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SARNews No.37

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低分子創薬の未来JT医薬総合研究所 大川 滋紀1. はじめに 医薬品には歴史的に実績のある低分子医薬に加え、がんや免疫領域で画期的な治療薬として使用されている抗体医薬やワクチンなどの生物製剤、タンパクをコードする遺伝子そのものに働きかけるアンチセンスやsiRNAなどの核酸医薬、iPS細胞での組織再生を狙った細胞医療、さらには遺伝子治療などが注目を浴びている。これらにはそれぞれに特徴があり、目的とする疾患や患者さんの状態、あるいは創薬標的の種類などによってどれを選択すべきかを考えるべきであり、一概に優劣をつけることはあまり意味がない。また、昨今の生物製剤の売り上げが医薬品売り上げの上位を独占している状況から低分子の時代は終わったなどという極端な意見も見られる中、医薬品の承認数やパイプラインに占める割合では依然低分子医薬品がトップの座にあることも事実である[1]。本稿では低分子創薬の高いポテンシャルについて述べるとともに、今後の発展性についても言及したい。 2. 低分子医薬品のポテンシャル 表1は2017年の世界医薬品売上トップ10を示したものである[2]。特に抗体医薬はその薬効の高さと標的タンパクに対する選択性の高さから、がんや自己免疫疾患を中心に抗サイトカイン抗体として多くの製品が開発、承認され疾患治療に大きなインパクトを与えている。その結果、10品目中6品目が抗体医薬で、ワクチンやインスリン製剤まで入れると生物製剤が8品目を占めるまでになっている。低分子は多発性骨髄腫治療薬のレブリミドと神経障害疼痛の治療薬リリカの2品目のみで、その割合は一昨年と比べても大きな変わりはない。ただ生物製剤は単価が高いため売上ランキングでは上位に来るが、処方数という観点から見ると違った見え方になることを注意すべきである。 2.1 多様な創薬標的 低分子はその特性上、膜タンパクなど細胞外の創薬標的に加え、細胞内の核内受容体、キナーゼや転写因子など多様な創薬標的に適用が可能である。ヒト遺伝子の解析からドラッガブルなタンパクをコードする遺伝子が約3000、そして疾患関連遺伝子が同じく3000ぐらい、両方を満たし治療効果が期待できる低分子の創薬標的は600から1500ぐらいあると考えられている[3]。この内実際に臨床で使用されている薬の標的は約300であることを考えると、低く見積もってもその倍、実際には1000を超える創薬標的が残されていることになる。これに対して抗体の創薬標的が細胞表面や分泌タンパクに限られ、2016年の政策研のデータ[4]によると承認された抗体医薬の標的抗原は31種類、開発中の抗体の標的抗原は約232種類ということである。この200余りの抗体医薬品の創薬標的は1985年から2004年に見出されたもので、2005年から2015年まで報告がないことから決して潤沢といえる状況ではなく、ADC(抗体・薬物複合体)や血友病の治療薬エミシズマブで話題となっているバイスペシフィック抗体など創薬標的を拡大する努力が続けられているのが現状である。2.2 フォワード・ファーマコロジーによる新規メカニズムの発見 創薬のアプローチに関しては、図1に示したようにフォワード・ファーマコロジーとリバース・ファーマコロジーという二つの流れがある。まずリバース・ファーマコロジーであるが、現在主流となっているのはこの方法で、創薬標的となる受容体や酵素などをあらかじめ見出し、これらに作用する化合物をスクリーニングしたり抗体を調製したりし、選び出した化合物や調整した抗体などのタンパクについて薬効を調べて適応疾患を決めていく手法である。これに対してフォワード・ファーマコロジーのアプローチでは、目的とする疾患に対する薬効を指標に既にある多様性に富んだ化合物のライブラリーをスクリーニングすることにより候補化合物を選び出す。その後にケミカルバイオロジーやバイオインフォマティックスなどの手法により候補化合物の標的タンパクを探索し、その作用メカニズムを明らかにしていく。フォワード・ファーマコロジーでは初めから作用の点で多様性に富んだライブラリーが用意できる低分子に有利な方法で、FIC創薬として新しいメカニズムが見つかる可能性があるという点で非常に魅力的である。ここではアスピリンの例を挙げ、解熱作用で見出した化合物の作用メカニズムとしてシクロオキシゲナーゼ阻害が見出されるという流れを示した。フォワード・ファーマコロジーの例はBCR-Ablの例を示したが、その作用機作などからこのタンパクが疾患に関連していることを想定してこの酵素の阻害作用を有する化合物を見出し、選び出した化合物の薬効を調べて効果のあった白血病の治療薬として開発するという流れを示している。ただフォワード・ファーマコロジーでは創薬標的の同定が難しいことが多く、標的タンパクの同定手法に独自の工夫をしていく必要がある。 2.3複数の創薬標的に作用する薬剤 低分子はその作用選択性が十分でないためにオフターゲット作用が原因で副作用が避けられないことがある。特に初期のキナーゼ阻害薬の開発において問題となることが多くみられ、近年では治療に好ましくない作用を有するキナーゼに対する選択性には特に注意が払われている。一方、この選択性の緩さが薬効や副作用の軽減に有利に働くこともあり、特に中枢系薬剤などでは複数の創薬標的に複雑に作用する化合物が有用な新薬として使われている例が多くある。昨今疾患の治療という点において、単一の創薬標的を制御するだけでは限界があり、がんやHIV感染症は言うに及ばず、糖尿病や循環器疾患においても複数のメカニズムの治療薬を併用することが一般的になってきている。 ここに挙げたアリピプラゾールはフォワード・ファーマコロジーの手法によって、キノリノン誘導体のライブラリーセットから見出された化合物で、セロトニンとドーパミンの受容体サブタイプに対してパーシャル・アゴニスト、アンタゴニスト、インバース・アゴニストとして複雑に作用して統合失調症の治療に有効に作用する[8]~[10]。あらかじめこのようなプロファイルが治療に有効であることを予測することも、またたとえ予測できてもメディシナルケミストがこのような化合物をデザインすることも困難である。またこのような組み合わせを考えると冒頭のドラッガブルな創薬標的はさらに増えることにもなる。 2.4ドラッグ・リポジショニング 最近話題になっているリポジショニングあるいはリパーパシングと呼ばれる手法は、既存の薬剤や研究開発パイプラインにある化合物の新規標的分子や作用機序の発見によって新たな薬としての価値を創造するものである。この手法では既に安全性などの創薬に必要な要件が揃っていることから通常より高い成功確率が見込め、費用や時間を大幅に短縮できる点が魅力になる。製薬会社にとっては条件が整えば用途特許などで特許期間を延長して製品のライフサイクルを延長することもできるが、物質特許自体は残存期間が少ないことが多いのでライフサイクルマネジメントとしては難しい戦略が求められることになる。元々の作用が別の疾患治療に有用な場合もあるが、低分子の持つオフターゲット作用によることも多く、そういう意味では低分子の活用に大きな期待がある。最近、CiRAからスタチンが軟骨無形性症の病態を回復させるとの報告[11]があり話題になったが、それ以外の代表的な例を表2にあげた。変異原性で問題となって市場撤退を余儀なくされた睡眠導入薬サリドマイドが多発性骨髄腫の治療薬として開発されているが、その作用機序が後に述べるケミカルノックダウンと関係していることも興味深い。それ以外にも抗菌剤のセフトリアキソンがALSの治療薬として、SNRIのデュロキセチンが腹圧性尿失禁の治療薬として開発されているなどの例がある。 以前著者が直接研究開発に関わったラメルテオンのリポジショニングについても報告がある 2.5細胞医療における低分子医薬 今日本が世界をリードしてiPSやES細胞を活用した細胞医療が進んでいるが、このような場面においてもiPSやESから誘導した細胞や組織などの生着や増殖に低分子医薬品が必要だと考えられている。例えとして臓器移植を挙げるが、最近の心臓移植、腎臓移植、肝臓移植などの成功率の高さとその後の生存率の向上は、手術技術や周辺機器の機能向上などに加えてタクロリムスやシクロスポリンなどなどの免疫抑制剤が開発され、その使い方が長年の経験によって洗練されてきたことが大きな要因と考えられる。細胞医療においても確実な治療を目指す時に、病態で細胞や組織を壊すメカニズムを抑制する必要があり、目的に適った低分子医薬品の併用が必要と考えられる。3. 新しい切り口での低分子創薬 ここからは今後発展していくであろう新しい切り口の低分子創薬について紹介する。細胞内でのタンパク―タンパク相互作用(PPI)の阻害に関しては、低分子では制御が難しく、もう少し分子量の大きい中分子を中心に検討が進められている。また、これまでの創薬では疾患関連の酵素や受容体などのタンパクの機能制御を標的とした薬物を目指していたが、タンパクそのものの合成や分解を低分子で制御する目的で、タンパクをコードする遺伝子に作用するもの、リボゾームにおけるタンパク合成を阻害するもの、標的タンパクを分解するものなど全く異なるアプローチでの低分子創薬への期待が高まっている。これらは従来アンドラッガブルと考えられていた創薬標的に対して低分子創薬の世界を大きく広げる可能性がある。 3.1細胞内PPI3.2選択的タンパク合成阻害薬3.3ケミカルノックダウン 4. おわりに これまで低分子創薬のポテンシャルについて話をしてきたが、これを生かすも殺すもメディシナルケミスト次第という話題に触れて終わりにしたい。言うまでもなく薬理活性、薬物動態、安全性、さらには新規性、物性、製造コストなど数多くのデータや情報を統合して一つの分子の形にデザインするのはメディシナルケミストの役割である。最近では効率化のために機能別に特化した組織編成が多くなり合成の中でさえもテーマ設定、リード探索、最適化、合成法検討、大量合成、代謝物合成やラベル体合成など、一連の作業を経験できることが少なくなってきた。化合物と創薬標的との相互作用様式に常に思いを馳せ、また薬理実験に関しても薬理研究者任せではなく、自分の作った化合物がどのようなアッセイにかけられているのか、そのアッセイの人への外挿性や検出力などを理解することなどはドラッグデザインの質や本人のモチベーションに大きく影響してくる。是非若いメディシナルケミストの方々は自分が将来の画期的新薬を創るという気概を持って有機化学以外の創薬関連の知識や経験を増やしていただきたい。 低分子創薬の未来像 ?アカデミアの立場から?北里大学薬学部 名誉教授 広野修一1. はじめに 新聞等で見かける創薬に関係した最近の記事は、もっぱらバイオ医薬品の開発・認可についての話題である。実際、2017年度ベストセラー薬トップ10のうち7つはバイオ医薬品であり、その浸透は2020年度までには世界市場の30%に達すると予想されている。「オプジーボ」に代表される抗体医薬や、「キムリア」に代表されるCAR-T細胞療法などバイオ医薬品は、特異性が極めて高いことから、副作用の少ない医薬品とされている。また血中における半減期は低分子医薬品と比べて長く、一回の投与で長時間の投与効果が期待できるなどの利点を持っている。このように、バイオ医薬品は低分子医薬品よりも圧倒的に魅力的に見え、確かに今後も医薬品開発の大きな一翼を担うものであることは間違いないが、経口投与ができないため静脈注射等で投与することになり、主に病院で医師から直接受ける治療手段にならざるを得ないというデメリットが伴う。更に大きな短所としては、標的タンパク質が細胞膜上タンパク質あるいは分泌型タンパク質に限られるため適用に制限があることや、製造に大掛かりな施設を要し、細胞培養などコストの掛かるステップを経るため、開発コストを回収するには薬の価格を高くせざるを得ない事が挙げられる。白血病治療薬としての「キムリア」の薬価は3000万円以上であり、こうした高額医薬品が増えれば医療財政を大きく圧迫することになる。 一方、低分子医薬品は、小さな分子であるため細胞内にも到達することができ、創薬ターゲットが増えて治療対象が拡がることになる。また、胃や腸で分解されずそのまま血中へと運ばれるため、経口投与という手軽な治療手段がとれるメリットがある。さらに、化学合成で安価に大量生産できるためコストが低減でき、国民医療費に対する薬剤費率を下げることに貢献できることから、特異性の高い低分子医薬品の必要性はこれまで以上に増してきている。 本稿では、上に述べたバイオ医薬品の長所・短所、低分子医薬品の利点を踏まえて、(主としてstructure-basedの)低分子創薬の過去・現在を基に「低分子創薬の未来像」を思い浮かべてみたい。ただし、かなり独り善がりな未来像になっていることを予めお詫びしておく。2. Structure-based drug discoveryの現状と展望 医薬品開発において、標的タンパク質の立体構造が得られている場合には、その情報を最大限活用するのは当然である。タンパク質X線結晶学における放射光・X線レーザー・結晶化技術等の画期的進展により、立体構造が解析される薬物標的タンパク質の数は著しく増大しているため、Structure-Based Drug Design (SBDD) は創薬研究におけるルーチンワークの1つとなっている。 SBDD研究において一番難しい問題は、タンパク質の柔軟性の取扱いである。SBDDではタンパク質の1個の静的構造を使用して医薬分子設計を進める事が多いが、柔軟なタンパク質のinduced-fitに適切に対応するのは非常に難しい。部分的な問題解決法ではあるが、1つの標的タンパク質に対して複数の結晶構造解析や分子動力学 (MD) シミュレーションなどから生成されたタンパク質構造アンサンブルを活用するというのが、現状では最も実際的な対応である。 また、SBDDで良く用いられているコンピュータリガンドドッキング法では、(フラグメントサイズの)小分子の場合、多数のposeが生成され過ぎるため、そこから有用なposeを絞り込むのがかなり困難であるという問題も抱えている。 これらのことを踏まえて、現時点でのSBDDの最も実際的な研究手法であると私が考えている、In Silico Fragment Mapping 法の概要と応用について以下に述べる。 2.1 In Silico Fragment Mapping 法 2.2 In Silico Fragment Mapping法の適用例 ここでは、In Silico Fragment Mapping法の適用例を詳述する。この解析プロトコルでは、標的タンパク質のMDシミュレーションによる構造サンプリング(表面サンプリング)を通したタンパク質柔軟性の考慮、知識ベースのフラグメント配置(CSFDB+Fsubsite)アルゴリズムを用いた、‘小分子リガンドドッキングの難点’の回避等がなされており、SBDDによる低分子創薬の近未来像にかなり近いものであると考えている。 3. おわりに ここまで、SBDDに関してかなりの独断と偏見で「低分子創薬の近未来像」を述べてきたが、Ligand-Based Drug Discovery (LBDD)の面からも「低分子創薬の未来像」を思い浮かべてみたい。LBDDに関しては、現在も既に一部利用されているが、最も強力で有望な手法はAI (Artificial Intelligence) を活用したものであろう。AIの最近の進歩は、SBDD/LBDDを問わず、医薬品の研究開発を加速・改善するのに役立つことは間違いない。高性能コンピューティングの進歩や、学習に必要な‘大規模データセット’が利用可能になってきていること、ディープニューラルネットワーク(DNN)を実装するための新しいフレームワークができあがっていることなどから、創薬分野でもdrug repurposingで実際的なAIの活用が始まっているが、AI創薬で一番のキーポイントとなるのは、質の高い学習に重要な‘大規模ラベル付き化合物データベース’をどのように整備するかであろう。最も理想的な化合物データセットは、全世界の製薬会社がこれまでの化合物データを全て持ち寄って1つのデータベースを構築することであろうが、現実的には難しい。せめて日本の製薬会社だけでも協力してそのようなデータベースが構築できれば、これからのAI創薬で欧米のメガファーマと互角に戦っていけると思うのだが、状況は今のところ(私には)不明である。ただ、‘大規模ラベル付き化合物データベース’を用意できなくとも、まず、自社のラベル付き化合物データだけを用いて、教師あり学習で特徴量を学ばせ、それ以降は膨大な一般化合物データを与え、教師なし学習で自動的に特徴量を算出させながら繰り返し学習するという「半教師あり学習」が現実的なAI創薬では有効ではないかと考えられる。抗体医薬などのデザインにもAIは活用できると言われているが、低分子のAI合成の現時点での成果などを見れば、AI創薬(AI分子設計、AI化合物合成、AI drug repurposingなど)が、SBDD/LBDDを問わず「低分子創薬の未来像」として最もふさわしいと思われる。医薬品開発過程でルーチン的に行うべき既存のイン・シリコ創薬基盤技術に最新AI創薬技術を加えて、今後の低分子新薬開発が飛躍的に進むことを願って筆を擱きたい。多モダリティー時代における低分子創薬比較論理化学研究所 大田 雅照1. はじめに 創薬に関わる者にとって、現在は非常に難しい時代である。今まで面々と続けてきた低分子創薬の方法論と知識で革新的な新薬を届け続けられるかというと、誰もが自信を持てないであろうと思う。本号のSAR Newsは「低分子創薬の将来像」にfocusした特集であり、SAR Newsにおける”Cutting Edge”の位置づけ・役割を考えると、自ら実施した最先端研究を示しつつ「低分子創薬の将来像」を語るべきであろう。そのような大役を与えてくださった編集委員の方々に感謝の意はあるものの、私自身、それにはちょっと力不足であるとも思う。 古典的な低分子創薬でアプローチできるターゲットが枯渇し始め、新しいモダリティーによって、今までアプローチできなかったターゲットの創薬により、革新的な新薬の創製が可能になるという流れで、新規モダリティーが注目され、取り組まれるようになってきた。私は、Structure-Based Drug Design (SBDD), Computer-Aided Drug Design, Quantitative Structure-Activity Relationships (QSAR), Chemoinfomaticsなどを中心に低分子創薬に長く関わり、中分子創薬にも関わる機会があり、抗体をはじめとするバイオロジクスの創薬も身近に感じてきた。そういった環境もあり、私は多モダリティー肯定派である。どのようなモダリティーであっても、「創薬により患者さんにとっての新しい価値が生まれるのならば良い」という考え方である。私の専門がインシリコであり、特定のモダリティーに縛られないということも、多モダリティー肯定に関して心理的障壁がないことに繋がっていると感ずる。 多モダリティーに心理的障壁が無いというこの一点のみをよりどころにして、「多モダリティー時代における低分子創薬比較論」という主題について論ずることに挑戦してみようと思う。私の知識は低分子と一部の中分子に偏ったものであり、抗体をはじめとする他モダリティーについては浅学非才である。内容的には、「体系的に」あるいは「網羅的に」というより、思いついたことを書き連ねることになるであろうし、誤った内容の記述をすることもあると思うが、そこは、笑ってご容赦いただきたい。なお、記述されている内容は、「創薬」、それも創薬初期寄りであり、臨床、製造、品質管理、レギュラトリーサイエンス、プロダクトライフサイクルなどの観点での比較は、他の方に委ねたいと思う。2. 様々な視点からのモダリティー比較論 モダリティーの定義については、(a) 分子量の違いなのか、(b) 抗体、核酸、合成可能な有機低分子というような分子形の違いなのか、(c) アゴニスト・アンタゴニストのような伝達系制御か、タンパク質-タンパク質相互作用(Protein-Protein Interaction、PPI)阻害かというようなmode of action (MOA)の違いなのか、(d) 製造方法が合成化学なのかバイオテクノロジーなのか、(e) それらの組み合わせなのか、判然としない面がある。したがって、本稿では、低分子、抗体、サイクリックペプチド中分子、核酸中分子などのモダリティーを、厳密な定義をせずに取り上げることにする。 また、PROteolysis TArgeting Chimeras (PROTAC) のようなprotein degraderは、低分子と言うには分子量が大きいものが多く、またターゲットタンパク質を分解するという新しいMOAでもあるので、degrader中分子と称して論ずる。抗体にリンカーを介して低分子化合物が結合しているAntibody-Drug Conjugates (ADC) について、本稿では取り上げていないが、抗体医薬に含めて良いかどうか、新しいモダリティーとして取り扱って良いかどうかには議論があろう。また、従来の医薬品とは概念的に大きく異なる、遺伝子治療と細胞治療という二つのモダリティーにも言及しない。 本章では、以下に、デザインやchemical spaceの観点を中心に、低分子と他モダリティー間の比較を行っていく。2.1 相互作用の多様性2.2水和と脱水和2.3 Bispecific2.4デザイン空間とスクリーニング空間2.5 活性分子取得法2.6 Fragment-Based Lead Discovery2.7 選択性 2.8 ADME2.9 安全性2.10 動物レベルでのPOC3. おわりに 本稿では、低分子と他のモダリティーを、分子デザインとchemical spaceを中心に、様々な視点で比較してみた。モダリティーが異なると、活性分子取得法も、chemical spaceも、デザイン可能な範囲も、基本的物性・特性も、最適化すべき項目も異なることは明らかである。しかしながら、比較はあくまでも比較なので、低分子創薬でどうやって生き残っていくか、低分子創薬から他モダリティーにどのように移行していくか、などの戦略や結論を導くものではない。それらは各組織が、自らの持つ強みと弱み、外部環境の機会と脅威を把握した上で意思(意志)決定していくものであろう。外部環境の脅威として大きく影響があるのは、各モダリティー特有の他社特許であり、これらは参入障壁となる。反対に、各モダリティー特有の特許をとることができれば、それは大きな自社の強みとなる。資金が潤沢にあるのであれば、参入するモダリティーで重要な特許をもつ会社を買収するという作戦もとれるが、その作戦はより資金が潤沢なビッグファーマのほうが得意とする戦略でもある。 新規モダリティーに参入していく場合、他社特許・他社技術を使いながら始めるというのは、よくある方法だと思うが、それだけでは競合優位性は出てこない。他社技術・特許を踏まえた上で、自社技術を構築していく必要がある。自社技術を構築する場合、それに携わる一人一人が研究者個人として果たす役割が大きいと思っている。各個人がよく考え、信念をもって、競合優位性構築の努力を続けていくことが大事だと思う。また、組織がそれを積極的に支援・誘導することも重要なのではないかと思う。もちろん最終目標は新規モダリティーにより実現する、患者さんにとって価値のある医薬品である。しかし、それを生み出すためには競合優位性という名のイノベーションは不可欠ではないかと思う。 本論は、今まであまり見たことのない論調でユニークなものになったとは思うが、比較論としては不完全で網羅性もあまりないことは否めない。また、自分自身の知識の不十分さから、常識レベルの話を蕩々と書いてしまったかもしれない。そんな本稿ではあるが、アカデミア、企業など様々な立場で、様々な興味をお持ちの構造活性相関部会員の皆様の役に立つ部分がほんの少しでもあれば幸いである。また、インシリコ研究の立場でいうと、創薬研究が様々なモダリティーに多様化していく中で、インシリコ研究も様々なモダリティーに対応していく必要があると感じている。本稿が、そのためのきっかけになれば、それはとても幸せなことである。