年(平成14年)n構造活性相関部会としi薬学会o部会としi認vられ、ここ数年p構造活性相関シンポジウムとしi単独j開催しiRりtしcが、201(年o第44回p日本農薬学会o第30回デザイン研究会と共同j開催いcしtしcHそo時p、藤田先生が米寿を迎QられることSら、それをR祝いするセッションを設けtしcH今年p茨城県o土浦j第45回oシンポジウムが開催され、日本薬学会功労賞をR祝いする藤田先生o記念講演が予定されiRりtしcが、残念なことnそoR話を拝聴することpSないtaんjしcH日本薬学会功労賞p、近年jp平成21年度-24年度、同2(年度、同2)年度p該当者がなく、前年度nノーベル賞受賞者大村智先生が受賞されcという大変璽uoある賞jすH19(4年以降、13A2p薬物o分子設計や作用メカニズム解析、化学物質o生体内や環境中jo動態解析と予測o分野nRける新しい学間領域o創成n貢献し、藤田先生o業績が国内外Sら高い評価を受け、日本農芸化学会奨励賞(19()年)、日本農薬学会業績賞(19)9年)、日本農芸化学会功績賞(1989年)、アメリカ化学会農薬化学部会特別賞(1992年)アメリカ化学会農薬化学研究国際賞(1995年)なlo受賞o栄誉n浴され、すjn述stしcようn、本年3月nw日本薬学会Sら功労賞が授与されtしcH最後nなりtしcが、こo世界的n大きな研究業績をあげられc先生o下j研究を行Qcことを誇りn思いtすととwn、叱咤激励n加Qi誰njw優しく接しi頂きtしcことn感謝しiRりtすHtc、亡くなられる前n『須窮構効』(誰jwuんな構造活性相関をしっSりやりtしyうH)という4文字熟語を残しiくださいtしcことnw感謝し、こo言葉を頭n焼き付けi、今後w構造活性相関研究n精進しiいきcいと思っiいtすH構造活性相関部会会員を代表しi、ここn、藤田稔夫先生oご冥福をR祈りいcしtすH日本薬学会構造活性相関部会部会長中川好秋/////CuttingEdge/////疾患特異的iPS細胞の表現型を利用した創薬スクリーニング理化学研究所バイオリソースセンター創薬細胞基盤開発チーム京都大学iPS細胞研究所増殖分化機構研究部門幹細胞医学分野本間謙吾井上治久1.はじめに創薬研究の進め方には、大別して2通りの手法が存在する。標的に基づいたtarget-baseddrugdiscoveryと、細胞や臓器・個体の表現型(phenotype)に着目したphenotypicdrugdiscoveryである。近年、幹細胞研究、特にiPS細胞研究の発展により、これまで入手が困難であったヒト患者由来の細胞を手に入れることが可能になったことから、フェノタイプスクリーニング(phenotypicscreening)を利用したphenotypicdrugdiscoveryに注目が集まっている。細胞を利用したフェノタイプスクリーニングでは、病態と関連する細胞の性質を改恙する低分子化合物、核酸、タンパク質(ペプチド)などを探索する。ハイコンテントイメージアナライザーといった測定・解析技術の発展により、単純な細胞の生死だけでな-、細胞の形態の変化や各細胞小器官の異常など、複雑な生命現象をハイスループットに解析することが可能となっている。新たな薬を生み出すことが難し-なっている昨今の創薬環境の中で、新規の薬効により治療効果を発揮するファーストインクラスの薬剤候補がこのフェノタイプスクリーニングで見つかっており、フェノタイプスクリーニングは非常に魅力的な創薬スクリーニング方法として注目されている[1]。本稿では、筆者らが着目しているiPS細胞を利用した神経変性疾患の創薬研究に焦点を当て、これまでの研究状況と今後の課題について紹介したい。2.標S31リーニン2とフェノタイプ31リーニン22.1標的スクリーニングとその課題かつての抗菌薬やがん治療薬の発見にみられるように、元来、創薬研究は個体や細胞を利用した表現型に基づいた発展が中心であった。しかし、遺伝子情報の解析が進み、遺伝子からタンパク質、そして疾患へと繋がる詳細な分子機構の研究が発展したことにより、近年の創薬研究は標的に基づいたスクリーニングが中心となった。これは、着目している疾患で見られる遺伝子の変異や欠失、タンパク質レベルでの異常を標的として、その機能を補うもし-は阻害するような化合物を得ることを目指す(図1)。標的が明らかなため、得られた低分子化合物の治療対象となる患者群や、投与量、標的由来の副作用が予測しやすいなどの利点もある。しかしながら、標的分子が対象疾患の病態に大き-貢献しているという仮説に基づいた創薬探索であり、その根拠が確かであることが非常に璽要である。そのため創薬スクリーニングの前に、標的遺伝子・タンパク質と病態について、患者の症状との相関解析やモデル動物の解析、生体内反応を反映する適切なinvitro実験など、詳細な検討が必要となる。こうして、確かなターゲットであると判断されると、invitroでのハイスループットスクリーニング系の樹立を経て、標的タンパク質に対する効果的な化合物の探索が行われる。その後得られた低分子化合物が実際に細胞で効果を発揮するためには、invitro舌性の向上、さらに、細胞膜の透過性や、細胞内局在、代謝等の間題をクリアする必要がある。これらの課題をクリアできたとしても、細胞内の応答機構は非常に複雑であり、代替経路の存在や、予期せぬ副作用などによって予想した効果が十分に得られないこともある。また、ほとんどの場合、臨床試験前にモデル動物を利用したinvivo実験を行うが、ここで良好な結果が得られても、種差などによりヒトで十分な効果が得られないことがあり、多-の治療薬候補が臨床試験で脱落する原因となっている。2.2フェノタイプスクリーニングとiPS細胞フェノタイプスクリーニングでは、病態と関係する細胞死や細胞の形態変化、細胞内小器官の異常などの表現型を改恙する低分子化合物の探索を、細胞や組織・個体に対して行う(図1)。つまり、標的分子に対するバイアスを一切かけることな-化合物を探索することできる。また、モデル動物や細胞を用いてアッセイを行うため、化合物の膜透過性や、細胞内局在、細胞毒性、他の代償経路による効果の喪失や副作用なども含めた総合的な作用を評価することができる。一方で、フェノタイプスクリーニングにおいては、病態を反映するような評価可能なアウトプットを見出す必要があり、そのアウトプットを指標にできる安定的なアッセイ系の樹立が課題となる。神経疾患を対象とした研究を例にとると、一般的に培養細胞を使用した実験系では表現型が弱いことが多-、初代培養神経細胞を利用した場合にはスループット性や安定性に間題が生じることが多かった。2006年に山中伸弥博士らによって報告されたinducedpluripotentstemcell(iPS細胞)技術は、そのような課題を解決し、創薬研究を発展させることが期待されている技術である[2]。iPS細胞は人の皮膚や血球細胞に少数の因子を導入することで得られ、様々な細胞種に分化する能力と極めて高い増殖能力をもつ細胞である。このiPS細胞は再生医療だけでな-、創薬研究においても非常に魅力的な存在となっている。難治性疾患患者の体細胞からiPS細胞を作製し、それを神経や筋肉、肝臓などの各疾患の病因となる細胞種に分化誘導させることで、原因が末解明な疾患であっても、疾患患者の体内を模した病態モデルを培養皿上で再現できるためである。これにより、病気が発症した後の解析ではわからなかったような、病気の発症に至るまでに各細胞内でどのようなイベントが起きているかの継時的な解析や、患者数が非常に少な-病因の解析が難しかった希少疾患などについても病態解析が可能になった。また、標的に基づいた創薬探索では不可能であった、病態発症機構が全-末知の疾患についても、疾患患者由来iPS細胞を利用した細胞病態モデルを作製し、その表現型に着目することで創薬探索を行うことが可能になった。そこで、次章では我々の取り組んでいる神経変性疾患に着目して、iPS細胞の表現型を利用したスクリーニングの実例と現状を紹介する。フェノタイプスクリーニング個体タンパク質細胞y的スクリーニング遺伝子フェノタイプスクリーニングy的スクリーニング特徴特定の表現系をtyに生物学的アッセイ系でのスクリーニング特定のターゲット(a子)に対する化合物の活pを評価するスクリーニングメリット・あらかじめ想定したy的a子やa子メカニズムは無く、詳細な発症機wが不明であっても創薬スクリーニングを行うことができる・様々な関連a子やpathwayを同時に評価できる・副作用や投与用量の予測が可能である・比較的安定なアッセイ系が樹宣しやすいデメリット・ヒット化合物に対してターゲット同定のステップが必要・安定なアッセイ系の樹宣がh難・病態発症機wのa子機wが明確になっていることが必要・ヒット化合物に対して生物学的アッセイにおける化合物の活p評価が必要図1.フェノタイプスクリーニングと標的スクリーニング3.疾患特PSiPS細胞の表現型.利用した創薬31リーニン23.疾患患者由来iPS細胞.利用した病態モデルの作製と薬効評価疾患患者由来iPS細胞を用いた病変細胞の作出は、2008年のDimosらによって初めて報告された[3]。彼らは、Cu,Znsuperoxidedismutase(SOD1)遺伝子に変異を持つ家族性筋萎縮性側索硬化症(Amyothrophiclateralsclerosis;ALS)患者由来の線維芽細胞よりiPS細胞を作製し、病態と関連した表現型についての記述はないものの、病変細胞である運動神経細胞に分化誘導できることを示した。そして2009年には、脊α性筋萎縮症(Spinalmuscularatrophy;SMA)患者由来のiPS細胞から作製した運動神経細胞を既存の治療薬候補の評価に利用した報告がなされており、iPS細胞を利用した疾患モデルが薬効の評価に有用であることが示された[4]。我々の研究室もTARDNA-bindingProtein-43(TDP-43)をコードするTARDBP遺伝子に変異を持つALS患者由来のiPS細胞を樹立した。そこから運動神経細胞を分化誘導したところ、患者剖検で観察されるようなTDP-43の細胞質凝集体など、い-つかのALS病態との関連が報告されている表現型を再現することに成功した[5]。さらに、この異常な表現型を改恙できる化合物の同定に成功し、疾患特異的iPS細胞由来の病変細胞が薬効評価に有用であることを報告した。また、疾患特異的iPS細胞を利用した表現型による薬効評価を取り入れた規模の大きな創薬スクリーニングも、様々な神経変性疾患で報告されている。Barmadaらは、ALS病態改恙効果を示す化合物を、患者由来iPS細胞から分化させた運動神経細胞を用いて見出した[6]。彼らは、TDP-43変異体のタンパク量が神経細胞毒性と相関すること、ならびに、TDP-43の寿命が比較的長いことに着目し、第一段階としてオートファジーを促進する化合物の獲得を目指した。神経細胞でオートファジーを促進することが知られているファーマコフォアに基づいたinsilicoスクリーニングを100万を超える化合物に対して行い、オートファジー促進化合物を同定した。第二段階として、TDP-43変異体による神経細胞毒性に対するこれらの化合物による軽減効果を、TARDBP遺伝子変異を持つ患者由来iPS細胞から分化した運動神経細胞を利用して評価し、オートファジー促進化合物がTDP-43変異体の毒性を抑制できることを示した[6,7]。2013年にRyanらが行ったパーキンソン病の治療薬候補の探索では、a-synuclein遺伝子に変異を持つ患者由来のiPS細胞から分化したドパミン神経細胞を利用している[8]。彼らはゲノム編集の技術を利用して変異を修復したコントロールの細胞と比較して、パーキンソン病患者由来の神経細胞がミトコンドリア傷害ストレスに対して脆弱であることを見出し、翻訳後修飾によるmyocyteenhancerfactor2C(MEF2C)の不舌性化がその原因の一端であることを明らかにした。さらに、約2,000の化合物ライブラリーからMEF2C遺伝子の転写を誘導する化合物を探索し、ヒット化合物が実際にパーキンソン病患者由来iPS細胞から作製したドパミン神経細胞のミトコンドリア障害ストレスに対する脆弱性を改恙することを示した。この研究は、病態発症機構の解明と化合物の評価の両方に疾患特異的iPS細胞を利用しており、疾患特異的iPS細胞が薬効評価だけでな-、病態機構の解析においても非常に魅力的な病態モデリングツールであることを示している。3.2疾患患者由来iPS細胞.利用したフェノタイプ31リーニン2iPS細胞は、上に示したようなヒット化合物の薬効評価のためのアッセイにとどまらず、最近では化合物スクリーニングにおいても舌用できるようになってきた。例えば、疾患特異的iPS細胞から分化させた神経細胞の表現型を指標とした、規模の大きな低分子化合物スクリーニングも報告されている。2012年にLeeらは、家族性の自律神経失調症患者由来のiPS細胞から分化させた神経堤細胞を利用して、約7000化合物に対する治療薬候補の探索スクリーニングを行ったことを報告した[9]。この疾患は、神経の発達異常と変性を特徴とする。IκBkinasecomplexassociatedprotein(IKBKAP)遺伝子の変異によるスプライシング異常により、正常なIKAPタンパク質が産生されな-なることが原因であると考えられている。彼らは、患者由来のiPS細胞から分化させた神経堤細胞はIKAPの発現が低-、遊走性が低下しているなど、い-つかの疾患特異的な表現型を示すことを明らかにしていた[10]。そこで、iPS細胞から分化させた神経堤細胞のIKBKAPmRNAの発現量に着目し、野生型IKBKAPmRNAの発現上昇を指標とした低分子化合物スクリーニングを行った。その結果、変異によるスプライシング異常を軽減する化合物の同定に成功し、さらにはそのターゲット分子を解析することでIKAPの発現制御機構の一端を明らかにした[9]。アルツハイマー病については、毒性の高いAβ42の産生を制御する化合物のスクリーニングが行われている。Brownjohnらは、Aβペプチドを多-発現する21番染色体をトリソミーで持つ患者由来のiPS細胞から分化させた大脳皮質神経細胞を利用して、1200化合物の中から細胞培養液中のAβ38またはAβ40に対してAβ42の産生比率を小さ-する化合物の探索を行った[11,12]。その結果、γ-secretase舌性に大きな影響を与えることな-、Aβ42の産生比率を制御する化合物の同定に成功した。この化合物の薬効は、既存の薬物標的ではそのメカニズムを説明できず、直接のターゲットはcoreγ-secretasecomplexでもなかった。著者らはターゲット分子を同定していないが、このような標的・分子機構が末知の薬物が治療薬候補として得られる点もフェノタイプスクリーニングの魅力である。これらの例は、原因遺伝子が特定されている患者由来のiPS細胞を利用した研究であるが、責任遺伝子の分からない孤発性の神経変性疾患モデルを用いたフェノタイプスクリーニングも行われている。Burkhardtらは、孤発性ALS患者由来のiPS細胞から運動神経細胞を誘導し、患者剖検で観察されるものと非常によ-似たTDP-43の凝集体形成が、疾患特異的iPS運動神経細胞において観察されることを見出した[13]。約1,800の化合物に対してハイコンテントイメージング解析技術を利用したスクリーニングを行い、このTDP-43凝集体の形成を抑制する化合物の探索を行った。これにより、これまで病態モデルの樹立ならびに発症機構の解析が困難であった孤発性の神経変性疾患に対しても、疾患特異的iPS細胞を利用したフェノタイプスクリーニングが利用できることが示された。このように、疾患特異的iPS細胞の表現型を利用したフェノタイプスクリーニングの有用性は明らかである。しかしながら、多-の場合iPS細胞から目的細胞に分化させ、化合物の舌性を評価するためには1ヶ月以上を要するうえに、バッチ間での安定性にも不安が残る(図2)。これは数万種類以上の化合物を取り扱う大規模化合物スクリーニングを実施する上では大きな間題となる。一方で、神経幹細胞に3つの転写因子neurogenin2(Ngn2),islet-1(Isl-1)とLIM/homeoboxprotein3(Lhx3)を発現させることにより、短時間かつ安定的に運動神経細胞を分化誘導できることが報告されている[14]。そこで我々の研究室では、この分化誘導系を利用したスループット性の高いスクリーニング系の樹立を試みた(図2)[15]。iPS細胞に上記の3つの遺伝子を薬剤依存的に発現誘導したところ、7日で電気生理学的な舌性を示す運動神経細胞に分化させることができた。この方法により作製した家族性ALSの原因遺伝子であるSOD1遺伝子に変異を持つ患者iPS由来の運動神経細胞は、健常者由来またはCRISPR-Cas9を利用したゲノム編集により変異を修復したisogeniccontrol由来の運動神経細胞では見られない、異常構造SOD1の蓄積や生存率の低下といったALS病態と関連した表現型を示した。そこで、このSOD1遺伝子変異依存的な運動神経細胞の生存率低下を指標として、約1,400化合物についてフェノタイプスクリーニングを行った。SOD1変異体を発現するiPS細胞に、上述の3つの転写因子を発現することにより分化誘導した7日目の運動神経細胞に各化合物を添加し、14日目の生存率を評価することで27個のヒット化合物を同定した。このうち14化合物がSrc/c-Abl経路の阻害剤であったことから、この経路に着目して解析を進めたところ、疾患運動神経細胞ではコントロールの運動神経細胞と比較してSrc/c-Ablのリン酸化が充進していることが明らかとなった。ヒット化合物の1つであるボスチニブに焦点をあて、運動神経細胞の生存率を改恙する作用機序の解析を行った。その結果、ALS患者iPS細胞から誘導した運動神経細胞で低下しているオートファジー舌性を、ボスチニブが改恙することを見出した。さらに、TARDBP遺伝子に変異を持つALS患者iPS細胞やC9orf72遺伝子のイントロン領域に繰り返し配列を保有するALS患者iPS細胞、孤発性ALS患者iPS細胞から作製した運動神経細胞に対しても、同様に細胞生存率の改恙効果があるか検討を行ったところ、ボスチニブはSOD1遺伝子変異による運動神経細胞だけでな-、これらの異なる原因で起こる運動神経細胞の生存率低下も改恙することがわかった。最後に、invivoでの病態改恙効果を検討するため、ALSモデルマウスである変異型SOD1トランスジェニックマウスにボスチニブの投与を行った。その結果、対照群と比較して、ボスチニブ投与群では異常構造のSOD1の蓄積が抑制され、発症時期の遅延と寿命の延長が確認でき、invivoにおけるALS病態の改恙効果を示した。従来の運動神経細胞分化誘導方法胚葉体の形成神経誘導運動神経誘導運動神経の成熟化iPS細胞4日程度7日程度5日程度10日程度•時間がかかる•ステップ数が多い•スループット性が低い•評価系が安定しにくい転写因子の発現による運動神経細胞分化誘導方法Ngn2,Isl-1,Lhx3発現誘導iPS細胞7日程度•短時間で分化誘導•ステップ数が少ない•スループット性が高い•評価系が安定しやすい図2.分化誘導方法のエ夫によるスクリーニング系の改恙4.おわりに本稿で紹介したように、疾患特異的iPS細胞の表現型を利用した化合物の評価実験は、大規模なスクリーニングにも適用できる実現性が高まり、ヒット化合物の効果が実際にinvivoで確認されるなど、非常に魅力的な創薬ツールとなっている。しかしその一方で、多-の課題も残されている。分化誘導法の効率化と安定化は、日々改恙がなされているものの、多-の細胞種については依然として十分なレベルとは言えない。また、iPS細胞のクローン間のバリエーションも今後の大きな課題である。CRISPR-Cas9を利用したゲノム編集技術の発展に伴い、原因遺伝子を修復したコントロールiPS細胞の設定が可能となったが、孤発性の疾患など、単一の原因遺伝子変異に依らない疾患においては対照とすべきコントロールiPS細胞の設定が間題となる。また、フェノタイプスクリーニングにおいて障壁となるヒット化合物の標的同定や、作用機序の解明においては、各wellの中に存在する標的細胞の存在比率が間題となる可能性が考えられる。iPS細胞からスクリーニング用に大量に調整した細胞は、必ずしも単一の標的細胞ではな-、末分化である細胞や標的細胞とは異なる細胞に分化した細胞が一定数混在すると考えられる。このような細胞の存在下でアッセイを行うことは、標的細胞とは異なる細胞に作用することで細胞非自律的に病態を改恙している影響を想定する必要がある。また、標的細胞とは別に代謝酵素発現するような細胞が存在する場合には、代謝された化合物が舌性を獲得する可能性もあり、iPS細胞を利用したフェノタイプスクリーニングでは、化合物の標的分子の探索と作用機序解明はより複雑になると予想される。まだ改恙すべき課題はあるものの、iPS細胞の登場により、神経変性疾患をはじめとしたこれまで解析が困難であった疾患の創薬研究は大き-前進している。今後さらに技術発展することにより、iPS細胞技術は神経変性疾患に限らず、多-の疾患研究において璽要な役割を担ってい-と考えられる。