SARNews No.26
構造活性相関部会・ニュースレター<1April,2014>SARNewsNo.26「目次」/////Perspective/Retrospective/////QSAR−半世紀を超えて−赤松美紀・・・2/////CuttingEdge/////SBDDとClassicalQSARによるドラッグデザイン経口ヌクレオシド系抗悪性腫瘍薬の開発多田幸雄・・・9/////SARPresentationAward/////2013年度選考結果について・・・17受賞コメント・・・18受賞講演要旨・・・19/////Activities/////<報告>第41回構造活性相関シンポジウム開催報告岡田孝・・・26<会告>構造活性フォーラム2014「困難化する医薬品開発の現状と将来」・・・27第1回QSAR解析ハンズオンセミナー・・・28第42回構造活性相関シンポジウム・・・29部会役員人事・・・30構造活性相関部会・ニュースレター<1April,2014>SARNewsNo.26(Apr.2014)-2-/////Perspective/Retrospective/////QSAR−半世紀を超えて−京都大学大学院農学研究科赤松美紀1.はじめに2012年8月25日にHansch-藤田法50周年記念シンポジウムが京都で開催された。一口にQSAR(定量的構造活性相関)といっても、現在ではさまざまな手法が開発され、Hansch-藤田法はclassicalQSARと呼ばれている。ClassicalQSARに関する最初の論文、Nature誌の「CorrelationofBiologicalActivityofPhenoxyaceticAcidswithHammettSubstituentConstantsandPartitionCoefficients」の発表が1962年で1)、2012年がちょうど50周年であった。YvonneMartin博士がclassicalQSAR50周年を記念してレビューを書かれているので、参考にしてほしい2)。このレビューによると、MEDLINE検索を行ったところ、2010年1月1日〜2011年8月1日の間に131報のQSARについての論文が発表されたということである。これらの論文にはclassicalQSARだけでなく三次元QSARなどの論文も含まれているが、半世紀経った今もQSAR手法の重要性を示していると言える。また、1964年に発表されたJ.Am.Chem.Soc.(JACS)の2つの論文、「ANewSubstituentConstant,π,DerivedfromPartitionCoefficients」3)、「ρ−σ−πAnalysis.AMethodfortheCorrelationofBiologicalActivityandChemicalStructure」4)は、引用回数の多い論文としてCitationClassicにも取り上げられている。これらの論文は、アメリカ化学会125年を記念して引用回数の多い論文125報のランキングが行われた時に39位と44位にランクインしており、classicalQSARの手法を世界に広めるきっかけになったと考えられる。1964年を基準にすると、今年がちょうど50周年ということになる。今年、9月に構造活性相関部会の主催で、QSARハンズオンセミナーが開催される。本セミナーは第1回目ということから、内容の一つとしてclassicalQSARが取り上げられることとなった。本稿では、classicalQSARの原点と言える植物ホルモンであるオーキシンのQSAR、および京都大学大学院農学研究科、中川・宮川らのグループが研究を行っているブラシノステロイドの構造活性相関を例に挙げ、構造活性相関とリガンド−受容体相互作用について考えるとともに、QSARの今後について述べる。2.植物生長ホルモン、オーキシンのQSARオーキシンのclassicalQSARClassicalQSARの始まりは、置換phenoxyaceticacid類や置換benzoicacid類など植物生長ホルモンの一群であるオーキシンの構造活性研究であった。天然のオーキシンの一つにindole-3-aceticacid(IAA)があり、オーキシン様活性を示す2,4-dichlorophenoxyaceticacid(2,4-D)が除草剤として開発されている(図1)。オーキシンの構造活性相関研究の詳細はclassicalQSARの創始者である京都大学名誉教授、藤田稔夫先生の論文5,6)に詳しく書かれているので、それらを参照していただきたいが、その一端をここで紹介する。ClassicalQSARのもう一人の創始者であるアメリカ合衆国ポモナ大学名誉教授の故CorwinHansch先生とその共同研究者は、1940年代後期からphenoxyaceticacid類の構造活性相関研究を行っていた。彼らは、1951年にそれらの化合物が活性を示すためには、側鎖上にCOOH基が存在するとともに、ベンゼン環のオルト位(図1の2,6位)の一方はSARNewsNo.26(Apr.2014)-3-置換されていないことが必要で、これら二種の構造要素がともに植物受容体と反応することが活性の発現に必須であるという仮説(二点接触説)を提唱した7)。すなわち、COOH基が受容体の塩基性基と反応し、次にそのオルト位が受容体の求核性基、例えばCys側鎖SHなどの攻撃を受けるという仮説である。1962年のNature誌に、無置換、3-位、4-位置換phenoxyaceticacid類の植物生長ホルモン活性について、藤田先生、Hansch先生らによる最初のQSAR式が報告され1)、その後、1963年のJACSに、その改良式(1)が掲載された8)。log(1/C)=-1.97π2+3.24π+1.86σ+4.16(1)n=21,s=0.484,r2=0.776,πopt=0.82解析に使用された化合物は以下の通りである。phenoxyaceticacid(無置換)置換基:3位−ハロゲン,Me,Et,nPr,CF3,NO2,OMe,COMe,CN,SMe,SCF3,SF6,SO2Me4-位−F,Cl,OMe2-naphtoxyaceticacidここで、Cはエンバク子葉鞘切片の生長を一定程度促進するために必要な化合物のモル濃度である。活性の測定はpH5.6~6.0で行われており9)、無置換phenoxyaceticacidのpKaが約3であることから、測定条件ではphenoxyaceticacid類はほぼ完全に解離していると考えられる。σは置換基のHammettのσ定数で10)、σ値が大きいほど置換基は電子求引性である。σには電子効果のうち、誘起効果および共鳴効果成分が含まれるため、同じ置換基でもメタ位とパラ位ではσ値が異なる。ただし、オルト位が求核性成分の攻撃を受けるという二点接触説に基づいて、(1)式で、σ値には3-位置換基に対してσpara値が、4-位置換基に対してσmeta値が用いられている。また、πは置換基の疎水性を表し、置換分子および無置換分子の、1-オクタノール/水系の分配係数の対数logPから計算される11)。σの係数が正であることから、電子求引性置換基が活性にとって有利であり、このことは受容体求核性成分の攻撃仮説を支持すると考えられた。また、置換基の疎水性には最適値πoptが存在することも推察できる。その後、二点接触説について多くの支持あるいは反対意見が表明され、Hansch先生は1995年の著書11)で、式(1)を式(2)に訂正された(同書(12-3)式)。log(1/C)=1.25π+0.97σmeta+0.95L-5.54log(β10L+1)+1.39(2)n=19,s=0.242,r2=0.951,Lopt=3.75式(2)は3-位置換体しか含んでおらず、3-位置換基に対してσmetaを用いることによって、置換基の電子的効果はオルト位(2-位)ではなく、1-位の-OCH2COOHに対して作用することになる。LはSTERIMOLパラメーター12)で置換基の結合軸方向の長さを表す。Lに対してKubinyiのbilinearmodel13)が適用され、log(β10L+1)項が有意であって、Lに最適値3.75の存在することが示された。L値はCl基:3.52、Br基:3.82である。(2)式から、phenoxyaceticacidの3-位置換基が、Cl基程度の大きさで、疎水性が高く、電子求引性であるほど活性が高いことになる。図1IAAおよび2,4-Dの構造SARNewsNo.26(Apr.2014)-4-オーキシン受容体の同定と三次元構造解明2005年に、遺伝子発現調節に関わるオーキシン受容体が同定された14,15)。オーキシンは種々のオーキシン活性の発現に係わる応答遺伝子の転写に対し、抑制的に働いているAux/IAAタンパク質の分解を促進する因子と捉えることができる。抑制タンパク質の分解にはubiquitin−ligase複合体SCFTIR1が関与するが、オーキシンはこの複合体の構成要素である、数種のF-boxタンパク質のうちの一種TIR1(TransportInhibitorResponse1)タンパク質と結合する。その結果、SCFTIR1−オーキシン複合体が抑制タンパク質Aux/IAAタンパク質と結合できるようになり、それが引き金となってAux/IAAタンパク質の分解が26Sプロテアソームによりひき起こされることがわかった。すなわち、オーキシンシグナル伝達経路で重要な役割を持つTIR1がIAAおよび2,4-Dなどの直接の受容体である。また、その2年後にTIR1の結晶構造が報告された16)。2007年に報告された結晶構造はTIR1とオーキシン、およびAux/IAAタンパク質の一部を構成する13残基のペプチドとの複合体であった(PDB:2P1N)。図2に除草剤2,4-Dの結合した複合体の結晶構造を示す。天然のオーキシンIAAの結合様式もほぼ同じであった。この結晶構造から、オーキシンは受容体TIR1のリガンド結合ポケットの基部に結合すること、Aux/IAAタンパク質は結合したオーキシンの芳香環部分に結合してポケットの残りの部分をふさぐことが明らかとなった。すなわち、IAAなどのオーキシンは、タンパク質同士の境界面に存在する疎水性の空洞を埋める、いわば、両タンパク質の「接着剤」として働き、TIR1とAux/IAAタンパク質の相互作用を促進する働きをしている。オーキシンー受容体複合体の構造とQSAR2,4-D−受容体の結晶構造から、以下のことがわかった。(1)2,4-DのCOO-基はベンゼン環平面から約60°で立ち上がっており、TIR1受容体の塩基性残基Arg403と相互作用している。また、直接相互作用はしていないが、His78、Arg436もCOO-基の近傍に存在する。(2)2,4-Dのベンゼン環はTIR1受容体のPhe79、Phe82、Phe380に取り囲まれており、それらとCH-πやπ-π相互作用をしている。(3)2,4-D結合部位にはそれほどの広がりはないが、ベンゼン環のいずれの置換位置にも、Cl程度の置換基を導入しても許容されるスペースがある。図2TIR1-2,4-D-Aux/IAAタンパク質ペプチド複合体の結晶構造A:全体(上から見た図)B:オーキシン結合部位の構造Greenblue:TIR1Magenta:Aux/IAAタンパク質ペプチドCyan:結合部位の空間境界面に結合した分子:2,4-DSARNewsNo.26(Apr.2014)-5-(4)2,4-Dのベンゼン環置換基Cl基の周囲にLeu406、Val463等の疎水性残基が存在し、Cl基と疎水性相互作用をしている。(5)2,4-Dのベンゼン環は、Aux/IAAタンパク質の一部を構成するペプチドのPro、Trp残基とCH-π相互作用している。これらの結果は、QSAR式(2)の結果と矛盾しない。しかし、置換基のσ(電子求引性)の意味は結晶構造からは説明できない。COO-基がArg403と相互作用しているならば、アニオンの電子密度が高いほど、すなわち置換基が電子供与性であるほど受容体との結合には有利なことになり、QSAR式とは逆である。(5)で述べたCH-π相互作用に対して、2,4-Dのベンゼン環のπ電子が不足している方が有利であるとも考えにくい。また、2,4-Dの2-Clの近傍に、二点接触説で考えられたCys残基が存在するが、距離から見てこのCysがベンゼン環6位に求核攻撃するとは考えられない。結晶構造では、TIR1−オーキシン複合体に結合しているAux/IAAタンパク質が完全な構造ではなく、結合部位のみのペプチドであるため、実際のオーキシン−Aux/IAAタンパク質の相互作用が見落とされている可能性はある。あるいは、受容体との相互作用ではなく、置換基が電子求引性であるほど酸としては強くなるので、化合物がアニオンになりやすいことが活性に影響しているのかもしれない。ベンゼン環置換基の電子求引性がphenoxyaceticacid類の代謝されやすさに効いている可能性もある。いずれにしても、σの意味については、TIR1−オーキシン−Aux/IAAタンパク質の完全な複合体の結晶構造が報告されるか、あるいはオーキシンの作用について新たな知見が得られるまで、待たなければならない。3.植物ホルモン、ブラシノステロイドの構造活性相関と受容体構造Brassinolide(BL,図3)は植物界に普遍的に存在し、細胞生長促進、細胞分裂促進,維管束分化の促進、ストレス耐性の向上などの活性を示す植物ホルモンである17,18)。さまざまな植物から、BL様活性を示す化合物が同定されており、これらは総称してブラシノステロイドと呼ばれている。また、多くの類縁体が合成され、構造活性相関研究が行われてきた。活性評価には、主にイネ葉身屈曲試験(ラミナジョイント法)が用いられた。イネの実生の第二葉身基部にブラシノステロイドを投与すると、イネ葉身の特異的な屈曲が見られ、その屈曲角度を測定して活性を評価する方法である。中川・宮川らはブラシノステロイドの側鎖に注目した構造活性相関研究を行い、側鎖の自由度が高いほど、活性が低下すると報告している19,20)。ブラシノステロイドのclassicalQSARは報告されていないが、定性的構造活性相関から、高活性に必要な構造は以下の通りであった19-21)。1)ステロイドA環置換基2α-,3α-OH、2)A環とB環がtrans結合していること、3)B環の6-ketoあるいは7-oxa-6-keto構造、4)側鎖22-,23-OH、5)24-MeあるいはEt基受容体は膜タンパク質であることから、長い間その立体構造は明らかにされなかったが、2011年にブラシノステロイド受容体BrassinosteroidInsensitive1(BRI1)とBLの複合体のX線結晶構造が解明され、2つの研究グループによってほぼ同時期にNature誌に発表された22,23)。BRI1受容体は25個のねじれたleucine-richrepeats(LRR)からなるスーパーヘリックス構造を持ち、LRR21と22の間にある70残基(584-654)のislanddomainは、スーパーヘリックスの内部に戻るように折りたたまれ、BLを結合する表面ポケットを形成していた。図3Brassinolideの構造SARNewsNo.26(Apr.2014)-6-表面ポケットは浅いため、BLのA環とB環がtrans結合した比較的flatなステロイド構造が受容体との結合に有利であった。B環の6-keto基はTyr642の側鎖OH基と水素結合できる距離にあった。側鎖22-OH,23-OHは、いずれも直接あるいは水分子を介して、受容体と水素結合していた。BLの24-Me基およびi-Pr基の側鎖末端部分はTrp564、Ile592、Tyr597、Leu615などの疎水性残基に取り囲まれており,それらの残基と疎水性相互作用していた。すなわち、構造活性相関から得られた情報のほとんどがリガンド−受容体の結晶構造からの情報と一致することがわかった。しかし、A環置換基2α-,3α-OHはいずれも溶媒中に露出しており、受容体との相互作用に関与しないことが示唆され、これら水酸基の重要性を指摘した構造活性相関結果とは矛盾していた。ところが、2013年に、BRI1のco-receptorであるSomaticEmbryogenesisReceptor-likeKinase1(SERK1)がBLを介してBRI1と相互作用していることが、BRI1-SERK1-BL複合体の結晶構造解析によって明らかにされた(PDB:4LSX、図4)24)。この結晶構造において、BRI1とBLの結合様式は2011年に報告された結晶構造とほぼ同様であったが、BLのA環置換基2α-,3α-OHはSERK1のN末端ドメインに存在するHis62の骨格NHおよび側鎖と水素結合していることがわかった。さらに、SERK1のPhe61側鎖はBLのステロイド骨格C環とスタッキングしていることも明らかとなった。ここで言いたいことは、もし、リガンド側から得られた構造活性相関情報を考慮に入れずに2011年の最初のリガンド−受容体複合体結晶構造のみを見ていたとすれば、BLのステロイドA環置換基2α-,3α-OHの活性に対する重要性を見落としてしまうということである。実は、2α-,3α-OHの役割は、BRI1-SERK1-BL複合体構造の報告24)直前に発表された構造活性相関の論文25)で推測されていた。この論文では、BLの溶媒に露出した表面は、BRI1シグナリングに必須である別の因子との相互作用に関わるのではないかという観点から、BLの2α-,3α-OHを修飾すればアンタゴニストとして作用し、ブラシノステロイドのシグナルが阻害されると考えた。そして、2α-,3α-OH基がアセトニド基で同時に保護された類縁体を合成した。アセトニド型の化合物はBRI1のアゴニストではなかったが、BLによる活性を濃度依存的に阻害し、予想通りBRI1アンタゴニストとして作用することがわかった。4.おわりに以上,2種類の植物ホルモンの構造活性相関および受容体との複合体結晶構造について述べた。受容体はいずれも非常に興味深い構造をしており、ドラッグデザインに対す図4BRI1-SERK1-BL複合体の結晶構造A:全体B:BL結合部位の構造Greenblue:BRI1Magenta:SERK1境界面に結合した分子:BLSARNewsNo.26(Apr.2014)-7-る発想を豊かにしてくれる。しかし、ここで述べてきたように、リガンド側から得られた構造活性相関情報をおろそかにしてはならない。Phenoxyaceticacid類のQSAR式に含まれるσ項のように、リガンド−受容体複合体では説明できないように思える情報にも、必ず何らかの意味があるはずである。ClassicalQSARは低分子化合物とタンパク質の物理化学的、生物化学的相互作用を定量的にとらえるのに役立つ。ClassicalQSAR式を導くのは、慣れないうちは難しいと思われるかもしれないが、できる限りトライしてみてほしい。導かれた式は、多くの情報を私たちに伝えてくれる。筆者は、近年、ADME(Absorption,Distribution,Metabolism,Excretion)の吸収、代謝、排泄に関するQSARを試みている。吸収に関しては、良好なclassicalQSAR式を導くことができる26)。代謝および排泄については、classicalQSARだけでなく、ドッキングなどの方法論も取り入れて、cytochromeP450代謝酵素や排泄トランスポーターの基質認識機構を予測することができないか、検討中である。冒頭でも述べたように、現在ではさまざまなQSAR手法が存在しているが、classicalQSARはすべてのQSARの基礎であるばかりでなく、薬物動態およびリガンド−受容体相互作用を考える基礎となる。ドラッグデザインを行う研究者は、まず、classicalQSARを学んでいただきたい。その後でどのような方法論を採用するにしても、classicalQSARの考え方が、必ず役に立つはずである。なお、2013年から2014年の日本農薬学会誌の実験技術講座、QSAR編でclassicalQSARについて解説が行われているので、是非、そちらを参照していただきたい27-31)。最新号以外の論文のpdfファイルが学会ウェブサイト(http://pssj2.jp/journal/jjps.html)から入手可能である。参考文献(1)C.Hansch,P.P.Maloney,T.Fujita,andR.M.Muir,Nature,194,178-180(1962).(2)Y.C.Martin,WIREsComput.Mol.Sci.,2,435-442(2012).(3)C.HanschandT.Fujita,J.Am.Chem.Soc.,86,1616-1626(1964).(4)T.Fujita,J.Iwasa,andC.Hansch,J.Am.Chem.Soc.,86,5175-5180(1964).(5)T.Fujita,J.Comput.AidedMol.Des.,25,509-517(2011).(6)藤田稔夫,日本農薬学会誌,37,206-214(2012).(7)R.M.MuirandC.Hansch,PlantPhysiol.,26,369-374(1951).(8)C.Hansch,R.M.Muir,T.Fujita,P.P.Maloney,F.Geiger,andM.Streich,J.Am.Chem.Soc.,85,2817-2824(1963).(9)R.M.MuirandC.Hansch,PlantPhysiol.,28,218-232(1953).(10)J.E.LefflerandE.Grunwald,“レフラー有機反応速度論”,都野雄甫ほか訳,廣川書店,pp.163-246,1968.(11)C.HanschandA.Leo,“ExploringQSAR,FundamentalsandApplicationsinChemistryandBiology,”AmericanChemicalSociety,WashingtonDC,1995(“定量的構造活性相関:Hansch法の基礎と応用”,江崎俊之訳,地人書館,2014年3月に刊行).(12)A.Verloop,W.HoogenstraatenandJ.Tipker,“DrugDesign,Vol.VII,”ed.byE.J.Ariëns,AcademicPress,NewYork,pp.165-207,1976.(13)H.Kubinyi,Arzneim.-Forsch.(DrugRes.),29,1067-1080(1979).(14)N.Dharmasiri,S.Dharmasiri,andM.Estelle,Nature,435,441-445(2005).(15)S.KepinskiandO.Leyser,Nature,435,446-451(2005).(16)X.Tan,L.I.A.Calderon-Villalobos,M.Sharon,C.Zheng,C.V.Robinson,M.Estelle,andN.Zheng,Nature,446,640-645(2007).(17)M.D.Grove,G.F.Spencer,W.K.Rohwedder,N.Mandava,J.F.Worley,J.D.Warthen,Jr.,G.L.Steffens,J.L.Flippen-Anderson,andJ.C.Cook,Jr.,Nature,281,216-217(1979).SARNewsNo.26(Apr.2014)-8-(18)S.Fujioka,J.Li,Y.H.Choi,H.Seto,S.Takatsuto,T.Noguchi,T.Watanabe,H.Kuriyama,T.Yokota,J.Chory,andA.Sakurai,PlantCell,9,1951-1962(1997).(19)S.Uesusuki,B.Watanabe,S.Yamamoto,J.Otsuki,Y.Nakagawa,andH.Miyagawa,Biosci.Biotechnol.Biochem.,68,1097-1105(2004).(20)S.Yamamoto,B.Watanabe,J.Otsuki,Y.Nakagawa,M.Akamatsu,andH.Miyagawa,Bioorg,Med.Chem.,14,1761-1770(2006).(21)C.Brosa,Structure-activityrelationship,In“Brassinosteroids,”ed.byA.Sakurai,T.Yokota,andS.D.Clouse,Springer-Verlag,Tokyo,pp.223-241,1999.(22)M.Hothorn,Y.Belkhadir,M.Dreux,T.Dabi,J.P.Noel,I.A.Wilson,andJ.Chory,Nature,474,467-471(2011).(23)J.She,Z.Han,T.-W.Kim,J.Wang,W.Cheng,J.Chang,S.Shi,J.Wang,M.Yang,Z.-Y.Wang,andJ.Chai,Nature,474,472-476(2011).(24)J.Santiago,C.Henzler,andM.Hothern,Science,341,889-892(2013).(25)T.MutoandY.Todoroki,Bioorg.Med.Chem.,21,4413-4419(2013).(26)M.Akamatsu,M.Fujikawa,K.Nakao,andR.Shimizu,Chem.Biodivers.,6,1845-1866(2009).(27)藤田稔夫,日本農薬学会誌,38,2-19(2013).(28)清水良,日本農薬学会誌,38,185-194(2013).(29)赤松美紀,日本農薬学会誌,38,195-203(2013).(30)中川好秋,日本農薬学会誌,39,18-31(2014).(31)加納健司,日本農薬学会誌,39,(2014),執筆予定.SARNewsNo.26(Apr.2014)-9-/////CuttingEdge/////SBDDとClassicalQSARによるドラッグデザイン経口ヌクレオシド系抗悪性腫瘍薬の開発東京大学創薬オープンイノベーションセンター多田幸雄1.はじめに1980年代後半から標的タンパクの立体構造に基づいた分子設計法:Structure-BasedDrugDesign(SBDD)が創薬現場で用いられ始め、今では一般的な創薬手法の一つとなっている。またSBDDに関する多くのソフトウェアの開発や化合物データベースの構築もなされている[1]。しかし、SBDDを実行する際、水分子を含めた精度の高い、標的タンパク-リガンド複合体の立体構造が得られない場合も少なくない。また、タンパク構造の変化や活性部位に存在する水分子の取り扱いなど、論理的な創薬を難しくする課題が少なからず残されている。とは言え、SBDDがドラッグデザインの論理性を高めたことは間違いない。本稿では、SBDDと化合物の物理化学的性質を自由エネルギーパラメーターとするClassicalQSAR解析(Hansch-Fujita法)[2]を相補的に用いたドラッグデザインの例として、経口ヌクレオシド系抗悪性腫瘍薬の開発について述べたい。研究開始当初、標的タンパクのX線結晶解析(大腸菌)があったことでSBDDを開始できたが、最後までデザインした化合物との共結晶は得られなかった。しかし、抗悪性腫瘍薬:TAS-102として臨床試験に入った後、共結晶構造が報告された[3]。従って、開発時に想定した標的タンパクの活性構造、その反応機構、デザインした化合物、および活性部位における水分子の取り扱い方について考察を加えることができた。また、更なる活性向上の可能性として、活性部位に存在する不安定な一個の水分子についても触れたい。2.新規ヌクレオシド系抗悪性腫瘍剤の開発コンセプトこれまでに含フッ素核酸系代謝拮抗薬として、5-fluorouracil(5-FU)、5-fluorodeoxyuridine、および5-fluorouridineに関しては数多くの研究がなされてきた。しかし、trifluorothymidine(F3dThd)については、thymidylatesynthase(TS)を阻害することで抗悪性腫瘍活性を発現することが1964年に報告されているにも関わらず、医薬としてあまり検討されてこなかった。図1TPIの開発コンセプトとHTPの反応機構OpenConformationClosed(Active)ConformationOpenConformationOpen&Closedconformationα/βdomainIntermediatestateThy2-dR-1-PαdomainHumanTPmodelF3dTMPF3dTDPF3OdTTPDNAOHHONHNOOCF3NHHNOOCF3F3dThdThymidylateSythetaseTPPD-ECGFTPI=OOHHOOPOOOHF3Thy+2-dR-1-PabHighconcentrationandshortdurationIncorporationintoDNALowconcentrationandlongdurationInhibitionofTSSARNewsNo.26(Apr.2014)-10-図1aに示した様に、F3dThdは癌細胞と低濃度、長時間接触においてTSを阻害する一方、高濃度、短時間接触ではDNAに取り込まれて抗悪性腫瘍効果を発現すると考えられている[4]。しかし、F3dThdはthymidinephosphorylase(TP)によって抗腫瘍効果のないtrifluorothymine(F3Thy)と2-deoxyribose-1-phosphate(2-dR-1-P)に速やかに代謝される。従って、F3dThdの抗腫瘍効果を確保するには、このTPを阻害するthymidinephosphorylaseinhibitor(TPI)が必要となる。一方、TPは血管新生因子の一つであるplateletderivedendothelialcellgrowthfactor(PD-ECGF)と同一であり[5]、TPIには癌の転移浸潤に関わる血管新生を阻害するという、癌治療において好ましい作用も期待できる。そこで、F3dThdとTPIとの併用による経口ヌクレオシド系抗悪性腫瘍薬の開発をすることにした。3.TPの構造に基づくTPIデザインの考え方TPIの開発を始めた1993年当時、唯一報告されていた大腸菌TPとthymineとの共結晶構造(PDBcode1TPT:Cα座標のみ)をテンプレートとして、ヒトTP(HTP)のホモロジーモデルを作成した(図2a,b)[6]。このHTPモデルは、リン酸イオンとthymineの間が10Å以上離れたopenconformation(図2a:緑)であった。尚、HTPのclosedconformationモデル(図2a:青)はpyrimidinenucleosidephosphorylase(PDBcode1BRW)を基に作成した。TPの反応機構としては、TPのopenconformationにリン酸イオンとthymidineが結合し、closedconformationに移行し、遷移状態、中間体を経てthymineと2-dR-1-Pを生成する、2基質2生成物反応の定序Bi-Bi機構(OrderedBi-Bimechanism)と考えた(図1b)。従って、この様なTPの大きな構造変化がある可能性を念頭においた化合物のデザインが必要であった。図2bにおいて、thymineの2位C=O基、3位NH基、4位C=O基は各々、HTPのLys-221、Ser-217、Arg-202と水素結合を形成しており、この3本の水素結合がアンカーとなって、基質であるthymidineをHTPの活性部位に繋ぎ止めていると考えられる。また、thymidineのlogPは−1.94であることから、HTPの活性部位は親水性の高い化合物にも親和性があると推定される。以上の情報から、thymine(logP=−0.6)をシード化合物とした。仮にここで、最近では一般的に行われているような、化合物の分子量300Da以下とするフラグメント化合物ライブラリーを用いたスクリーニング[7]を実行したとすると、分子量126.1であるthymineがライブラリーに含まれていれば、当然ヒット化合物の一つになっただろうと推測される。図2cにGRID解析[8]を用いて推定した、活性部位における疎水性基の存在が望ましい疎水性サイト(白の網目部分)、水素結合受容サイト(赤の網目部分)および水素結合供与サイト(青の網目部分)を示した。ここで、疎水性サイトに存在する不安定と考えられる水分子は、これから導入する置換基で容易に置き換えられると予測される。また実際に、参照した共結晶構造(PDBcode1TPT)は、疎水性サイトに存在していたであろう不安定な水分子を、thymine分子が排除した結果と解釈できる。さらに、興味深いこととして、疎水性サイトはthymineのN1位の方向ではなく6位の方向に広がっている。従って、thymineへの置換基導入はN1位より6位の方が望ましいという示唆が得られた。図2HTPのホモロジーモデルとGRID解析Openconformation(Green)Closedconformation(Blue)α/βdomainαdomainaHumanTPmodelSARNewsNo.26(Apr.2014)-11-4.疎水性ポケットに対応したthymine(4)の5位のCH3基の最適化より阻害活性の強いリード化合物を得る目的で、thymine(4)の5位CH3基を置換した誘導体を合成した。水素原子を基準に置換基の大きさの増加分(ΔV)をパラメータとして、阻害活性(IC50)との相関を見ると、5-chlorouracil(3)の阻害活性がIC50=0.1μMと最も強く、thymine(4)(IC50=1.8μM)を含め、置換基がCl基より大きくなる程、阻害活性が弱くなった(表1)。この構造活性相関から、thymine(4)の5位の方向には大きさに制限のある疎水性ポケットの存在が想定される。HTPモデルを見ると、この疎水性ポケットはVal-208、Ile-214、______および、Val-241の疎水性アミノ酸から構成されており、置換基の大きさとしてCl基が丁度良く、これよりかなり大きいC2H5基やCF3基では、Val-208の側鎖との立体障害が原因で阻害活性が大きく低下したものと推定した(図3)。そこで、5-chlorouracil(3)をリード化合物創製のためのアンカー化合物とした。ところで、Fragment-BasedDrugDiscovery(FBDD)では化合物の効力(efficacy)より効率(efficiency)が重視されているが、活性値を分子量で割ったBindingefficiencyindex(BEI)=Activity(pKi,pKd,pIC50)/MolecularWeight(kDa)はその指標の一つである[9]。BEI=30である化合物(例えば、pIC50=1.0nM,MW=300)のようにBEI値が大きい化合物では、分子の活性に関与しない余分な部分が少なく、これが特異性の高さに繋がるものと考えられる。特にリード化合物最適化の過程においては、活性の向上以上に、分子量が増加することでBEI値が小さくなり易いので、できる限りBEI値の大きい化合物をリード化合物とすることが望ましい。ここで、アンカー化合物に選定した5-chlorouracil(3)はBEI=47.9と、非常に効率の良い化合物であった。表15位置換uracil誘導体の物性と阻害活性図3疎水性ポケット5.アンカー化合物(3)からリード化合物(10)の創製アンカー化合物(3)に導入する置換基として、酸解離定数(pKa)が大きく中性付近で陽イオン化するNH2基を想定し、HTPの活性部位におけるアンモニウムイオン(NH4+)が安定に存在できる場所を、真空中で分子力学計算(MMFF94x力場)を用いて探索した。その結果、アンモニウムイオンはThr-118とSer-117のC=O基、およびリン酸イオンの近傍に安定に存在できると推定された(図4a)。図4HTP(openconformation)の活性部位におけるアンモニウムイオンが安定に存在できる場所と、C6位とアンモニウムイオンをメチレン鎖で繋いだモデル化合物(A,B)Val241Val208Ile214Arg202Ser217Lys221HydrophobicpocketSARNewsNo.26(Apr.2014)-12-ここで、置換基導入はN1位よりC6位の方が望ましいというGRID解析(図2c)の結果ではあったが、念のためアンカー化合物(3)のN1位に(CH2)n-NH2(n=2-8)基を導入した誘導体を合成した。N1位とNH2基をつなぐメチレン鎖の長さはHTPの構造変化を考慮したものである。しかし、N1位近傍のHis-116の立体障害のためか、全ての化合物においてIC50は1mM以上であった。従って、アンカー化合物(3)への置換基導入はC6位とした。そこで、図4aに示したThr-118およびSer-117のバックボーンのC=O基と水素結合を形成しているアンモニウムイオンと6位とをメチレン鎖で繋いだ、モデル化合物A(図4b)およびモデル化合物B(図4c)をデザインした。また、活性部位にはMMFF94x力場を用いて水分子を配置した。モデル化合物Aは1個の水分子を介して、モデル化合物Bは直接バックボーンのC=O基と水素結合を形成していると考えた。モデル化合物AのNH3+基は、HTPの構造が活性構造であるclosedconformationに変化する過程で、Thr-118からSer-117のバックボーンのC=O基との水素結合を、最終的にはモデル化合物Bと同様にリン酸イオンと水素結合を形成すると予測した。実際に合成した化合物(10)(モデル化合物A)の阻害活性はIC50=23μMであった(表2)。アンカー化合物(3)(IC50=0.1μM,BEI=47.9)に比べて、阻害活性は低下したがBEI値は28.9と悪くなかったので、この化合物(10)をリード化合物として選定した。6.ClassicalQSAR(Hansch-Fujita法)を用いたリード化合物(10)の最適化水分子を介した水素結合の形成が想定されるモデル化合物Aに対応する化合物(11-20)をデザインした(表2)。これらの化合物の疎水性パラメーターとして、オクタノール-水分配係数(logP)の計算値CLOGP[10]を用いた。また、NH2基のpKaを精度よく計算できなかったので、代わりにPM3法[11]により求めた窒素原子の電荷(Ncharge)を非解離型アミン状態(NH2)基の塩基性のパラメーターとして用いた。これらをパラメーターとして重回帰分析を行い、QSAR式(1)を得た。このQSAR式において、括弧内のnは化合物数、rは相関係数、sは標準偏差を表わす。log(1/IC50)=−0.936CLOGP−29.38Ncharge+2.38(1)(n=11,r=0.811,s=0.533)式(1)は、化合物の疎水性が低く、窒素原子の負電荷の絶対値が大きいほど、阻害活性が強くなることを示している。化合物の疎水性が高いほど活性が強くなるのが一般的であるが、HTPの基質であるthymidineの疎水性の低さ(logP=−1.94)を考え合わせると、デザインする化合物の疎水性はもっと低くても良いと思われる。また、窒素原子の負電荷の絶対値が大きいことは塩基性が高く、容易に陽イオン化することでより強い水素結合を形成していると考えた。表2モデル化合物Aに対応する化合物表3モデル化合物Bに対応する化合物SARNewsNo.26(Apr.2014)-13-次に、直接バックボーンのC=O基と水素結合を形成しているモデル化合物Bに対応し、より負電荷の大きいimino(=NH)基を導入した化合物(21-28)をデザインした(表3)。しかし、4化合物(22-24,28)では、式(1)によるIC50の予測値が実測値と大きく違った。その原因として、HTPの活性構造はclosedconformationであるために、これらの4化合物では好ましくない立体障害が生じていると考えた。そこで、これら4化合物(22-24,28)には擬変数I=1を、その他の化合物(1-21,25-27)にはI=0を与えて重回帰分析を行うと、全ての化合物に対応した式(2)が得られた。この結果からもclosedconformationがHTPの活性構造であることが示唆される。log(1/IC50)=−0.443CLOGP−12.97Ncharge−0.813I+3.68(2)(n=19,r=0.807,s=0.748)7.阻害活性の向上に伴う血中濃度の低下に対応したTPI(30)の創製ここで、化合物(18,20,21,25,27)のマウス経口投与(0.17mmol/kg:F3dThd50mg/kgに相当)における血中濃度(Cmax)を表4に示した。imino基を有する化合物(21,25,27)で阻害活性は向上したが、血中濃度(Cmax)は、各々7.4μM、3.1μM、5.0μMと低く、imino基の負電荷の大きさと化合物の疎水性の低さが血中濃度の低い原因と考えられた。しかし、阻害活性を維持するために置換基をimino基とする限り、その大きな負電荷による影響は避けられないので、化合物の疎水性の方を少し上げることで血中濃度の改善を図ることにした。表46位置換5-chlorouracil誘導体の物性と阻害活性および血中濃度疎水性の向上が見込まれる環状イミン化合物(29-32)をデザインした。しかし、化合物(31,32)まで疎水性を上げると却って血中濃度が低下し、化合物(32)では立体障害のためか阻害活性も低下した。阻害活性が強く、Cmaxが10μM以上の2化合物(29,30)に関して、ヌードマウスを用いた制癌試験およびマウスの毒性試験を行い、F3dThdと併用するHTP阻害薬(TPI)として化合物(30)を選定した。8.ヌクレオシド系抗悪性腫瘍薬TAS-102の臨床試験大腸菌TPとthymineのX線共結晶構造から、thymine(4)(IC50=1.8μM,BEI=46.6)をシード化合物とし、BEI値の大きなアンカー化合物(3)(IC50=0.1μM,BEI=47.9)を経て、リード化合物(10)(IC50=23μM,BEI=28.9)を創製し、構造最適化化合物としてTPI(30)(IC50=35nM,BEI=30.7)の創製に至った(図5)[12]。経口ヌクレオシド系抗悪性腫瘍薬TAS-102はF3dThdとTPIの配合剤(配合比1.0:0.5)であり、1999年から臨床試験が開始された。国内第II相臨床試験では、フッ化ピリミジン系薬剤、イリノテカン、オキサリプラチンおよびフッ化ピリミジンンを含む複数の標準化学療法に不応となった治癒切除不能な進行再発結腸・直腸がん患者169名を対象とした、プラセボ対照の二重盲検ランダム化比較試験の結果、TAS-102投与群の全生存期間中央値は9.0ヵ月に対して、プラセボ投SARNewsNo.26(Apr.2014)-14-図5化合物展開と経口ヌクレオシド系抗悪性腫瘍薬TAS-102与群では6.6月であった。また、死亡のリスクも有意に減少した[13]。現在、TAS-102は日米欧で第III相臨床試験中であるが、国内では2013年に「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」を適応症として、製造販売承認申請がなされた。9.TPI(30)-HTP共結晶構造情報に基づく相互作用様式と反応機構の考察2004年にAstraZenaca社の血管新生阻害薬の研究グループより、HTPとTPI(30)のX線共結晶構造が報告された[3](図6a)。予想通りTPI/HTP複合体の構造はclosedconformationであったが、リン酸イオン結合部位には水分子が存在していた。これらの水分子の酸素原子がリン酸イオンの代わりをしていると考えられる。しかし、リン酸イオンが存在していないことから、TPI(30)の阻害機構を再考する必要があった。一方、我々はTPI(30)の電子状態に関して、uracil誘導体のpKaに関する文献[14]から、そのpKaは7.5以上であると予測し、TPI(30)はカチオン型でHTPと相互作用していると考えていた。しかし、AstraZenaca社の研究グループがTPI(30)の実測pKa値は6.1と報告していることから、TPI(30)の電子的構造はカチオン型ではなく、双性イオンとしてHTPと相互作用していると考えられる。HTPのclosedconformationのGRID解析では、図2cに示したopenconformationの場合と同様に、疎水性サイトは6位の方法に広がっている(図6a:白の網目部分)。また、TPI(30)のN1位とHis-116の水素原子は、距離2.28Åで水素結合を形成しており、N1位に置換基があると、この水素結合がなくなると供にHis-116との立体障害が生じ、阻害活性が低下するものと予測される。ここで、統計解析的に脱溶媒和自由エネルギーを求める3D-RISM解析[15]を用いて推定したHTPclosedconformationの活性部位における、安定な水分子の領域(緑)と不安定な水分子の領域(赤)を示した(図6b)。TPI(30)のuracil骨格のC=O-NH-C=O部位とArg-202、Ser-217、Lys-221との水素結合は、この不安定な水分子の領域(赤)に存在したと推定される水分子を取り去ることで形成されたものと説明できる。一方、TPI(30)のN1位の周辺には安定な水分子の領域が広がっており、この領域の水分子を排除することは望ましくないと予測される。その一方で、図6bに示した様に、安定な領域に存在する水分子がimino基と水素結合を形成し、相互作用を強めていると考えられる。また、このimino基の近傍に不安定な領域に属する水分子が一個存在し、これを脱溶媒和できる化合物をデザインすれば、阻害活性の向上が期待される(図6b)。HTPの酵素反応機構としては、速度論的研究から活性部位にリン酸イオンが最初に結合し、生成物の一つである2-dR-1-Pが最後に離脱する定序Bi-Bi機構であるとされていた[16]。ところが、リン酸イオンを除去し精製したHTPを用いて、基質であるthymidineとの共結晶を得ようとした結果、予想に反してthymidineではなく反応生成物のthymineが活性部位に入ったclosedconformationの結晶構造(PDBcode:2J0F)が報告された(図6c)[17]。この報告では、精製したHTP中に残存したリン酸イオンによる酵素反応が起こり、生成したthymineが、基質であるthymidineが共存するにも関わらず、HTPのopenconformationに結合し、closedconformationに構TAS-102(F3dThd:TPI=1.0:0.5)Seedcompound(4)IC50=1.8μMBEI=46.6Anchorcompound(3)IC50=0.1μMBEI=47.9Leadcompound(10)IC50=23μMBEI=28.9TPI(30)IC50=35nMBEI=30.7F3dThdOOHHONNHOOF3CNHNHOOH3CNHNHOOClNHNHOOClH2NNHNHOOClNNHHCl+SARNewsNo.26(Apr.2014)-15-図6HTP-TPI(30)共結晶構造(closedconformation)、GRID、3D-RISM解析およびTP反応機構とthymidineの遷移状態モデル造変化したものと解釈し、このthymineによる阻害は非競合的生成物阻害であるとしている。従って、HTPの酵素反応機構としては、ランダムBi-Bi機構(RandamBi-Bimechanism)が妥当であると考えられる。以上のことから結果論的ではあるが、リン酸イオン結合部位には水分子しか存在しない構造も対象として化合物をデザインすべきであったと言える(図6d)。一般に理想的な阻害剤は遷移状態アナログであるとされている。しかし、HTPに関する速度論的同位体効果から量子化学計算(BILYp/6-31G*)を用いたthymidine遷移状態モデル(図6e)と、purinenucleosidephosphorylaseの遷移状態アナログのKm/Ki値=5,400,000と比較して、TPI(30)のHTPに対するKm/Ki値は3,000(Ki=20nM)であることから、TPI(30)は遷移状態アナログではなく、リン酸イオンへのキレート化剤であるとされている[18]。従って、thymidineの遷移状態アナログとしての阻害剤開発は今後の課題である。ここで、仮にthymineを含むHTPの活性構造(closedconformation:PDBcode2J0F)を基にSBDDを開始することができたとすると、図6cに示したGRID解析と3D-RISM解析により、以下の条件を満たすthymine誘導体をデザインすれば良いことになる。(1)3D-RISM解析による安定な水分子の領域(緑)では水素結合を形成し、不安定な水分子の領域(赤)に存在する水分子を排除する。(2)GRID解析による疎水性サイト(白の網目部分)、とThr-118およびSer-117のバックボーンC=O基ar{の周囲に広がる水素供与サイト(青の網目部分)を利用する。以上の様に、水分子を含む標的タンパクの立体構造情報が得ることができれば、水分子の脱溶媒和自由エネルギーも考慮したSBDDによる化合物のデザインが可能になって来ている。10.おわりに本稿で紹介したSBDDの例では、標的タンパクのホモロジーモデルと化合物との相互作用シミュレーションに基づいて化合物をデザインした。しかし、そこで用いた標的タンパク-リガンaCrystalstructureofHTPwithTPIandGRIDanalysisPDBcode:1UOUSer-117Arg-202Ser-217Lys-221Arg-202UnstableStableWaterWaterb3D-RISMsolventanalysisSer-217Lys-221Arg-202Ser-217Lys-221His-116cGRIDand3D-RISMsolventanalysisSer-117Thr-118PDBcode:2J0FdeSARNewsNo.26(Apr.2014)-16-ド複合体の構造はあくまで推定であって、その正しさの保証は何もない。しかし、同時にClassicalQSAR解析を用いることで、SBDDによる化合物デザインの妥当性が検証できたと思われる。因みに、ClassicalQSAR解析を用いる利点として、QSAR式の予測から例外化合物を客観的に見出せること、その原因を考察し次の化合物デザインに活かすことができること、またこれ以上疎水性を高める必要はないなど、化合物展開に見切りを付ける根拠とすることができることなどが挙げられる。近年では、長時間の分子動力学計算や、タンパクの量子化学計算を実験室レベルで可能にしたFragmentMolecularOrbital(FMO)法[19]によるリガンドとタンパクの残基間との詳細な相互作用解析に基づく分子設計も行われており、今後の更なるSBDD関連技術の進歩により、創薬がより論理的になって行くことが期待される。参考文献1.Kalyaanamoorthy,S.andChen,Y.-P.P.Structure-baseddrugdesigntoaugmenthitdiscovery.DrugDiscov.Today2011,16,831-839.2.(a)Hansch,C.andFujita,T.ρ–σ–πanalysis.Amethodforthecorrelationofbiologicalactivityandchemicalstructure.J.Am.Chem.Soc.1964,86,1616-1626.(b)Hansch,C.andFujita,T.Additionsandcorrections–ρ–σ–πanalysis.Amethodforthecorrelationofbiologicalactivityandchemicalstructure.J.Am.Chem.Soc.1964,86,5710-5710.3.Norman,R.A.etal.Crystalstructureofhumanthymidinephosphorylaseincomplexwithasmallmoleculeinhibitor.Structure2004,12,75-84.4.Suzuki,N.etal.Modeofactionoftrifluorothymidine(TFT)againstDNAreplicationandrepairenzymes.Int.J.Oncol.2011,39,263-270.5.Miyazono,K.etal.Purificationandpropertiesofanendothelialcellgrowthfactorfromhumanplatelets.J.Biol.Chem.1987,262,4098-4103.6.統合計算化学システムMOE(MolecularOperatingEnvironment)7.Chessari,G.andWoodhead,A.J.Fromfragmenttoclinicalcandidate–Ahistoricalperspective.DrugDiscov.Today2009,14,668-675.8.Goodford,P.J.Acomputationalprocedurefordeterminingenergeticallyfavorablebinding-sitesonbiologicallyimportantmacromolecules.J.Med.Chem.1985,28,849-857.9.Abad-Zapatero,C.andMetz,J.T.Ligandefficiencyindicesasguidepostsfordrugdiscovery.DrugDiscov.Today2005,10,464-469.10.CLOGP:Bio-Loom(http://biobyte.com/bb/prod/bioloom.html).11.ScigressMOCompact(http://jp.fujitsu.com/solutions/hpc/app/mocompact/).12.Yano,S.etal.Synthesisandevaluationof6-methylene-bridgeduracilderivatives.Part2:Optimizationofinhibitorsofhumanthymidinephosphorylaseandtheirselectivitywithuridinephosphorylase.Bioorg.Med.Chem.2004,12,3443-3450.13.Yoshino,T.etal.TAS-102monotherapyforpretreatedmetastaticcolorectalcancer:Adouble-blind,randomised,placebo-controlledphase2trial.LancetOncol.2012,13,993-1001.14.Jang,Y.H.etal.FirstprinciplescalculationofpKavaluesfor5-substituteduracils.J.Phys.Chem.A2001,105,274-280.15.Kovalenko,A.andHirata,F.Self-consistentdescriptionofametal-waterinterfacebytheKohn-Shamdensityfunctionaltheoryandthethree-dimensionalreferenceinteractionsitemodel.J.Chem.Phys.1999,110,10095-10112.16.Krenitsky,T.A.Pentosyltransfermechanismsofthemammaliannucleosidephosphorylases.J.Biol.Chem.1968,243,2871-2875.17.ElOmari,K.etal.Structuralbasisfornon-competitiveproductinhibitioninhumanthymidinephosphorylase:Implicationsfordrugdesign.Biochem.J.2006,399,199-204.18.Birck,M.R.andSchramm,V.L.Nucleophilicparticipationinthetransitionstateforhumanthymidinephosphorylase.J.Am.Chem.Soc.2004,126,2447-2453.19.Kitaura,K.etal.Pairinteractionmolecularorbitalmethod:Anapproximatecomputationalmethodformolecularinteractions.Chem.Phys.Lett.1999,312,319-324.SARNewsNo.26(Apr.2014)-17-/////SARPresentationAward/////