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SARNews No.16

SARNews_16

構造活性相関部会・ニュースレター<1April,2009>SARNewsNo.16「目次」/////Perspective/Retrospective/////ReprofilingtheHansch-FujitaTypeofClassicalQSARUsingModernMolecularCalculations中馬寛、吉田達貞、藤田稔夫・・・2/////CuttingEdge/////CK2α阻害剤創出に向けたX線結晶構造解析、計算化学、および熱量測定(ITC)によるアプローチ関口雄介・・・11擬似分子プローブと標的分子構造に基づくdenovo医薬分子設計法の開発東田欣也、後藤純一、平山令明・・・16/////Activities/////<報告>第36回構造活性相関シンポジウム高木達也・・・21第8回薬物の分子設計と開発に関する日中合同シンポジウム藤原英明・・・22The17thEuropeanSymposiumonQuantitativeStructure-ActivityRelationships参加報告浅田直也・・・24<会告>構造活性フォーラム2009「化合物と標的・非標的タンパク質との相互作用-創薬標的の同定と分子設計-」・・・26第37回構造活性相関シンポジウム・・・272009年度構造活性相関部会SARPromotionAward受賞候補者募集・・・28部会役員人事・・・29SARNewsNo.16(Apr.2009)/////Perspective/Retrospective/////ReprofilingtheHansch-FujitaTypeofClassicalQSARUsingModernMolecularCalculations中馬寛1,吉田達貞1,藤田稔夫21徳島大学大学院・ヘルスバイオサイエンス研究部,2京都大学名誉教授Hanschと藤田による最初のQSAR(QuantitativeStructure-ActivityRelationship,定量的構造活性相関)の論文発表からすでに40年以上が経ち、その間にQSARによる数々の創薬の成功例が報告されてきている。一方、この約40年間の実験技術の進歩とともにコンピュータの演算・記憶能力の飛躍的発展と大規模分子系に対する非経験的分子軌道法などの新しい分子科学理論・計算法の出現によってタンパク質・阻害剤複合体等についても詳細な情報が得られるようになってきた。著者らは、QSARのさらなる発展を目的として分子科学理論・計算法を用いて、QSAR解析の分子間相互作用に基づく新たな理解を目指した研究を行ってきた。本稿は、2008年11月3~6日に神戸国際会議場にて開催されたTheEighthChina-JapanJointSymposiumonDrugDesignandDevelopmentにおける本稿と同じ題名の講演に関する解説である。1.QSAR解析における自由エネルギー関連パラメータ酵素阻害剤や基質を対象とするQSAR(enzymaticQSAR)において、一般に骨格が同一で置換基の異なる一連の芳香族化合物(congenericseries)のKi(酵素活性阻害の平衡定数)などの生物活性値の変動は式(1)に代表される線形式で表現される。log(1/Ki)=aσ+blogP+const(1)右辺のσは置換安息香酸の解離定数から定義される化合物の置換基の電子的パラメータHammettσであり、logPはn-octanol(oct)層と水(w)層での分配係数P=Coct/Cw(Cは平衡濃度)の対数値で化合物の疎水性の定量的尺度を表す実測値である。HammettσやlogPはそれらの定義式から理解できるとおり、化合物の自由エネルギー変化に対応し、一般に自由エネルギー関連パラメータ(freeenergy-relatedparameter)と呼ばれている。左辺は、Kiをexp(−ΔG/RT)とおけば、薬物分子がその標的酵素と結合する際の自由エネルギー変化ΔGに対応し、したがって、式(1)は、一連の化合物のΔGが各化合物の電子および疎水エネルギー項の和で表現されることを意味する(エネルギー成分への分割)。一般に、QSAR式は、LFEP(LinearFreeEnergyPrinciple,自由エネルギーの線形則)に基づき、一連の薬物分子の標的酵素までへの輸送過程から結合過程までの全ΔG値の変動をHammettσやlogPなど化合物の各自由エネルギー関連パラメータの線形結合式で表現する。-2-SARNewsNo.16(Apr.2009)本稿の第1章では、QSARにおける二つの代表的な自由エネルギー関連パラメータlogPおよびHammettσの非経験的分子軌道法等による解析結果に基づく考察をそれぞれ1-1,1-2章で述べる。1-1.分配係数logPの分子科学理論・計算法による解析結果と考察1995年までに蓄積されたQSAR式のデータベースによれば、約90%のQSAR式がlogPやπを含み、それらはenzymaticQSARの中でも主要なQSARパラメータとなっている[1,2]。式(2)で示すように、logPsol/wはn-octanol等の有機溶媒(sol)層と水(w)層間の自由エネルギー変化ΔGsol/wに対応している。logPsol/w=−ΔGsol/w/2.303RT=−ΔHsol/w/2.303RT+ΔSsol/w/2.303R(2)ここでRは気体定数、Tは絶対温度を表し、2.303は自然対数と常用対数の底の変換定数(=loge10)である。T=298Kのとき、式(2)の右辺のΔHsol/wの係数(=1/2.303RT)は−0.733(mol/kcal)となる。式(2)を検証する目的で、構造が比較的単純な有機化合物;無置換benzeneなどの非水素結合体(NHB,Non-Hydrogen-Bonder)69化合物、acetophenoneなどの水素結合受容体(HBA,Hydrogen-BondingAcceptor)34化合物、phenolなどの水素結合供与体(HBD,Hydrogen-BondingDonor)50化合物のn-octanol/水系のlogPoct/w値に加えて、含窒素芳香族分子のうち水素結合受容体37化合物のchloroform(CL)/水系のlogPCL/w値を解析対象とした。式(2)のΔHsol/wは溶質分子の有機層と水層とのエンタルピー差であり、非経験的分子軌道法(B3LYP/6-31+G(d)//HF/3-21G*)-連続溶媒和モデル[(SCRF)Self-ConsistentReactionField–CPCM(Conductor-likePolarizableContinuumModel)]を用いて評価した[溶液中ではΔEsol/w=ΔHsol/w]。ΔSsol/wについては、TanfordやChotiaらの報告[3,4]に基づき、溶質分子の溶媒接触表面積(ASA,solventAccessibleSurfaceArea)に比例すると仮定した。式(2)から出発し、最終的に相関式(3)を得た[5-7]。logPsol/w=−0.776ΔEsol/w+0.0266ASA−0.760IHAc+0.564Isol−0.421n=208,r=0.972,s=0.283,F=866(3)式(3)に新たに導入した項、IHAcはHBAのときは1を、NHBのときは0を、Isolはn-octanol/水系のとき1を、chloroform/水系のときは0をとるindicatorvariable(尺度変数)である。QSAR解析においてindicatorvariableを用いることがあるが、その項の持つ物理化学的意味を明確にすることが要求される。以下に、IHacとIsolを含め、右辺の4種類の説明変数の物理化学的解釈を述べる。(a)ΔEsol/wの係数は、式(2)で予測される−0.733(=1/2.303RT,T=298K)に近く、静電相互作用が支配的な溶媒和エンタルピー項と解釈できる。(b)ASAの係数は有機分子の溶媒移行自由エネルギー変化の実験値から算出した値(22~25cal/molÅ-2)に相当し、第2項はエントロピー支配の自由エネルギー項と解釈できる。(c)溶質・溶媒(水,n-octanol,chloroform)間の化学平衡の考察から、近似的にIHAcはlog([oct]/[w])-3-SARNewsNo.16(Apr.2009)と、Isolはlog([CL]/[oct])と表わすことができ([]は単位体積あたりの分子数を表す)、それぞれ−0.95,0.30となる。これらの値はそれぞれの項の係数値からあまりかけ離れていないことが分かる。IHAcとIsolが、溶媒濃度の対数の形をとるので、それぞれ溶媒の混合エントロピー項と解釈できる。式(3)の導出に含まれていない化合物セット(構造−logPsol/wの実測値)についての回帰式(3)によるlogPsol/wの予測値と実測値の相関は、導出に用いたデータセットの回帰分析とほぼ同等の統計的質(n=51,r=0.973,s=0.296)を与え、予測式(3)の有意性を確認した。式(3)の導出には、HBDを除外している。この理由は、式(2)におけるHBDの挙動がNHBおよびHBAから著しく異なることによる。すなわち、溶質分子を水素結合様式にしたがってNHB(n=69),HBA(34),HBD(50)と分類したときのそれぞれの回帰式logPoctl/w=aΔEoct/w+bASA+constはいずれも統計的に有意であり、ASAの係数値bの値もほぼ同じ値(0.0265~0.0272)であるが、NHBとHBAにおけるΔEoct/wの係数値aがそれぞれ−0.693,−0.631であるのに対して、HBDでは−0.337と約半分の値となる。この結果はHBDの特異性を示唆し、またHBDのみがlogPoctl/w値とlogPCL/w値の間に有意な相関が見られない実験事実とも対応すると考えられる。HBDの特異性は、連続溶媒和モデル(SCRF法)では表現できない、あるいは式(3)には考慮されていない、HBDにおいて顕著となるlogPsol/wと相関する因子の存在を示唆していると考えている。溶液の統計力学理論に基づく拡張RISM(e-RISM,extendedReferenceInteractionSiteModel)法を用いてlogPCL/wの推算を行った[8]。図1に示すように、実測値との対応は定量的には不十分ではあるものの(標準誤差は0.670,SCRFによる予測値では0.296)、e-RISM法による11化合物のlogPCL/w予測値は、実測値の変動の傾向を大体再現していることが分かる。e-RISM法を含む分子科学理論・計算によるlogPの予測とその結果の物理化学的解釈の困難さは、logP値の±1の変動がエネルギー変化±1.36kcal/molに対応することから分かるように、logPの推算には最低でも化学的精度[chemicalaccuracy,~0.5kcal/molと一般に考えられている]が要求されることにある。化学的精度あるいはそれ以上の精度を有する予測は、logPの推算を含む分配現象やタンパク質のような巨大生体分子間相互作用に関する問題については、現状では一般に困難である。それゆえに、化学的精度に達していない計算結果に解析者の物理化学の知識と洞察を加えて解釈することがきわめて重要となってくる。図1.logPCL/wの実測値と予測値(SCRF,e-RISM)0.01.02.03.04.05.0PhenolPyrimidineAcetonePyradinePyridineEthyleneDiethyletherBenzeneMethoxyBzTolueneCyclohexaneobsSCRFe-RISMlogPCL/wSCRF法とともにe-RISM法のような溶液の統計力学理論に基づく方法からも今後、logPおよび分配現象に関するより深い物理化学的描象が得られると期待している。-4-SARNewsNo.16(Apr.2009)1-2.Hammettσの分子科学理論・計算法による解析結果と考察Hammettσは、置換安息香酸の解離定数の実測値から定義され、当然のことながら薬物分子の標的となる受容体側の情報などは含んでいない。したがって、薬物分子・受容体相互作用の観点からは、enzymaticQSAR式において、Hammettσがなぜしばしば統計的に有意な説明変数となるかは必ずしも自明ではない。そこで、図2に示す単純化した薬物分子・タンパク質モデル系(substitutedacetophenone-N-methylacetamide)について、北浦らによって提案された分子間相互作用エネルギー分割法(PIEDA,PairInteractionEnergyDecompositionAnalysis)[9]による相互作用エネルギーの詳細解析を行った。静電相互作用(ES)が全安定化エネルギー(E)に対して支配的な寄与をしていること、Eを含め、ESおよび電荷移動相互作用等(CT+MIX)、交換相互作用(EX)、分散相互作用(DP)のエネルギー成分のいずれもHammettσと良好な線形関係(n=41,r>0.969)を持つことを図2に示す。さらに、電子供与体(substitutedacetophenone)から電子受容体(N-methylacetamide)への電荷移動量(Δq)もHammettσと良好な線形関係が存在することを確認している[10]。したがって、電荷移動量と相互作用エネルギーの間にも良好な線形関係が存在する(E(kcal/mol)=361Δq(esu)–2.25,n=41,r=0.990,s=0.094)。例えば、0.01esu単位の電荷移動は相互作用エネルギー変化3.6kcal/molに相当する。このようなモデル系における相互作用エネルギーの電荷移動量に対する感受性(∂E/∂Δq)などの考察は、阻害剤・タンパク質間の電荷分布と阻害剤・タンパク質間相互作用エネルギーとの相関関係の妥当性を判断するときの一つの目安を与える。図2.エネルギー分割解析法(PIEDA[9],MP2/6-31G(d,p))によるモデル系(substitutedacetophenone–N-methylacetamide)の分子間相互作用エネルギー解析;エネルギー成分とHammettσとの相関-12.0-10.0-8.0-6.0-4.0-2.00.02.04.0-1.0-0.50.00.51.0σkcal/molE(para)E(meta)ES(para)ES(meta)EX(para)EX(meta)CT+MIX(para)CT+MIX(meta)DP(para)DP(meta)r=-0.971r=0.974r=0.975r=0.969r=0.972OCH3HNOH3CCH3X以上の結果は、Hammettσが、一般に多様なエネルギー成分から構成される薬物分子・受容体相互作用エネルギーや電荷移動量の変動など電子状態の変化を実効的に表す定量的パラメータとなっていることを強く示唆している。薬物分子・タンパク質複合体構造についての分子科学理論・計算の結果は、相互作用様式を直接反映している。このことは、薬物分子・受容体複合体の分子科学理論・計算結果に基づく新たなenzymaticQSAR解析法の構築が可能なことを示唆している。その解析例を第2章で述べる。-5-SARNewsNo.16(Apr.2009)2.阻害剤・タンパク質複合体の非経験的分子軌道法計算結果に基づくQSAR解析エイズ治療薬の標的タンパク質の一つであるHIV-1プロテアーゼは、99残基から成る単量体(ChainAとB)が会合したホモダイマーとして存在し、アスパラギン酸プロテアーゼに属する。米国FDAにより承認されているHIV-1プロテアーゼ阻害剤は、基質ペプチドの遷移状態構造に基づいて設計され、ほとんどがペプチド結合を含む。一方で、これらのペプチド型阻害剤の問題点として、経口投与によるbioavailabilityが十分に得られないことが指摘され、これまでに多様な非ペプチド型阻害剤の探索とそれらの構造活性相関の研究が行われてきている。NNOHOOHOOHOOIle50’Asp25Asp25’NHIle50NHVal82’Leu23’Pro81’Ile50Asp30’Leu76’Ile47’Val32’Ile84’Ala28’Asp29’Thr31’Val82Leu23Pro81Ile50’Asp30Leu76Val32Ile47Ile84Ala28Asp29Thr31XX図3.環状ウレア型阻害剤とHIV-1プロテアーゼの相互作用様式の模式図Gargらは、図3に示す非ペプチド型の環状ウレア型阻害剤のQSAR式(4)を報告している[11]。log(1/Ki)=−1.29σ−0.61ClogP+12.79n=12,r=0.922,s=0.57,F=25.4,Outlier=p-NH2(4)右辺第1項および第2項の係数の符号から、式(4)は、電子供与性置換基の導入と分子全体の疎水性の低下が阻害活性を増大させることを示している。ここで、outlierは統計的に有意な(95%信頼区間の統計検定)回帰式を得るために化合物セットから除外した化合物である。以下の解析において、Gargらの用いた化合物セットとほぼ同じ環状ウレア型阻害剤13化合物セットを解析対象とした。分子動力学法計算を用いて、それらとHIV-1プロテアーゼとの複合体構造のモデリングを行い、得られた構造について非経験的フラグメント分子軌道(FMO,FragmentMolecularOrbital)法による電子状態解析を行った。FMO法は北浦らにより考案された量子化学理論であり[12]、分子系を小数原子からなる複数のフラグメントに分割し、各フラグメントの計算を並列処理することで、タンパク質のような巨大分子の高速かつ高精度な非経験的全電子状態計算を可能とする。アミノ酸残基単位に基づき、タンパク質をフラグメント分割*することで、阻害剤とアミノ酸残基(i)との相互作用エネルギーIFIE(i)(IFIE,Inter-FragmentInteractionEnergy)による定量的解析が可能となる[*アミノ酸残基単位(–NH–Cα(–R)–CO–)とフラグメント単位(–CO–NH–Cα(–R)–)には1結合分のずれがある]。HIV-1プロテアーゼ・阻害剤複合体についてのFMO計算(HF/6-31G)による相互作用エネルギー(ΔEbind=Ecomplex–[Eprotein+Einhibitor])と両分子の複合体形成に伴う溶媒接触表面積の変化量(ΔASA=ASAcomplex–[ASAprotein+ASAinhibitor])を用いて、outlierのない有意な回帰式(5)を得た[13,14]。log(1/Ki)=−0.0445ΔEbind+0.00875ΔASA+16.1n=13,r=0.881,s=0.555,F=17.3(5)-6-SARNewsNo.16(Apr.2009)式(5)のΔEbindは、阻害剤とプロテアーゼ中のアミノ酸残基間のIFIEの総和(ΣIFIE)に対応し、実際に、両者間には式(6)に示す良好な相関が存在する。この結果、回帰式(7)が得られた。ΔEbind=0.838ΣIFIE+17.7n=13,r=0.982,s=2.30,F=303(6)log(1/Ki)=−0.0409ΣIFIE+0.00945ΔASA+15.9n=13,r=0.904,s=0.500,F=22.4(7)式(5)および式(7)において、阻害活性値の変動は、Gargらの式(4)に対応して電子項と疎水項の線形結合として表され、また、予想されたように相互作用エネルギーの安定化に伴い阻害活性が増大することを理解できる。図4に、IFIE解析の結果を示す。全相互作用エネルギーの安定化へのIFIEの寄与は、IFIE(25)>IFIE(30)>IFIE(31)>IFIE(50)の順であり、これら4項のみのIFIEの和の変動でΣIFIEの変動を良好に表すことができる[IFIE(i)=IFIE(i)inChainA+IFIE(i’)inChainBと定義した]。図4.FMO計算によるDMP323(X=CH2OH)とHIV-1プロテアーゼ中のアミノ酸残基間のIFIE-80-60-40-200201112131415161718191FMOfragmentnumberIFIE(kcal/mol)HF/6-31GMP2/6-31G50253031ΣIFIE=0.872[IFIE(25)+IFIE(30)+IFIE(31)+IFIE(50)]−8.01n=13,r=0.978,s=3.00,F=244(8)式(8)右辺において、IFIE(25)は阻害剤とAsp25(25′)との、IFIE(30)およびIFIE(31)はAsp30(30′)との、IFIE(50)はIle50(50′)との相互作用エネルギーに対応し(図5にこれらの残基と阻害剤Asp25Asp25’図6.13化合物のIFIEの分散値02040608010012014025303149505255FMOfragmentnumberVarianceofIFIE(kcal2/mol2)Asp30’図5.全相互作用エネルギー(ΣIFIE)のIle50’Ile50Asp30安定化に対し寄与の大きなアミノ酸残基-7-SARNewsNo.16(Apr.2009)の相互作用様式を示す)、ΣIFIEの変動は、阻害剤と近接するこれらの残基とのIFIEにより支配されていることが分かる。図6に示すように、阻害剤の置換基に近接したAsp30(30′)との相互作用エネルギーIFIE(30)およびIFIE(31)は、大きな分散値[Σ(IFIE(i)–)2/n,Σは13個の阻害剤・複合体についての和,<>は平均を表す]を与える。これら2項だけの和の変動とΣIFIEの変動の間にも良好な相関(9)が存在し、回帰式(10)が成立する。以上、式(5)から出発し、最終的に回帰式(10)が導かれた。式(10)は阻害剤とAsp30(30′)との相互作用がΔEbindの変動の支配要因であることを示している。ΣIFIE=0.760[IFIE(30)+IFIE(31)]−77.3n=13,r=0.961,s=4.00,F=132(9)log(1/Ki)=−0.0334[IFIE(30)+IFIE(31)]+0.00906ΔASA+18.6n=13,r=0.914,s=0.475,F=25.4(10)複合体形成に伴うHIV-1プロテアーゼと阻害剤の電荷変化量の分散行列[Σ(Δqk(i)–<Δqk(i)>)·(Δqk(j)–<Δqk(j)>)/n,Δqk(i)はi番目のアミノ酸残基(および阻害剤)の電荷変化量,Σは阻害剤・HIV-1プロテアーゼ複合体(k)についての和を表す]に基づく主成分分析によって得られた第1主成分の固有ベクトルを図7に示す。図7はHIV-1プロテアーゼと阻害剤間の電荷移動(collectivechargetransfer)のパターンを表現している。第1主成分スコアZ1[=Z1(k)=Σai(Δqk(i)–<Δqk(i)>),(ai)は第1主成分の固有ベクトル]を説明変数とする回帰式(11)を得た。-0.6-0.4-0.200.20.40.60.81.0Arg8Leu23Leu24Asp25Thr26Gly27Ala28Asp29Thr31Val32Ile47Gly48Gly49Ile50Pro81Val82Asn83Ile84inhibitorAsp30図7.電荷の分布変化量に基づく主成分分析の結果より得られた第1主成分の固有ベクトルの係数(ai),第1主成分の寄与率は66.8%log(1/Ki)=−10.8Z1+0.00965ΔASA+19.6n=13,r=0.867,s=0.584,F=15.1(11)Z1は阻害剤およびその周辺残基の電荷分布の変化を縮約した合成変数であり、図7から分かるように、主に[Asp30(30′),Asp29(29’),Thr31(31’)]ブロックから阻害剤への電荷移動を表している。第1章で分子間相互作用エネルギーと電荷移動量の相関について述べたが、第2章ではHIV-1プロテアーゼの阻害活性値の変動と複合体形成に伴う阻害剤および特定アミノ酸残基間の電荷変化量との相関を確認できた。-8-SARNewsNo.16(Apr.2009)3.今後の展望と雑感一連の薬物分子の膜透過を含む輸送過程における相互作用エネルギーや標的タンパク質との結合相互作用エネルギーの変動がなぜlogPで良好に表現できるかについては、さらなる実験と理論・計算化学の両面からのアプローチによる解析と検討を必要とする。同様に、Hammettσのような本来、阻害剤(および基質)の構造情報しか表現していない自由エネルギー関連パラメータがなぜ酵素反応の電子状態変化を表現することが可能かについても今後さらに多くの阻害剤・タンパク質系についてのより詳細な解析と検討を必要としている。また、酵素反応において、タンパク質の立体構造の変化やゆらぎはきわめて重要な役割を果たすことが推測されるが、それらと阻害剤の構造との相関の解析などは今後の課題となる。本稿で紹介した研究の方向は、薬物分子・受容体相互作用の電子・原子レベルでのメカニズムの解明を目指した“fundamentalQSAR”ともいえ、それが1964年のHanschと藤田によるQSARの原典「ρ−σ−π解析」[15]の発展と、現在使われている様々な論理的創薬の方法論のより強固な物理化学意味づけにつながることを期待している。著者(HC)が創薬の方法論の分子論的な基盤と解析結果の物理化学的解釈や意味を重視するのは、これらが伴わない方法論や解析結果は、40年以上前に発表されたHansch-FujitatypeofQSARが現在に至るまで使われ続けているのとは異なり、後に続く発展がなく、学問体系として残らない?実際の創薬にあまり貢献しないのでは?などの危惧に基づいているからかもしれない。おそらく、それはHansch-FujitatypeofQSARの学問としての深さに因っているのであろう。もちろん、このことは、他の論理的創薬の方法論を否定するものではない。むしろ、一見少し離れたように思える他の方法論や関連学問領域への興味と理解が、それぞれの方法論のさらなる発展と深化、他の方法論との論理的接点を見出すことにつながる可能性を感じている。参考文献1.Itokawa,D.;Nishioka,T.;Fukushima,J.;Yasuda,T.;Yamauchi,A.;Chuman,H.QSARComb.Sci.2007,26,828−836.2.Itokawa,D.;Yamauchi,A.;Chuman,H.QSARComb.Sci.inpress.3.Chuman,H.;Mori,A.;Tanaka,H.Anal.Sci.2002,18,1015−1020.4.Tanford,C.InTheHydrophobicEffect,2nded.;Wiley-Interscience:NewYork,1980,5–20.5.Chothia,C.Nature,1974,248,338−339.6.Chuman,H.;Mori,A.;Tanaka,H.;Yamagami,Y.;Fujita,T.J.Pharm.Sci.2004,93,2681−2697.7.Chuman,H.SARQSAREnviron.Res.2008,19,71−79.8.Sato,K.;Chuman,H.;Ten−no,S.J.Phys.Chem.B.2005,109,17290−17295.9.Fedrov,D.G.;Kitaura,K.J.Comp.Chem.2007,28,222−237.10.長岡和也,徳島大学大学院薬科学教育部・修士論文,2009,21-36.11.Garg,R.;Gupta,S.P.;Gao,H.;Babu,M.S.;Debnath,A.K.;Hansch,C.Chem.Rev.,1999,99,3525−3601.-9-SARNewsNo.16(Apr.2009)12.Fedorov,D.G.;Kitaura,K.InModernMethodsforTheoreticalPhysicalChemistryofBiopolymers;Starikov,E.B.,Lewis,J.P.,Tanaka,S.,Eds.;Elsevier:Amsterdam,2006,3−38.13.Yoshida,T.;Yamagishi,K.;Chuman,H.QSARComb.Sci.2008,27,694−703.14.Yoshida,T.;Fujita,T.;Chuman,H.Curr.Comput.−AidedDrugDes.2009,5,38-55.15.Hansch,C.;Fujita,T.J.Am.Chem.Soc.1964,86,1616–1626.-10-SARNewsNo.16(Apr.2009)/////CuttingEdge/////「CK2α阻害剤創出に向けたX線結晶構造解析、計算化学、および熱量測定(ITC)によるアプローチ」大阪府立大学大学院理学系研究科生物科学専攻関口雄介1.はじめに生体内で広範に発現しているプロテインキナーゼCK2αは、細胞の生存や増殖に関連しており、また、ガン細胞で高発現していることからガンの治療標的分子としても注目されている(1)。近年、辻本らはCK2αを阻害することで腎炎の症状が改善される事を発見し、新規腎炎治療薬としてCK2α選択的阻害剤の開発を進めている(2)。これまでにcc-04791,cc-04820という高阻害活性を示す化合物が得られているが、誘導体の合成展開では副作用の回避が困難であるため、新規の骨格を持つリード化合物の発見が求められている(3)。我々はより高活性を持つCK2α選択的阻害剤の創出に向けてX線結晶構造解析、計算化学、そして熱量測定(ITC)によるアプローチを行った。ITC(IsothermalTitrationCalorimetry)は分子間相互作用のエンタルピー(ΔH)やエントロピー(TΔS)、結合の化学量論量(n)、結合親和性(KB)を測定することができる。得られた熱力学パラメータは構造データを補完しSAR(構造活性相関)や相互作用を完全に理解するのに必須である。さらにITCで得られる情報は、ドラッグデザインにおける化合物の最適化に活用することが可能である(MicroCal社ホームページより抜粋http://www.microcal.jp/)。cc-04791(IC50=22nM)cc-04820(IC50=7.4nM)ellagicacid(IC50=7500nM)apigenin(IC50=800nM)emodin(IC50=5300nM)図1CK2α阻害剤-11-SARNewsNo.16(Apr.2009)2.X線結晶構造解析我々はヒト由来のCK2αと種々阻害剤複合体のX線結晶構造解析に成功している。用いた阻害剤は前述にあるcc-04791、cc-04820と、阻害活性は高くないがCK2αに対し選択性を示す天然化合物であるellagicacid(4)、apigenin(5)の計4種である。さらに、これまでに解析されている同じく天然化合物であるemodin(6)との複合体の構造も交えて比較、検討した。強い阻害活性を見せるcc-04791、cc-04820を除いて、apigenin、emodin、ellagicacidは結合ポケットにおける重要な結合ポイントのヒンジ領域を有効に活用していない。これら天然化合物のユニークな結合モードを維持しつつ、ヒンジ領域での相互作用を有効活用するように誘導体合成を展開すれば、CK2αへの選択性を保持し、かつ、より強い結合力を獲得することが期待される。また、cc-04791およびcc-04820を上下から挟みこむように位置する複数の疎水性アミノ酸残基のうち、Val66とLeu45においても同じく有効に活用できていない。CK2αは他のキナーゼに比べATP結合部位が小さい、これはそれらを含む嵩高い疎水性アミノ酸残基に起因する(Val66、Met163、Ile174など)。それゆえ、これらの残基と効率的にファンデアワールス相互作用(VDW)できる化合物(例えば環などのπ電子を持つ構造)は結合力、選択性の両側面に対して望ましいものと考えられる。これらの事を踏まえ、今後これらの低分子量の化合物をベースに設計を行う事で高選択性・高阻害活性の獲得が期待される。a)cc-04791(青),cc-04820(赤)の重ね合わせb)emodin複合体図2各複合体での化合物の相互作用-12-SARNewsNo.16(Apr.2009)3.熱量測定(ITC)CK2αとcc-04791、cc-04820及びemodinのそれぞれの結合に対し熱量測定(ITC)を行った。X線結晶構造解析によりcc-04791とcc-04820は極めて類似した結合モードを示していることが判明し、ITCの結果も⊿Gに差は現れなかった。しかしその熱力学パラメータの内訳を見ると、エンタルピー項ではcc-04791が、エントロピー項ではcc-04820がそれぞれ有利になり、結果として⊿Gが同程度になっている。これらの差の考えられうる要因を以下に挙げる。1.エンタルピー項(⊿H:cc-04791>cc-04820)エンタルピー項に影響を及ぼす要素は、主に水素結合やVDW力である。今回の結果では両化合物間に水素結合の数に違いはなく、共通する2つの水素結合の距離において0.1Å程の差が見られるが、X線結晶構造の分解能からこれらの値の差を議論することは困難である。この約10kJ/molという差はcc-04791のC原子2個分により生じうるVDW力の値と良く相関がとれている。2.エントロピー項(-T⊿S:cc-04820>cc-04791)cc-04791においてcc-04820より多いC原子2個が蛋白質側と相互作用することにより局所的に結合前後でフレキシビリティーを減少させていることが、エントロピー項の差を生み出す原因のひとつになっていると考えている。エントロピー項に影響するものとして、溶媒和・脱溶媒和なども考えられるが、いずれにしても定量的に議論することが難しい。IC50の値は両者間に差は見られないが、Freireらは、エンタルピー項とエントロピー項両者が共に負となる化合物で良好な薬剤プロファイルを示すと提唱している(7)。cc-4820はcc-4791よりもエンタルピー的にやや劣るがエントロピー的に有利である事から、バランスを考慮するとcc-4820の方が薬剤としては優れていると考えられる。この事実はSPRなど各種の方法で求められる⊿Gからは分からず、熱量測定によって初めて得られる重要な情報である。また、emodinとその他2つの⊿Gに注目すると、その差は約10kJ/molでありIC50が約100倍の差であることとの相関が取れていることが分かる。表1ITCの結果(単位kJ/mol)emodincc4820cc4791-T⊿S4.2±1.03.12±1.3411.92±0.73⊿H-45.19±0.79-51.51±0.72-61.34±0.41⊿G-40.99±0.61-48.38±1.14-49.42±0.60-13-SARNewsNo.16(Apr.2009)図3ITC結果グラフ4.計算化学X線結晶構造及び熱量測定の値をもとに、cc-04791、cc-04820及びemodinとCK2αの各アミノ酸残基との相互作用エネルギーを計算した。cc-04791、cc-04820との相互作用に重要で、emodinでは有効に活用していない疎水性アミノ酸残基では顕著なエネルギー差がみられる。また、ヒンジ領域に存在するVal116はcc-04791およびcc-04820とは主鎖において水素結合を形成しているが、emodinでは形成していない。このことは計算値にもよく反映されている。しかし、その隣のHis115は3つの複合体でいずれも水素結合に関していない残基であり、計算で示される差は予想外の値である。今後の化合物の設計においてこの知見は非常に重要な情報となりうるものと予想される。図4注目アミノ酸における相互作用エネルギー-14-SARNewsNo.16(Apr.2009)5.まとめX線結晶構造、計算化学、熱量測定のデータを協同的に活用することでより効率的な阻害剤創出への貢献が期待される。特に熱量測定によって得られる1kcal/molレベルの詳細な結合エネルギー差は、キナーゼ間のわずかな構造における差を利用した選択性の獲得に際し、絶大な威力を発揮しうる利用価値の高いデータである。また、今後SPRなどにより結合速度などのkineticsパラメータも取り入れていく事も視野に入れたい。6.謝辞最後になりましたが、第36回構造活性相関シンポジウムにおいて、ポスター発表の際に貴重なご意見、ご指導を賜りました先生方、また本誌にて公表する機会を与えてくださいました先生方に深く感謝申し上げます。7.参考文献(1)Duncan,J.S.;Litchfield,D.W.:Biochim.Biophys.Acta.2008,1784,33(2)Yamada,M.;Katsuma,S.;Adachi,T.;Hirasawa,A.;Shiojima,S.;Kadowaki,T.;Okuno,Y.;Koshimizu,T.A.;Fujii,S.;Sekiya,Y.;Miyamoto,Y.;Tamura,M.;Yumura,W.;Nihei,H.;Kobayashi,M.;Tsujimoto,G.:Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.2005,102,7736(3)Suzuki,Y.;Cluzeau,J.;Hara,T.;Hirasawa,A.;Tsujimoto,G.;Oishi,S.;Ohno,H.;Fujii,N.:Arch.Pharm.(Weinheim.)2008,341,554(4)Cozza,G.;Bonvini,P.;Zorzi,E.;Poletto,G.;Pagano,M.A.;Sarno,S.;Donella-Deana,A.;Zagotto,G.;Rosolen,A.;Pinna,L.A.;Meggio,F.;Moro,S.:J.Med.Chem.2006,49,2363(5)Critchfield,J.W.;Coligan,J.E.;Folks,T.M.;Butera,S.T.:Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.1997,94,6110(6)Raaf,J.;Klopffleisch,K.;Issinger,O.G.;Niefind,K.:J.Mol.Biol.2008,377,1(7)Velazquez-CampoyA,ToddMJ,FreireE.,Biochemistry,2000,39,2201-2207.-15-SARNewsNo.16(Apr.2009)/////CuttingEdge/////擬似分子プローブと標的分子構造に基づくdenovo医薬分子設計法の開発東田欣也1、後藤純一1、平山令明21.株式会社菱化システム科学技術システム事業部計算科学部2.東海大学医学部1.はじめに医薬分子のdenovoデザイン手法の一つに、標的分子(多くの場合はタンパク質)との結合に深く関与する原子団(以下反応原子団)を含む部分化学構造をつなぎ合わせて新規仮想分子を構築する方法がある。しかし、部分化学構造とそれらを連結する化学構造(リンカー)を機械的に組み合わせると、膨大な仮想分子が発生してしまう。そこで、標的分子の構造情報を最大限に活用し、かつ標的分子への親和性の高い仮想分子を発生させる強力なアルゴリズムが必要になる。このようなコンセプトで作られたアルゴリズムが現在ない訳ではないが、その殆どが実用性という観点から必ずしも満足のいくものではなく、より強力なアルゴリズムの開発が望まれてきた。さて、X線解析等で得られた標的分子の結合部位情報に基づいて、その部位に結合できる新規の分子をデザインする場合、まず決定すべきことは、結合部位内に配置すべき反応原子団の位置である。この作業がdenovoデザインにおいて、最も重要であり、かつ最も難しいステップでもある。我々は、この作業を合理的かつ能率的に遂行するために、擬似分子プローブという新しいコンセプトを用いたdenovo医薬分子デザインのアルゴリズムであるPseudoMolecularProbe(PMP)法を開発した1)。擬似分子プローブのドッキングシミュレーション疑似分子プローブ反応原子団を結合する適切なリンカーの探索分子の構造最適化リンカー構造の配座解析反応原子団とリンカーを結合して新規仮想分子を作成新規仮想分子の構造最適リンカー構造図1PMP法のフローチャート-16-SARNewsNo.16(Apr.2009)2.方法2.1.手順の概要今回開発した新規denovo分子デザイン法であるPMP法の手順を図1に示す。まず初めに、反応原子団を有する擬似分子プローブをタンパク質の結合部位内の適切な位置にドッキングシミュレーションにより配置する。リンカーに用いる化学構造の可能な立体配座は、予め配座解析により発生しておく。仮想分子は、擬似分子プローブとリンカーを両者の特定の非水素原子位置で重ね合わせることで構築するが、それらの原子位置を結合点と呼ぶことにする。擬似分子プローブの結合点は原則として1箇所であるが、リンカー構造については結合点が複数存在する場合もある。そこで、可能な配置を網羅的に探索し、擬似分子プローブとリンカーの結合点を結合した仮想分子を全て作成する。最終的に、タンパク質の結合部位で仮想分子の構造最適化を行うことにより、タンパク質との結合性が高い仮想分子を選択する。2.2.擬似分子プローブの作成反応原子団標的分子に対する結合性が高い反応原子団の結合部位における適切な配置を探索するために、擬似分子プローブという新しいコンセプトを本研究では導入した。本研究により、denovo分子デザインを実現する上で、シクロプロペニルメチル(CPM)基を反応原子団に結合させた擬似分子プローブ(図2)を用いることが有用であると確認できた。本アルゴリズム検証のためにPDB2)から4種の医薬分子とその標的分子との複合体X線構造を選択した。1GKC、1KE5、1OTHおよび1T46である。各構造中のリガンドとそれに基づき作成した擬似分子プローブを表1に示す。図2疑似分子プローブPDBコードリガンド擬似分子プローブ1GKC1KE51OTHNNOOOPOOOH3H+—1T46表1リガンドから作成した疑似分子プローブ破線で囲んだ部分は擬似分子プローブに用いた反応原子団2.3.擬似分子プローブの結合部位への配置タンパク質表面の結合部位の検出には、MOE3)(MolecularOperatingEnvironment)のSiteFinderプログラムを用いた。SiteFinderは、アルファ球と呼ばれる小球を標的分子の4つの重原子に接する位置に置き、そのアルファ球のクラスタ(アルファサイト)によりリガンド結合部位の形状、大きさ、親図3重複分割した1OTHの結合部位-17-SARNewsNo.16(Apr.2009)水性/疎水性領域の分布を表現する。しかし、SiteFinderで求められるアルファサイトは結合部位全体を反映するため、擬似分子プローブの結合部位を求める上では必ずしも適切ではなかった。そこで本研究では、疑似分子プローブの結合部位として妥当な大きさになるように、擬似分子プローブと同程度の体積に、アルファサイトを重複分割した(図3)。結合部位における擬似分子プローブの結合性および結合位置はドッキング法(MOE-ASEDock4))により決定した。CPM基の立体的な効果により、反応原子団はタンパク質側に配向し、CPM基は結合部位の空洞側に配向する。即ち、CPM基が本来のリガンドの母核構造に代わる働きをしている。実際に擬似分子プローブだけのドッキングでも、反応原子団はX線結晶構造に近い位置に配置することができた。図4反応原子団にCPM基またはCBM基を付加した擬似分子プローブの比較(1GKC)赤:X線結晶構造、緑:CPM基を付加した擬似分子プローブ、青:CBM基を付加した擬似分子プローブなお、CPM基を持たない構造では、反応原子団の可動範囲が広くなりすぎて、X線結晶構造とは異なる配置しか得られなかった。さらに、メチレンを除いたシクロプロペニル基や4員環を持つシクロブタジエニルメチル(CBM)基を用いると、それらの立体効果の影響で適切に反応原子団を配置できない場合が生じる(図4)。2.4.適切なリンカー配座の検出擬似分子プローブとリンカーを用いた仮想分子の構築は、両者の二つの非水素原子を重ね合わせることで実現した。CPM基のメチレン炭素原子を第二結合点とし、その原子に直接結合した反応原子団の非水素原子を第一結合点とする。リンカー構造は、1つ以上の水素原子を持つ全ての非水素原子を第一結合点とし、第一結合点から水素原子の方向へ1.5Å離れた点を第二結合点とした(図5)。擬似分子プローブおよびリンカー構造の対応する第一結合点と第二結合点の重なりの誤差の許容値は、各々0.2および0.3Åとして、新規仮想分子を構築した。リンカー構造の候補構造には元のリガンド分子から反応原子団を除いた構造も考慮し、さらにその構造と同程度の体積を持つリンカー構造をDCUJ5)から選択して、候補構造に加えた。1GKC、1KE5、1OTHおよび1T46に対して用いたリンカー構造は各々113、19、20および139種類である。これらのリンカー構造の可能な立体配座は、MOE-ConformationImport機能を用いて発生させた。擬似分子プローブに用いた反応原子団は、元のリガンド中に存在している反応原子団のみを採用した。図5擬似分子プローブとリンカー構造の結合点青枠:擬似分子プローブ、赤枠:リンカー構造、黄球:第一結合点、緑球:第二結合点2.5.構造最適化とドッキングスコアMMFF94x力場を用い、タンパク質の結合部位内で各仮想分子の構造最適化を行った。仮想分子の標的タンパク質分子に対する結合性は次のUdockにより評価した。Udock=Uele+Uvdw+UstrainここでUeleはタンパク質-仮想分子間の静電相互作用エネルギー、Uvdwは同vanderWaals相互作用エネルギー、Ustrainは仮想分子のドッキング構造とドッキング構造から最も近い極小構造のポテンシャルエネルギーの差である。-18-SARNewsNo.16(Apr.2009)3.結果表2の「仮想分子の配座数」は、PMP法により生成した仮想分子のドッキング構造の数である。「Udockの最小値」は、ドッキング構造中の最小Udock値を示す。得られた仮想分子の種類は、1GKC、1KE5、1OTHおよび1T46に対して各々3384、111、254および4519だった。による評価が最も良好な分子が実際のリガンドであった、その構造とX線結晶構造とのRMSD(対応する非水素原子位置に関するrootmeansquaredeviation)は1.13Åであり、この場合はPMP法によって、良好に分子が構築できたことを示す。1GKC、1KE5では、Udock値についてそれぞれ第65位および61位の構造がX線結晶構造と最も近く、それらのRMSDも十分小さな値だった。一方、1T46ではかなりの数の配座が得られたにも関わらず、今回の計算条件ではX線結晶構造と同じ分子は得られなかった。しかし、擬似分子プローブの第一結合点における一致許容範囲を今回採用した0.2Åから0.3Åに広げれば、この構造についてもX線結晶構造に近い仮想分子を得ることができた。しかし結合点の一致許容範囲を0.3Åに広げることにより、多くの無意味と思われる構造が生成され、適切な仮想分子の選択が困難になった。1OTHではUdockPDBコードリンカー構造の数仮想分子の配座数Udockの最小値(kcal/mol)X線結晶構造に最も近い配座のUdock(kcal/mol)X線結晶構造に最も近い配座の順位(Udock値)X線結晶構造とのRMSD(Å)1GKC1139113-185.3-157.8651.081KE519250-89.38-43.69611.311OTH20989-377.2-377.211.131T4613711527-107.6‐‐‐1OTH1T461GKC1KE5図6PMP法で得られた主な化合物のドッキング構造緑の構造はX線結晶構造、元素で色分けした構造はPMP法で作られた構造。紫、青の傘はそれぞれタンパク質の水素結合ドナーまたはアクセプター原子からの影響を示す。表2PMP法による計算結果4.考察新しい概念である擬似分子プローブを用いたdenovo分子デザイン法であるPMP法を開発し、その機能を4種類の標的分子に対して適用した。今回の評価では、既知のリガンドが、そのリガンドの部分化学構造を含む複数の構造断片から再構築でき、かつ標的分子の位置にX線構造に匹敵する正確さで結合できるかどうかを検証した。一方、複合体構造中に含まれる分子が最適の-19-SARNewsNo.16(Apr.2009)リガンドであるという保証がないので、PMP法で得られる最良の解がX線構造に一致することは担保されている訳ではない。また、PMP法は、本来結合性の高い仮想分子を発生するため、これら未合成の仮想分子の中に結合性のより高いものが含まれている可能性は十分ある。しかし、今回の検証で、1OTHに関しては最終的なドッキングにより最も結合性が高いと判断された仮想分子が実際のリガンドと一致し、その配置まで正確に決定することができた。1GKCおよび1KE5でも、結合性の高い分子として得られた仮想分子の結合性上位に実際のリガンドと一致する分子が含まれていた。この3例を見る限り、PMP法は十分に実用的であり、新規分子の設計を標的分子の構造のみから求める上で有用であることを示している。1T46については今回用いたプロトコルでは、複合体中に含まれるリガンドに一致する仮想分子を生成することはできなかった。しかし、擬似分子プローブとリンカー構造の結合点の一致許容範囲を大きくすると、発生する配座数が増加するが、複合体X線構造中に存在するリガンド構造を発生することができた。4分子の中で、1T46のリガンドが最も分子サイズが大きく、かつ自由度が大きい。今回検討したプロトコルでは、この系を考慮することができなかったが、これはPMP法の本質的な限界というより、計算条件の最適化が不十分である可能性が高く、今後PMP法を改良することで乗り越えることのできる課題であると考える。図7既知リガンドと異なりかつUdockがより良好な仮想分子上段:1GKC、下段:1KE5、棒モデル:X線結晶構造、棒球モデル:仮想分子水分子をプローブに用いてタンパク質表面を解析し、他分子との相互作用に関与する部位を探索することは広く行われている。そうした例には、溶媒露出表面とエピトープ性の相関解析などがある。本研究で新しく導入した擬似分子プローブの概念は、分子表面をプローブ分子で探索するという意味で、水分子プローブの拡張概念である。標的分子の表面を可能な限り精査し、そこからの影響を敏感に感じるためには、適切な化学構造を擬似分子プローブに採用しなければならない。すなわち、適切な擬似分子プローブを採用することで、我々は標的分子の表面を正確に探ることも可能である。本研究で種々の擬似分子プローブを試みた結果、シクロペンチルメチル基を複数の反応原子団に結合させたプローブが非常に有効に機能することが見出された。この擬似分子プローブの特徴は、反応原子団が効果的に標的分子の結合部位にある化学的および構造的な特徴を探査できることにある。本研究の結果は、擬似分子プローブの活用が標的分子に対する新規リガンドの発見に有用なだけでなく、様々な生体高分子の機能解析にも有効であることを強く示唆するものである。5.謝辞第36回構造活性相関シンポジウムの発表において、貴重なご意見、ご指導を賜りました多くの先生方に心よりお礼申し上げます。本研究内容を本誌に掲載して頂く機会を与えてくださいました諸先生方に心よりお礼申し上げます。6.参考文献(1)K.Toda,J.GotoandN.HirayamaJ.Chem.Inf.Model.,tobesubmitted.(2)H.M.Berman,J.Westbrook,Z.Feng,G.Gilliland,T.N.Bhat,H.Weissig,I.N.Shindyalov,P.E.BourneNucleicAcidsResearch,2000,28,235-242.(3)MOE(MolecularOperatingEnvironment),Version2007.0902;ChemicalComputingGroupInc.:Montreal,Quebec,Canada2007.(4)J.Goto,R.Kataoka,H.MutaandN.HirayamaJ.Chem.Inf.Model.,2008,48,583-590.(5)K.Horio,H.Muta,J.GotoandN.HirayamaChem.Pharm.Bull.,2007,55,980-984.-20-SARNewsNo.16(Apr.2009)/////Activities/////第36回構造活性相関シンポジウム開催報告(第36回構造活性相関シンポジウム実行委員長高木達也)晩秋の神戸ポートアイランドにおいて、第36回構造活性相関シンポジウム(会場:神戸国際会議場、2008年11月2日(日)〜11月3日(月)、主催:日本薬学会構造活性相関部会、共催:日本化学会、日本農芸化学会、日本分析化学会、日本農薬学会、協賛:日本薬学会医薬化学部会,日本薬学会薬学研究ビジョン部会)が開催されました。本シンポジウムは初めての試みとして、第8回薬物の分子設計と開発に関する日中合同シンポジウムと前後して、同じ会場で開催されました。これに伴い、星薬科大学薬学部の高山幸三教授をお招きしてご講演頂いた特別講演だけでなく、2日目の一般口頭講演もすべて英語で行って頂きました。日程が日祝日と重なったこと、共同開催となった第8回薬物の分子設計と開発に関する日中合同シンポジウムとの関係もあり、当初懸念していました講演数も、口頭発表11件、ポスター発表31件、特別講演1件、計43件と、例年に匹敵する件数に達しました。主催頂きました、日本薬学会構造活性相関部会はじめ、共催、協賛頂きました学協会に感謝致しますと同時に、ご講演頂きました先生方にお礼申し上げます。また、開催資金のご援助を頂きました、日本薬学会並びに中内力コンベンション振興財団に感謝致します。医薬品の分子構造をできる限り理論的客観的に設計するという試みから始まったと思われる構造活性相関(QSAR)研究は、今日では医薬品の薬理活性のみならず、農薬、食品添加物の生理活性などはもちろんのこと、化学物質の毒性予測や分解性予測、代謝予測などに適用範囲を広げ、その基盤技術も分子生物学、蛋白質科学、遺伝子科学、生物情報学、統計学、データマイニング、計量薬学、計算化学、量子化学、データベースなど、広範囲の技術を利用するばかりでなく、新たな進展を促すまでに発展してきました。本シンポジウムでは、このような広い分野の研究者(学生含む)が一堂に会して、(1)生理活性物質の活性評価と医農薬開発、(2)QSARを目指した計量化学、化学情報学、バイオインフォマティクス的アプローチ、(3)QSARと吸収・分布・代謝・毒性・環境毒性、(4)Structure-BasedApproach、(5)データベース、コンビナトリアルケミストリー、その他、の各項目に軸足をおいて最新の研究事情の情報交換や相互討論を通して、当該学術分野の研究振興と発展に資することができたと自負しております。参加者も209名に達し、盛会のうちに終えることができましたことは、誠にご参加頂きました皆様と、実行委員の藤原英明先生(阪大院医)、田中明人先生(兵庫医療大薬)、川瀬雅也先生(長浜バイオ大)、木村敦臣先生(阪大院医)、並びに、日本薬学会構造活性相関部会幹事の先生方、更には、広告、展示等を行って頂きました企業、団体の皆様のご助力、ご支援の賜と存じます。紙面を借りますこと失礼とは存じますが、ご参加頂きました皆様、ご助力、ご支援頂きました先生方、広告展示を行って頂きました企業、団体の皆様に、深くお礼申し上げます。また、先述致しましたように、特別講演頂きました高山幸三先生には、“ANovelStatisticalApproachinPharmaceuticalFormulationDevelopment”と題して、これまでともすれば本シンポジウムでは取り上げられなかった製剤処方におけるAdvanceな統計学適用の見事な例をお見せ頂き、本シンポジウムの新たな展開に資するところ大であったと存じます。改めまして深くお礼申し上げます。今年度の構造活性相関シンポジウムは、東邦大学の横山祐作先生のお世話で、11月12-13日(木-金)に、北里大学で開催される予定です。皆様のご参加、ご講演、ご討論により、より活発な討論会になりますよう、どうか宜しくお願い申し上げます。-21-SARNewsNo.16(Apr.2009)/////Activities/////<報告>第8回薬物の分子設計と開発に関する日中合同シンポジウム(大阪大学大学院医学系研究科藤原英明)「薬物の分子設計と開発に関する日中合同シンポジウム」(以下日中シンポと略)も8回目を迎えたが、今回は日本での開催となった。京大藤田名誉教授とGuo教授の努力により、本シンポジウムの出発点となる第1回シンポジウムが1989年に京都で開催されて以来の国内での開催であり、14名からなる実行委員会を構成し2年前から準備を進めた。開催地には、会場の広さや設備、および現地事務所のサポート体制などを考慮して、神戸国際会議場(神戸市ポートアイランド)を選んだ。日中シンポを国内で開催する貴重な機会を幅広く活用する意味もあり、国内の第36回構造活性相関シンポジウムと共同で開催し、両学会の参加者の交流を図った。前回(2005年杭州開催)まではAFMC(アジア医薬化学連合)の主催であったが、今回はAFMCの後援のもと、医薬化学部会と構造活性相関部会が共同して主催する形をとり、実質的な運営は、従来通り、構造活性相関部会があたることとなった。2つの部会が共同して主催するの日中シンポの重鎮、李仁利先生・藤田捻夫先生・郭宗儒先生・寺田弘先生を囲んで(2008年11月3日、神戸国際会議場にて)-22-SARNewsNo.16(Apr.2009)は異例であるが、この形を特別に認めていただいた両部会長および関係者の皆様に感謝申しあげたい。中国からの参加者は26名であった。この他、数名の方が来日を検討されたが、ビザの発券や日程調整の都合で参加出来なかった。日本からは90名の参加があり、11月3-5日の3日間にわたり口頭およびポスター発表を行った。講演内訳は、基調講演1題(1)、招待講演15題(6)、一般口頭発表8題(3)、ポスター発表27題(6)である(()内は中国からの演題で内数)。学生(院生)の参加が25名と多かったことと、中国からも企業関係の方が増えつつあることが特徴であった。第36回構造活性相関シンポジウム(11月2,3日開催)との連携としては、種々の参加特典の付与やポスター発表を共同セッションとするなどを行った。また、中国からの参加者には、日本の国内学会(懇親会含む)への参加を特別に認め、日中両国の参加者が情報交換と交流の場を広く持てるよう考慮した。演題の内容には、「医薬品設計と開発」をキーワードに、構造活性相関・分子設計と合成・天然生理活性物質・薬物代謝など広範なテーマが取り上げられ、基本ツールとしてはNMRやX線による構造解析からSAR(構造活性相関)のための情報科学・計算科学など、あるいは生体イメージングも視野に入れた内容が含まれており、今後の創薬科学の発展を支える最先端を見ることが出来た。エクスカーションには神戸の醸造所見学と京都小旅行を行った。嵐山では、日本的な風物に興味を刺激された後に訪れた周恩来碑前では、感激し嬉々とした様子の中国の方々が大変印象的であった。最後になったが、多くの同胞を連れて来日いただいた中国医学科学院の郭宗儒(ZongruGuo)教授に心から感謝申しあげるとともに、貴重な学会を無事終えることが出来たことに関して、国内のご協力いただいた多くの方々に心から御礼申し上げたい。-23-SARNewsNo.16(Apr.2009)/////Activities/////The17thEuropeanSymposiumonQuantitativeStructure-ActivityRelationships参加報告京都大学薬学研究科浅田直也2008年9月22日から9月26日まで、Sweden,UppsalaのConcert&CongressHallにて上記シンポジウムが開催された。このシンポジウムでは構造活性相関に関わる応用研究について活発なディスカッションが行われた。招待講演としてWilliamGoddard氏、GerhardKlebe氏、YvonneMartin氏、RebeccaWade氏等、著名な研究者が多く講演し、大変参考になった。特に印象に残った講演としては、Abbott社のMartin氏、BMS社のDoweyko氏といったQSARの専門家がQSARを使う上での心構え・問題点について話していたことである。関連性のない2つの情報をどうしても関連付けてしまう相関の魅力、オーバーフィッティング、意味のない記述子の導入など5つの項目をあげQSARの結果を解釈する上での危険性を述べており非常に分かりやすかった。また、Goddard教授やKlebe教授の講演は分子シミュレーションについて重点的に述べられており、筆者としても関心のある分野だったので色々と刺激を受けた。特にKlebe教授はリガンドの結合様式とエンタルピー・エントロピーなどの熱力学量の関係、また水を介した水素結合などあらわに水を考える場合の補償関係など興味深い現象を説明されており、大変参考になった。筆者は”AnalysisofinteractionsbetweenCaseinKinase2α(CK2α)anditsligandusingFragmentMolecularOrbitalmethod”という題目でポスター発表を行った。以下にその概要について説明する。カゼインキナーゼ2(CK2)はセリン・スレオニンキナーゼの一つであり生体内にユビキタスに存在している。CK2は多様な機能を担うと考えられるが、その生理的役割は十分に解明されていない。辻本らは腎炎発症時に腎臓でCK2発現量が大きく上昇し、その発現メカニズムが糸球体障害に密接に関連していることを報告している[1]。従ってCK2を阻害する薬剤は腎炎の進行を抑制する新規メカニズムによる腎炎治療薬となる可能性がある。強力なCK2阻害剤として見出されたリガンドa(図1)は、精巣毒性の副作用を持つことが判明したため、毒性の少ない新規骨格の阻害剤の設計が求められている。リガンドaは非常に強い活性を有しており、筆者はその高活性の要因を分子認識の視点から精密に解析すれば、新たな候補化合物の設計、最適化に有用な知見が得られるのではないかと考えた。NNNNONHNOa(2.4)図1.計算に用いたCK2阻害剤の構造と活性値.括弧内はKi値(nM)量子化学計算手法の一つであるFragmentMolecularOrbital(FMO)法[2]を用いると、高い精度を保ったまま、タンパク質のような巨大系に量子化学計算を適用できる。さらに、系を小さなフラグメント(ここではアミノ酸残基単位)に分割し、フラグメントごとに分子軌道計算を行うことでリガンドと各アミノ酸残基との相互作用を量子化学論に基づいたエネルギーで評価できる。FMO法によりCK2の分子認識を解析した結果を図2に示す。筆者は強い相互作用を持つ残基を3つの種類に分類した。すなわち、水素結合や塩橋により強く相互作用する残基(LYS68,VAL116)、CH/π相互作用などのvdW相互作用により安定化する非極性の残基(LEU45,VAL53,VAL66,ILE95,PHE113,MET163,ILE174)、そして予想外の相互作用をする残基(HIS115,TRP176)である。前2つの相互作用は結晶構造から推測できるもので、これまでにいくつかの論文でも報告されている[3,4]。それらはFMO計算においても強い安定化エネルギーを有しており、構造を反映した結果を示した。水素結合ではHFエネルギー、電子相関エネルギー共に大きく、vdW相互作用では電子相関エネルギーが大きいのが特徴である。対して3番目は構造から推測できるような相互作用がないにもかかわらず、大きな相互作用エネルギーを示していた。これらについて詳細に解析する-24-SARNewsNo.16(Apr.2009)とHIS115(FMO法における分割での名称。一般的にいうGLU114の主鎖のCO)はリガンドとのCH-O相互作用、TRP176は分極による大きな静電相互作用により安定化していた。これは力場計算では考慮されていない相互作用である。実際、力場計算の結果と比較すると、それぞれHIS115では5.9kcal/mol、TRP176では13.0kcal/molもの差が見られる。他のアミノ酸残基ではFMO計算と力場計算のエネルギーの差がおおよそ数kcal/molであることを考えると、これらは量子化学計算を行うことで初めて妥当な評価ができることを示している。また、2つのアミノ酸残基はこれまで活性に重要だという報告がされていないが、今回の計算結果はこれらがリガンド結合において重要であることを示唆している。そこでこれらの残基との相互作用を稼ぐように阻害剤を設計することで、新規骨格を持ったリガンドを設計できる可能性がある。本発表に対する会場でのディスカッションとしては、構造データから分かる情報以上の知見が得られたかどうかが論点となった。確かに水素結合やvdW相互作用は結晶構造から予測のつく相互作用で、計算を行わなくても分かることである。ただし、個々の水素結合やvdW相互作用の強さの順序はエネルギーを算出しないと分からず、順序が分かれば具体的に活性を上昇させる為に狙うべき残基を特定することができる。またHIS115やTRP176は構造データからでは予測のつかない大きな安定化エネルギーを持っており、新規骨格の阻害剤を作るのに有用な知見となる。これらについては筆者も常に考えている問題だったので今後の研究計画を立てる上で改めて考え直す良い機会となった。最後になりましたが、本研究をSARPromotionAwardにご選出いただき、参加を支援してくださった日本薬学会構造活性相関部会の皆様および、熱心にご指導下さいました北浦和夫教授に心から感謝申し上げます。また、多くの知識や示唆を頂いた医薬品理論設計学講座の皆様に感謝します。参考文献[1]M.Yamada,etal.,Proc.Natl.Acad.Sci.2005,102,7736.[2]K.Kitaura,etal.,Chem.Phys.Lett.1999,313,701.[3]R.Battistutta,etal.,ProteinSci.2001,10,2200.[4]A.Golub,etal.,J.Med.Chem.2006,49,6443.ILE95VAL53LEU45PHE113TRP176ILE174VAL116HIS115MET163VAL66LYS68ー(一部のみ示す)。HFエネルドからの距離が近い順に並んでスティック表示はタンパク質、ラしている。図2.リガンドaと各アミノ酸残基とのペア相互作用エネルギギーと電子相関エネルギーに分割して示した。左から、リガンいる。右図は、リガンドaの近辺にある残基の配置を示す。イン表示はリガンド、点線は水素結合または塩橋をそれぞれ示-12-9-6-3036HFエネルギー電子相関エネルギーEnergy(kcal/mol)PHE113VAL53HIS115ILE95VAL66ILE174MET163VAL116ASP17546.4ASN161ASN117ASN118HIS160GLY46LEU45LYS68-12.4TRP176-18.8-25-SARNewsNo.16(Apr.2009)/////Activities/////<会告>構造活性フォーラム2009「化合物と標的・非標的タンパク質との相互作用-創薬標的の同定と分子設計-」生体システムは生命現象を司る多種多様な分子の複雑なネットワークから成っており、創薬研究などにおいてもそれらの相互作用情報の活用が必須となっています。そこで今回のフォーラムでは、化合物-タンパク質間およびタンパク質-タンパク質間の相互作用の多様性に焦点をあて、分子標的インシリコ創薬の実際、創薬標的としてのGPCR、多重標的創薬のためのインフォマティクス、マルチターゲット化合物の選択性向上と副作用毒性回避、タンパク質ネットワーク解析、構造活性相関研究との関連などについての講演・討論を企画しました。本領域にご関心ある皆様多数のご参加をお待ちしております。主催:日本薬学会構造活性相関部会協賛:日本薬学会医薬化学部会、日本薬学会生物系薬学部会、日本化学会、日本農芸化学会、有機合成化学協会、日本分析化学会、日本農薬学会、近畿化学協会日時:平成21年6月19日(金)10:30~17:50会場:北里大学薬学部コンベンションホール[東京都港区白金5-9-1、電話:03-3444-6191]交通:http://www.pharm.kitasato-u.ac.jp/campus.html参照招待講演:10:30~11:10合田浩明(北里大学薬学部)ヒト酸性キチナーゼを標的にしたin-silico創薬研究11:10~12:10石黒正路(新潟薬大学応用生命科学部)GPCRにおけるリガンド受容の多様性13:40~14:40奥野恭史(京都大学大学院薬学研究科)多重標的創薬のためのインフォマティクス14:40~15:40大田雅照(中外製薬㈱)UnwantedInteractionsbetweenSmallMoleculeandMultipleProteins:SelectivityandOff-targets15:50~16:50夏目徹(産業技術総合研究所)タンパク質ネットワーク解析から展開するケミカルバイオロジー特別講演:16:50~17:50藤田稔夫(京都大学名誉教授)多様な標的に対応する個々の構造活性関係の間の上位の関係の考察と解析-SAR-omicsの提唱-17:50~部会長挨拶講演終了後(~19:00)、講師の先生方を囲んで簡単な茶話会を予定しております(無料)。【申込締切】定員(150名)になり次第締切り【参加費】一般6,000円、学生1,000円【参加申込方法】氏名(フリガナ)、所属、連絡先(郵便番号、住所、電話、e-mailアドレス)を明記の上、下記e-mailアドレスまでお申込み下さい。お申込みに際しては、e-mailの件名を「フォーラム2009参加申込」として下さい。参加費は、下記「ゆうちょ銀行」の振替口座への事前振込みをお願いいたします。口座名:「構造活性フォーラム2009実行委員会」口座番号:「00130-3-322103」または「〇一九(ゼロイチキュウ)店当座預金0322103」【申込および問合せ先】構造活性フォーラム2009実行委員会代表竹田-志鷹真由子〒108-8641東京都港区白金5-9-1北里大学薬学部生物分子設計学教室内電話:03-5791-6331、Fax:03-3446-9553E-mail:sarforum2009@pharm.kitasato-u.ac.jpHP:http://bukai.pharm.or.jp/bukai_kozo/forum2009.html-26-SARNewsNo.16(Apr.2009)/////Activities/////〈会告〉第37回構造活性相関シンポジウム実行委員長東邦大学薬学部横山祐作ホームページ:http://www2.toho-u.ac.jp/gakkai/phar/sar2009/日時2009年11月12日(木)~2009年11月13日(金)会場北里大学薬学部コンベンションホール(東京都港区白金5-9-1)主催日本薬学会構造活性相関部会後援日本化学会、日本分析化学会、日本農芸化学会、日本農薬学会討論主題①生理活性物質の活性評価・医農薬への応用②QSARの基本パラメータ・基本手法・情報数理的アプローチ③QSARと吸収・分布・代謝・毒性・環境毒性④コンビナトリアルケミストリーと創薬⑤バイオインフォマティクス⑥分子情報処理(データベースを含む)・データ予測特別講演および招待後援決まり次第ホームページ上に掲載一般講演口頭発表およびポスター(詳細は決まり次第ホームページ上に掲載)発表申込Webサイト(準備中)またはE-mailでお申し込みください。①演題、②発表者氏名と所属、③連絡先(住所、電話、Fax、E-mail)、④200字程度の概略、⑤口頭、ポスターの別、⑥上記討論主題番号詳細は、ホームページ内の発表申し込み要領をご覧ください。発表申込6月1日(月)~7月21日(火)締切必着講演要旨9月21日(月)締切必着詳細は、ホームページ上の講演要旨執筆要領をご参照ください。参加登録予約申込10月26日(月)締切詳細は、ホームページ上の参加登録予約申込要領をご参照ください。参加費[一般]予約8,000円、当日9,000円[学生]予約3,000円、当日4,000円※要旨集前送の場合は郵送料1,000円を別途申し受けます。※費用振込み後、参加取り消しによる返金には応じられません。懇親会11月12日(木)18:30頃[一般]予約7,000円、当日8,000円[学生]予約3,000円、当日4,000円【問合せ・申込み先】〒105-0014東京都港区芝3-17-15クリエート三田207第37回構造活性相関シンポジウム事務局担当:加用Tel(03)3798-5253Fax(03)3798-5251E-mail:sar2009@event-convention.com-27-SARNewsNo.16(Apr.2009)/////Activities/////2009年度構造活性相関部会SARPromotionAward受賞候補者募集日本薬学会構造活性相関部会では、構造活性相関研究の発展を目的として、以下の趣旨に従い、2005年度よりSARPromotionAwardを設けております。2009年度は以下の推薦要領にて、構造活性相関部会員より受賞候補者を募集いたします。趣旨1.構造活性相関研究に関し、国外の学会で発表を行う部会員に旅費を補助することにより、国内の構造活性相関研究に関する成果を海外に積極的に発信する。2.国外の学会における最新の研究情況を国内の部会員に伝達し、部会員の研究に新展開の契機を与える。募集要項:主として2009年4月~2010年3月の国外学会および部会の指定学会で発表を行う者。受賞者数:2名程度。応募要領:構造活性相関部会の幹事または常任幹事を推薦人とし下記事項を部会庶務幹事へ提出する(幹事・常任幹事の一覧は下記URLの部会ホームページをご覧下さい。http://bukai.pharm.or.jp/bukai_kozo/jindex.html)候補者氏名・所属・略歴参加予定学会名・開催期日・開催場所・演題(口頭発表,ポスター発表のいずれかを明記)・発表者名・要旨(日本語の要約.参考資料として学会へ提出する英語要旨を添付.)推薦理由授賞金:開催場所に応じて1名当たり10~20万円とする。応募期限:2009年6月12日受賞者の義務1.帰国後、研究発表内容の要約および学会参加報告を部会ニュースレターに掲載する。2.構造活性相関シンポジウムで研究内容の口頭発表を行う。3.受賞者が他機関から同一趣旨の補助を受ける場合にはいずれかを辞退するものとする。連絡先部会庶務幹事:米田照代新潟薬科大学応用生命科学部E-mailtyoneda@nupals.ac.jp-28-SARNewsNo.16(Apr.2009)/////Activities/////部会役員人事平成21年度から会計とSARNews編集委員長が交代することとなりました。新役員は以下の通りです。会計山下富義(京都大学大学院薬学研究科)SARNews編集委員長久保寺英夫(田辺三菱製薬)以上構造活性相関部会の沿革と趣旨1970年代の前半、医農薬を含む生理活性物質の活性発現の分子機構、立体構造・電子構造の計算や活性データ処理に対するコンピュータの活用など、関連分野のめざましい発展にともなって、構造活性相関と分子設計に対する新しい方法論が世界的に台頭してきた。このような情勢に呼応するとともに、研究者の交流と情報交換、研究発表と方法論の普及の場を提供することを目的に設立されたのが本部会の前身の構造活性相関懇話会である。1975年5月京都において第1回の「懇話会」(シンポジウム)が旗揚げされ、1980年からは年1回の「構造活性相関シンポジウム」が関係諸学会の共催の下で定期的に開催されるようになった。1993年より同シンポジウムは日本薬学会医薬化学部会の主催の下、関係学会の共催を得て行なわれることとなった。構造活性相関懇話会は1994年にその名称を同研究会に改め、シンポジウム開催の実務担当グループとしての役割を果すこととなった。2002年4月からは、日本薬学会の傘下組織の構造活性相関部会として再出発し、関連諸学会と密接な連携を保ちつつ、生理活性物質の構造活性相関に関する学術・研究の振興と推進に向けて活動している。現在それぞれ年一回のシンポジウムとフォーラムを開催するとともに、部会誌のSARNewsを年二回発行し、関係領域の最新の情勢に関する啓蒙と広報活動を行っている。本部会の沿革と趣旨および最新の動向などの詳細に関してはホームページを参照頂きたい。(http://bukai.pharm.or.jp/bukai_kozo/index.html)編集後記日本薬学会構造活性相関部会誌SARNews第16号をお届けいたします。ご多忙の中、ご執筆いただきました諸先生方に心よりお礼申し上げます。Perspective/Retrospectiveでは、中馬寛先生1・吉田達貞先生1・藤田稔夫先生2(1徳島大学大学院、2京都大学名誉教授)にQSARにおける二つの代表的な自由エネルギー関連パラメータlogPおよびHammettσの非経験的分子軌道法等による解析結果に基づく考察、また、HIV-1プロテアーゼにおけるQSAR解析を通して、普段利用しているパラメータを改めて理解するために重要な解説をいただき、CuttingEdgeでは、関口雄介先生(大阪府立大学大学院)にCK2α阻害剤創出に向けたX線結晶構造解析・計算化学・熱量測定によるアプローチを、また、東田欣也先生1・後藤純一先生1・平山令明先生2(1菱化システム、2東海大学医学部)には擬似分子プローブと標的分子構造に基づくdenovo医薬分子設計法の開発をご解説いただき、それぞれ、新規創薬方法を示していただきました。このSARNewsが、今後とも構造活性相関研究の先端情報と展望を会員の皆様にご提供できることを編集委員一同願っております。なお、本号より編集委員長が、藤原巌から久保寺英夫に交代となりました。今後ともよろしくお願い申し上げます。(編集委員会)SARNewsNo.16平成21年4月1日発行:日本薬学会構造活性相関部会長石黒正路SARNews編集委員会(委員長)久保寺英夫藤原巌黒木保久福島千晶粕谷敦*本誌の全ての記事、図表等の無断複写・転載を禁じます。-29-