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SARNews No.46

///// Perspective/Retrospective /////
ヒストンのアセチル化を介したクロマチンの制御研究
理化学研究所 生命機能科学研究センター 梅原 崇史
1. はじめに
真核細胞の核内に存在するエピゲノムでは、ゲノムDNAを収納するヒストンタンパク質に様々な種類の翻訳後修飾が見られる。この翻訳後修飾の付加、消去とその認識は、細胞の恒常性の維持や特異性の発揮に関わり、その制御機構に異常が生じると様々な疾患につながることが知られている。ヒストンに対する様々な翻訳後修飾の中で、リジン残基のアセチル化は遺伝子転写の活性化とよく相関する。そのため、近年のケミカルバイオロジーではヒストンのアセチル化制御に関わる化合物が数多く開発され、それらの化合物を用いてエピゲノムの制御分子機構の理解やその人工的な調節を指向した研究が進んできている。この総説では、ヒストンのアセチル化を介したクロマチンの制御研究について、前半ではその分子機構に関わるタンパク質とそれらのタンパク質に対する代表的な制御分子を紹介する。後半では、そのようなヒストンアセチル化の制御分子を活用してクロマチン制御の分子機構解析に応用した研究を紹介する。
2. ヒストンのアセチル化の制御分子基盤
2.1 概論
真核生物のエピゲノムはその多くの部分において、ヒストンタンパク質とDNAからなるヌクレオソームと呼ばれる構造を凝縮単位とするクロマチン構造を形成している。ヌクレオソームの形成とその制御に関わるヒストンタンパク質は、コアヒストン(H2A, H2B, H3, H4)とリンカーヒストン(H1など)に分けられる。エピゲノム制御に関わる化学修飾の主要標的はコアヒストンである。コアヒストンは特定の古細菌においては1種類のタンパク質のみが存在し、酵母やヒトなどの真核生物においてはそのタンパク質を進化的な起源とすると考えられるH2A, H2B, H3, H4の4種類のヒストンが存在する。
真核生物のコアヒストンのC末端側はいずれも折り畳まれたコア領域を形成し、H2AはH2Bと、H3はH4とそれぞれ握手しているようなヘテロ二量体を形成する。通常、H3とH4のヘテロ二量体はさらに二量体を形成して[H3-H4]2のヘテロ四量体を形成し、その左右にH2A-H2Bのヘテロ二量体が一つずつ結合してヒストン八量体が形成される。このヒストン八量体の外側に145〜147塩基対のDNAが巻きつくことでヌクレオソームコア粒子と呼ばれる凝縮構造が形成される。ヌクレオソームコア粒子のDNAの両側にはヌクレオソーム構造を形成しない20〜30塩基対のリンカーDNAが通常存在し、この位置にリンカーヒストンが結合するとヌクレオソームからDNAがほどけにくいさらに安定した凝縮構造(クロマトソーム)が形成される。
4種類のコアヒストンのN末端側はいずれも特定の構造を取らないテイル領域を持ち、ヌクレオソームを巻いているDNAの外側に出ることができる。そのため、ヒストンのN末端テイルは外部から様々な翻訳後修飾(アセチル化やメチル化など)を受けることで情報をやり取りでき、細胞核内においてエピゲノムの位置ごとに可逆的な情報を発信できる拠点となっている(図1)。このヒストンのN末端テイルに存在する複数のリジン残基がアセチル化修飾を受けた場合、通常、そのヌクレオソーム上または近傍に位置するDNAはRNAに活発に転写される。このヒストンのリジン残基のアセチル化とRNAの転写活性の相関は1964年に報告された [1]。以来60年にわたってヒストンのアセチル化が生物の機能制御にもたらす研究が続けられてきている。現在、ヒストンのアセチル化はDNA配列の変化に依存せずに特定の遺伝子発現の状態を確立するエピジェネティックな細胞記憶の一端を担うと考えられている。
ヒストンのリジン残基のアセチル化を制御するタンパク質の作用は主に、(1)アセチル化の付加(ヒストンアセチル化酵素)、(2)アセチル化の消去(ヒストン脱アセチル化酵素)、(3)アセチル化の認識(アセチル化ヒストン結合因子)の3種類が知られている。これらのタンパク質はいずれもエピゲノムからの遺伝子転写の制御に深く関わっている。以下の節では、この3種類のカテゴリーごとに代表的なタンパク質とその制御分子を紹介する。
図1. ヌクレオソームを構成するヒストンと代表的な翻訳後修飾
2.2 ヒストンアセチル化酵素と代表的な制御分子
 ヒストンのアセチル化は、細胞核内のクロマチンのヒストンに対して起こる反応と、細胞質においてクロマチンに取り込まれる前の新生ヒストンに対して起こる反応がある。真核細胞においてそれぞれのアセチル化反応は、前者を担うA型と後者を担うB型のヒストンアセチル化酵素によって触媒される。ヒストンのアセチル化を介したエピジェネティックな細胞記憶は主としてA型のヒストンアセチル化酵素によって担われると考えられている。A型の代表的なヒストンアセチル化酵素としてはp300/CBPやGCN5関連ファミリー、MYSTファミリーなどが挙げられる。また、B型のヒストンアセチル化酵素としてはHat1が挙げられる。
 4種類のコアヒストンのどのN末端テイルをアセチル化するかは酵素ごとに異なる。細胞の恒常性を制御するp300/CBPは多数の転写因子と相互作用して特定の遺伝子転写に関わるが、遺伝子の急速な転写活性化にはp300/CBPのアセチル化酵素活性が必要である。p300/CBPは4種類のコアヒストンすべてのN末端テイルをアセチル化できる点が他のアセチル化酵素に見られない特徴である。一般的にGCN5関連ファミリーはH3に対するアセチル化活性が高く、MYSTファミリーはH4に対するアセチル化活性が高い。また、Hat1は細胞質において主に新生ヒストンH4のN末端から5番目と12番目のリジン残基をアセチル化する。このクロマチンに取り込まれる前のヒストンのアセチル化もエピジェネティクスの制御に貢献していると考えられる。
 これらのヒストンアセチル化酵素のいくつかは、分子内にヒストンのアセチル化を認識するドメインを持っている。例えばp300/CBPはヒストンアセチル化の酵素活性ドメイン以外にヒストンのアセチル化状態を認識するブロモドメインを持つ。そのため、p300/CBPはクロマチンにおけるヒストンのアセチル化領域を認識し、アセチル化を「読み書き」する活性を介してクロマチンの特定のヒストンアセチル化状態の維持やその娘細胞への継承に働くと考えられている。
 p300/CBPのアセチル化酵素ドメインに対する阻害剤としては、急性骨髄性白血病細胞などの増殖を抑制するA-485が挙げられる [2](図2)。また、ヒストンのアセチル化を認識するp300/CBPのブロモドメインに対しては、CBP30(図2)などの阻害剤が開発されている [3]。
図2. ヒストンアセチル化酵素の制御分子の例
2.3 ヒストン脱アセチル化酵素と代表的な制御分子
 細胞内でアセチル化されたヒストンに対しては、能動的に脱修飾(脱アセチル化)する酵素群が知られている。これらのヒストン脱アセチル化酵素の存在は、ヒストンアセチル化酵素と同様に、真核生物においてよく保存されている。ヒトでは18種類のヒストン脱アセチル化酵素が知られており、配列の相同性などに基づいて4種類のクラスに分類されている。これらの酵素は、酵素活性中心に亜鉛イオンを含むクラス(HDACファミリー, クラスI, II, IV)と、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを補酵素とするクラス(SIRTファミリー, クラスIII)で構成されている [4]。このうち、HDACファミリーのヒストン脱アセチル化酵素に対しては、がん細胞の増殖制御などに関わるトリコスタチンAなどの天然物が低濃度で作用する阻害剤であることが比較的初期から知られている。トリコスタチンAの類縁体のSAHA(図3)は皮膚T細胞性リンパ腫に対する治療薬として開発され、ヒストンの翻訳後修飾を制御標的とする医薬品開発の端緒と位置づけられる。HDACファミリーのヒストン脱アセチル化酵素に対しては、その他にも皮膚T細胞性リンパ腫や末梢性T細胞性リンパ腫の治療薬として用いられるFK228(図3)などの制御分子が開発されており、エピゲノム創薬をリードする重要な研究が数多く存在する。
 また、SIRTファミリーのヒストン脱アセチル化酵素に対しても、SIRT1に対する阻害剤のEX-527や活性化剤のresveratrolなどが知られている。
図3. ヒストン脱アセチル化酵素の制御分子の例
2.4 アセチル化ヒストン結合因子と代表的な制御分子
 アセチル化ヒストンを認識するドメインも真核生物において酵母からヒトまでよく保存されている。アセチル化ヒストン結合ドメインとしては、ブロモドメインとYEATSドメインが代表例として挙げられる。ヒトではブロモドメインを持つタンパク質は46種類あり、YEATSドメインを持つタンパク質が4種類存在する。これらのドメインを持つタンパク質やその複合体によるアセチル化ヒストンへの結合は通常、クロマチン上の特定の遺伝子の転写を活性化し、その結合の異常が疾患の発症と相関するケースが知られている。
 ブロモドメインは複数のサブファミリーに分類され、その一つはp300/CBPやGCN5関連ファミリーなどのヒストンアセチル化酵素が持つブロモドメインである。他に注目されているブロモドメインとしては、BET(Bromodomain and Extra-Terminal domain)ファミリーのタンパク質に含まれるBETブロモドメインが挙げられる。ヒトではBRD2, BRD3, BRD4, BRDTと呼ばれる4種類のタンパク質がBETファミリーに属している。BETブロモドメインに対してはJQ1(図4)が代表的な阻害剤として挙げられる [5]。BETファミリーのうち、BRD4は遺伝子転写が亢進しているクロマチン領域に局所的に集合する。このようなクロマチン領域はしばしば、エンハンサーと呼ばれる遺伝子発現を強めるために転写因子が結合するDNA配列を複数持つ10-kb以上の長いDNA領域で構成される。これらはスーパーエンハンサーと呼ばれ、通常の1-kb以下の短いDNA配列のエンハンサーと区別されるようになってきている [6]。BRD4が関わるスーパーエンハンサーの形成や機能発揮は、細胞種に依存しない遺伝子転写の活性化機構であり、この仕組みによってがん細胞の増殖機構の一端が包括的に説明できるという考え方がある。そのため、多種類のがんに対して、BETブロモドメイン阻害剤を用いた臨床試験が現在進められている。
図4. アセチル化ヒストン結合因子の制御分子の例
 BETブロモドメインの阻害剤は、クロマチンにおけるスーパーエンハンサーの位置を同定したり、その機能を解析したりする上で重要な役割を果たしている。また、ケミカルバイオロジーで特定の機能を持つ制御分子を開発・実証するモデル系としても利用されている。例えばdBET1(図4)は、JQ1によるBETブロモドメインとの結合能を利用してBETファミリータンパク質を細胞内で選択的に分解するPROTACsの化学ツールである [7]。次節では、BETファミリーやp300/CBPのブロモドメインに対する阻害剤を活用した最近のクロマチン制御研究を紹介する。
3. ブロモドメイン阻害剤を活用したクロマチンの制御研究
3.1 化合物によるアセチル化ヒストン結合因子の選択的分解
 細胞内に存在する個々のタンパク質の機能を理解するために、特定のタンパク質を細胞から任意のタイミングで分解して表現型などの変化を調べる方法がある。この方法には遺伝子レベルまたはタンパク質レベルでアプローチする方法があり、どちらの方法でも特定の化合物の投与に応じて特定の遺伝子産物やタンパク質を選択的に分解させる方法が開発されている。前者の方法としては主にオーキシンデグロン系が挙げられ、後者では主にPROTACsやSNIPERsと呼ばれる方法が挙げられる [8]。PROTACsやSNIPERsでは、標的タンパク質に結合する低分子化合物をリンカーを介してE3ユビキチンリガーゼのリガンドと連結した化合物を用いる。この化合物を細胞や組織に投与すると、タンパク質レベルで標的タンパク質をプロテアソームに誘導し、短時間で選択的に分解することができる。この方法は、細胞内で特定のタンパク質の機能解析に有用なだけでなく、疾患治療への応用も期待されている。
 先に述べたように、BETファミリータンパク質はアセチル化ヒストンへの結合を介してスーパーエンハンサーで機能することにより、遺伝子転写の活性化やがん細胞の増殖に重要である。BETブロモドメイン阻害剤によるBETファミリータンパク質の機能阻害はエピゲノム創薬の重要な制御標的と位置づけられているため、BETブロモドメイン阻害剤の類縁体を用いてBETファミリータンパク質を選択的に分解できれば、がん細胞などに対するさらなる制御効果が期待できる。そこでPROTACsやSNIPERsをBETブロモドメイン阻害剤に適用することでBETファミリータンパク質を選択的に分解させる研究が進められてきている(図5)[7,9,10]。
図5. 化合物によるBETファミリータンパク質の選択的な分解
 dBET1(図4)は、BETファミリータンパク質を選択的に分解するために開発された化合物である。この化合物は、BETブロモドメイン阻害剤のJQ1の構造骨格にサリドマイド系の化合物がリンカーを介して繋げられている。サリドマイド系化合物は、Cullin・RINGユビキチンリガーゼ複合体のサブユニットであるセレブロンE3リガーゼのリガンドとして働く。そのため、dBET1のJQ1部分に結合したBETファミリータンパク質は、dBET1のサリドマイド部分がセレブロンに結合することでプロテアソームに運ばれて選択的に分解される(図5)。dBET1は細胞膜を透過できるため、細胞に投与すると体細胞性のBETファミリータンパク質であるBRD2、BRD3およびBRD4の量が選択的に減少する。BRD4は急性骨髄性白血病などのがん細胞の増殖制御に関わることが知られているが、dBET1を急性骨髄性白血病細胞のマウスモデルに投与すると急性骨髄性白血病の病変が抑えられることがわかった [7]。
 PROTACsは現在、アンドロゲン受容体やエストロゲン受容体の選択的分解を制御標的としてそれぞれ前立腺がん患者や乳がん患者の治療を目的とする臨床研究が進められている [11]。ブロモドメイン含有タンパク質に対しては、現在、BRD9のPROTACs戦略によって滑膜肉腫の治療を目的とする臨床研究が進められている。
3.2 化合物によるアセチル化ヒストン結合因子のクロマチン結合部位の同定
PROTACsやSNIPERsでは、標的タンパク質に結合する分子(JQ1など)とE3リガーゼに結合する分子(サリドマイド系化合物など)をリンカーで連結し、細胞内で標的タンパク質をタンパク質分解系に誘導して選択的に分解させる点に特徴がある。このアイデアを抽象化すると「機能が異なる化合物を連結することで細胞内の標的タンパク質に何らかの機能を付与できる」ことが考えられる。付与できる機能は連結する化合物の性質に依存するが、工夫によっては標的タンパク質に分解以外の制御的な機能を付与したり、細胞内での標的タンパク質の局在を検出したりできる。ここでは細胞内での標的タンパク質の検出について、クロマチンに対する結合部位や組織内での分布を解析した研究を紹介する(図6)。
クロマチンに対する結合部位の同定方法としては、Chem-seq法 [12]やChem-map法 [13]が挙げられる。これらの方法では、BETブロモドメイン阻害剤のJQ1をリンカーを介してビオチンと連結した化合物を用いる。Chem-seq法では、細胞やその抽出液のクロマチンDNAとタンパク質を架橋剤で架橋し、ビオチン化JQ1を添加してクロマチン上のBETタンパク質に化合物を結合させ、クロマチンを剪断する。その後、ビオチンとアビジンの親和性を利用してBETタンパク質を含むクロマチン断片を取得し、次世代シーケンサーによるDNA配列の網羅的解析によってビオチン化JQ1がクロマチンに結合する部位をマッピングできる [12]。JQ1は試験管内では体細胞性のBETファミリータンパク質であるBRD2、BRD3およびBRD4のブロモドメインとほぼ同程度の親和性で結合するため、ビオチン化JQ1のクロマチン結合部位は原理的にはこれらのBETファミリータンパク質のクロマチン結合部位を総合的に反映すると考えられる。しかし多発性骨髄腫細胞での検討では、ビオチン化JQ1のクロマチン局在はBRD4の局在と最もよく相関し、次いでBRD2と相関が高く、BRD3との相関は最も低かった。この結果は、解析に用いた細胞種での各タンパク質の機能的差異を反映している可能性が考えられる。
図6. 化合物によるBETファミリータンパク質のクロマチン結合部位の同定
一方、Chem-seq法の改良版であるChem-map法では、クロマチンを剪断する代わりにTn5トランスポゼースを用いたDNAのタグメンテーションを行う。ビオチン化JQ1と結合したBETファミリータンパク質を含む細胞核内のクロマチンを抗ビオチン抗体で検出し、その抗体に対する二次抗体にTn5を融合しておくことで、BETタンパク質を含むクロマチンの局所的なDNA断片をタグ付加して取得できる。この方法により、Chem-map法ではChem-seq法よりもシグナル品質に優れたビオチン化JQ1のクロマチン結合部位のin situマッピングを実現している [13]。
ここまでに紹介したPROTACsやChem-seq法、Chem-map法では2種類の化合物をリンカーで連結した化合物を用いる。この連結によって化合物の分子量が大きくなると、細胞内への膜透過性や細胞内における化合物・標的タンパク質間の相互作用を損なう可能性があり、標的タンパク質による作用機構の解明が難しくなる場合がある。そこで、BET阻害剤に、クリック反応による直交ライゲーションが可能な官能基を導入した化合物が開発された [14]。このクリック可能な化合物を用いることにより、ビオチンなどのアフィニティータグだけでなく、蛍光プローブなどを細胞内や個体内で連結することができ、標的タンパク質を制御・検出するための方法が多様化された。
この方法を用いて、急性骨髄性白血病のマウスモデルでクリック型のJQ1プローブの細胞内での蓄積を検討した結果、急性骨髄性白血病細胞の2種類の組織源である脾臓と骨髄では化合物の蓄積が異なり、脾臓に含まれる急性骨髄性白血病細胞では骨髄よりも化合物濃度が有意に高かった [14]。これらの結果は、BET阻害剤は末梢血液を循環している急性骨髄性白血病細胞や脾臓内に局在する急性骨髄性白血病細胞を速やかに除去できるが、骨髄内の急性骨髄性白血病細胞を除去できないという報告 [15]と整合性がある。
3.3 ヒストンのアセチル化が伝播する分子機構の解析
真核細胞においてヒストンのアセチル化は遺伝子転写の活性化に重要であるが、その直接的な読み書きの分子機構についてはこれまでよく分かっていなかった。最近、極低温電子顕微鏡構造解析によって、p300/CBPがヌクレオソーム内でどのようにヒストンのアセチル化を読み書きするかを示唆する研究が報告された [16]。この構造では、p300/CBPはアセチル化の読み取りを担うブロモドメインのポケット内部でヒストンH4のN末端テイルのアセチル化を認識し、ヌクレオソーム上で多方向に回転することで同じヌクレオソームのヒストンH4以外のヒストンのN末端テイルをアセチル化できることが示唆された(図7左)。また、p300/CBPのブロモドメインに対する阻害剤のCBP30(図2)を用いて、p300がヌクレオソーム内のヒストンテイルのアセチル化をどのような方向性で伝播するかが調べられた。
図7. 構造解析と化合物の利用によるヒストンアセチル化の伝播機構の解析
p300/CBPは4種類のコアヒストンをいずれもアセチル化できることから、ヌクレオソームのヒストンテイルを無差別にアセチル化すると従来考えられてきている。p300/CBPがヌクレオソーム内のヒストンアセチル化を伝播する際に特定の方向性があるかどうかは、あらかじめヌクレオソームのヒストンの特定のリジン残基をアセチル化した場合にp300がどのヒストンテイルをアセチル化するか、またCBP30の有無によってそのアセチル化の度合いがどの程度影響を受けるかを調べればわかる。この解析の結果、p300はヒストンH3-H4四量体内ではアセチル化を双方向に伝播する一方、ヒストンH2Bテイルに対してはヒストンH3テイルまたはヒストンH4テイルにあらかじめアセチル化がある場合に依存して一方向的にアセチル化を伝播した(図7右)。この結果から、p300がヌクレオソーム内のヒストンをアセチル化する方向性には「双方向性」と「一方向性」の2種類があることがわかった。
文献[16]の構造解析では、p300/CBPはヒストンH4テイルのアセチル化を認識し、ヌクレオソーム上で回転して多様な結合様式でヌクレオソームと結合することで、認識したH4テイルの近傍に位置するH4以外の複数のヒストンテイルをアセチル化しうることが示された。なかでも、p300/CBPはヒストンH4テイルのアセチル化を認識した場合にヒストンH2BのN末端テイルを主要なターゲットとしてアセチル化することがわかった。さらにH2BのN末端テイルのアセチル化は、ヌクレオソームからのH2A-H2B二量体の解離を選択的に促進することが示された。これらの結果を総合して、p300/CBPがH3-H4四量体内でヒストンN末端テイルのアセチル化を「複製」してエピジェネティックな情報(ヒストンのアセチル化)を継承し、それをH3-H4四量体からH2B-H2A二量体に「転写」して局所的なヌクレオソームの不安定化を介して特定の遺伝子転写を活性化するモデル(エピセントラル・モデル)が提唱された(図8)。
このモデルは、H3-H4 四量体と H2B-H2A 二量体のアセチル化が異なる役割を果たす点に特徴がある。すなわち、ヒストンのアセチル化の伝播に関して、H3-H4 四量体の役割はDNAの役割と類似しており、p300/CBPがH3-H4 四量体内で「複製」したアセチル化情報を細胞周期を越えて自己永続させるための情報媒体と位置づけられる。また、H2B-H2A二量体の役割は自己永続せずに用いられるRNAの役割と類似しており、p300/CBP がH3-H4四量体からH2B-H2A二量体にアセチル化を「転写」することでヌクレオソームからH2B-H2A二量体の脱離が促され、その位置のDNAをRNAポリメラーゼが生産的に転写できるようになる。これらの結果をまとめると、真核生物の遺伝子転写制御の本質の一端は、クロマチンの個々のヌクレオソームが「エピジェネティック情報を継承するH3-H4四量体」と「エピジェネティック情報を発現するH2B-H2A二量体」を併せ持つ点にあると考えられた。
図8. ヒストンアセチル化の情報伝達を介した遺伝子転写制御モデル
4. 終わりに
本節では、ヒストンアセチル化酵素、ヒストン脱アセチル化酵素、アセチル化ヒストン結合因子とそれらのタンパク質に対する代表的な制御分子を紹介し、アセチル化ヒストン結合因子に対する阻害剤やその類縁化合物を用いた最近のクロマチン制御研究を紹介した。エピゲノムの制御は今回述べたヒストンのアセチル化を介した制御だけでなく、ヒストンのメチル化、リン酸化、ユビキチン化などの制御やゲノムDNAのメチル化の制御など、多岐にわたる経路によって担われている。そのため、2種類の異なる化学修飾の制御経路を同時に阻害する制御分子も開発されている。また、近年では個体の世代を超えて継承されるエピジェネティック情報にも注目が集まっている。今後は、食事や化合物、ストレスなどの環境条件に応じたエピゲノムの変化とその制御機構の解析にも注目が集まることが期待される。
参考文献
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///// Cutting Edge /////
NSD2によるヌクレオソーム上ヒストンH3K36メチル化の
制御と破綻
横浜市立大学 医学部 仙石 徹
1. はじめに
ヒストンは様々な翻訳後修飾を受け、それにより転写・複製・修復などのゲノム機能が制御されている。一般に、ヒストンの修飾状態はそれを導入する酵素である「writer」と除去する酵素である「eraser」の拮抗する作用のせめぎあいによって確立され、それを特異的に認識するタンパク質である「reader」によって下流の生物学的応答が引き起こされる(図1)[1]。ヒストン修飾の破綻はがんなどの様々な疾患の原因となっており、それを正常化する薬剤としてwriter・eraser・readerを標的とした阻害剤の開発が盛んに行われている(表1)[2]。
図1. ヒストン修飾に関係するタンパク質の機能
表1. ヒストン修飾に関係する創薬標的の例(なお、しばしば単一のタンパク質がreaderドメインとwriter/eraserドメインの両方を持つ)
タンパク質やドメイン 修飾 機能
HDAC リジンアセチル化 Eraser
ブロモドメイン リジンアセチル化 Reader
p300 リジンアセチル化 Writer
LSD1 H3K4メチル化 Eraser
G9a H3K9メチル化 Writer
EZH2 H3K27メチル化 Writer
NSD2 H3K36メチル化 Writer
Dot1L H3K79メチル化 Writer
ヒストンのリジン残基は主にH3のK4・K9・K27・K36・K79とH4のK20でメチル化を受け、その残基位置とメチル化の程度(モノ・ジ・トリメチル化)によって異なる生物学的応答が引き起こされる [3]。例えば、ヒストンH3K36のトリメチル化(H3K36me3)は活発に転写される領域に、ジメチル化(H3K36me2)は遺伝子間領域に多く存在し、どちらも転写活性化に関与する。一方で、H3K27のトリまたはジメチル化(H3K27me3/2)は条件的ヘテロクロマチン形成を伴う転写不活性化に働き、細胞種特異的な発現パターンを示す遺伝子の異所的な発現を抑制している。
本研究で対象としたNSD2(別名MMSET・WHSC1)はヒストンH3K36ジメチル化活性を持つNSDファミリー(NSD1・2・3)[4]の一員であり、NSDファミリーによるH3K36me2レベルの厳密な制御が正常な発生に必要である。例えば、NSD2のハプロ不全は成長障害や精神遅滞を伴うWolf-Hirschhorn症候群を引き起こす [5]。一方で、NSD2活性の亢進による細胞内H3K36me2レベルの異常な上昇は様々ながん(主に血液がん)を引き起こす。多発性骨髄腫の約20%で染色体転座によるNSD2の過剰発現が見られ [6]、また一部のリンパ性白血病においてNSD2のメチル化活性を異常亢進する点変異であるE1099KやT1150Aが見られる [7,8]。さらに、リンカーヒストンH1はNSD2によるヌクレオソーム上H3K36メチル化を阻害することが知られており、一部のリンパ腫ではH1遺伝子の機能喪失変異によりH3K36me2レベルの異常な上昇が観察される [9,10]。これらの事実からNSD2阻害剤は有望な抗がん剤候補化合物と考えられ [11]、その特異的阻害剤KTX-1001の多発性骨髄腫に対する治験が2023年に開始されている(NCT05651932)。
ヌクレオソーム中ではヒストン8量体の球状ドメインが密接な相互作用によりコア構造を形成し、DNAはその外周に巻き付いている。ヒストンのN末端領域に存在する「ヒストンテール」は特定の立体構造を形成せずコア構造から外側に突き出ており、H3K36はコア構造とヒストンテールの境界であるDNA近傍に存在している(図2左)。そのため、H3K36の周囲は立体的に込み入っており、そのままでは酵素がアクセスすることが難しい状態にある。NSD2がヌクレオソームをどのように認識して込み入った位置のH3K36をメチル化するかは未解明であった。
我々は、NSD2がヌクレオソーム上のH3K36にアクセスする機構、リンパ球の正常な増殖に必要なH1によるNSD2活性の抑制機構、そして発がん性変異E1099KやT1150Aによるメチル化活性の異常亢進機構について知見を得るために、NSD2とヌクレオソームとの複合体の立体構造解析を行った [12]。
図2. 左: 標準的なヌクレオソームの構造(PDB 1KX5)。中: NSD2-ヌクレオソーム複合体の構造(PDB 7E8D)。右: H1-ヌクレオソーム複合体の構造(PDB 5NL0)。
2. 立体構造
クライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析を行い、NSD2の触媒ドメインがヌクレオソームに結合した構造を決定した(全体分解能約2.8 Å)。
2.1 構造決定
構造解析に用いたサンプルの調製法について記す。予備的実験により長いリンカーDNAを含むヌクレオソームがNSD2の良い基質になることが分かったので、両端に約20 bpのリンカー領域を持つDNAを用いた。NSD2には発がん性変異E1099Kを導入し、また複合体の安定化のためにNSD2の触媒ドメインとH4との融合タンパク質を発現させ他のコアヒストンとDNAと混合してヌクレオソームを再構成した。さらに、標的リジン残基がメチオニンに置換されたH3変異体(H3K36M)を用いて、H3とNSD2との相互作用のさらなる安定化を行った [13]。メチル基供与体SAMのアナログとしてsinefunginをサンプルに添加した。
2.2 NSD2はDNAが一部剥がれたヌクレオソームを結合する
全体構造を図2中に示す。NSD2はDNAが一部剝がれたヌクレオソームに結合し、それによりH3K36へのアクセスを可能にしていた。溶液中でヌクレオソームDNAの外部領域は結合と乖離を繰り返しており(breathing)、DNAが乖離した状態においてのみNSD2が結合すると考えられる。
この構造はリンカーヒストンH1によるNSD2阻害機構を説明できる。図2右に示す通り、H1はヌクレオソームから伸びるリンカーDNAを束ねるような部位に結合し、結果としてDNAとヒストンとの相互作用を安定化する [14]。これにより、DNAのbreathingは起こりにくくなり、NSD2によるH3K36へのアクセスが妨げられると考えられる。
2.3 ヒストンとDNAとの相互作用
NSD2はヒストンH3、H2A、そしてDNAと直接相互作用を形成していた(図3)。特に、H2AK119とNSD2のE1031の間で塩橋の形成が見られた。H2AK119はモノユビキチン化を受けて条件的ヘテロクロマチン形成を介した転写抑制に働くことが知られている。一方で、H2AK119がモノユビキチン化されると、E1031との塩橋は形成できなくなる。これらの観察から、H2AK119のモノユビキチン化はH3K36メチル化の阻害を介して転写抑制に関与するという新たな機構の存在が示唆された。
通常のヌクレオソーム構造においてH3R49とH3R52はDNAリン酸基と塩橋を形成している。今回のNSD2複合体構造においては、NSD2の主鎖あるいは側鎖の酸素原子がH3R49、H3R52の側鎖と水素結合を形成していた。これらの相互作用はDNAが剥がれることによるエネルギー損失を補償しているのであろう。
図3. NSD2とH2A・H3・DNAとの相互作用。紫:NSD2、黄:H2A、青:H3、AtomColor:DNA。
2.4 自己阻害ループの構造変化
先行研究でH3フリーのNSD2触媒ドメインのX線結晶構造が解析されていた(図4左)[15]。この構造において、NSD2の「自己阻害ループ」と呼ばれる領域(オレンジ色で示す)は閉じた構造をとり、本来H3を結合すべき溝を埋めるように位置していた。自己阻害ループ上のD1182はK1152と分子内で塩橋を形成しつつT1150とは水を介した水素結合を形成し、一方でL1184はM1119、T1121、I1127などと疎水性相互作用を形成していた。これらの相互作用は自己阻害ループの閉じた構造の安定化に寄与している可能性がある。
H3フリーの構造と比較すると、ヌクレオソーム結合NSD2構造においては自己阻害ループが大きく動いて開いた構造をとり、それによってH3のN末端領域(H3A31-H3Y41)の結合が可能になっていた(図4右)。メチオニン置換が導入されたH3K36Mの側鎖は活性中心に伸びてsinefunginの近傍に位置しており、本構造はメチル化反応における複合体構造をよく表現した構造になっていると考えられる。H3V35とH3P38はNSD2の疎水性残基によって認識されており、これがH3K36(またはH3K36M)側鎖の活性中心への適切な配向に重要と考えられる。
2か所の発がん性変異残基であるE1099とT1150は共に活性中心と自己阻害ループの近傍に位置しており、H3フリー構造においてE1099はK1124と塩橋を形成していた。本研究のヌクレオソーム複合体構造においてE1099Kの側鎖はDNAリン酸基の近傍に位置しているが、その密度は不明瞭であり、DNAリン酸基との塩橋形成は確認できなかった。
図4. NSD2のH3フリー構造(左)とヌクレオソーム結合構造(右)の比較
3. 変異体の生化学的解析
変異が導入されたNSD2触媒ドメインを発現・精製し、そのヌクレオソーム上H3K36メチル化活性を測定した(図5)。既報の通り、発がん性変異であるE1099KとT1150Aは共にメチル化活性を大きく向上させた。興味深いことに、E1099をArg・Glu・Alaに変異させた変異体においても程度の差こそあれ同様にメチル化活性の上昇が認められた。この事実は、E1099Kの側鎖とDNAリン酸基の間の塩橋形成による親和性向上では説明がつかない活性亢進機構が働いていることを示す。
活性亢進機構について更なる知見を得るため、野生型・E1099K・T1150A変異体についてkinetics解析とヌクレオソーム結合アッセイを行った(表2)。その結果、両変異体においてヌクレオソーム親和性はあまり変化しておらず、一方でkcatが大きく上昇していることが明らかになった。
図5. ヌクレオソーム上H3K36メチル化アッセイ
表2. 変異体のkinetics解析と結合アッセイ
タンパク質 kcatapp
(min-1) ヌクレオソーム
KM (µM) kcatapp/KM
(µM-1min-1) ヌクレオソームKD (µM)
野生型 0.14 ± 0.01 0.242 ± 0.043 0.57 0.088 ± 0.031
E1099K 2.16 ± 0.07 0.232 ± 0.027 9.33 0.202 ± 0.050
T1150A 1.22 ± 0.03 0.167 ± 0.018 7.35 0.070 ± 0.028
システム 開いた状態 (%)
野生型 0.86
E1099K 9.7
T1150A 6.3
E1099K-T1150A 18.8
4. MDシミュレーション
 構造解析と変異体解析の結果から、「E1099KとT1150Aが自己阻害ループの構造ダイナミクスに影響を与えることでkcatを上昇させている」という仮説を我々は考えた、その仮説を検証するため、NSD2触媒ドメインの野生型・E1099K・T1150A・E1099K-T1150A(二重変異体)の4種類についてMDシミュレーション解析を行った。すべてのシステムについて、MDトラジェクトリ中で自己阻害ループはフレキシブルに動いていたが、その動き方は大きく異なっていた。解析のために、図6のように自己阻害ループ状の2つの疎水性残基(L1181とL1184)と別の残基について4種類の距離(D1~D4)を計測し、それらが全て設定された閾値より大きい場合は自己阻害ループが「開いた」状態、そうでない場合は「閉じた」状態であると定義した(図6)。この定義を用いて判定したところ、野生型NSD2の自己阻害ループは開いた状態をトラジェクトリ中でほとんどとらなかった(約1%未満)のに対し、3種類の変異体すべてで開いた状態をとる頻度が大幅に増加していた(表3)。
5. Discussion
立体構造解析・変異体解析・MDシミュレーションの結果から、発がん性変異による活性亢進機構として我々は以下を提唱する。野生型NSD2においては、自己阻害ループはフレキシブルな構造をとりつつH3結合部位を覆い、そのことで過剰なH3K36メチル化を防いでいる。一方で、E1099KあるいはT1150A変異は自己阻害ループの運動性に影響を与え、それが完全に開いた状態を取りやすくさせる。結果としてヌクレオソームと相互作用したNSD2がH3K36を活性中心に結合してメチル化反応を起こす効率は上昇し(kcatの上昇に反映される)、メチル化活性の亢進が引き起こされる。
発がん性変異が自己阻害ループの運動性に影響を及ぼす機構の詳細な理解は今後の課題であるが、トラジェクトリの解析から、活性中心と自己阻害ループの近傍で複雑な塩橋と水素結合の動的なネットワークが形成されており、E1099KやT1150Aにおいてはそれらの形成頻度が変化していることが分かった。また、がん患者由来の点変異に加えて、新たな活性亢進変異として我々はT1121Aを同定した(図5)。H3フリー構造においてT1121は自己阻害ループの近傍で水素結合を形成しており、T1121Aは発がん性変異と同様に水素結合ネットワークを変化させることで自己阻害ループの運動性に影響しているのかもしれない。今後、大規模な変異体解析に加えてヒストンペプチドやヌクレオソームを含む巨大な系を用いたシミュレーション計算を行うことで自己阻害ループによるNSD2活性の制御とその破綻が詳細に理解されると期待される。
謝辞
立体構造解析と生化学的解析は筆者と佐藤光博士(横浜市立大学)が中心となって行い、東京大学の濡木理教授と西澤知宏博士(現・横浜市立大学教授)に解析上の助言を受け、クライオ電顕装置として東京大学医学部のTitan Kriosを用いた。MDシミュレーションは量子科学技術研究開発機構の河野秀俊チームリーダーとAmarjeet Kumar博士らが行った。本研究はJSPS科研費の助成(JP20K08717、JP18H05534、JP20H05394、JP21H05161)とAMED BINDSの支援(P20am0101115、JP20am0101106)を受けた。
参考文献
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///// Activities /////
第51回構造活性相関シンポジウム開催報告
日時: 令和5年11月20日(月)・21日(火)
会場: 日本薬学会長井記念ホール(オンラインとのハイブリット開催)
主催: 日本薬学会構造活性相関部会
協賛: 情報計算化学生物学会(CBI学会)、 日本農薬学会、日本バイオインフォマティクス学会、日本薬学会医薬化学部会
2023年11月20日(月)~21日(火)、日本薬学会長井記念ホールにおいて、第51回構造活性相関シンポジウムを開催いたしました。新型コロナ感染状況も落ち着き、4年ぶりに対面をメインとした開催(オンラインとのハイブリット)となりました。招待者と実行委員などを含めて約138名の参加をいただきました.その内、オンライン参加が25名でしたので、100名以上の方に会場にお越しいただけたことになり、参加者の皆様が対面開催を望んでいたことが伺えました。初日のセッションの終了後には、日本薬学会長井記念ホールの受付前スペースを利用して懇親会(ケータリングスタイル)も開催し、久しぶりの再会等もあって大いに歓談を楽しんでいただきました。
演題数は、特別講演が1件、招待講演が3件、一般講演として口頭が11件、ポスターが40件となりました。ポスター発表(フラッシュトークは配信)以外は、全てオンライン配信をいたしました。特別講演では、理化学研究所の大田雅照先生に、「変化、進化、深化に適応し、促進するための技術としてのインシリコ創薬」という演題でご講演をいただきました。大田先生は、企業とアカデミアの双方において創薬の実績をお持ちであり、これまでのインシリコ創薬の経緯、AI創薬が主流となっている現状、今後の方向性について、先生ご自身の研究成果を交えた示唆に富んだ内容でした。招待講演では、東京大学大学院の森脇由隆先生、名古屋大学大学院の山西芳裕先生、横浜市立大学の仙石徹先生にご講演いただきました。森脇先生には、「AlphaFoldによってさらに発展するタンパク質の計算科学」という演題でご講演をいただきました。森脇先生はAlphaFold(Colab Fold)の開発の共著者として唯一の日本人であり、AlphaFoldを深く理解し活用されているトップランナーとして、AlphaFoldをカスタマイズする技術や問題点など参加者の多くの方にとって関心の高い実務レベルの内容のご講演をいただきました。山西先生には、「AI・ビッグデータ時代の創薬の可能性」という演題でご講演いただきました。ご講演内容は、疾患に関するマルチオミクス情報・臨床情報、化合物に関する化学構造・表現形・標的分子情報などの多様なデータを融合解析し、創薬における様々な課題を解決すための機械学習アルゴリズムの開発と、その技術を疾患・生体分子・制御化合物ネットワークを大規模に予測する問題へ適用した事例など、非常に多岐にわたる内容で、参加者の関心を集めていました。仙石先生には、「転写制御と環状ペプチドの構造生物学」という演題でご講演いただきました。現在、クライオ電子顕微鏡技術の進展により、構造創薬の重要度が高まっています。仙石先生には、転写因子Nrf2による標的DNAの配列特異的認識の構造基盤、ヒストンH3K36 メチル化酵素 NSD2のヌクレオソーム認識と発がん性点変異による活性亢進の構造基盤、アゾール・ピリジン閉環骨格を持つde novoチオペプチドによるTNIKキナーゼ阻害の構造基盤、など多くの構造生物学研究の最新成果についてご講演をいただきました。
一般講演でもAlphaFold予測構造や、化合物生成AIを活用した演題や、PROTACなど新しいモダリティを標的とした演題が多く、創薬プロセスとしてパラダイムシフトが起きている印象を持ちました。ポスター発表は、会議室A・Bを拡張して行いました。40演題と議論する参加者のスペースでちょうど収まる広さでした(今後、長井記念ホールを利用する方のために記録として残しておきます)。ポスター発表時間の会場は、どのポスターでも質問や議論をする参加者で賑わっており、対面開催をしてよかったと実感するものでした。また、シンポジウム開催前に、長井記念ホールのWifi環境も新しくなったこともあり、参加者にとって通信環境も最適でありました。
今回のシンポジウムでは、対面形式や懇親会開催の決断についてかなり悩みましたが、開催期間中、深刻な感染状況の再発もなく、また会場での参加者間の対面での議論や歓談の様子を拝見し、対面開催(オンラインハイブリット開催)にして本当に良かったと胸を撫でおろしています。開催にあたり、実行委員の先生方には多大なるご尽力いただきした。アルバイトの皆様も当日、的確にサポートいただきました。また小田先生、高木先生、杉本先生には、これまでのご経験からのアドバイスを多くいただきました。この場をかりてお礼申し上げます。
SAR Awardは、以下の4名の発表者に決定いたしました。受賞おめでとうございます。
・KO04 吉澤竜哉 (横浜市大・生命医科学)
「複数の特性予測モデルの信頼性を考慮した分子の多目的最適化」(口頭)
・KP06 立石優輔  (熊本大院)
「電子状態インフォマティクスによるα-グルコシダーゼ阻害剤の探索」(ポスター)
・KP13 鍋谷朋哉  (横浜市大・理)
「スーパーコンピュータ富岳を用いたMDベースのハイスループットスクリーニング」 (ポスター)
・KP21 平尾巧   (筑波大・医科学)
「バーチャルスクリーニングモデル作成のための Parallel Cascade Selection Molecular Dynamicsの応用」(ポスター)
第51回構造活性相関シンポジウム
実行委員長 広川 貴次
///// SAR Presentation Award /////
SAR Presentation Awardについて
「SAR Presentation Award」は、構造活性相関シンポジウムにおける若手研究者の発表を奨励し、構造活性相関研究の発展を促進するため、2010年度に創設された。当初は応募制として審査対象講演の募集を行った。2012年度からは、正式名称を「構造活性相関シンポジウム優秀発表賞」(英語表記SAR Presentation Award)と定めた。
2023年度SAR Presentation Awardについて
2023年度は、第51回構造活性相関シンポジウムにおける40歳以下の発表者(日本薬学会会員または受賞後に日本薬学会に入会いただける方)による一般講演(口頭発表・ポスター発表)を選考対象とすることとした。
2023年度SAR Presentation Award受賞者(演題番号順)
口頭発表  : 吉澤 竜哉  (横浜市立大学生命医科学研究科)
ポスター発表: 立石 優輔  (熊本大学大学院自然科学教育部)
ポスター発表: 鍋谷 朋哉  (横浜市立大学理学部理学科)
ポスター発表: 平尾 巧   (筑波大学大学院フロンティア医科学学位プログラム)
受賞者の選考について
2023年11月10‐11日に各審査員からオンラインにて提出いただいた審査票を集計し、口頭発表1名、ポスター発表3名を受賞者として選出した。口頭発表の審査は点数方式、ポスター発表の審査は3演題選出するという方式で行った。審査員が共同演者となっている演題は選出不可としている。後日受賞者には、賞状と副賞を贈呈した。なお、審査にあたっての審査項目は下記の通りである。
審査項目
a) 講演要旨: 講演要旨は発表内容を反映して適切に作成されているか。
b) 講演資料: スライドは専門領域の異なる参加者にもわかりやすく、見やすく、かつ発表時間に見合って適切に作成されているか。
c) プレゼンテーション: 発表時に参加者にわかりやすく説明しているか。
d) 研究の目的: 研究の背景と目的、先行研究との関係、研究の新規性あるいは有用性が明確になっているか。
e) 研究成果: 価値のある成果が得られているか。
f) 質疑応答: 質問等に対し、的確な応答・議論がなされたか。活発な討論がなされたか。
g) 将来性: 研究内容について、将来の発展が期待できるか。
審査員
第51回構造活性相関シンポジウムに参加した2023年度常任幹事および幹事

<受賞者コメント>
KO-03
氏名 吉澤 竜哉(よしざわ たつや)
所属 横浜市立大学 生命医科学研究科
演題 複数の特性予測モデルの信頼性を考慮した分子の多目的最適化
この度は名誉ある賞を頂き、大変光栄に存じます。評価をしていただいた先生方、日本薬学会構造活性相関部会の関係者の皆様、シンポジウム実行委員の皆様に厚く御礼申し上げます。
本研究では、分子の特性を予測する予測モデルと分子生成AIを組み合わせた多目的最適化における、特性予測の信頼度の問題に取り組みました。予測の信頼度は、予測モデルの適用範囲を定義することで考慮できるものの、高い信頼度で定義された複数の適用範囲が重複するとは限りません。さらに、適用範囲が重複するかどうかを、分子生成を実施する前に判別することが困難です。そこで本研究では、特性予測モデルの信頼度を探索的に調整することで、予測の信頼度を保ちつつ多目的最適化を実施する手法を開発しました。本手法を用いてEpidermal growth factor receptor (EGFR) 阻害剤の設計を試みたところ、上市薬の一つを再設計することに成功しました。本研究が、実践的な分子設計における分子生成AIの活用の促進に貢献できることを期待しています。
今回のシンポジウムでは、オンサイトでの開催が再開されたことで、私が過去に参加した際には実現しなかった、創薬がご専門の先生方と直接議論をする機会を得ることができました。また、その議論を通じて自身の研究の価値や課題を改めて認識することができました。この貴重な経験を糧に、今後とも研究に精進します。最後に、本研究を遂行するにあたりご指導賜りました、横浜市立大学 寺山慧准教授、石田祥一特任助教、共同研究者の先生方に、この場を借りて御礼申し上げます。
KP-06
氏名 立石 優輔(たていし ゆうすけ)
所属 熊本大学大学院自然科学教育部
演題 電子状態インフォマティクスによる-グルコシダーゼ阻害剤の探索
この度は、第51回薬学会構造活性相関シンポジウム SAR Presentation Award(ポスター賞)という身に余る賞を頂きましたこと大変光栄に存じます。当研究では、糖尿病治療薬の一つである-glucosidase阻害剤の新規探索を目的として、天然物からのin silicoスクリーニングを行いました。探索に使用した電子状態インフォマティクス(ESI)手法は、電子状態的な記述子を用いた手法であり、電子状態的な観点で物性や活性などを予測、解析したり、化合物探索を行うアプローチです。ESI手法を応用し、阻害剤の探索を行った結果、天然物から有望な-glucosidase阻害剤候補を発見することが出来ました。加えて、ESI手法により広範な化学空間から化合物を探索可能であることや、それにより従来の構造依存的な探索手法では、手の届かなかった未知の阻害剤候補が発見される可能性も示唆されました。これらの成果は天然物の新たな価値を見出す上で非常に有意義であり、また化学構造に制約されない新たな薬剤探索手法として、さらなる研究開発への道を拓くものと考えております。
このような研究成果を挙げることが出来たのは、杉本学准教授をはじめとする研究室メンバー、そして日々の研究活動におけるすべての方々の指導・助言の賜物です。今後もこの受賞を励みに、さらなる研究成果の創出に努めて参ります。最後に、研究発表の機会を提供してくださいました実行委員会の先生方に心から感謝申し上げます。
KP-13
氏名 鍋谷 朋哉(なべたに ともや)
所属  横浜市立大学 理学部理学科
演題 スーパーコンピュータ富岳を用いたMDベースのハイスループットスクリーニング
この度は第51回構造活性相関シンポジウムSAR Presentation Award (ポスター)を賜りましたこと、大変光栄に思います。ご評価くださいました審査員の先生方、並びに日本薬学会構造活性相関部会の先生方に心より感謝申し上げます。本シンポジウムでは多くの専門家の方々から研究内容についてご意見やご質問を頂き、様々な知見や指針を得ることができました。
本研究では、ドッキングポーズにおけるリガンドの歪みによるフィルタリングや、スーパーコンピュータ「富岳」を用いた3000回のMDシミュレーションによるドッキングポーズ安定性に基づくフィルタリング、さらにはAbsolute Free Energy Perturbation(ABFEP)法を用いた結合自由エネルギー計算を実施し、MDシミュレーションを用いた効率的なスクリーニングプロトコルの開発を行いました。結果、本研究で用いたデータセットの範囲において、開発したMDシミュレーションベースのプロトコルでは既存の静的構造ベースのプロトコルに比べて、ヒット率が18倍程度向上することが明らかになりました。今後は、本手法を他のデータセットにも適用し、様々な標的タンパク質にも適用可能なインシリコスクリーニングプロトコルとして確立したいと考えています。
最後に、本研究を進めるにあたりご指導賜りました、池口満徳教授をはじめ、横浜市立大学生命情報科学研究室の皆様に心より感謝申し上げます。
KP-21
氏名 平尾 巧(ひらお たくみ)
所属 筑波大学大学院人間総合科学研究群フロンティア医科学学位プログラム
演題 バーチャルスクリーニングモデル作成のためのParallel Cascade Selection Molecular Dynamicsの応用
この度は、第51回構造活性相関シンポジウム SAR Presentation Award(ポスター)という名誉ある賞を頂戴し、大変光栄に存じます。ご評価いただいた先生方、日本薬学会構造活性相関部会の関係者の方々、シンポジウム実行委員の方々に厚く御礼申し上げます。
Structure-Based Virtual Screening (SBVS, VS) は、標的タンパク質の構造情報に基づいて低分子化合物を評価し、標的タンパク質に結合する可能性の高い化合物を選択する手法です。VSには、実験構造やホモロジーモデルによる予測構造が用いられ、VSの精度はこれらの構造に大きく依存することが知られています。近年では、AlphaFold2(AF2)によって、VSに利用可能な3次元タンパク質構造の潜在的な数は急速に増加していますが、AF2によって予測された構造は、ドッキングシミュレーションに不適切であることが、いくつかの先行研究によって報告されています。本研究では、構造サンプリング手法であるParallel Cascade Selection Molecular Dynamics (PaCS-MD)を用いて、標的タンパク質のAF2構造からVSに適した構造に精密化する手法を提案しました。本手法を複数のターゲットに適用したところ、ベンチマークスクリーニングの精度向上が見られました。今後の展望として、さらなるデータセットでの検証やタンパク質-リガンド間相互作用評価の導入を検討しています。さらに、本研究をもとに創薬研究におけるVSの精度向上に貢献していければと考えています。
最後に、本研究を遂行するにあたりご指導賜りました筑波大学医学医療系の広川貴次教授をはじめ、吉野龍ノ介助教、筑波大学計算科学研究センターの原田隆平准教授、筑波大学物理学専攻の工藤玄己さんに深く感謝申し上げます。
複数の特性予測モデルの信頼性を考慮した
分子の多目的最適化
○吉澤竜哉 1 、石田祥一 1 、佐藤朋広 2 、大田雅照 3 、
本間光貴 2 、寺山慧 1,4,5
( 1 横浜市大•生命医、 2 理研•BDR、 3 理研•R-CCS、
4 理研•AIP、 5 東工大•MDXES)
E-mail: w225435a@yokohama-cu.ac.jp
1. 背景と目的
医薬品候補の探索においては、疾患に対する薬 効や、体内動態等を含む多数の特性が同時に最適 化された分子が要求される[1]。この探索は多目的 最適化問題としてみなすことができ、近年では分 子構造生成 AI を用いた分子特性の多目的最適化 が試みられている[2-5]。
分子構造生成では、生成された分子構造の各特 性は、教師あり学習に基づく予測モデルで評価さ れることが多い[6]。ただし、予測モデルの適用範 囲は限定されているため、生成構造に対して常に 信頼性の高い予測を行えるとは限らない。そこで 予測の信頼性を担保するために、予測モデルの適 用範囲内で構造生成を実施する手法が提案され ている[3,7,8]。しかし、これらの手法では単一の予 測モデルの適用範囲のみに焦点が当てられてお り、多目的最適化において使用される複数の予測 モデルの適用範囲は考慮されていなかった。予測 モデルの適用範囲は、複数の予測モデル間で重複 するとは限らないため、複数の予測モデルの信頼 性を同時に向上させることは困難である。そこで 本研究では、複数の予測モデルの信頼性それぞれ 調整し、可能な限り信頼性の高い予測結果に基づ き多目的最適化を行う手法を開発した。
2. 方法
2.1. ベイズ最適化による信頼性の調整
本研究では、予測モデルごとの信頼性の調整に、 ベイズ最適化[9]を活用した。ベイズ最適化に基づ き、信頼性の調整と構造生成を繰り返し実施する ことで、モデルごとに適切な信頼性を設定するこ とを試みた。ベイズ最適化の計算は、予測モデル の信頼性の設定、構造生成、目的関数の計算の三 段階で構成した(図1)。それぞれ詳細を 2.2–2.4 に 記す。
2.2 予測モデルの信頼性の設定
本研究では、予測の信頼性として、予測モデル ごとに適用範囲を定義し、適用範囲の厳しさを変 動させることにより調整した。適用範囲の定義は、 既存研究[3]にならい、訓練データとの最近接タニ モト類似度が与えられた閾値を上回るか否かと した。適用範囲の厳しさは、訓練データとの最近 接タニモト類似度の閾値の大きさとした。
2.3. 適用範囲を考慮した構造生成
構造生成には、深層学習手法の一種である recurrent neural network と、強化学習に基づく探索 アルゴリズムである Monte-Carlo tree search で構成 される ChemTSv2[10]を使用した。ChemTSv2 は、 予め定義した報酬関数を最大化するように、分子 構造を生成する。報酬関数は、予測モデルの適用 範囲内で特性が最適化されると値が大きくなる ように設計した。また、適用範囲内で特性を最適 化するために、生成構造が前項で設定された適用 範囲を満たすか否かで場合分けをした。ここでは、 生成構造と各予測モデルの訓練データの最近接 タニモト類似度が前項で設定された閾値を全て 上回った場合、生成構造が適用範囲内である判定 し、報酬として各特性値の幾何平均を計算した。 各特性値は、予測値の望ましさに応じて 0 から 1 に正規化し、報酬計算に用いた。最近接タニモト 類似度が閾値を満たさなかった場合には、適用範 囲外と判定し、報酬は 0 とした。このような報酬 関数を設計することで、適用範囲内での分子特性 の多目的最適化を目指した。
2.2. 信頼性を 調整 2.3. 適用範囲内で構造を 生成
2.4.
目的関数を 計算
図 1. 提案手法の計算の流れ 3 つのステップ を繰り返すことで予測モデルの信頼性を調整 しながら分子構造を生成する。
KO04
2.4 ベイズ最適化の目的関数の計算
目的関数は、構造生成の結果と、入力したタニ モト類似度の閾値の望ましさの二つの要素で構 成した。構造生成の結果は、生成された構造の報 酬の上位一割の平均値で評価した。入力した閾値 の望ましさは、閾値が高いほど 1 に近付くように 0 から 1 に正規化し、正規化後の値で評価した。 それらの重み付き幾何平均をベイズ最適化の目 的関数とした。
2.5. ベイズ最適化及び構造生成の計算条件
ベイズ最適化の探索回数は 40 回とした。また ベイズ最適化の効率を評価するために、ランダム 探索との比較を行った。構造生成において最適化 する特性としては、epidermal growth factor receptor (EGFR)に対する阻害活性と、ヒト肝ミクロソーム における代謝安定性、Caco-2 細胞における膜透過 性の 3 項目を標的とした。1 回の探索当たりの生 成構造数は 10,000 個とした。
3. 結果とまとめ
ランダム探索とベイズ最適化における 40 回の 探索で得られた目的関数の最大値を比較すると、 ランダム探索では 0.20 だったものの、ベイズ最適 化では 0.39 と、2 倍程度の高い値を得た。ベイズ 最適化により、目的関数の値を高くする閾値を、 効率的に探索することに成功した。
ベイズ最適化の目的関数が最大の時の構造生 成では、生成の過程を通して、生成構造と訓練デ ータとの最近接タニモト類似度が全特性におい て閾値を超えており、適用範囲の内側で分子構造 が生成されたこと明らかになった。さらに生成構 造の特性値は、全ての特性で正規化後の値が 0.7 以上となっており、概ね最適化されていた。これ らの結果から、予測モデルの適用範囲内で多目的 最適化が達成されたことが示唆された。 図 2 に一部の生成構造、表 1 にそれらの特性の 予測値、及び訓練データとの最近接タニモト類似 度を示す。本手法により、上市薬の一種である Gefitinib を含む既知 EGFR 阻害剤と同一の構造が 生成された(図 2, 表 1, A)。また、それ以外にも望 ましい特性を持つと予測された構造を複数生成 することに成功した(図 2, 表 1, B)。 本研究では、複数の予測モデルの信頼性を同時 に考慮して、分子特性の多目的最適化を実施する ための手法を開発した。各予測モデルの信頼性を ベイズ最適化に基づいて調整し、可能な限り信頼 性が高い特性予測に基づいた多目的最適化を実 施した。その結果、適用範囲を考慮した多目的最 適化を達成し、EGFR 阻害剤候補の生成に成功し た。本手法は、医薬品開発におけるリード最適化 のプロセスへの応用が期待される。
4. 謝辞
本研究は、AMED〈産学連携による次世代創薬 AI 開発(DAIIA)〉の課題番号 JP22nk0101111、 AMED BINDS の課題番号 JP22ama121023、「富岳」 で目指すシミュレーション・AI 駆動型次世代医 療・創薬(JPMXP1020230120)の支援を受けて実施 されたものである。
5. 参考文献
[1] Nicolaou, C. A., et al. Drug Discov. Today Technol. 10, e427–e435 (2013).
[2] Winter, R., et al. Chem. Sci. 10, 8016–8024 (2019).
[3] Perron, Q., et al. J. Comput. Chem. 43, 692–703 (2022).
[4] Bung, N., et al. J. Chem. Inf. Model. 62, 2685–2695 (2022).
[5] Yoshizawa, T., et al. J. Chem. Inf. Model. 62, 5351–5360 (2022).
[6] Luukkonen, S., et al. Curr. Opin. Struct. Biol. 79, 102537 (2023).
[7] Kaneko, H., et al. Mol. Inf. 36, 1600032 (2017). [8] Langevin, M., et al. ACS Omega 8, 23148‒23167 (2023).
[9] Shahriari, B., et al. Proc. IEEE 104, 148–175 (2016).
[10] Ishida, S., et al. WIREs Comput. Mol. Sci., e1680 (2023).
図 2. 生成構造例 (A)EGFR に対する阻害活性を有する既知阻害剤と同一な構造 (B)報酬関数の値が上位の構造 A-1 (Gefitinib) A-2 B-2 B-1
表 1. 生成構造例の各特性の予測値及び訓練データとの最近接タニモト類似度 ID は図 2 と対応している。EGFR に対する 阻害活性、代謝安定性、膜透過性の予測値の単位は、それぞれ pIC 50、1 hour remaining (%)、log 10 (μcm/s)である。
膜透過性 代謝安定性 EGFR活性ID
類似度 特性 類似度 特性 類似度 特性
0.43 1.1 1.0 55 1.0 7.9 A-1
0.73 1.3 0.73 60 1.0 7.7 A-2
0.49 1.1 0.58 68 0.73 8.1 B-1
0.58 1.4 0.58 71 0.81 7.4 B-2
電子状態インフォマティクスによるa-グルコシダーゼ阻害剤の探索
○立石優輔 1、杉本 学 1-2
(1 熊本大院、2 沼津高専グリーンアンモニア研)
E-mail: 235d8761@st.kumamoto-u.ac.jp
1. 背景と目的
糖尿病治療であるa-glucosidase 阻害剤の新規探 索を目的とし、当研究室で開発している電子状態 インフォマティクス(ESI)手法 [1]を用いて天然 物から、in silico スクリーニングを行った。 医薬品探索において、天然物の影響力は大きく、 これまでに複数の承認薬を生み出してきたと共 に、多様な化学構造を持つ薬剤分子の発見に貢献 している [2]。ESI 法は、分子の構造的特徴に直接 参照することなく、分子の電子的特徴に注目する ため、化合物の探索に有用であると期待されてい る [3]。すなわち、既知の骨格とは類似しない多様 な足場の発見 (Scaffold Hopping) に繋がる可能性 がある。
2. 計算方法
ChEMBL データベース[4]からa-glucosidase 阻 害剤の構造と活性値(IC 50 )を得た。この構造を初期 構造として配座探索、電子状態計算を行い、最終 的に 433 分子の ESI 記述子を得た。また従来の ESI 記述子に加えて、スピン 1 重項励起状態への励起 エネルギーΔE n (n = 1-30)の逆数を加えた。分子物 性の記述に必要な1次の摂動波動関数が次式(1)で 表されることから、予測精度と解釈性の向上を期 待し、導入した。
予測モデルの構築には、教師あり機械学習手 法の一つである XGBoost[5]を用いた。全データ (433 分子)を、訓練用(346 分子)、テスト用(87 分 子)に分割し、訓練用データでモデル構築を行 い、モデルの精度検証にはテスト用データを用 いた。比較のために、ECFP4 や RDKit 記述子に よる予測モデルも作成し。
天然物(2649 分子)は富山大学が公開するデ ータベース(KampoDB)[6]から収集し、これらの 天然物に対して in silico スクリーニングを行っ た。
高活性と予測された天然物の、a-glucosidase に 対する結合能力を評価するために、Autodock vina [7]を用いて、ドッキングシミュレーションを実 施した。3. 結果と考察
得られた回帰モデルは、それぞれ IC50 の実験 値を良好に再現していた(表1)。ESI 記述子によ るモデルは ECFP4 や RDKit 記述子による予測モ デルと比較してやや劣るが、電子状態由来の ESI モデルが構造由来の予測モデルと同程度の予測 精度を持つことがわかった。新規阻害剤を探索す るために、ESI モデルを用いて天然物に対し in silico スクリーニングを行った。その結果、高活性 と予測された上位の化合物は、紅茶などの含むフ ラボノイド類の Theasinensin A [8]や、タンニンの 表 1. ESI 記述子、ECFP4 および RDKit 記述子 を用いた予測モデルの精度比較
ESI desc. ECFP4 RDKit desc.
R 2 (train) 0.9938 0.9823 0.9924
R 2 (test) 0.8067 0.8539 0.8665
図 1. スクリーニングにより得られた高活性化合物。化合物の下部にはa-glucosidase への結合親和性、括弧内は pIC50 の予測値である。
Theasinensin A Chebulagic acid
-11.4 kcal/mol
(5.89)
-11.3 kcal/mol
(6.42)
-8.21 kcal/mol
(6.34)
-9.28 kcal/mol
(6.32)
Active Active
Procyanidin B-5 3,3′-di-O-gallate CID: 71448959
一種である Chebulagic acid [9]などの既知のaglucosidase 阻害剤を含んでいた(図1)。また多く のフラボノイド類がa-glucosidase 阻害能を持つこ とが一般的に知られているが [10]、ESI モデルに より発見されたれた幾つかの天然物がフラボノ イド類であることは非常に興味深い結果である。 スクリーニング結果の妥当性を検証するため、 高活性と予測された上位の天然物に対し、aglucosidase への結合親和性を評価したところ、多 くの化合物が高い結合親和性を持つことがわか った。中でも CID: 71448959 や Procyanidin B-5 3,3’di-O-gallate(図1)はそれぞれ結合親和性が-11.3 kcal/mol、-11.4 kcal/mol と、上市薬の Acarbose の 結合親和性(-8.0 kcal/mol)と比較して非常に高かっ た。以上の結果から、Theasinensin A などのように 文 献 に 報 告 の 無 か っ た 天 然 物 も 有 望 な aglucosidase 阻害剤の候補であること期待される。 また、ESI 記述子、ECFP4、RDKit 記述子による 予測モデルでスクリーニングした結果、各予測モ デルがそれぞれ個性的な探索範囲を持ち、中でも ESI モデルはより広い化学空間を探索可能である ことがわかった(図 2)。これは、ESI 手法によっ て構造情報に制約されない自由な薬剤探索が可 能であることを支持する結果である。
電 子 状 態 を 考 慮 す る ESI 手 法 は 、 Scaffold Hopping のための新たなアプローチとなり得る。
4. 参考文献
1. T. Ideo, M. Sugimoto et al., Chem. Lett., 50, 849-852(2021).
2. D. J. Newman, G. M. Cragg, J. Nat. Prod. 83, 770-803(2020).
3. Y. Tateishi, M. Sugimoto, J. Comput. Chem.Japan, 2023. (in press)
4. D. Mendez, et al, Nucleic Acids Res., 47, 930-940(2019).
5. T. Chen, C. Guestrin, KDD’16: Proceedings of the 22nd ACM SIGKDD International Conference on Knowledge Discovery and Data Mining, 785794(2016).
6. R. Sawada, et al, Sci. Rep., 8, 11216(2018).
7. J. Eberhardt, et al, J. Chem. Inf. Model., 61, 3891-3898(2021).
8. S. Tao et al., Food Funct., 11, 3527-3538(2020).
9. H. Gao et al., Biosci. Biotechnol. Biochem., 72,601-603(2008).
10. Y. Jia et. al., J. Agric. Food Chem., 67, 10521-10533(2019).
図 2. ECFP4 により描画したケミカルスペース。黄色は教師データのa-glucosidase 阻害剤、緑は天 然物を表す。また ESI 記述子、ECFP4、および RDKit 記述子を用いた予測モデルにより高活性と 予測された化合物の上位 50 化合物を、それぞれ赤、橙、青で示した。
Almost all
steroidal compounds
Most active
reported compounds
Small molecules
Highly active
molecule groups
predicted by ESI,
mostly flavonoids
スーパーコンピュータ富岳を用いたMD ベースのハイスループットスクリーニング
○鍋谷 朋哉 1、浴本 亨 1,2、山根 努 3、池口満徳 1,2,3(1 横浜市大・理、2 横浜市大・生命医科学、3 理研・計算科学研究セ)
E-mail: s202076a@yokohama-cu.ac.jp
1. 背景と目的
ヒット化合物探索過程では、化合物ライブラリ 内の多数の化合物を標的タンパク質立体構造へ ド ッ キ ン グ さ せ 、 経 験 的 な Docking score や MMGBSA などの物理化学的スコアに基づいて候 補化合物をランク付けし、アッセイ実験を実施す る。これらの静的構造ベースのスクリーニングに よるヒット率は一般に 1%程度[1]とされている。 生体内では、タンパク質は動的に揺らいでおり、 静的な構造から得た結合ポーズが必ずしも正確 である保証はなく、動的構造を考慮した化合物探 索法が求められている。リード最適化過程におい ては、FEP+等の分子動力学(MD)シミュレーシ ョン導入による数十化合物程度の検証が普及し ているものの、数千~数万規模の化合物を扱うハ イスループットスクリーニング(HTS)に MD を適 用するには計算コストが高い。近年、富岳のよう な超大型スーパーコンピュータの登場により、数 千、数万個の MD 実行が現実的な時間で可能にな ってきたため、MD ベースのインシリコスクリー ニングが現実的になりつつある。しかし、MD を 用いた HTS 手法はまだ確立されていない。そこ で、本研究ではスーパーコンピュータ富岳を使っ た数千回の MD を実行し、MD ベースのフィルタ リングや結合自由エネルギー計算を実施・既存指 標との性能比較によって、有効な MD ベース HTS 手法を開発することを目的とする。
2. 方法
2.1.データセット
我 々 の 先 行 研 究 で 標 的 と し た UHRF1 (PDB ID:5YY9)のインシリコスクリーニングで選択し、 アッセイ実験を実施した 130 個の化合物群を用い た。2 つのヒット化合物[2]と、別グループから報 告された、同ポケットに結合する別の化合物[3]も 含め、合計でヒット化合物3つを含む、131 化合 物を用いた。計算では、構造異性体を考慮したた め、合計で 600 構造中 3 個の活性リガンドを含む データセットとなった(図1)。
2.2.ドッキング及び MD シミュレーション
作成したデータセットの化合物全てについて Glide[4]を使ってドッキングシミュレーションを 行った。次に生成した 600 個のドッキングポーズ について GROMACS(2021.4)を用いて、初速度の 異なる 10 ns の MD を 5 回(計 3000 回)行った。
2.2. RMSD filter
ドッキングポーズの安定性を、短い MD によっ て評価する方法がヒット率向上に有効であると 報告されている[2][5]。本研究では MD によって 得られたトラジェクトリから、リガンド RMSD を 計算し、5 回の MD のうち、1 回でもリガンド RMSD が 2Åを下回るものがあれば、そのリガン ドを候補化合物として選抜した。RMSD でフィル タリングした後、Docking score と MMGBSA でラ ンキング化し、Enrichment が RMSD filter でどの 程度向上するか検討した。
2.3. Strain energy filter
無理なコンフォメーションでドッキングされて いる結合ポーズが、ドッキングポーズにおけるリ ガンドの歪みの大きさで評価できると示唆され ている[6]。具体的には、リガンドの Strain energy で化合物をフィルタリングすれば、無理な結合ポ ーズの化合物が除去でき、ヒット率が向上すると 報告されている[6]。本研究においても、Strain energy を計算し、Total strain energy < 7 TEUs でフ ィルタリングした後、Docking score や MMGBSA でランキング化してEnrichmentがどの程度向上す るか検討した。
5A-DMP 2.4-lutidine
図 1 UHRF1 及び活性リガンド
Compound2
KP13
2.4 リガンドの結合自由エネルギー評価
RMSD filter を 突 破 し た 化 合 物 に 関 し て 、 GROMACS(2021.4)を用いて FEP 計算(Free Energy Perturbation)を実施し、結合自由エネルギー (ΔG bind)を求めた。摂動計算は、複合体系、孤立 系でそれぞれ 1ns ずつ行い、中間状態は複合体系 で 42λ、孤立系で 31λとした。また複合体系では リガンドとタンパク質間の相対配置を拘束した [7][8]。ΔG bind 値の順にリガンドをランキング化 し、Docking score や MMGBSA でのランキングと 性能比較した。 3. 結果とまとめ
RMSD filter 及び Strain filter で Filtering した後に、 Docking score や MMGBSA でランキング化した時 の Enrichment factor の推移を示す(表1,2)。
表 1 Docking score でランキングした時の Enrichment factor の推移
表 2 MMGBSA score でランキングした際のEnrichment factor の推移
RMSD filter の 導 入 に よ り 、 Docking score や MMGBSA 単体でランキング化した場合に比べ、 Enrichment factor が良化した(表1)。また Strain filter の導入においても同様に、Enrichment factor が良化した(表2)。
次に RMSD filter を突破した 144 化合物につい て FEP 計算を行い、その後ΔG bind 値で化合物を ランキング化した(図 2)。なお Compound 2 に関 しては Thermal shift assay における変性温度が僅 かで、Isothermal Titration Calorimetry 測定を実施し ておらず、実験値が不明なため FEP 計算の対象に しなかった。FEP によるΔG bind 値のランキング で、Enrichment が良化した。(図 2)
図 2 指標別 Enrichment curve (RMSD filter 後) 本研究では生成したドッキングポーズに構造ベ ース及び結合自由エネルギーベースで評価を行 い 、 そ れ ぞ れ Docking score や MMGBSA と Enrichment を比較検討した。その結果、MD 中の ドッキングポーズの安定性が低いリガンドを RMSD filter を用いてフィルタリングすること、ま たドッキングポーズの歪みが大きいリガンドを Strain filter を用いて、フィルタリングすること、 さらに FEP を用いて化合物をランキング化する ことが、ヒット率の向上に有効であることが分か った。これらの手法を組み合わせてスクリーニン グすると、既存の静的構造ベースの指標に比べ約 10 倍程度、Enrichment が良化した。 (図 3)
図 2 評価指標別 Enrichment curve 本研究においては結合実験データのある UHRF1 をデータセットの対象としていたが、今後は他の データセットについても今回の手法を適用し、 様々な標的タンパク質にも適用可能な MD ベース のハイスループットスクリーニング手法の性能 評価をしていきたいと考えている。
4. 謝辞
本研究の一部は、HPCI システム利用研究課題 (課題番号:hp220236,hp230385(浴本))を通じて、理 化学研究所が 提供するスーパーコンピュータ 「富岳」の計算資源の提供を受け、実施しました。
5. 参考文献
1. Zhu T,et al.,J Med Chem.12;56(17):6560-72
2. Kori, S. et al., Bioorg. Med. Chem. 52, 116500 (2021).
3. Chang,L.et al., Sci Rep 11, 1121 (2021)
4. Friesner, .et al., J. Med. Chem., 2006, 49, 6177–6196
5.Liu, K. et al., J. Comput. Aided Mol.Des 2017 Feb;31(2):201-211.
6 Shuo Gu .et al., J. Chem. Inf. Model. 2021, 61, 9, 4331–4341
7. Aldeghi et al. 2016 Chem. Sci., 2016,7, 207-218
8. Alibay, I.et at al, Commun Chem 5, 105 (2022).
Enrichment factor 5% 10% 20%
Docking score 6.67 3.33 3.33
Docking score(RMSD filter) 6.67 6.67 5.00
Docking score(Strain filter) 13.33 10.00 5.00
Enrichment factor 5% 10% 20%
MMGBSA 0.00 0.00 1.67
MMGBSA(RMSD filter) 0.00 3.33 5.00
MMGBSA(Strain filter) 6.67 10.00 5.00
バーチャルスクリーニングモデル作成のためのParallel Cascade Selection Molecular Dynamics の応用
○平尾巧 1 工藤玄己 2 吉野龍ノ介 3,4 広川貴次 3,4(1 筑波大・医科学、2 筑波大・物理、3 筑波大・医、4 筑波大・TMRC)
E-mail: s2221383@u.tsukuba.ac.jp
1. 背景と目的
Structure-Based Virtual Screening (SBVS)は、標的 タンパク質の構造情報に基づいて低分子化合物 ライブラリーを評価し、標的タンパク質に結合す る可能性の高い化合物を選択する手法である[1]。 VS には、実験構造やホモロジーモデルなどの標 的タンパク質の 3 次元構造が用いられ、VS の精 度はこれらの構造に大きく依存する。
近年、AlphaFold2(AF2)[2]の登場により、VS に利用可能な 3 次元タンパク質構造の潜在的な数 は急速に増加している。しかし、これまでの研究 では、AF2 によって予測された構造は、しばしば ドッキングシミュレーションに適さないことが 報告されている [3]。また、分子動力学シミュレー ションを用いた先進的なドッキング手法として、 ア ン サ ン ブ ル ド ッ キ ン グ [4] や Induced Fit Docking[5]など、受容体の柔軟性を考慮してタン パク質構造を改良する手法が提案されているが、 これらの手法では広い構造空間から最適な VS モ デルを自動的に得ることには限界がある。 本研究では、複数の MD を繰り返し、適切な配 置を選択するコンフォメーションサンプリング 法 で あ る Parallel Cascade Selection Molecular Dynamics (PaCS-MD)[6]を用いて、様々な初期構造 から標的タンパク質を VS に適した構造に精密化 する手法を提案した。
2. 方法
本研究では、PaCS-MD 法を用いたスクリーニン グモデル探索法であるアポプロトコル、ホロプロ トコルの 2 手法を提案する。はじめに、DUD-E[7] および先行研究[8]より、ターゲットタンパク質お よび活性化合物、デコイ化合物の情報を得た。タ ーゲットごとに、10 個の活性化合物、90 個のデコ イ化合物を MOE の Diverse Dataset を用いて選択 し評価用データセットとした。さらに、残りの活 性化合物とデコイ化合物の比率が1対9となる ように同様に選択し、最終的なベンチマーク用の テスト用データセットとした。 アポ・ホロプロトコルのワークフローを図 1 に 示す。評価用データセットを用いたベンチマーク スクリーニングの結果を PaCS-MD のモデル選択 に使用する。ベンチマークスクリーニングは、 ROC および AUC を用いて評価され、AUC の高い 構造が次のサイクルへ採用される。ホロプロトコ ルの場合、ベンチマークスクリーニングにおいて、 ドッキングスコアがトップの化合物とターゲッ トタンパク質の複合体として MD 計算を行う。 PaCS-MD のサイクルを両手法で 40 回行い、評価 用データセットを用いたベンチマークスクリー ニングの AUC が最も高い構造を最終的なモデル とした。
図 1. 2 手法のフローチャート
ホロプロトコルの場合、リガンドを含んだ系を生成し、タンパク質-リガンドの複合体構造でMD を行う。
本プロトコルで得られたモデルを評価するた めに、テスト用データセットを用いて、ベンチマ ークスクリーニングを行なった。同様に、PDB に 登録されている結晶構造、AF2 により生成された モデル、conventional MD (cMD)により平衡化され た構造に対してベンチマークスクリーニングを 行なった。 結合ポーズの解析として、タンパク質-リガンド 間相互作用フィンガープリント(PLIF)から、類似 度を評価する Tc50[9]を計算し、モデルの評価を行なった。
cyc i* 3
Pre-MD for AF2 model
(APO)
Model-1 Model-2 Model-10 •••
Traj-1 Traj-2 Traj-10 •••
Rank-1 Rank-2 Rank-10 •••
Short MD (100 ps* 2 )
Evaluation Screening (ranked by ROC/AUC)
Select Models and Make Topology
KP21
3. 結果とまとめ
各ターゲットにおけるテスト用データセット を用いた、ベンチマークスクリーニングの AUC を 表 1 に示す。結晶構造が既知である4つのターゲ ットにおいて、ホロプロトコルから得られたモデ ル(ホロモデル)は、PDB、AF2、c MD 構造より高 い AUC 値を記録した。また、結晶構造未知の VAChT において、アポ・ホロモデルでは AUC が 向上し、スクリーニングに適した構造に最適化さ れた。
表 1. ベンチマークスクリーニング結果の AUC
AMPC AKT1 CXCR4 HIVPR VAChT
PDB 0.612 0.814 0.694 0.833 –
AF2 0.568 0.800 0.691 0.816 0.256
cMD 0.638 0.680 0.656 0.808 0.729
アポ 0.719 0.860 0.669 0.737 0.840
ホロ 0.713 0.855 0.853 0.840 0.832
各ベンチマークスクリーニング結果の結合ポ ーズおよび PLIF から算出した Tc50 の値を表 2 に 示す。PDB、AF2、c MD 構造と比較して、アポ・ ホロモデルは Tc50 が全般的に高い値を示す。 VAChT ではホロモデルの Tc50 が最も高く、ドッ キングにより予測された各化合物の結合ポーズ が類似していることが示唆される。実際のポーズ においても、アポモデルと比較してスクリーニン グの結合ポーズと MD 中のポーズが似た配向を示 している。(図2)
表 2. ベンチマークスクリーニング結果の Tc50
AMPC AKT1 CXCR4 HIVPR VAChT
PDB 0.09 0.22 0.11 0.36 –
AF2 0.09 0.17 0.10 0.27 0.10
cMD 0.20 0.18 0.14 0.36 0.14
アポ 0.22 0.31 0.16 0.13 0.37
ホロ 0.26 0.23 0.13 0.26 0.44
図 2. VAChT における結合ポーズ
F335/W331 はトランスポーターの輸送に関与す
る残基。
以上より、本プロトコルを用いて、AF2 モデルか らスクリーニングに適したモデルを自動的にサ ンプリングすることができた。また、構造未知の ターゲットに対しても有効であり、他のモデルよ りもファーマコフォアを考慮した構造を得られ ることが示唆された。
4. 謝辞
本研究は、以下の支援のもと実施された。
• Program for Promoting Researches on the Supercomputer Fugaku (JPMXP1020230120)
• Research Support Project for Life Science and Drug Discovery (BINDS, P23ama121029j0002)
• KAKENHI (23K16987)
• The Cygnus computational resources provided by the Multidisciplinary Cooperative Research Program at the Center for Computational Science (Project Code : CADD) at the University of Tsukuba.
5. 参考文献
[1] Zhu H, et al. A Comprehensive Survey of Prospective Structure-Based Virtual Screening for Early Drug Discovery in the Past Fifteen Years. Int J Mol Sci. 23(24):15961, (2022).
[2] Jumper J, et al. Highly accurate protein structure prediction with AlphaFold. Nature. 596(7873):583-589,
(2021).
[3] Scardino V, et al. How good are AlphaFold models for docking-based virtual screening?. iScience. 26(1):105920, (2022).
[4] Amaro RE, et al. Ensemble Docking in Drug Discovery. Biophys J. 114(10):2271-2278, (2018).
[5] Miller EB, et al. Reliable and Accurate Solution to the Induced Fit Docking Problem for Protein-Ligand
Binding. J Chem Theory Comput. 17(4):2630-2639, (2021).
[6] Harada R, et al. Parallel Cascade Selection Molecular Dynamics (PaCS-MD) to generate conformational transition pathway. J Chem Phys. 139(3):035103, (2013).
[7] Mysinger MM, et al. Directory of useful decoys, enhanced (DUD-E): better ligands and decoys for better benchmarking. J Med Chem. 55(14):6582-94, (2012).
[8] Kersten C, et al. Hic Sunt Dracones: Molecular Docking in Uncharted Territories with Structures from
AlphaFold2 and RoseTTAfold. J Chem Inf Model. 63(7):2218-2225, (2023).
[9] Sato M, et al. Extended template-based modeling and evaluation method using consensus of binding mode of GPCRs for virtual screening. J Chem Inf Model. 54(11):3153-61, (2014).
Test screening
APO
F335
Ligand
Test screening
HOLO
W331
///// Activities /////
<会告>
構造活性フォーラム2024
「分子シミュレーション・実験・機械学習が導く創薬の未来」
主催: 日本薬学会構造活性相関部会
協賛・後援: 計算情報科学生物学会(CBI学会)
会期: 2024年6月21日 (金)
会場: Zoomによるオンライン開催
フォーラムホームページ: https://sites.google.com/view/qsarforum2024(4月公開予定)
開催趣旨:近年、分子シミュレーション、機械学習、実験がそれぞれ相互に連携しあい、高度な研究開発が進められている。創薬分野においてもAI創薬など非常に盛んな取り組みがなされているが、材料・化学・生物分野においても様々な研究が展開されている。そこで、本フォーラムでは創薬に限らず、様々な分野での先端的な取り組みをご紹介いただき、創薬分野への適用の可能性や今後の新たな切り口を検討・議論したい。
プログラム:
講演1. 「化学研究のための大規模言語モデルの活用と構築の試み」
畠山 歓(東京工業大学)
講演2. 「原子レベルの汎用AIシミュレータ「MATLANTIS」とENEOSにおけるMaterials Informatics事例のご紹介」
小島 隆嗣(ENEOS株式会社)
講演3.「機械学習が導くタンパク質の加速進化」
梅津 光央(東北大学)
講演4.「脂質膜・脂質ナノ粒子の分子シミュレーション -細胞内動態の解析に向けて-」
篠田 渉(岡山大学)
講演5.「QM/MM法の基礎と創薬応用への新展開」
八木 清・杉田 有治(理化学研究所)
参加登録および申込締切日: 6月3日(月)までに、フォーラムホームページから事前参加登録をお願いいたします。参加人数が上限に達しましたら、参加登録を打ち切らせていただきますので、予めご了承ください。
参加費: 一般会員・関連学会員1000円、非会員2000円、学生 無料
問合先:
構造活性フォーラム2024実行委員会
九州大学 加藤 幸一郎(実行委員長)
〒819-0395 福岡市西区元岡744
Tel: 092-802-2922
E-mail: kato.koichiro.957@m.kyushu-u.ac.jp
///// Activities /////
<会告>
第52回構造活性相関シンポジウム
主催: 日本薬学会構造活性相関部会
協賛: 情報計算化学生物学会(CBI学会)、日本農薬学会、日本薬学会医薬化学部会、日本薬学会レギュラトリーサイエンス部会、理論化学会、日本バイオインフォマティクス学会 (JSBi)
会期: 2024年12月12日(木)~13日(金)
会場: 川崎市産業振興会館(神奈川県川崎市幸区堀川町66番地20)1階ホール・4階展示場
発表形式:口頭発表・ポスター発表
特別講演(予定・仮題):
天能精一郎(神戸大学)
「特異な相互作用や機能に関わる複雑な電子状態と理論化学的アプローチ」
ミニシンポジウム「レギュラトリーサイエンスとQSAR」(予定・仮題)
基調講演:
本間正充(国立医薬品食品衛生研究所)
「レギュラトリーサイエンスと国立医薬品食品衛生研究所」
招待講演:
小山直己(エーザイ株式会社)
「ICH M7ガイドラインに準ずるQSARを活用した医薬品不純物の変異原性予測評価の基礎と実際」
伊丹悠人(国立環境研究所)
「生態リスク評価におけるQSARの活用」
他一名
参加登録費・懇親会参加費(予定):
参加登録費 薬学会会員 一般 8,000円 学生 2,000円 金額は不課税(適用対象外)
非会員 一般 10,000円 学生 3,000円 金額は税込額
懇親会参加費* 一般 6,000円 学生 4,000円 金額は税込額
*懇親会会場は川崎市産業振興会館4階展示場の予定
その他、最新情報はホームページにてご確認ください。
HP:https://www.qsarj.org/52sympo/ (2024年4月以降開設予定)
問い合わせ先:
第52回構造活性相関シンポジウム実行委員会
国立医薬品食品衛生研究所 古濱彩子(実行委員長)
E-mail: sar2024@qsarj.org
部会役員人事
2024年度 常任世話人
部会長 竹田–志鷹 真由子(北里大学 薬学部)
副部会長 田上 宇乃(味の素(株))
副部会長 前田 美紀(農業・食品産業技術総合研究機構)
会計幹事 川下 理日人(近畿大学 理工学部)
庶務幹事 河合 健太郎(摂南大学 薬学部)
広報幹事 加藤 博明(広島商船高等専門学校)
SAR News編集長 合田 浩明(昭和大学 薬学部)
ホームページ委員長 高木 達也(大阪大学大学院 薬学研究科)
構造活性相関部会の沿革と趣旨
1970年代の前半、医農薬を含む生理活性物質の活性発現の分子機構、立体構造・電子構造の計算や活性データ処理に対するコンピュータの活用など、関連分野のめざましい発展にともなって、構造活性相関と分子設計に対する新しい方法論が世界的に台頭してきた。このような情勢に呼応するとともに、研究者の交流と情報交換、研究発表と方法論の普及の場を提供することを目的に設立されたのが本部会の前身の構造活性相関懇話会である。1975年5月京都において第1回の「懇話会」(シンポジウム)が旗揚げされ、1980年からは年1回の「構造活性相関シンポジウム」が関係諸学会の共催の下で定期的に開催されるようになった。
1993年より同シンポジウムは日本薬学会医薬化学部会の主催の下、関係学会の共催を得て行なわれることとなった。構造活性相関懇話会は1995年にその名称を同研究会に改め、シンポジウム開催の実務担当グループとしての役割を果すこととなった。2002年4月からは、日本薬学会の傘下組織の構造活性相関部会として再出発し、関連諸学会と密接な連携を保ちつつ、生理活性物質の構造活性相関に関する学術・研究の振興と推進に向けて活動している。現在それぞれ年1回のシンポジウムとフォーラムを開催するとともに、部会誌のSAR Newsを年2回発行し、関係領域の最新の情勢に関する啓蒙と広報活動を行っている。本部会の沿革と趣旨および最新の動向などの詳細に関してはホームページを参照頂きたい。(https://sar.pharm.or.jp/)
編集後記
今号では「エピジェネティクス」をテーマとして、2名の先生にご執筆をお願いしました。理化学研究所の梅原崇史先生には、ヒストンのアセチル化/脱アセチル化に関与する制御分子およびクロマチンの制御研究について、詳細にご紹介いただきました。横浜市立大学の仙石徹先生には、NSD2をターゲットとした生化学実験、構造解析、MDシミュレーションを組み合わせた包括的な研究をご紹介いただきました。エピジェネティクスの複雑さに対して、どのような手法やアイディアを元に研究を進められているかについて、本号がみなさまの理解の一端になれば幸いです。ご多忙の中、快くご執筆していただいた先生方に深く感謝申し上げます。
Activitiesとして、昨年11月に開催された第51回構造活性相関シンポジウムの開催報告とともに、今年6月、12月にそれぞれ開催予定の構造活性フォーラム2024、第52回構造活性相関シンポジウムの会告がございます。みなさまのご参加をお待ち申し上げております。
(編集委員会)
SAR News No.46 2024年4月1日
発行:日本薬学会 構造活性相関部会長 竹田–志鷹 真由子
SAR News編集委員会
(委員長)合田 浩明、浴本 亨、遠藤 智史、仲西 功、原田 俊幸、幸 瞳
*本誌の全ての記事、図表等の無断複写・転載を禁じます。