SARNews No.34
構造活性相関部会・ニュースレター<1April,2018>SARNewsNo.34「目次」/////Perspective/Retrospective/////藤田稔夫先生追悼セッション「Hansch-Fujita法の誕生と歴史」から赤松美紀・・・1/////CuttingEdge/////ある企業研究者の米国研究サバイバル記構造活性相関の自動探索~自動設計と自動合成が融合するロボット創薬の幕開け~大保三穂・・・9石原司・・・16/////SARPresentationAward/////2017年度選考結果について・・・25受賞コメント・・・26授賞講演要旨・・・28/////Activities/////<報告>第45回構造活性相関シンポジウム開催報告・・・36<会告>構造活性フォーラム2018「創薬におけるビッグデータの活用とAI戦略」・・・38第11回薬物の分子設計と開発に関する日中合同シンポジウム・・・40第46回構造活性相関シンポジウム・・・41/////Perspective/Retrospective/////藤田稔夫先生追悼セッション「Hansch-Fujita法の誕生と歴史」から京都大学大学院農学研究科赤松美紀1.はじめに2017年11月に茨城県土浦市で開催された第45回構造活性相関シンポジウムにおいて、記念講演をされる予定であった藤田稔夫先生が8月にご逝去された。構造活性相関部会長、中川好秋先生が藤田先生の追悼文(SARNewsNo.33)を執筆されているが、藤田先生のご冥福をお祈りしたい。急遽、シンポジウムでは、中川部会長および筆者がオーガナイザーとなって、藤田先生の追悼セッションを行うこととなった。セッションの内容は以下の通りである。1.藤田先生と二国間シンポジウム:新潟薬科大学学長寺田弘2.藤田先生記念講演予定内容概要:京都大学大学院農学研究科赤松美紀3.Hansch-Fujita法および構造活性相関部会の歴史:京都大学大学院農学研究科、日本薬学会構造活性相関部会長中川好秋以下、それぞれについて詳細を述べる。2.藤田先生と二国間シンポジウム最初に寺田先生と藤田先生の出会い、構造活性相関部会の前身である構造活性相関懇話会の立ち上げ、1975年の京都における第1回懇話会開催についてのお話があった。ちょうど、エリザベス女王が来京された年だそうである。その後、懇話会は構造活性相関研究会と名称を改め、2002年に構造活性相関部会が設立された。その後は藤田先生と寺田先生がご尽力された日韓、日豪、日中二国間の「3Dシンポジウム(DrugDesignDevelopment)」のお話をされた[1]。第1回二国間シンポジウムは、年代的に日中、日韓、日豪の順なので、その順に紹介する。2.1日中シンポジウム当時、北京医科大学薬学部所属の李仁利教授および中国医学科学院薬物研究所、郭宗儒教授は1970年代中頃に米国ポモナ大学CorwinHansch教授のもとに留学されていた。後に述べるように、藤田先生は1961-1963年にHansch先生の研究室に留学されていたため、交流が始まった。1989年、藤田先生が両教授を京都大学に招聘し、京大会館で構造活性相関懇話会の行事としてシンポジウムが開催されたことから、このシンポジウムを第1回日中シンポジウムとした。その後、シンポジウムは1992年に設立されたアジア医薬化学連合(AsianFederationforMedicinalChemistry:AFMC)の活動の一環として、しばらくは中国で定期的に開催されていたが、近年は日本、中国交互に開催されている。1993年に北京で開催された第2回シンポジウムの様子を図1に示す。現在は構造活性相関部会が日中シンポジウムの主催団体で、「第11回薬物の分子設計と開発に関する日中合同シンポジウム」が2018年6月22−25日に中国紹興市で開催予定であるので、是非、ご参加をお願いしたい。郭宗儒教授は藤田先生の訃報を聞かれた後、哀悼の漢詩を作られ、寺田先生に送られた。また、藤田先生は李仁利教授が現在所属している北京大学薬学院の客員教授を務められたことから、李教授は追悼文を大学のホームページに掲載された。2.2日韓シンポジウム1990年に開催された韓国化学会医薬化学部会に藤田先生が特別講演者として招待され、その際に部会開催の担当者、韓国科学技術研究所(KoreanResearchInstituteofChemicalTechnology:KRICT)の金完柱博士と意見交換された。その結果、定量的構造活性相関(QuantitativeStructure-ActivityRelationship:QSAR)などの手法を用いた医農薬の分子設計、開発に関する基礎的研究を中心とした二国間シンポジウムを開催することになり、1990年に金完柱博士を組織委員長として日韓第1回シンポジウムが開催された。第2回シンポジウムは藤田先生、寺田先生を世話人とし、1991年に京都で開催された。第3回シンポジウムからはAFMCの活動の一つとして定期的に開催されていたが、2008年、仙台市戦災復興記念館での開催が最後で、2011年に東京でAFMCInternationalMedicinalChemistrySymposium(AIMECS)が開催されたため、日韓シンポジウムの開催が見送られた。2.3日豪シンポジウム藤田先生はゴードン会議などの国際会議を通じて、AFMCのオーストラリア代表で、Queensland大学DrugDesignandDevelopmentCenterのセンター長であるPeterAndrews教授と親交があった。1988年に両者が提案した日本/オーストラリア二国間文化交流協定に基づく共同プロジェクト「DesignandDevelopmentofNewBioactiveCompounds」が第4回日豪科学技術協力合同委員会において採択されたが、予算措置もなく、実質的な協力体制には程遠かった。1991年、藤田先生とAndrews教授との懇談の結果、日豪二国間シンポジウムの開催が決定し、1993年、AFMC主催の元に藤田先生、寺田先生、Andrews教授、DavidWinkler博士(CommonwealthScientificandIndustrialResearchOrganization:CSIRO)の4名が組織委員となり、サンシャインコーストのクーラムで第1回シンポジウムが開催された。その後、2年に1回、日豪シンポジウムが開催されてきたが、2004年シドニーでのシンポジウム以降、開催されていないと思われる。寺田先生は、「国際シンポジウムを継続発展させるためには、責任を持つ個人もしくは団体が必要である。二国間シンポジウムでは、日本側は藤田先生を中心として構造活性相関部会(懇話会、研究会)が責任を持っており、中、韓、豪では中心人物となる李仁利教授、郭宗儒教授、金完柱博士、Andrews教授、Winkler博士などの責任感と情熱がこれを支えてきた。藤田先生はおられなくなったが、藤田先生の情熱とQSARを発展させないといけないという使命感が国際交流によるQSARの発展にとって大切である。」と締めくくられた。図1.第2回日中シンポジウム、1993年、北京にて(寺田先生スライドより.立っておられるのが郭宗儒教授、前列右から二番目:李仁利教授、三番目:藤田先生、左から二番目:寺田先生)3.藤田先生の記念講演予定内容概要筆者と藤田先生の出会いは、筆者が京都大学農学部2回生時に、藤田先生によるドイツ語の専門書購読を受講した時である。専門書の内容は分子軌道で、しかもドイツ語なのであまり理解できなかったが、藤田先生がアクティブでとても熱心に教えてくださり、印象に残ったため、4回生の研究室配属で、藤田先生(当時助教授)のおられる研究室を志望したことを覚えている。研究室のセミナーではQSARについて教えていただいたが、その頃はハメット(電子的パラメーター)や疎水性パラメーターが何のことかさっぱりわからなかった。そのQSARが自分のライフワークになるとは、縁とは不思議なものだと感じている。藤田先生の第45回構造活性相関シンポジウムにおける記念講演について、先生は、2017年夏頃に、すでに講演スライドを作成したとおっしゃっていたが、誰もそのスライド原稿を預かっていなかったため、ご逝去後、ご家族の方から藤田先生のパーソナルコンピューター(PC)をお借りして、講演用ファイルの中で最新と思われるスライドを探し出した。ただ、スライドのファイル名は、かつて韓国、釜山の国際学会で講演された時のファイルの修正版となっていた。また、スライドの講演タイトルは「Ligand-basedSAR-omicsasaParadigmfortheLeadEvaluationinDrugDesign」であり、シンポジウムの講演予定タイトル「SAR-omics:PolypharmacologyからPPIへの経験的アプローチ」とは異なっていた。再度、PC内を探したが、予定タイトルのスライドファイルは見つからなかったため、先に探し出した最新ファイルを元にして、藤田先生が話される予定であったと思われる内容の一部を筆者が紹介することにした。以下がその内容である。3.1SAR-omics薬物の構造活性相関(Structure-ActivityRelationship:SAR)において、標的や作用機構がまったく異なるのにも関わらず、類似の構造展開で活性強度が上昇する例が多数知られている。たとえば、つぎの3種類の場合である。(1)植物ホルモン、オーキシンの構造-除草活性相関(2)サリチル酸系抗炎症剤の構造活性相関(3)サリチル酸系の構造-AKR1C1阻害活性相関(1)天然のオーキシン(indole-3-aceticacid:IAA)(図2)は植物成長制御剤であり、IAAの構造を元にして、さまざまな除草剤がデザインされた[2]。除草活性を示す初期の合成オーキシンは2,4-Dなどのベンゼン誘導体で、IAAと同様にベンゼン環とカルボキシル基は少なくとも1個の炭素原子で隔てられていた。その後、安息香酸やピコリン酸のような芳香環に直接カルボキシ基が結合した除草剤が開発された。1963年に上市されたピコリン酸系除草剤Picloram、および製剤化の容易さから2012年にメチルエステル体が上市されたが、そのリード化合物であるピコリン酸体のHalauxifenの構造を図2に示す[3]。(2)Aspirin(アセチルサリチル酸)に端を発したサリチル酸系抗炎症剤は、その後、カルボキシル基のメタ位(アセトキシ基のパラ位)にフルオロフェニル、ジフルオロフェニル基を持つ構造へと変わっていった。すなわち、Flufenisal、diflunisalなどである。DiflunisalはOH基がアセチル化されていない構造を持っている。サリチル酸系抗炎症剤と類似の作用を示すindomethacinがインドール環とカルボキシル基の間に1個の炭素原子をもつIAAの構造を含むことは、オーキシンとの関連が示唆されて興味深い。これらの薬剤はシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害し、痛みの元となるプロスタグランジンの生成を抑える。これらの抗炎症剤の構造を図2に示す[4]。(3)癌マーカーとして注目されるアルド-ケト還元酵素(AKR)の一種、AKR1C1の阻害剤として、酵素の結晶構造を用いたバーチャルスクリーニングからサリチル酸誘導体3,5-ジヨードサリチル酸が見出され、この化合物のsimilaritysearchから見出されたより高活性の3,5-ジクロロサリチル酸と酵素との共結晶が報告された[5,6]。その後、酵素複合体の結晶構造およびGoodfordらにより開発されたGRID解析[7]により、さらに高活性の阻害剤として3-ブロモ5-フェニルサリチル酸がデザインされた(図2)[8]。これらの阻害剤は制ガン剤としても期待されている。図2を見るとわかるように、これら3種類のSAR例は類似のパターンを示している。すなわち、元化合物はカルボキシル基を持つ芳香族のピコリン酸あるいはサリチル酸構造で、カルボキシル基のメタ位に当たる位置に(置換)フェニル基が導入されて活性強度が上昇している。「SAR-ome」とは、この3種類のSARのように、個々のSARが類似のパターンを示すグループを指し、「SAR-omics」とはSAR-omeの個々のSAR間の関係を分析評価することである。すなわち、ある標的タンパク質に対するSARの例を、異なる他の標的タンパク質に対する薬剤のデザインに応用できることになる[9]。ここでは詳細を記さないが、藤田先生は他にもいくつかの「SAR-ome」の実例(例えば、HistamineH2アンタゴニスト、ニコチンアゴニスト(殺虫剤)、pinacidil系カリウムチャネル開口薬)をスライドに紹介されていた。また、置換基変換のみならず、scaffoldhopping(母核構造の変換)にも応用可能な「SAR-ome」について示されていた。例えば、アミドから環状ジカルボキシイミドへの例が挙げられる。図2.オーキシン除草剤(1)、サリチル酸系抗炎症剤(2)、AKR1C1阻害剤(3)の構造3.2PPI(タンパク質-タンパク質相互作用)への経験的アプローチ前述のように、藤田先生のご講演予定タイトル中の「SAR-omics」については筆者も理解できた。次に「PolypharmacologyからPPIへの経験的アプローチ」について、何をお話される予定だったのかと、藤田先生のスライドをすべて眺めてみた。スライドで、藤田先生は、類似のSARパターンを示す「SAR-ome」メンバーのそれぞれの標的タンパク質が、進化の系統樹において近い位置に存在するのかという疑問を投げかけられていた。その後に1枚の系統樹のスライドを入れられ、さらにその後に昆虫の脱皮ホルモンであるエクダイソン受容体に結合するリガンドの例[10]を挙げておられた。しかし、系統樹は小さく不鮮明で説明がなく、その後の例も、「PPIへの経験的アプローチ」には直接つながらないように思われた。そこで、筆者は、独自に前述の3種類のSARの標的タンパク質とリガンドとの相互作用について調べてみた。以下にその内容を述べる。(1)オーキシン受容体については、筆者の研究する農薬に近い分野なので、以前に調べたことがあり、過去のSARNews(No.26)でも紹介した。通常、植物ホルモンである天然オーキシンIAAの転写活性化因子ARFはAuX/IAA(タンパク質、ARFの抑制因子)の結合により抑制されている。オーキシンシグナル伝達の正の制御因子SCFTIR1複合体に含まれるTIR1(TransportInhibitorResponse1)がオーキシン受容体であり、TIR1にオーキシンが結合するとオーキシンを介してAuX/IAAが結合できるようになる。TIR1-オーキシンに結合したAuX/IAAはSCFTIR1複合体によりユビキチン化され、26Sプロテアソームで分解されて抑制がはずれ、転写活性化が起こる。すなわち、IAAはTIR1受容体とAuX/IAAタンパク質をつなぐ「接着剤」の役割を果たしている[11]。(2)COX-1およびCOX-2複合体の結晶構造解析から、aspirinの作用機序が明らかとなってきた。それぞれの酵素で作用機序が異なっており、COX-1では、酵素の基質結合部位(チャネル)に結合したaspirinが活性発現にとって重要なSer530をアセチル化し、aspirinとアセチル化されたSer530が基質結合部位をブロックしてCOX-1を不活性化する。COX-2では、aspirinは同様にSer530をアセチル化するが、それにより酵素の反応特異性が変化することが報告された[12]。(3)AKR1C1はprogesteroneの代謝に関わる主要な酵素で、AKR1C1-阻害剤複合体の結晶構造によれば、8本鎖のバレル構造をとっており、活性部位はバレル構造のC-末端側に位置している。そして、3本の主要なループが阻害剤およびcoenzymeであるNADP+と相互作用している[6]。以上のように、3種類のタンパク質とリガンドとの相互作用様式はまったく異なり、IAAの場合はPPIと関わっている部分もあるが、COX阻害剤、AKR1C1阻害剤はPPIとは関係ないように思われる。したがって、藤田先生が「SAR-omicsからPPIへ」について、どのようなアプローチを考えておられたのかは不明なままである。もしかしたら、藤田先生は私たちに最後に宿題を与えてくださったのかもしれない。資料は揃えておくから、あとは自分たちで考えなさいということだったのかもしれない。転載許可の問題があるため、藤田先生の全スライド(72枚)をここに掲載することはできないが、ご覧になりたい方は筆者まで連絡してほしい。もし、宿題の答がわかった場合は、ぜひ、教えていただきたい。筆者も時間をかけてじっくりと考えてみたいと思う。赤松連絡先:akamatsu@kais.kyoto-u.ac.jp4.Hansch-Fujita法および構造活性相関部会の歴史中川先生も筆者と同じ藤田先生の研究室の出身であり、今も、その研究室の所属である。また、中川先生の自宅は藤田先生のご自宅に近く、ご近所同士でもあることから、藤田先生とのつながりは深い。これらの理由より、中川先生は藤田先生に関わる多くの写真を持っておられ、追悼セッションではそれらの一部を示しながら、標記タイトルについて説明された。4.1藤田先生とポモナ大学藤田先生の御略歴、構造活性相関部会設立の経緯は、中川先生による藤田先生の追悼文(SARNewsNo.33)中に書かれているので、参照されたい。追悼セッションでは、一つ興味深いエピソードが紹介された。藤田稔夫先生のお父上、藤田愼三郞先生は第三高等学校(後に新制京都大学に包括)、有機化学の教授であったが,藤田稔夫先生が米国ポモナ大学Hansch先生の研究室に留学されたまもなく(1961年)のことである。藤田稔夫先生がポモナ大学の図書室に行かれたところ、Bull.Chem.Soc.Japanの棚があり、並んでいる製本にどうも見覚えがあるので開いてみたら、お父上の蔵書であることを示す「S.Fujita」のラベルが貼ってあった。これは、もともとお父上が処分された蔵書で、それをひきとった丸善がポモナ大学にバックナンバーとして販売したものだったそうである。あまりの偶然に、地域の新聞が取り上げ写真付きの記事を掲載した。その記事の中で、藤田先生は「父の霊が自分の蔵書に乗り移り、筆者と家族を引き寄せてくれたと思えるできごとであった」と書かれている。この内容は今年の日本農薬学会誌(第43巻1号)、藤田先生の追悼記事で紹介された。4.2Hansch-Fujita法藤田稔夫先生は2017年3月に日本薬学会功労賞を受賞されたが、中川先生執筆の、藤田先生の受賞記事(SARNewsNo.32)に書かれているように、藤田先生はHansch先生とともにHansch-Fujita法を提唱された。この方法は、今ではclassicalQSARとも呼ばれているが、薬物の生理活性の大きさの変化をその物理化学的性質(電子的、立体的、疎水的性質)の変化によって、多重直線的自由エネルギー関係を適用して定量的に解析する手法で、具体的には重回帰分析などの統計的手法を用いて解析式を導く。特に1962年Nature誌[13]、1964年にアメリカ化学会誌(JACS)に発表された2論文[14,15]は数多く引用され、lnstituteofScientificInformation(Philadelphia)によって“CitationClassics”に選ばれている。また、1964年の2論文は、2003年にJACSの125巻を記念してノミネートされた、JACS掲載論文で最も多く引用された論文の39位と44位にランクされている。2012年8月に、次に述べる藤田カンファレンスの主催で、Hansch-Fujita法50周年記念シンポジウムが京都大学で開催された。Hansch先生はその前年にご逝去されたため、シンポジウムへのご参加は叶わなかったが、現在、ポモナ大学でHansch先生の研究を継承されているCynthiaSelassie教授を招待し、講演していただいた。また、同年に元米国アボット社のYvonneConnollyMartin博士が、Hansch-Fujita法50周年を記念してComput.Mol.Sci.誌に「Hansch-Fujita法の誕生、歴史、現在」について記事を書いておられる[16]。1993年、藤田先生がHansch先生を訪問した際に、Hansch先生が空港まで迎えに来られた時の写真を図3に示す。後ろにHansch先生の車が写っているが、ナンバープレートの文字が「QSAR」であることに注目していただきたい。4.3藤田カンファレンス藤田先生の門下生を中心とした勉強会である藤田カンファレンスが近年は年に1回、1泊2日で開催されてきた。2017年9月には藤田先生の薬学会功労賞受賞祝賀会と併せて、第34回藤田カンファレンスが開催予定であったが、開催は叶わなかった。藤田カンファレンスの幹事長、岡島伸之博士から、本セッションでお言葉をいただくはずだったが、岡島博士が所用のため、セッションに出席できなかったので、中川先生が岡島博士の言葉を代読した。以下、岡島博士の言葉をそのまま掲載する。—–「1981年、藤田稔夫先生が京都大学ご在職中に門下生の勉強会として始められたドラッグデザイン研究会開催から早、35年が経過いたしました。第12回[1995年]より「藤田カンファレンス」と名前を改め、その後もバイオサイエンス研究に携わる研究者の勉強と情報交換の場として輪を広げて参りました。」これは、2017年9月開催予定だった第34回藤田カンファレンスご案内状の冒頭文でしたが、これは開催されることはありませんでした。2016年の第33回が、藤田先生がご出席いただく最後のカンファレンスになりました。図3.Hansch先生と藤田先生、1993年カリフォルニア州オンタリオ空港にて当初、構造活性相関研究を中心としたドラッグデザインの勉強会でしたが、次第に参加者も卒業生からライフサイエンス研究者一般に広がり、話題も、植物生理学から皮膚の老化のメカニズムや、うまみ受容体の構造変化、動脈硬化の発症メカニズムと際限なく広がりました。藤田先生は、あらゆる領域のトピックにおいても核心を突く質問やコメントをされてきました。何よりも大切なことは、藤田先生がご質問されることによって、同席する多くの参加者が、「ああ、そうだったのか」と、理解が深められることが、しばしばだったことです。藤田先生は、最後の最後まで暖かく、厳しい教育者でした。藤田カンファレンスでの参加者間の交流が、新しい研究や新規事業のトリガーになってきたことは少なくなかったといえます。藤田稔夫先生を中心にした研究の輪、人の輪が、今、終わってしまったことを大変残念に思う一方、先生のご遺志を受けて、この輪を継承していかなければならないと念じております。—–4.4「須窮構効」図4.シンポジウムのバッグに印刷された藤田先生の創作熟語、署名は直筆からコピー(中川先生スライドより)藤田先生は記念講演において、ご自分で考えられた四文字熟語についてもお話される予定であった。その熟語は、シンポジウムのバッグに印刷されている「須窮構効」である(図4)。この文字自体は藤田先生の直筆ではないが、署名は直筆からコピーされている。「須窮構効」について、「須」は「すべからく」で、文化庁が発表した平成22年度国語に関する世論調査によると、最もよく使用されるのは「当然、是非とも」の意味で(41.2%)、次に使用されるのは「すべて、皆」という意味(38.5%)だそうである[17]。「窮」の第一の意味は「行き詰まって身動きが取れない、困る」、第二の意味は「極限まで行き尽くす、突き詰める」である。ここでは、第一の意味も少し含まれるが、いずれも第二の意味を取るのが適切であると思われる。「構効」は言うまでもなく、「構造」と「効果」、すなわち、「構造活性相関」のことである。したがって、「須窮構効」とは、「(是非とも)みんな、(行き詰まり、困ることもあるかもしれないが)構造活性相関を突き詰め、しっかりやりましょう」という意味である。われわれ構造活性相関研究に関わる者は、藤田先生が残されたこの熟語をしっかりと胸に刻み、将来の構造活性相関研究の発展に寄与していかなければならないと思っている。謝辞寺田先生、中川先生より、セッションで使用されたスライドおよび情報をいただき、参考および写真の転載をさせていただきました。また、岡島博士より、藤田カンファレンス幹事長としての追悼文をいただきました。ここに感謝を表します。参考文献[1]寺田弘.国際学術交流と医薬化学部会,MedchemNews,2,6-9(2003).[2]藤田稔夫.Picolinicacid系オーキシン除草剤における構造変換,日本農薬学会誌,42,28-32(2017).[3]Epp,J.B.,Schmitzer,P.R.,Crouse,G.D.Fiftyyearsofherbicideresearch:comparingdiscoveryoftrifluralinandhalauxifen-methyl,Pest.Manag.Sci.,74,9-16(2018).[4]Hannah,J.,Ruyle,W.V.,Jones,H.,Matzuk,A.R.,Kelly,K.W.,Witzel,B.E.,Holtz,W.J.,Houser,R.W.,Shen,T.Y.,Sarett,L.H.Discoveryofdiflunisal,Br.J.clin.Pharmac.,4,7S-13S(1977).[5]Dhagat,U.,Carbone,V.,Chung,R.P.,Matsunaga,T.,Endo,S.,Hara,A.,El-Kabbani,O.,Asalicylicacid-basedanaloguediscoveredfromvirtualscreeningasapotentinhibitorofhuman20-hydroxysteroiddehydrogenase,Med.Chem.,3,546-550(2007).[6]Dhagat,U.,Endo,S.,Sumii,R.,Hara,A.,El-Kabbani,O.Selectivitydeterminantsofinhibitorbindingtohuman20-hydroxysteroiddehydrogenase:crystalstructureoftheenzymeinternarycomplexwithcoenzymeandthepotentinhibitor3,5-dichlorosalicylicacid,J.Med.Chem.,51,4844-4848(2008).[7]Goodford,P.J.Acomputationalprocedurefordeterminingenergeticallyfavorablebindingsitesonbiologicallyimportantmacromolecules,J.Med.Chem.,28,849-857(1985).[8]El-Kabbani,O,Dhagat,U,Hara,A.,Inhibitorsofhuman20α-hydroxysteroiddehydrogenase(AKR1C1),J.SteroidBiochem.Mol.Biol.,125,105-111(2011).[9]http://infochim.u-strasbg.fr/new/FJ2008/pdf/Fujita.pdf,17/12/25閲覧[10]Billas,I.M.L.,Iwema,T.,Garnier,J.-M.,Mitschler,A.,Rochel,N.,Moras,D.Structuraladaptabilityintheligand-bindingpocketoftheecdysonehormonereceptor,Nature,426,91-96(2003).[11]伊藤博紀.オーキシン受容体TIR1とオーキシンシグナル伝達,植物の生長調節,42,37-44(2007).[12]Lucido,M.,Orlando,B.J.,Vecchio,A.J.,Malkowski,M.G.Thecrystalstructureofaspirinacetylatedhumancyclooxygenase-2:insightintotheformationofproductswithreversedstereochemistry,Biochemistry,55,1226-1238(2016).[13]Hansch,C.,Maloney,P.P.,Fujita,T.,Muir,R.M.CorrelationofbiologicalactivityofphenoxyaceticacidswithHammettsubstituentconstantsandpartitioncoefficients,Nature,194,178-180(1962).[14]Hansch,C.,Fujita,T.Analysis.Amethodforthecorrelationofbiologicalactivityandchemicalstructure,J.Am.Chem.Soc.,86,1616-1626(1964).[15]Fujita,T.,Iwasa,J.,Hansch,C.,Anewsubstituentconstant,,derivedfrompartitioncoefficients,J.Am.Chem.Soc.,86,5175-5180(1964).[16]Marin,Y.C.Hanschanalysis50yearson,Comput.Mol.Sci.,2,435-442(2012).[17]http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/pdf/h22_chosa_kekka.pdf,17/12/25閲覧/////CuttingEdge/////ある企業研究者の米国研究サバイバル記Bristol-MyersSquibbCompany(USA):Pharmacology&IHC:IHCLead大保三穂1.はじめに筆者は現在オンコロジー領域にて、組織病理学並びに免疫組織化学を専門にする者である。米国サンフランシスコ・ベイエリアに移り住んで15年になる。元々はカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のポスドクとして渡米した。UCSF日本人会ネットワークを通して、近年、味の素㈱よりUCSFに留学されていた高橋一敏博士とのご縁ができた。さらにそのご縁から日本薬学会の構造活性相関部会の部会誌であるSARNews編集委員の田上宇乃博士ならびに編集長の飯島洋日本大学薬学部教授から直々の原稿依頼を頂戴した。生物学系の筆者が構造活性のフィールドの歴史ある貴誌に寄稿させていただくなど面映い限りであるが、飯島先生からは、この分野の開拓者でいらっしゃる故藤田稔夫先生の進取の気性をもう一度思い出すためにも、従来のテーマとは毛色が変わってはいるが、筆者の「アメリカ生活サバイバル記」のようなものを寄稿してもらえないかとご依頼いただいた。学術的な内容に関わりなく、若い世代に元気をあたえるようなつもりで、と励ましのお言葉を頂いた事もあり、僭越ながらお引き受けすることにした次第である。やや冗長ではあるが、軽い読み物として一読いただければ幸いである。2.ポスドク時代筆者は2003年3月に神戸大学より理学博士号を授与され、2003年8月よりUCSFにてポスドクとして研究を始めた。振り返ってみるとポスドク生活に挑む心構えには甘いものがあり、大学院生の延長のように「何かを学んでこよう」という意気込みが先に立った。その意気込みが間違っているとは言わないが、後に気付いたのは、ポスドク先が求めているのは、ポスドクを成長させることではなく、ポスドクがその研究室(あるいは教授)のテーマに対して貢献することだった。にもかかわらず、与えられた最初のプロジェクトはノックアウトマウス作成が遅れているという理由で始められず、次に与えられたプロジェクトは、最新鋭の機器を使わなければできないものの、その機器は先輩格のポスドクに常に占められていて使えない(そこを押しのけてまで使おうとする厚かましさはまだなかった)。それを教授に訴えて、そしてまた次のプロジェクトを与えられるのを待つという受け身の日々を過ごしてしまった。そのうち、いつも親切にしてくれていた台湾人の先輩ポスドクが、そんな筆者の姿を見かねて「このままじゃよくないよ、なんとか自分でプロジェクトをひねり出して、教授にやらせてください、というふうにアピールしなさい。」とアドバイスをしてくれた。その時点でポスドク生活すでに6か月が過ぎていたために、さすがに自分でも焦燥感があった。そこでここが正念場かと思い、いまだかつてないほど必死になって、とあるプロジェクトのプロポーザルを書き上げた。所属していた研究室は中枢神経系の研究室で、アルコール中毒、ドラッグ中毒が主なテーマであった。私が提案したのは、アルコール摂取がとあるシグナル回路を介してニコチン摂取をも刺激するか、というものであった。恐る恐る教授のところに持っていくと、そのプロポーザルに大喜びし「これは私がずっと知りたいと思っていたことだ。誰かがやらないかな?と思っていたことなので、提案してもらってうれしい。是非とも始めてくれ。」と言ってもらえた。そのように始まったプロジェクトは、幸い始めから面白いデータを取ることができた。この仕事を始めるまで冷淡だった教授は(それはもちろん出来の悪いポスドクであった筆者に原因があるのだが)、次々出る結果に大喜びして「この経路が解明できたら、自分の名前が新聞に載る日も近い」と言ったほどだった。その成果は内輪ではあるものの、学会で発表することもができた。が、数か月経ったころにこの実験の再現性がとれなくなる現象が起きた。当時の筆者の悪い癖だったが、実験に失敗すると、立ち止まってどこが悪かったのかじっくり考えることなく、ただただ数をこなしてやり直せばいいだろう、との考えでとにかく何度も実験をやり直した(つまり何十匹ものネズミを犠牲にした)。にもかかわらず期待したデータがとれなくなった。本来のポスドク契約期間は3年ということだったが、このころ(2005年)から当時シュワルツネッガー知事率いるカリフォルニア州の台所事情が厳しくなり、所属ラボの州からの予算が削られることとなった。筆者のポスドクとしての給与が州の予算から出ていたせいで、そのあおりをまともにうけ、3年満たずに2年8か月の時点でラボを出ていくように言われた。3.最初のインダストリー本来はアメリカでポスドクを2-3年やって箔をつけて日本へ帰ろうという安直な考えで来たものの、上記ポスドク時代には目立った成果はあげられず、論文も共著者として一本出せたのみだった。これではさすがに「箔がついた」とは言えないと自覚していたため、もう少しアメリカで何かの結果を出したいと、次のキャリアを考えた。別のラボで2回目のポスドクに応募することも考えたが、どうせなら日本ではあまり経験できないことをしようと、企業への道を考えた。アメリカではPh.D.取得者にとって、企業でポストを見つけることはアカデミアにポストを見つけること以上に魅力的なことであるし、日本の事情とは異なり、企業においてもPh.D.こそが求められるという風潮もあるため、需要と供給が(景気に左右されるものの)一致している。とは言え、企業は即戦力を求めるため、企業での研究スタイルを知らない「アカデミア上がり」を嫌う風潮もある。そのため、企業経験のないポスドク上りが企業での職を得るのは難しく、しかし職につけないとそもそも企業での経験が得られない、という「卵が先か鶏が先か」という問題が生じる。アカデミアから企業への第一歩こそが最大の難関といえる。そのことはすでに分かっていたので、地道に求人ウェブサイトを通して職を探し応募するのと並行して、なるべく外のネットワーキング(情報交換)の会に出席し、現在職探し中であることをことあるごとに色々な人に伝えるようにもした。実際にアメリカではネットワーキングこそが正しい職探しの方法である。幸運なことに、とある大学発ベンチャー企業が人を探しており、向こうの求める条件と私の持っているものが一致したため、そこで働けることとなった。スタートアップ企業で文字通りゼロからの出発。サイエンティストとして雇われたので当然研究を進めなければいけないものの、社員は筆者一人で(そのほかに最高経営責任者:CEOと最高財務責任者:CFOのみ)、まずは研究室で使う器具を購入することから、その前に業者と連絡をとってアカウントをつくることなど、雑用からなにから一人でやらなければいけなかったが、それはそれで新鮮で楽しかった。不足といえば給料がポスドク時代より下がったこと、また、福利厚生がなかったことである。通常ならば給料も福利厚生も強気で交渉すべきであるが、いかんせん日本人根性が出てそのような交渉はしないままに、足元を見られたままの就労条件となったが、これも一つの学習であった。4.ヘッドハンティングされたものの上記の会社で1年ほど経ったころ、別のスタートアップ企業から「あなたの持っている技術が欲しいので、当社に来ないか?」と誘いをうけた。これは、友人の一人がそのスタートアップ企業のDirectorと知り合いであり、そのDirectorから求人条件を知らされ、適切な人がいないかと問い合わせがあったために筆者を推薦してくれた模様である。そこで実際にCEOや他のスタッフと面接をし、やっていることが面白そうだったのと、就労条件が現勤務先より断然よかったために、転職することを決めた。せっかくチャンスをくれた会社を1年で去るなんて…と日本でなら言われそうであるが、アメリカではそもそも終身雇用制もなければ退職金という概念もないので、常に次なるチャンスを求めて渡り歩くことがキャリアアップの条件となる。退職金がないなら自分で退職後の生活の準備をしなければいけないが、そのためには貯金する必要がある(貯金ではなく、投資に回す人のほうがはるかに多いが)。貯金・投資するためには余分のお金が必要である。余分のお金を得るには、サラリーが上がる必要がある。同じ会社にいても、年々わずかにしかサラリーはあがらない。唯一サラリーを飛躍的に上げる方法は転職である…ということで転職が盛んなのがアメリカのやり方である。さて、この会社もまたゼロからのスタートであり、またもや研究室を整えて実験ができるようにするところから始めた。以前の会社と違うのは、筆者以外にも数人研究室で働く社員がいたことで、複数の社員で協力して1日も早く実験にとりかかれるようにした。この会社のCEOは過去に傾いた会社を立て直したり売却したり、と相当な成功歴を持っていて、彼が提案するサイエンスは非常に興味深く、会社が成功するシナリオについて時間を決めて描いているところも、いかにも「わかっている」人らしく非常に刺激的だった。資金源は超大手の投資会社であり、この投資会社が成功請負人としてこのCEOに事業をやらせたというのが本当のところである。つまり、それまでアカデミアにいた筆者は、ベンチャー企業やスタートアップ企業というのは、アカデミアでシーズがあるのに製品化するノウハウがないために、スピンオフして学術ではなく産業の側面に重きをおいて会社を興すものだというイメージがあった。しかし、この会社で学んだのは、投資会社は常に十分な資金をもっており、その資金をさらに増やすために成功しそうな対象(メディカルであれテクノロジーであれ)を常に探しており、彼らの眼鏡にかなうシーズがあれば起業化をもちかける、という戦略をとっているということであった。投資会社といえば、単純にFacebookやYouTubeのようなパソコン一つから始められる事業に投資するのが主かと思っていた。事実、パソコン一つ(とは限らないが)で始まったFacebookは今や大成功を収めている。投資額を少なく、回収額を大きく、というのが単純な投資の方程式であると思うが、バイオテクノロジー・医薬品に関しては、初期投資額が大きくまたアウトプットに時間がかかる(数年から十数年単位)ため、投資対象としては最適ではないと思っていた。しかしこの投資会社は、そのための目利きとして医師やバイオロジー系の博士号を持った人たちを擁しており、このような人たちは常にあらゆる学会に参加してシーズになりうるものを探している。筆者がいた会社のシーズもそのようにしてとある国のアカデミアから出たものであった。このシーズをターゲットに実務が始まり、当然のようにトライ&エラーを重ねながらの研究が進んだ。しかし数か月に1回の割合で投資会社に進捗を報告する会議があり、会議の直前になるとCEOやDirector達は非常にナーバスになったものである。それは結果的には我々サイエンティストにふりかかり、「良い」結果を出すことが求められた。当然のように科学実験は仮説どおりにいくことは少ない。しかし仮説どおりにいかないと、描いたシナリオ・描いたスケジュール通りに物事は進まない。投資会社はだらだらと待ってくれるわけではないので、限られた時間内で科学的データをだすプレッシャーは相当なものがあった。最初は6人で始まった会社だが、1年経ち、2年経ちするうちに人も増え、20人ほどが働くようになっていった。つまりそれだけ研究が進んでいる証拠だが、同時に研究の段階が上がるにつれてより複雑なものになっていくため、それだけ人数が必要になっていったわけである。人数が多くなればなるほど政治も始まる。そのうえで先述の投資会社からCEOへ、CEOから研究部門のDirectorへ、Directorから我々サイエンティストへのプレッシャーが相当きつくなり、会社の雰囲気がぎすぎすしたものになってきた。筆者の担当する実験分野ももちろんプレッシャーをかけられ、サイエンスに忠実であることと投資家に喜んでもらうことの狭間で、自分がやっていることに疑問を感じ始めたのもこの頃である。社内の人間関係が悪くなっていき、筆者自身仕事量と人間関係とプレッシャーで健康を害し始めた。かなりの期間事態が好転する事を願って我慢したが、最終的には入社から2年半ほどの時点で退職することを決めた。会社側は筆者の退職願に多少驚いたようではあるが、転職が日常茶飯事のアメリカの事、退職届はスムーズに受け取られ退職手続きが取られた。5.模索時代退職はしたものの、これからどうするか?である。退職を決める前から、少し実験から離れて、今までの経歴を生かしながら違う事をしようと漠然と考えていた。転職の盛んな米国では常に履歴書を更新、つまり履歴書に何か新しい価値を付け加える事が重要であるので、いわゆる生涯学習といった概念が浸透している。仮に大きな会社で安定した地位にあっても、常に学び続け新しい事に挑戦する姿勢をわかりやすく表す必要がある。日本で以前、資格マニアという言葉が流行ったように思うが、こちらでも「資格」とは多少異なるものの、職種に関連した実務的なクラスや、経営管理の技能を上げるためのクラス等があまたある(もちろん費用は安くはない)。筆者がスタートアップ企業にいたことで学んだのは、DrugDevelopment(創薬)のイロハを良く理解しなければ良いDrugDevelopmentはできないということである。以前は自分の仕事は前(非)臨床の基礎サイエンスに集中する事だと信じていたが、新薬を成功させるためには、十数年にわたる開発の各段階を良く理解する必要があるということがわかった。そこで、DrugDevelopmentの中でも臨床試験デザインと薬事を学ぶため、カリフォルニア大学サンタクルズ校(UCSC)のextensionstudy(社会人講座)を受講し始め、結果的に2年間かけて両講座の修了証明を取得した。大学院まで日本で過ごした筆者にとって、アメリカでクラスを受講するというのはこの経験が初めてであった。渡米して何年か経つので英語には不自由しないものの、英語でクラスを受講して、複雑な新薬開発の仕組みを理解し、最後には筆記試験ならびにプレゼンテーションがあるというのには非常に苦労した。日本の大学や大学院時代は、優、良、可、不可のうち良がとれたら問題ない、と思っていたが、この国では「落とさなければいい」という概念は全くなく、日本で言う優に相当する成績をとってこそ受講の意味がある、ということだった(事実、各コース12単位の平均成績は優でなければ修了証明はもらえない)。そのように私には初めての大変な経験であったので、仕事をしないでこのクラスに集中するのは良い判断だと思っていた。が、皮肉な事に、嫌気がさして辞めた会社から「あなたの技術が必要なので、パートタイム勤務でいいから戻ってほしい」という依頼があった。健康を害する程の思いをして辞めたところなので、戻る事等有り得ないと思ったが、同時に自分の技術が求められているという事が自尊心をくすぐった。もちろん収入にもなる。ということで、結局退職してから2週間後には同じ職場にパートタイム勤務で戻ってしまった。但し、政治に巻き込まれないよう色々な条件をつけた。さらには同時期に、友人、知人経由で別の二つの会社からもパートタイム勤務をしてほしいとの依頼があり、いずれもバイオ・製薬分野ではあったものの、全てが異なる職種であったため好奇心が勝ってしまい、結局三つのパートタイムと上記の講座をかけもちすることになった。振り返ればこの時期はとにかく模索をしていた時期で、日本風に言うと、いい歳して何を色々迷いながら手を出しているのか…とも言えるが、この時期に経験した事、学んだ事、出会った人達は結局後々の糧になった。そうこうしているうちに、退職の後戻った会社のほうはとある大手製薬会社に買収される事が決まり、結果的にはこの会社のスタートから関わって、スタートアップ企業としての成功の一形態を経験したことになる。成功とは言え、末端のサイエンティストに過ぎなかった筆者が持っていたストックオプションは微々たるものであり、しばしば成功物語として聞くような「ストックオプションで大儲け、若くして悠々自適の引退生活」とはならなかったが。6.リハビリテーション時代この買収に伴って、筆者もパートタイム勤務状態のまま買収先に移った。しかしそろそろこのような生活にも見切りを付けて地に足がついた生活に戻ろうと考えていたところ、以前に同僚だった人から「あなたの技術が欲しい、薬事のほうで仕事を探したいのなら、うちの会社にきて、ベンチで実験しながら社内で移れるように協力してあげる」と誘いを受けた。今度は300人規模の中堅の会社であり、そこに転職してベンチサイエンスに戻ることとなった。転職先は、筋が通っていながら穏やかな性格の大ボスのもと、皆が和やかに働いている環境であった。ちなみに、これは2011年のことであったが、ここへの転職1日目の夜(米国時間)に東日本大震災が起こり、転職2日目の朝には、まだろくに自己紹介もしていないにも関わらず、筆者が日本人だと知った社内の人が次々に私の机までお見舞いを言いに来てくれた。有り難い思い出である。そんな穏やかな雰囲気の中での研究生活は非常に楽しかった。以前はサイエンスが嫌になって辞めたような気がしていたが、結局環境が嫌になって辞めたのだという事に気付いた。以前の会社のCEOの口癖は“Scaredsoldiersarethebestsoldiers”というなかなか過激な物だった。つまり死の恐怖にさらされる前線にいる兵士は、死にものぐるいで戦闘する、という意味であるが、彼はサイエンティストもプレッシャーをかけて恐怖と隣り合わせにすると必死で結果を出すものだと信じていたようである。一方、新しい職場の大ボスの口癖は”Happypeopleareproductivepeople”(人は幸せだと効率よく働く)というものであった。働き方は人それぞれであるが、筆者には転職先のやり方のほうが合っていた。この大ボスの元で、再びサイエンスが楽しいと思えるようになった。今から思えばこの時期が筆者の「リハビリテーション」時代と言えよう。更にここに転職して約1年後に、この会社が約20年かけて開発して来たとある治療薬がFDA(米国食品医薬局)の承認を受けて上市した。ワシントンDCでのFDAでの最終公聴会の様子はネットで中継され、我々はカリフォルニアからその様子を見守った。我々の新薬が承認された瞬間には、部屋にシャンパンが運び込まれその場で乾杯。その夜のうちに社内のいたるところが風船で飾り付けられ、次の日にはワシントンDCから帰って来た幹部を迎えて会社をあげてのお祝いをした。転職して間もなくこのようなことに立ち会えたのはまさに幸運としか言いようがない。その後も忙しくも穏やかな日々は続き、社内で薬事部門に移るという話を自分自身も忘れかける程研究を楽しんでいた。ところが、先の新薬承認からほぼ1年後に、この薬による重篤な副作用が次々と報告され、FDAからはこの製品を市場から取り下げるよう勧告があった。試験対象を詳細な条件で選抜して行う臨床試験とは異なり、上市後には適用対象が非常に幅広くなるため、予想外の副作用が出る事も不思議ではない。そのためこの製品を一旦市場から取り下げ、副作用の原因を探る研究が始められたが、スポンサーの意向もありこの研究にかける時間は限られたものだった。結果的には時間内に原因が解明できなかったため、会社としてはこの製品を完全に市場から撤退させることにし、このことによるダメージで社の存続が不可能となった。よって、製品が市場から撤退されて1か月もしないうちに従業員300人ほぼ全員のレイオフ(会社都合による解雇)が発表された。7.再び転職活動米国では、自ら選んでの転職と同じくらいにレイオフというものは一般的な事である。そのため誰も大きく動揺する事もなかったが、筆者としてはせっかく良い環境に慣れて来た頃に、また転職活動をしなければいけないのは気が重かった。しかし以前に転職活動をしていたときと同様に、求職サイトに登録するだけでなく、友人知人に仕事を探している事を告げて何かツテがあれば教えてくれるように頼んだ。求職サイト経由ではいくつかの会社と電話面接をしてもらったが、今ひとつ魅力を感じず面接の次の段階へ進む事もなかった。結局、上司が紹介してくれた大手製薬会社の研究職と、リクルーターから紹介された別の大手製薬会社の薬事部門の職にしぼって転職活動を進めた。研究職のほうの大手製薬会社とは、電話面接のあとに現地に赴き、人事部ではなく実際の上司・同僚となる人達からなる「採用委員会」のようなもののメンバーの1人1人との面接、社内全体を対象にしたプレゼンテーションを1日がかりで行った。同時に、別の会社の薬事部門の職のほうは複数回にわたる電話面接が進んでいた。結果的には現地面接後3週間程で、研究職のほうから採用の知らせをもらうことができた。しかしながら、もう一つの薬事の職も面接が進んでおり、向こうが欲しい人材の条件からして高い確率で採用されるという感触があった。ここで最初の研究職をとらずに薬事に行けば今までとは全く違うキャリアパスが開ける。一方で研究職のほうを取れば、今までの経験を十分に生かして即戦力として貢献できる。当然、最初に採用通知をくれたところにはすぐに返事をしなければ、採用通知を取り消されてしまう(それでも1週間は返事を待ってくれた)。迷いに迷ったところで、結局研究職のほうを選択した。というのもこの職場は、レイオフされた会社での上司の知り合いが勤めていた関係から紹介されたところであり、その知り合いによるとチームの雰囲気は良く、そのチームをまとめるボスも人格者であるとのことだった。繰り返しになるが、筆者自身が気持ちよく働くには、サイエンスのレベルもさることながら環境が非常に大事だという事を身に沁みてわかっていたので、環境が良いと保証してくれたほうの職に決めた。薬事のほうの職はプロセスの途中だったが理由を話して丁寧にお断りをした(こういうことは向こうも慣れているので、正直に真摯に理由を話せば全く問題にならない)。こうして筆者は前の会社のレイオフから2か月で転職先が決まり、採用を受諾した3週間後に勤務開始との通知を受けた。この会社は全世界で従業員総数が25,000人程いる大手企業である(それでもこの人数ではメガファーマ、という定義には入らない)。今まで勤務した中で最大だったのはせいぜい従業員数9,000人であったため、勝手の違う事が沢山あった。正式に社員契約を結ぶ前のその3週間の間にしなければいけなかった種々のことも、大企業ならではの社内規定の遵守のためで驚く事ばかりだった。学位証明を日本の大学に正式に問い合わせる事くらいならまだしも、犯罪歴の照会、違法薬物の摂取の有無の検査など、渡米して10年以上経ちながら初めてのことばかりであった(ちなみに薬物検査は専門の施設に行って、非常に厳しい監視体制のもと行われた。当然筆者自身はシロ以外の何者でもないが、根拠もなくクロだったらどうしようと不安に襲われる雰囲気であった)。8.ようやく安定?そうは問屋がおろさないコーポレートアメリカ種々の審査・検査を終え、無事入社の日を迎えた。入社初日と言えども当然オリエンテーションや研修等はない。建物に出入りするセキュリティバッジとメールアドレスを与えられ、あとは自分でなんとか切り開きなさい、という雰囲気である。それに関してはアメリカ生活の中で慣れていたつもりだが、あまりにも会社の規模が大きすぎて、事務的にも実際の業務の上でも関わらなければいけない部署が多すぎて、何をどうしたら良いのかわからない状態であった。また、自分が直接レポートする上司(ひいては筆者の入った部署を統轄する大ボスになる)とすぐに面談して、簡単な組織の説明とプロジェクトの説明を受けたものの、とあるプロジェクトに関しては数週間以内に早速データを出してほしいともいわれ、これが成功している会社のスピードか、と身が引き締まる思いがした。サンフランシスコ・ベイエリアではスタートアップ企業が多くあり、その競争の激しさから、仕事の質もさることながらスピードを重要視するきらいがある。筆者自身もスタートアップを経験しているのでそれは良く理解していたが、全世界で売り上げトップ10に入る会社もやはりこのスピードなのかと概念を新たにした。さらに、この会社・部署でも筆者の技術を買って雇ってくれたわけだが、他の部署の人も次々筆者のところを訪れ「うちのプロジェクトもやってくれるんだよね?頼むよ!」などと言われ、当初聞いていた話と違うのではないかと戸惑いつつ、責任の大きさに押しつぶされる思いであった。故に、せっかく大手に転職できて喜ぶべきであるにもかかわらず、入社後1か月くらいは非常に憂鬱であった。後に他の部署からのリクエストに関しては、上司が「とんでもない!あなたは私たちのプロジェクトをやるために雇ったのだから、他の部署には貸し出しません!」と宣言してくれて事無きを得た。最初に感じた憂鬱は、日が経ち環境に慣れるにつれ薄まって行った。最初に要求されたデータも無事に出す事が出来、その他のプロジェクトにも次々に貢献できたので、上司からも同僚からも信用を得る事ができた。どんなにハードルの高い採用プロセスを経て採用されたとしても、勤務開始後に結果を出さなければ意味がない。年度末に「成績表」が出されるが、結果が出せなければ悪い成績がつけられ、それによってボーナスの金額も決まる(もちろん出ない事もある)。故によく、”proveyourself”という言葉が使われる。自ら自分の価値を証明しろ、とでも解釈できるであろうか。アメリカは実力主義だと良く言われるが、それでも口ばかりで渡り歩く人、政治力を使ってのし上がる人も沢山いる。ただサイエンティストとしてはデータをだしてなんぼ、の世界である。筆者自身は政治に関わるよりデータで物申したいタイプなので、実際にprovemyselfできて安堵した。しかし安堵感は続かない。毎日毎週毎月、延々と新しいプロジェクトに挑まなければならない。当然、全プロジェクトが全てスムーズに進むとは限らない。そのような中で2013年入社以来、現在2018年にいたるまでひたすら全力疾走して来たという感覚である。土日出勤、平日の残業も当然である(しかしアメリカではこれは個人裁量で自己責任であるため、ブラック企業云々という議論にはならない)。肉体的にも精神的にも相当きつい時期もあったが、その間一度として人間関係や政治に苦しみ翻弄される事はなかった。悩みの種は全てサイエンスに基づくものであった。これはサイエンティストとしては最高の幸運ではなかろうかと思う。先ほどから筆者は、アメリカでは転職はキャリアアップの為に必要であると繰り返しているものの、この会社、とくに所属部署の上司と彼女が率いるこのチームで非常に幸せに時間が過ぎていったため、できることならこの会社でこのままあと20年程働けないだろうか、と夢想するようになっていた。会社自体の景気は非常に良いし、規模が規模だけに、以前の会社のように会社が丸ごと潰れるという事も考えにくい。ところが、である。この原稿の依頼をうけた2017年秋頃には予想していなかったが、2018年があけてから「組織の再構築」が発表された。多少のレイオフもあった。しかしやはりここはアメリカ、残念ながらこういうこともあろうかと受け止める人が殆どであった(そう受け止めざるを得ない)。筆者も組織替えの影響を受けたが、驚いている暇はない。通知を受けて次の瞬間には新しい組織での役割に頭を切り替えなければいけないのである。9.米国でのキャリア構築とこれからアメリカに安定はない。常に人もモノも動き、変化し続けている。筆者自身は自ら選んだ変化、不可抗力の変化にもまれながらやはり変わり続けていると思う。筆者の根幹になっている技術そのものに変化はないが、その中でも常に革新を求められている(毎年のように上司から新しいテクノロジーを産み出せ、と宿題が出る)。そして責任が大きくなるにつれ、ラボで過ごす時間が減っていき(個人的には残念なことである)マネジメントの仕事が多くなってきている。責任が大きくなる事は成功の証の一つだろう。が、このようにアメリカでのキャリアなどと格好の良いことを言いながらも、実際に筆者がやってきたことは、泥臭くサイエンスに基づいたデータを出し、信頼できる人間関係を作ろうと努力して来た事である。今の筆者があるのは、そのような人間関係と、スタートアップから大企業まで色々な規模の会社の色々な側面を見る機会に恵まれてきたことにある。もともとは日本への帰国を前提に渡米したものの、あっという間に15年経ってしまった。現時点ではこれからもこの国に住むつもりでいる。この国で、あるいはサイエンスという分野で、自分の居場所を模索しながら、また、明日は何が起こるかわからない、という恐怖と背中合わせになりながら、やはり毎日全力疾走しているのが筆者のアメリカ的サバイバル術である。10.おわりに曲がりなりにも米国で生き延びてきた筆者に、キャリア構築・働く事そのものに関して日本とアメリカのどちらがいいか?と尋ねる人も少なくない。が、筆者にはどちらにも良い側面も悪い側面もある、としか答えられない。しかし、一つ、日本にはなくてアメリカにあるものを挙げるとしたら、「人生はいつからでもやり直しがきく」という概念である。失敗したらそこから学んでやり直せばいい。その概念のおかげで、筆者も誰に遠慮することもなく米国でここまでやってこられたと、いうことを強調したい。謝辞筆者の専門である免疫組織化学・病理組織学は、昔からある技術ながらアメリカではエキスパートがあまりいない。そのおかげで、アメリカで稀有な存在として職を得るチャンスに恵まれてきたわけである。この技術を勧めてくださった神戸大学バイオシグナル総合研究センター分子薬理分野の齋藤尚亮教授、この技術を叩き込んでくださった札幌医科大学解剖学第二講座の藤宮峯子教授、そして研究者への道筋をつけてくださった故小野功貴教授(神戸大学理学部生物学科)に心より感謝の意を表したい。拙文は、米国での友人でありキャリア構築のロールモデルでもある清水晴美博士(Genentech)にご推敲いただき、日本の方々にわかりやすく米国の事情を伝えることができるようご助言いただいた。心より御礼申し上げたい。/////CuttingEdge/////構造活性相関の自動探索~自動設計と自動合成が融合するロボット創薬の幕開け~産業技術総合研究所生命工学領域石原司1.はじめに日本の将来人口推計をご存知であろうか。我が国の少子高齢化は今後急速に進み、2035年の労働人口(本稿では15~59才とする)は、2015年の約八割になると推計されている[1]。『効率化』の語は叫ばれて久しくなるが、抜本的な構造改革すら要する危急な課題と言える。翻って技術革新に眼を転ずれば、機械学習やロボット技術の進化は目覚しい。様々な産業で膨大な情報が集積され、そのビッグデータに基づく機械学習は、早晩、人智を凌駕するとの論説も聞かれる。産業用ロボットは365日24時間不休で稼動し、定型工程に対し人的対応を凌駕する生産力を実現する。機械的に獲得し蓄積される知は、属人化による散逸が無く拡大再生産が進む。未来絵図で描かれたような世界が、今まさに現実化しつつあると言えよう。かような技術革新は、産業界のみならず、人口減少が進む我が国の社会基盤維持に対する福音としても期待されている。では、進歩の目覚しい機械学習とロボット技術を融合し、創薬化学に適用すると如何なる世界が拓かれるであろうか。それが、医薬品創出に資する支援技術として筆者らが開発を進めている、構造活性相関(SAR)を自動で探求する『医薬候補化合物自動探索装置』である。本装置は、どのような化合物をどう作るか自動で考え自動で合成する、言わば、ロボット創薬の世界を具現化する。本稿では、2017年3月の第137回日本薬学会[2]、及び、2017年10月の情報計算化学生物学会招待講演[3]における筆者の発表を中心に、医薬候補化合物自動探索装置を紹介する。2.SAR探索:創薬化学的視点と計算化学的視点創薬研究におけるSAR探索の多くは、創薬化学者による人的対応に委ねられてきた。初めに本章にて、従来方法を代表事例をもって振り返る。図1左は、文献[4]に報告された独Bayer社による血液凝固活性化第十因子(FXa)阻害剤Rivaroxabanの創製過程を図示したものである。縦軸は酵素阻害活性pIC50を、横軸は探索段階を示した。各点は化合物を表し、丸形状の点は次なる段階へと進んだ化合物、三角形状の点は当該段階にて探索が終了した化合物を意味する。図1:FXa阻害剤研究におけるSAR探索の事例Bayerの研究陣は、HighThroughputScreening(HTS)にて獲得したヒット化合物(探索段階=0、赤丸)に、同じHTSで獲得した別のヒット化合物の部分構造である5-chloro-2-thienyl基を導入することで、200倍以上の酵素阻害活性の向上を達成した(探索段階=1、黄丸)。続いて4-(1-thiomorpholinyl)phenyl基の変換により更に約100倍の酵素阻害活性の向上を果たし、Rivaroxabanの創製に至った(探索段階=2、緑丸)。第二段階では4-(1-thiomorpholinyl)phenyl基の構造変換(12化合物、緑)にて、第三段階では5-chloro-2-thienyl基の構造変換(12化合物、青)にてSARを探索している。図1右は、筆者が創薬化学者として参画した、我が国のアステラス製薬における、同じくFXa阻害剤Darexabanに至る創製過程[5]を図示したものである。本研究でも、Bayer社での事例と同様に、HTSヒット化合物(探索段階=0、赤)に予てからの研究にて獲得していた1,4-diazepan構造を導入して酵素阻害活性を約40倍向上せしめ(探索段階=1、黄)、続く、中央環の構造変換(探索段階=2、緑、11化合物)、そして、4-methoxyphenyl基の構造変換(探索段階=3、青、8化合物)にてDarexabanの獲得に至っている。これらの事例から注目すべき点を二つ挙げたい。第一に、SARの探索は、構造の一部のみを異とする化合物群の合成とそのアッセイの反復により実行される。第二に、新規化合物の設計には、HTSあるいは過去の研究にて獲得したSAR情報が活用される。構造の一部のみを異とする化合物群は、計算化学分野で近年注目されたMatchedMolecularPair(MMP)/MatchedMolecularSeries(MMS)に他ならない(図2)。筆者は、MMP/MMSに基づく解析を、創薬化学者の視点を踏まえた創薬情報の活用手法と考え、実践に活用してきた。MMP/MMSを基盤にしたSAR情報の解析は、インハウスデータベースに蓄積した薬物動態や毒性に関する評価結果からの知識発掘と共有を実現するシステム[6]、あるいは、創薬化学分野の論文を集積したデータベースChEMBL[7]からの活性向上をもたらす部分構造の発掘と新規化合物設計(SAR転送)に応用されたように[8]、SARデータベースのデータマイニングに基づく医薬候補化合物設計(以下、本稿ではKnowledge-basedDrugDesignと称す)の礎となる。図2:MMP/MMSの例(出典:文献[8])さて、計算化学におけるSAR解析の代表と言えば、定量的構造活性相関(QSAR)解析であることは疑いの余地が無い。1962年に報告されたHansch-藤田法[9]に端を発するQSAR解析は、リガンドの疎水性や電子的あるいは立体的因子等を説明変数とし、活性や物性等の化合物特性を目的変数とする統計解析により、化合物構造と特性との関連性を紐解く。Ligand-basedDrugDesign(LBDD)の基幹の一つとして、最初の報告から半世紀以上を経た今なお医薬候補化合物の設計に広く活用されている。また、LBDDと双璧をなす化合物設計方法として、標的生体分子の立体構造に基づくStructure-basedDrugDesign(SBDD)が挙げられる。SBDDは標的分子―リガンド複合体の立体構造が得られている場合に絶大なる威力を発揮し、現代創薬において不可欠となっている。LBDD/SBDDはいずれも計算機的方法に基づくため、その自動化は容易である。3.医薬候補化合物自動探索装置の概要本章では、自動探索装置の概要と目標像を紹介する。自動探索装置は、自動設計装置と自動合成装置から構成され(図3)、365日24時間稼動して自律的にSARを探索することを目標とする。つまり、実世界における設計と合成の反復による化合物の深化を自動化する意図にある。自動設計装置は、医薬候補化合物の設計に必要な三つの機能:①SARの解析・活性予測、②新規化合物の構造発生、③構造発生した化合物の合成経路解析、を実行する。特に構造発生は、別途に人力で定義したルールに基づくルールベースでなく、MMP/MMSに基づく創薬化学論文群からのルール発掘と、パターン認識に加えてネットワーク解析等の広義の機械学習を軸として、自動設計装置自らが大量の情報からルールを学習する枠組みとしている。一連のプログラムはワークフロー型ソフトに実装され、実測アッセイ結果の入力と起動操作のみで連続実行される。自動合成装置は④多検体合成に対応するフローリアクターを基幹とし、精製装置や濃縮装置等の周辺装置群と連携して自動設計された類縁化合物一群を合成する。ただし、⑤最近の創薬研究における多彩なアッセイ系に対応すべく、アッセイはスクリーニング科学者の手技にて実施する。実測したアッセイ結果は自動探索装置に再帰され、次なる設計―合成―アッセイのサイクルへと進み、医薬候補化合物としての自律的深化を促す。装置の稼動は、HTSやFragmentScreeningにより獲得される少なくとも一つの化合物を起点とする。新規に公開された特許出願に収載された化合物やVirtualScreening(VS)のヒット化合物を起点として稼動することもできる。図3:医薬候補化合物自動探索装置の概念図4.自動設計装置4.1.SARの解析・活性予測自動探索装置が実行するSAR解析は、解析対象化合物群より発生させた構造記述子あるいは構造フィンガープリントを説明変数とする機械学習によるモデル構築を基軸とする。構築したモデルは、後述する方法にて発生させる新規化合物の特性予測に用いられる。さて、機械学習をSAR探索に適用する際には、克服すべき課題が複数ある。原因の多くは創薬化学に特有のデータ構造にあると筆者は考えている。その一つを挙げよう。QSARの根幹となる統計モデルを新規検体の予測に適用する際は、解析したデータ空間を対象とした内挿とすることが本来の姿である。しかしながら、新規医薬候補化合物の創製研究におけるSAR探索では、過去に探索した空間とは異なる、つまり外挿領域を対象とする場合が少なくない。そこで自動探索装置は、外挿領域の予測に対する強化、即ち、汎化力を重視する方法を三つ実装している。第一は集団学習である。集団学習では、敢えてデータに揺らぎを与えた学習器を多数構築し、その平均化により汎化力の向上を図る。学習の第一段階とし、多種の構造記述子を発生させてRandomForestにてモデル構築し、各モデルが算出するOut-of-bagErrorを指標として汎化力の高い説明変数を選択する。第二段階では、選択した説明変数を用いてDeepLearningやGradientBoosting等を学習器とする集団学習を実施し、同様にOut-of-bagErrorを指標として学習器を選択する。搭載する学習器は高度なパラメータ調整を一般には必要とするが、自動探索装置はパラメータを機械学習にて調整するため、高い汎化力を期待できるQSARモデルが自動構築される。第二はデータ融合である。解析対象のデータは、SAR探索遂行時に実測されたアッセイ結果に加え、ChEMBLに収載されているデータを用いて拡張している。ここで、ChEMBLは創薬化学論文の集積体であり、収載データが基準化されているものではない。『基準化されていない』とは、『同一化合物であっても、アッセイ条件等の相違により、異なる数値として活性値が収載されている』ことを意味する。例えば、FXa阻害剤の先駆たるDX-9065a[10]では21件のアッセイ結果が登録され、Ki値として741nM、IC50値としてnのデータ範囲となっている。そこで、データ融合により基準化されていない影響を緩和させている。なお、本稿におけるChEMBL由来のデータはver.20より取得し、筆者によるデータクレンジングを経た。そのため、実収載値とは細において一致しない可能性があることを付記しておく。そして第三は転移学習である。転移学習では、課題の解決に重要なデータを加重することで予測精度の向上を図る。端的な例を挙げる。前述のFXa阻害剤は、酵素のS1ポケットに存在するAsp189とイオン対相互作用を形成するアミジン構造を有する群と、アミジン構造を有さない群に大別される。アミジン構造を有さない新規化合物のQSAR解析を実施する際には、後者を重視する方が精度の高い予測結果を与えると直観的に理解できるであろう。これらの方法による結果の一例を表1に示す。トレーニングデータはChEMBLに収載されているFXa阻害剤群(N=6,200)である。テストデータは同データベースに未収載の論文[11]に記載される化合物群とし、汎化力の検証とした。標準的なQSAR(表1,Run1-3)と比較し、データ融合(表1,Run4)や転移学習(表1,Run5)を用いた際に、汎化力の向上が確認できる。表1:強化型QSARによる予測結果の例4.2.新規化合物の構造発生新規化合物の構造発生は、大別して三つの方法を実装する。第一は、構造発生の標準方法と呼べるLewellらによるRetrosyntheticCombinatorialAnalysisProcedure(RECAP)[12]を礎とする。自動合成装置が実行可能な反応に対応する反応辞書と、内包する180万件を超えるビルディングブロックデータベースならびにChEMBL収載化合物群のMMP解析により構築したMMPデータベースを基に網羅的な構造発生を行い、続いて、前節にて紹介したQSARモデルに基づく活性予測により合成対象化合物を選択する。自動探索装置では、自動設計装置と自動合成装置が相互連携しており、自動設計装置は自動合成装置が対応する反応に関して設計を行う。これは即ち、自動探索装置が設計する化合物は、自動探索装置で合成できる実現性が高いことを意味する。第二は、Knowledge-basedDrugDesignに属する、MMSを用いたSAR転送に基づく構造発生である。文献[8]の手法を改変した本法は、二段階で実行される。まず、SARをパターンとして認識し、類似性を指標として情報利用可能な先例報告を検出する。次に、類似する先例にて獲得された帰結結果、つまり、特性改善をもたらした部分構造を代替構造として推薦する。ここで、SARが類似するとは、解析対象とするリガンドの局所部位が占有する蛋白ポケットの環境が類似していることに基づくと解釈できる。つまり本法は、蛋白ポケット局所の類似性を非明示的な媒介とし、異なる標的生体分子のリガンド情報を活用できる可能性を秘める。これら二つの構造発生方法は、一定数の実測結果が得られている場合にのみ実行可能である。しかしながらSAR探索においては、起点化合物が単独という事例も存在する。かような事例における初期SARの取得を目的とし、MMPの共起頻度解析に基づく構造発生を第三の方法として実装する。投稿準備中のため詳細は伏せるが、本法は、ToplissTree[13]の現代版の如く、任意の入力化合物を構成する部分構造に対応して、創薬化学にて頻出する代替構造群を推薦する。なお、構造発生の際には、化合物の新規性に関して自動検出する。現時点の仕様では、ChEMBLに対する一致検索を自動実行する。今後、特許出願を収載するSureChEMBL[14]を検索対象に追加する計画であり、公知化合物の検出に対する機能強化を図る。4.3.構造発生した化合物の合成経路解析自動探索装置は、構造発生した化合物群に関し、自動合成装置が実行可能な反応による合成経路を自動解析する。SyntheticAccessibility[15]と異なり、結果は数値として返されるものではなく、市販品等として入手可能な化合物に至るまでの合成経路を、用いる反応ならびに経由する中間体と共に明示する。最近報告された合成経路解析プログラム[16]とも趣旨を異とし、目的化合物そのものに至るために適切な合成経路ではなく、目的化合物に関するSAR情報を取得するために適切な合成経路を解析する。両者は評価関数を異とする。以下に詳しく述べよう。一般に、化合物の合成経路はグラフとして認識できる。そのグラフは、目的化合物を起点、市販化合物や公知化合物を終点、合成中間体をそれ以外の頂点とする有向グラフとなる。合成経路の解析は、起点から終点に至る到達可能経路から適切な経路を選択する問題として理解できる。前者において『確実な』合成経路を求めるならば、各頂点として存在する化合物に対する類似度や市販品としての入手確度を加重した最短経路として求めれば良い。あるいは、『合成工数の少ない』合成経路を求めるならば、反応収率で加重した最短経路が正解であろう。一方、SAR探索を目的とする合成経路解析では、自動探索装置全体としての運用効率を高めるため、SARを探索する部位の変換工程を可能な限り起点に近づける仕様とする。具体例にて説明する(図4)。化合物Xの合成経路は、文献[5]に依れば青線の経路となる。4-methoxybenzoyl基のSARを探索する際の合成経路も、同じ経路が適切である。しかし、N-methyl基のSARを探索する局面では、前駆体は赤枠に記す化合物が適切であろう。化合物Xに関するSARを探索可能な部位は単段階としても五点存在し、部位毎に合成経路が異なりうる。SAR探索における合成経路解析では、探索局面における情報の収集度に類する指標を勘案した合成経路を選択する必要があり、自動探索装置には、その指標として、既に実施した構造変換の回数や該部位の変換に用いることができるビルディングブロック数等を導入している。図4:合成経路解析の例自動探索装置が実装する合成経路解析は、他にも特徴を有する。その一つである官能基選択性を勘案する経路選択を紹介する。化合物の合成においては、忌避中間体を考慮しなければならない。本稿における忌避中間体とは、反応の障害となる官能基を有する中間体を意味する。例えば、一級あるいは二級アニリンのアミド化反応における、一級あるいは二級アルキルアミンである。また、化学的性質が類する官能基を複数有する非対称な基質も忌避中間体と言える。例えば、4-fluoro-1,2-diaminobenzeneのモノアミド化は制御が難しい。反応の障害となる官能基は、官能基の種毎に一義的に定義されるとは限らず、合成経路に応じて変化する。自動探索装置は経路毎に忌避中間体を検出し、忌避中間体が経路上に存在しない経路を選択する仕様としている。4.4.その他の設計機能本節では、前述の他に自動探索装置が実装する機能として、Pan-affinityEstimation及びSBDDを簡単に紹介する。前者では、ChEMBLに収載される6,000近くの生体分子に対する親和性を機械学習にて類推する。Ro5やPAINS[17]等に基づく標準的な化合物選択の指標に追加することで、研究対象の標的分子に特異的な親和性を示すと期待される化合物の選択を可能にする。SBDDでは、結合様式推定を機械学習により制御する。特にFragment-basedDrugDesignではフラグメントが小さいため、新規設計化合物の結合様式推定の際、フラグメントの向きがフリップする場面に遭遇する。そこで、鋳型複合体における相互作用情報を学習させ、鋳型化合物の結合様式に類するよう新規設計化合物の結合様式を制御している。結合様式の目視選択を自動化していると換言しても良い。本方法に基づいて推定される結合様式は、ドッキングスコアにより選択される結合様式と異なる結果を与える場合があることを確認している。5.自動合成装置本章では、自動探索装置を構成する双璧の一つである自動合成装置について紹介する。自動合成装置は、オートサンプラーならびにフラクションコレクターを実装するフローリアクターを基幹とし、SAR探索における類縁体一群を合成する。フローリアクターは従来のバッチ反応と比較し、(1)運転時間により合成量を制御するため、スケールアップにおける合成検討が不要、(2)精密な温度制御と高速混合により副反応を抑制、という特徴から、プロセス合成(大量合成)における利用が重んじられる。フローリアクターは細い流路を反応場とするため、難溶性化合物に対して適用が難しく、これが本質的な課題である。プロセス合成では生成物の物性を事前把握できるが、SAR探索では新規化合物を合成するため、生成物の物性が予測の域を超えない。ここに、SAR探索にフローリアクターを適用する際の難しさがあるのではないだろうか。そこで、閉塞に対して強化した流路を新規に開発した(図5)。溶解度の低い生成物を与える反応として鈴木反応を用いた検証では、標準的流路では1分程度で閉塞による圧力上昇のため運転停止となる事例でも、新規に開発した流路では10分を超える連続運転が達成された。なお、自動合成装置は多検体合成を主意とするため、異なる試薬が逐次送液される間に、流路を洗浄する工程を挟む仕様としている。従い、同一化合物が長時間にわたり滞留する運転はされず、そもそも閉塞しにくい運用形態であると言えるであろう。さてフローリアクターを用いる場合、従来のバッチ式と異なる反応条件で運転される事例が散見される。これは即ち、フローリアクターの使用そのものに条件検討が必要な場合があることを意味し、SAR探索にフローリアクターを導入写真提供:株式会社中村超硬閉塞対策流路実装試験機図5:自動合成機する障壁と言えるかもしれない。では、創薬化学では如何なる反応が頻出するのであろうか。Brownらに拠れば、アミド化、鈴木反応、SNAr反応のわずか三種で創薬化学におけるProductionReactionの約50%に達するとされる[18]。筆者らは既に、創薬化学論文にて頻出する上位15種のProductionReaction中、80%超に対して自動合成装置が適用可能であることを確認している。近年では市販されるビルディングブロックの充実も目覚しいため、頻出反応に対する適応実績と併せ、創薬化学にて主たる対象となる合成可能空間に広く到達できると筆者は考えている。6.医薬候補化合物自動探索装置の運用本節では、自動探索装置の主な想定運用場面を三つ紹介する。第一は、産学連携の橋渡しである(図6左上)。近年ではアカデミア発創薬への期待が高まり、その一つに、新規創薬標的のアイデア創出をアカデミアが担い、研究後期から臨床開発を産業界が担う構図がある。アカデミアに数多ある創薬標的アイデアの検証役となるツール化合物を潤沢に供給する生産力は、この構図を更に確固とするであろう。自動探索装置はその一翼を担いうる。第二は、リード化合物の増産である(図6右上)。HTSやVSでは一般に、ヒット化合物を複数獲得できる事例が少なくない。しかしながら、その全てに対して充分な研究資源を投入できるとは限らず、優先順位を付与して逐次的に、あるいは、取捨選択して研究を進めていることが現実ではないだろうか。SAR探索の自動化は、優先順位を低位とされたヒットに対する合成展開をも可能とし、結果としてリード化合物を育成する機会を増やすものと筆者は期待している。第三は、大規模スクリーニングの加速である(図6下)。近年では製薬企業のみならず、アカデミアにおいても数十万化合物に達するHTSが実施される。一般には、全化合物のアッセイ終了後に一括して結果を解析する。これを、群別化したライブラリによる段階的運用とすることにより、先行群にて獲得したヒット化合物周辺の合成展開を、後行群のアッセイ中に自動実行させることが可能となる。更に、合成した先行ヒット類縁体のアッセイ中に後行群の合成展開を自動実行させれば、HTS用の強大なアッセイ能力を駆使した創薬研究が遂行可能となる。さて、ここまで本稿を読み進まれた読者の方々が持たれたかもしれない疑問への筆者の見解を述べる。その疑問とは、『自動探索装置は、創薬化学者が思いつかない化合物を創出するか』である。ポイントは『時間』にある。自動探索装置は現在、創薬化学論文六万報超を原データとする百万超のSARから、研究遂行時の事例に適合する先例やルールを検出し反映させ、新規化合物を設計し合成する。ヒトが短時間で同様な対応を実行することは難しく、この意味においては『創薬化学者が思いつかない化合物を創出する』と言えよう。図6:自動探索装置の運用想定例7.おわりに以上、本稿では、医薬候補化合物自動探索装置を紹介した。自動探索装置は、最新の機械化技術を導入しつつ、創薬化学の伝統思考とライフサイエンスで重視される実測主義を併せ持つ。筆者らは、自動探索装置の運用による創薬研究も進めており、新規創薬標的の生体分子に対して親和性を示す新規化合物を、自動で設計し合成するに至っている。現在、自動探索装置が創製した成果物に関する物質特許出願の準備を進めており、自動探索装置は既に実践段階にあると言える。日々開発されている構造発生や解析の方法を継続的に導入し、また、周辺装置群として試薬自動倉庫や自動秤量装置と連携して、自動探索装置は真なる完成を見る。最近、深層学習による自然言語処理を利用した化合物構造の発生方法として、GrammarVariationalAutoencoderが報告された[19]。本法は、従来のLBDD/SBDDやKnowledge-basedDrugDesignとは異なる思想に基づくため、これまでとは異なる新規化合物の提示をもたらすかもしれない。多くの産業界で自動化による革新が進む現在、創薬研究における生産力を極大化しうるプラットフォームの一つとして、医薬候補化合物自動探索装置によるロボット化の意義は大きいと、筆者は期待している。近い将来、創薬化学者による匠とも呼べる精微な設計と合成手技の極致と、ロボットによる莫大な情報の活用と間断無き稼動が協奏する、新たな創薬の時代が拓かれることを願ってやまない。謝辞本研究の一部は、株式会社中村超硬との共同研究にて支援を受けて遂行されました。本研究を支えて下さいました吉武理人様、野村伸志様、大石いずみ様そして紅山容子様に感謝申し上げます。本稿の執筆に関し、貴重なアドバイスを頂きました情報計算化学生物学会会長、片倉晋一様(第一三共ノバーレ株式会社)に深く御礼申し上げます。最後に、本稿執筆の機会を与えていただきましたSARNews関係者の方々に厚く御礼申し上げます。参考文献[1]内閣府,『2017年版高齢社会白書』(2017).[2]古川功治,谷修,野村伸志,石原司,『自律型医薬候補化合物自動探索装置:自動設計と自動合成が融合する高効率な医薬候補化合物探索の幕開け』,日本薬学会第137年会(2017).[3]石原司,『ようこそ、未来の創薬へ:自動設計と自動合成が融合した創薬支援技術の開発』,情報計算化学生物学会2017年大会招待講演(2017).[4]Roehrig,S.,Straub,A.,Pohlmann,J.,Lampe,T.,Pernerstorfer,J.,Schlemmer,K.-H.,Reinemer,P.,Perzborn,E.DiscoveryoftheNovelAntithromboticAgent5-Chloro-N-({(5S)-2-oxo-3-[4-(3-oxomorpholin-4-yl)phenyl]-1,3-oxazolidin-5-yl}methyl)thiophene-2-carboxamide(BAY59-7939): 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