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SARNews No.38

SARNews_38

核酸医薬 低分子、抗体に続く第3のモダリティ 国立医薬品食品衛生研究所 井上貴雄 1. はじめに 近年、製薬業界では創薬標的の枯渇が指摘されているが、その打開策のひとつとして、新規の作用機序で機能する医薬品の開拓が活発化している。核酸医薬品はタンパク質を標的とする従来の医薬品とは異なり、RNAのレベルで生体を制御できる点が大きな特色であり(図1)、原理的にはすべての分子が創薬対象となりうる。この数年で急速に実用化が進み、劇的な治療効果が得られつつあることからも注目を集めており、アンメットメディカルニーズの高い遺伝性疾患や難治性疾患を治療しうる次世代の創薬モダリティとして期待されている。 従来の核酸医薬開発では薬効本体であるオリゴ核酸の生体内における安定性や有効性に課題があったが、修飾核酸技術や薬物送達技術が進展したことで状況は一変しており、局所投与のみならず、全身投与でも高い効果を発揮する候補品が次々に開発されている。核酸医薬品は抗体医薬品と同様に高い特異性と有効性が期待される一方で、低分子医薬品と同じく化学合成により製造することができる。また、核酸モノマーが連結した「オリゴ核酸」という共通の構造を有すること、有効性の高いシーズ(核酸配列)を短期間で取得できること、得られたシーズがそのまま臨床開発品になることなどから、一度開発スキームが完成すれば、創薬標的が変わっても迅速に開発を進めることが可能である。この点は表1に示したmipomersen(商品名:Kynamro?)、inotersen(商品名:Tegsedi?)およびvolanesorsen(商品名:Waylivra?)の3品目が好例である。すなわち、これらの核酸医薬品いずれもアンチセンス医薬開発のリーディングカンパニーであるIONIS社で開発されたRNA分解型のアンチセンスであり、塩基長(20塩基長)、修飾核酸の種類(2′-MOE、S化:後述)、その導入様式(5+10+5 Gapmer:後述)、標的臓器(肝臓)ならびに投与方法(皮下注)は全て同じであり、標的遺伝子に応じてオリゴ核酸の配列を変えるだけで、次々と新しい核酸医薬品が誕生している。今後もこの利点を生かして、核酸医薬開発が加速度的に進んでいくと予想される。 2. 核酸医薬品の分類 核酸医薬品とは一般に、「核酸あるいは修飾核酸が十数?数十塩基連結したオリゴ核酸で構成され、タンパク質に翻訳されることなく直接生体に作用するもので、化学合成により製造される医薬品」を指す。遺伝子治療用製品も核酸で構成されるが、翻訳されたタンパク質が作用する点、生物学的に製造される点で核酸医薬品とは異なる。核酸医薬品は構造、標的、作用機序等の違いから様々な種類が存在するが、「RNAを標的とするか、タンパク質を標的とするか」で整理するとわかりやすい[1](表2)。RNAを標的とする核酸医薬品の中で既に実用化されているものはアンチセンス医薬品とsiRNA医薬品である(表1,表2)。アンチセンス医薬品の標的はpre-mRNA、mRNAならびにmiRNAと幅広く、作用機序についてもRNA分解、スプライシング制御、miRNA阻害と多彩である。これにより、病因となるタンパク質を減少させるだけでなく、機能的なタンパク質を増加させることも可能である。一方、siRNA医薬品はmRNAに特異的であり、病因タンパク質を低減させることで有効性を発揮する。 タンパク質を標的とする核酸医薬品としては、アプタマーとCpGオリゴが実用化されている(表1,表2)。アプタマー医薬品は抗体医薬品と同様に細胞外あるいは細胞表層タンパク質と結合して、その機能を阻害する[2]。CpGオリゴ(CpG oligodeoxynucleotides)はToll様受容体9(TLR9)に作用して自然免疫を活性化させる作用を有する。これまでの実用化例は、B型肝炎のワクチンHEPLISAV-B?に添加されたアジュバントとしてのCpGオリゴ(CpG1018:表1)であるが、近年ではCpGオリゴが抗腫瘍薬等の用途で単剤として臨床開発されている[3]。以降では、開発が特に進んでいるアンチセンス医薬品ならびにsiRNA医薬品に焦点を絞り、その特徴、作用機序、開発動向を概説する。 3. アンチセンス医薬品 3.1 アンチセンス医薬品の特徴 1本鎖オリゴ核酸で構成されるアンチセンス医薬品は、細胞内に存在するRNAと相補的に結合して機能することから、細胞内に移行する必要がある。しかし、アンチセンス医薬品(分子量:5,000-10,000程度)は低分子医薬品(分子量:<500)よりはるかに大きく、また、核酸間のリン酸ジエステル結合に負電荷が存在することから、基本的には生体膜を通過しにくい。この課題に対し、現在臨床開発されているアンチセンス医薬品の多くは、リン酸部のO(酸素原子)をS(硫黄原子)に置換したホスホロチオアート修飾(S化)が施されている(図2(A))。S化されたオリゴ核酸(Sオリゴと呼ばれる)はタンパク質との結合性が向上し、脂溶性も増すことから、細胞膜上のタンパク質を介した細胞親和性ならびに膜透過性が向上する。また、血中タンパク質との結合により血中滞留性が増し、さらにヌクレアーゼ耐性も付与されることから、生体安定性が顕著に改善される。このS化に加えて、アンチセンス医薬品では核酸の糖部にも化学修飾が導入されており、これにより標的RNAとの結合力が大きく向上する(図2(A))。 以上に示したリン酸部と糖部における化学修飾の相乗効果により、アンチセンス医薬品はリポソーム等のキャリアを用いずにそのまま生体に投与され、有効性を発揮する。投与方法としては、局所投与のみならず、皮下注や静注による全身性の投与が可能になっている(表1:投与)。全身投与されたアンチセンス医薬品の体内分布については、各組織の毛細血管の内皮の状態に依存するとされる。内皮に比較的大きな間隙のある肝臓および腎臓では、アンチセンスが毛細血管から組織側に通過しやすいため、全身投与されたアンチセンスが集積する傾向が見られる。 表1に示したように、2019年12月までに承認されたアンチセンス医薬品はfomivirsen(Vitravene?)、mipomersen(Kynamro?)、eteplirsen(Exondys 51?)、nusinersen(Spinraza?)、inotersen(Tegsedi?)、volanesorsen(Waylivra?)、golodirsen(Vyondys 53?)の7品目があり、核酸医薬品の中で最も多く実用化されている。また、臨床試験段階にあるアンチセンス医薬候補品は2018年12月時点で70程度あり、こちらも核酸医薬品の中で最も開発数が多い[4]。疾患分野としては、遺伝性・稀少疾患(26%)とがん(20%)に対するアンチセンスの開発が約半数を占めており、アンメットメディカルニーズの高い領域の開発が先行している。特徴的な点として、神経変性疾患を対象とした開発品が増加傾向にあるが(7%)、これはnusinersen(適応:脊髄性筋萎縮症)およびinotersen(適応:遺伝性異型トランスサイレチンアミロイドーシス)の承認(表1)が、この領域における成功例として認知されたことが一因にあると思われる。 3.2 アンチセンス医薬品の分類と開発動向 これまでに実用化されているアンチセンス医薬品の作用機序はRNA分解型(Gapmer)とスプライシング制御型(SSO:splice-switching oligonucleotide)に大別される(図2(B))。 3.2.1 RNA分解型アンチセンス(Gapmer) RNA分解型アンチセンスでは、オリゴ核酸の両端(Wing領域)にRNAとの結合力が強い糖部修飾核酸(図2(B):オレンジ, 赤)が配置され、中央部分(Gap領域)には糖部が修飾されていないDNA(図2(B):白)が用いられる。このアンチセンスが標的RNAと結合すると、DNA/RNA二重鎖を認識してRNA鎖を切断するRNase HがGap領域に生じたDNA/RNA鎖に結合し、標的RNAを切断する(図2(B):左)。このタイプのアンチセンスは連続したDNAからなる“Gap”領域を有することから、一般に「Gapmer」と呼ばれる。IONIS社が開発した3つの既承認アンチセンス(mipomersen、inotersen、volanesorsen:表1)は、いずれも10塩基のGap領域の両端に糖部2’位が修飾された2′-MOE(図2:オレンジ)が5塩基ずつ配置されたGapmerである。IONIS社の後続品についても、引き続きこの基本骨格(5+10+5=20塩基長, 2′-MOE Gapmer)を持つアンチセンス医薬品が開発されているほか、2′-MOEをより結合力の強い架橋型核酸(cEt)を導入したGapmerやGapmerの末端に組織指向性を付与するリガンドを付加したアンチセンスも開発されている[5]。架橋型核酸は阪大薬の今西、小比賀らが世界に先駆けて開発した修飾核酸であり、図2(A)に示した2′,4′-BNA/LNAがそのプロトタイプである[6](図2:赤)。国内では、有効性、動態、安全性等の観点から2′,4′-BNA/LNAを改良した架橋型核酸が数多く創出されており、これらを用いた高機能化Gapmerの開発が進んでいる[7,8]。 3.2.2 スプライシング制御型アンチセンス(SSO) スプライシング制御型アンチセンスは、スプライシング因子のpre-mRNAへの結合を阻害することで、近傍に存在するエクソンのスプライシング(スプライスイン or スプライスアウト)をスイッチし、フレームシフトを起こした異常RNAの読み枠を正常化する(図2(B):右)。この結果、C末端までが翻訳された機能的なタンパク質を新たに発現させることが可能となり、これにより病態を改善する。既承認核酸医薬の例を図3および図4に示す。デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対するアンチセンス医薬品eteplirsen(図3,表1)は、ジストロフィン遺伝子のエクソン51(図3:オレンジ)をスプライスアウトさせることにより、機能発現に重要なN末端とC末端を保持したジストロフィンタンパク質を発現させる。このスプライシングの変化により、エクソン51をスキップすることになるので、エクソンスキップ療法と呼ばれる。一方、脊髄性筋萎縮症に対するアンチセンス医薬品nusinersenは、神経細胞のアポトーシス抑制タンパク質と考えられているSMN2遺伝子のエクソン7(図4:オレンジ)をスプライスインさせることにより、機能的なSMN2タンパク質を発現させる。こちらはエクソン7を組み込む(インクルード)するので、エクソンインクルージョン療法と呼ばれる。 いずれの場合も、フレームシフトを起こした異常RNAの読み枠を是正することで当該RNAの機能を復活させる手法であるため、アンチセンスには「pre-mRNAを切断しないようにスプライシング因子をブロックする」ことが求められる。したがって、アンチセンスの構造としては、RNase Hの認識部位となるGap領域が生じないように糖部修飾核酸が配置される(図2(B):右)。Nusinersenではすべての核酸に2′-MOE(図2:オレンジ)が導入されている。また、複数の種類の核酸を“Mix”して配置した「Mixmer」と呼ばれるアンチセンスも臨床開発されている。さらに、核酸の糖部をモルフォリノ環に置換した核酸類縁体(モルフォリノ核酸)を用いたスプライシング制御型アンチセンスも開発されている。上述のeteplirsenとごく最近承認されたgolodirsenがその代表例であり(表1)、国内においてもジストロフィン遺伝子のエクソン53を標的したモルフォリノアンチセンス医薬品viltolarsenが国立精神・神経医療研究センター/日本新薬により開発されている[9](日米で承認申請中)。viltolarsenは2020年2月に厚生労働省の薬事・食品衛生審議会医薬品第一部会において承認が了承されており、国内で開発された核酸医薬品の承認第1号となる見込みである。 4. siRNA医薬品 4.1 siRNA医薬品の特徴 2本鎖のRNAから構成されるsiRNAは、分子量がアンチセンス医薬品の約2倍であり(13,000程度)、負電荷も大きくなることから、その膜透過性はさらに低下する。例えば、アンチセンス(1本鎖Sオリゴ)であれば培養細胞にそのまま添加しても、その一部が細胞内に取り込まれてRNA分解等の作用を発揮するが、siRNAについては導入試薬を用いなければ細胞内に入らない。したがって、siRNA医薬品の開発については、基本的に脂質ナノ粒子やポリプレックス、高分子ミセル等の送達キャリアが必要である。アンチセンス医薬品は塩基長や修飾核酸の導入について比較的自由度が高いが、siRNAはRISC(RNA-induced silencing complex)に認識される必要があるため、長さは20塩基長程度に固定され、修飾核酸の導入についてもRISC形成を邪魔しない程度に限定される。 4.2 siRNA医薬品の分類と開発動向 siRNA医薬品の開発動向については、2018年に世界初のsiRNA医薬品patisiran(Onpattro?)が上市され、さらにごく最近、2品目目のgivosiran(Givlaari?)が承認された[10](表1)。いずれもsiRNA医薬開発のリーディングカンパニーであるAlnylam社が開発したものである。このほか、2018年12月時点で50近い品目について臨床試験が行われており、非臨床段階の開発品が大幅に増加している[4]。疾患分野としては、アンチセンス医薬品と同様にがん(26%)、遺伝性・稀少疾患(15%)、眼科疾患(15%)への適応が多い。アンチセンス医薬品については作用機序の観点から分類したが、siRNAの作用機序はRISCを介したmRNA分解に限定される。そこで、ここではsiRNA医薬品の投与法と送達手法の観点から、①局所投与(硝子体内、点眼、吸入、皮内等)、②送達キャリアを用いた全身投与(静注)、③コンジュゲート体の全身投与(皮下注)に分類する。 ①の例としては、田辺三菱製薬がステリック社から導入した糖硫酸転移酵素15(CHST15)mRNAを標的とするsiRNA医薬品STMN01が挙げられ、現在、Phase2の段階にある。STMN01は潰瘍性大腸炎を適応症とし、内視鏡下で粘膜下注射することが想定されている。局所投与については、現状では送達キャリアを用いないケースも多い。 ②については、上述のpatisiranが好例である。patisiranは脂質ナノ粒子に包含されたsiRNA医薬品であり(図5)、静脈内投与により肝臓に到達した後、遺伝性異型トランスサイレチン(ATTR)アミロイドーシスの原因となる変異トランスサイレチン(TTR)のmRNAを切断する。TTRは主に肝臓で発現し、血中に分泌されて機能する蛋白質であるが、TTR遺伝子に特定の変異を有する病態においては、変異TTR蛋白質が繊維状に凝集したアミロイドを生じ、全身の臓器に沈着する。この結果、末梢神経障害、自律神経障害、心筋症等を発症する。patisiranは日本では2019年6月に承認されており、国内においても高い治療効果が得られていることから注目を集めている。 ③については、Alnylam社によるGalNAc-siRNAの開発を契機に注目を集めることとなった(図5(B):コンジュゲート)。GalNAc-siRNAでは2本のRNA鎖のうち、薬効に直接関与しないセンス鎖の3’末端に糖鎖の一種であるGalNAc(N-アセチルガラクトサミン)が付加されている。GalNAcは肝実質細胞の細胞表面に特異的に発現するアシアロ糖タンパク質受容体と強く結合し、エンドサイトーシスされるが、この受容体はエンドサイトーシスとエキソサイトーシスのリサイクリングが活発に行われるため、siRNAが効率よく肝実質細胞に引き込まれる。GalNAc-siRNAでは送達キャリアを用いないため、送達キャリアをバリアとしたヌクレアーゼ回避ができない。したがって、siRNA自体にヌクレアーゼ耐性を付与することが必須となるが、GalNAc-siRNAではRISC形成に影響を与えない範囲で糖部修飾核酸が導入されており、また、オリゴ核酸の末端が部分的にS化されている(図5(A), 図5(B):コンジュゲート)。GalNAc-siRNAについては、2019年11月に米国において急性肝性ホ?ルフィリン症の治療薬であるgivosiranが承認された(標的:γ-アミノレブリン酸合成酵素1(ALAS1)mRNA, 表1)。Alnylam社では、さらに複数のGalNAc-siRNAを臨床開発しており、2019年12月現在、4品目が臨床試験後期の段階にある[11]。脂質ナノ粒子で包まれたpatisiranは時間をかけて点滴(静注)する必要があるのに対し、GalNAc-siRNAは注射(皮下注)が可能という利点がある。Alnylam社が開発しているGalNAc-siRNAの中には、patisiranと同じTTR遺伝子を標的とするvutrisiranも含まれているが、これは臨床現場での利便性(注射剤>点滴剤)ならびに製造・品質管理での優位性を考慮した開発方針と推測される。   siRNA医薬品の開発については、今後も上述の①、②、③の開発が同時に進展していくと考えられるが、③のコンジュゲート体については、各臓器への送達を可能にする「リガンド-受容体」の同定とリガンドをオリゴ核酸に付加するコンジュゲート技術が進展すれば、今後、開発数が増加すると予想される。一方で、②の送達キャリアについても、patisiranの承認により実用化へのハードルが大きく下がった感があり、また、国内外で優れた送達キャリアが開発されつつあることから、今後実用化が大きく加速すると期待される。 5. おわりに 核酸医薬品の開発は世界的に大きく進展しているが、国内においても核酸医薬品に対する取り組みがこの数年で変化してきており、主要製薬企業のほとんどが核酸医薬開発に着手している。上述の解説から御賢察頂けるように、構造活性相関を含め、多方面の研究分野が核酸医薬開発と密接に関連しており、また、低分子医薬やDDSの開発等でこれまでに培ってきた技術/経験を生かして、独創性のある戦略を立てることも可能と考える。「核酸医薬」という大きな潮流に日本の英知を結集して、競争力のある創薬分野に発展することを期待したい。 計算化学を用いたRNAアプタマーの分子設計手法の確立に向けて 日本大学工学部 山岸賢司・吉田尚恵 1. はじめに RNAアプタマーは、標的とするタンパク質に対して高い親和性と特異性により結合することができる一本鎖の核酸分子である。近年、核酸医薬品の一つとして、このRNAアプタマーに注目が集まっている。著者らは計算化学を用いて、RNAアプタマーの構造原理やダイナミクスを原子レベルで明らかとし、RNAアプタマーを論理的に設計する手法の確立を目指し研究を進めている。本稿では、その一端を紹介する。 2. RNAアプタマー 2.1 RNAアプタマーとは RNAアプタマーは、標的とする分子に対して抗体と同等の高い親和性と特異性を持つ[1,2]。一方で、抗原性を示さない点や、化学合成によって製造できる点、乾燥状態で安定に保存できる点など、抗体にはない特性を有している。このことから、RNAアプタマーは、抗体医薬に続く次世代の医薬・診断薬として研究が進められている。 これまでに様々なRNAアプタマーが取得されてきた。例えば、NF-κBに結合するRNAアプタマーは、29塩基から構成され、遺伝子発現の転写を調整する働きを持つことが報告されている[3]。また、トロンビンに結合するRNAアプタマーは、26塩基から構成され、標的タンパク質であるトロンビンに対してKD値が0.5 nMの強さで結合する[4]。結合したRNAアプタマーは、血液凝固を阻害することから、血栓症や塞栓症などの治療や予防に期待されている。フラビンモノヌクレオチドに結合するRNAアプタマー[5]、 およびテオフィリンに結合するRNAアプタマー[6]は、結合に伴い構造変化が起こることを利用して、mRNAやリボザイムにリボスイッチとして組み込まれ、遺伝子発現制御スイッチとして機能する。また、マラカイトグリーンに結合するRNAアプタマーは、結合によりマラカイトグリーンが蛍光特性をもつことを利用して、レーザー光によるRNAの破壊に用いられている[7]。さらに、ヒトの抗体(human Immunoglobulin G: IgG)に結合するRNAアプタマー[8]は、ヒト以外の種のIgGには結合しない高い特異性を持つこと、および溶液中の2価カチオンの有無により、標的タンパク質との結合・解離の制御が可能であることを利用して、抗体医薬品精製のための分離剤としての応用が期待されている。血管内皮細胞増殖因子(Vascular Endothelial Growth Factor: VEGF)に結合するRNAアプタマーは、VEGFと結合することで新生血管の増殖を抑制する機能を持つことから、加齢黄斑変性症に対する治療薬マクジェン(Macugen?)として、アメリカ食品医薬品局により認可された初めてのアプタマー医薬である[9]。 2.2 RNAアプタマーの取得と化学修飾 RNAアプタマーは、試験管内進化(Systematic Evolution of Ligands by Exponential enrichment: SELEX)法によって取得される[1]。この方法では、約1014種類の巨大なRNAオリゴマーのライブラリから、ある任意の標的分子に対して、特異的に結合するRNAオリゴマーが選別される。選別されたRNAオリゴマーは、逆転写酵素によってDNAに戻し、PCR法によって増幅する。この増幅されたDNAを転写し、次の選別に使うRNAオリゴマーのライブラリを構築する。通常、このようなプロセスを十数回程度行うことで、特定の分子に対して高い親和性と特異性を持つRNAアプタマーが取得される。SELEX法により取得されたRNAアプタマーは、生体内ではヌクレアーゼにより分解されやすい。したがって、RNAアプタマーを医薬品として実用化するためには、ヌクレアーゼに対する分解耐性を持たせ、生体内での安定性を高めるため、RNAアプタマーを構成する各ヌクレオチドに対して高度に化学修飾を導入する必要がある。RNAアプタマーに対する化学修飾は、糖部2’位にフルオロ基(2′-F)[10]、アミノ基(2′-NH2)[11]、メトキシ基(2′-OCH3)[12]などが導入される場合が多い。また、糖部の構造を架橋するLNA(Locked Nucleic Acid)修飾やENA(Ethylene-bridged Nucleic Acid)修飾は、修飾を導入したヌクレオチドのパッカリングを完全にC3′-endo構造に固定化し、RNAアプタマーを構成する塩基対を安定化させる[13]。さらに、LNA修飾は生体毒性を引き起こしにくく、安全性も向上することが報告されている[14]。他にもRNAアプタマーの高機能化のために様々な化学修飾が考案されている[15] (図1)。しかし、どの修飾基をどのヌクレオチドに対して導入することが最適であるのか、化学的な根拠に基づく論理的な指針は確立されていない。したがって、RNAアプタマーを設計するためには、考えられるすべての修飾基を導入したRNAアプタマーをひとつひとつ化学合成し、その結合親和性を評価しなければならず、膨大なコストがかかっているのが現状である。この理由から、RNAアプタマーに対する化学修飾のプロセスは、新規RNAアプタマーを設計するうえで最大の課題となっている。そこで著者らは、計算化学を用いてRNAアプタマーの構造原理やダイナミクスを原子レベルで明らかとし、新規RNAアプタマーを論理的に設計する手法の確立を目指し研究を進めている。 3. RNAアプタマーに対する計算化学解析 3.1 フラグメント分子軌道計算によるRNAアプタマーと標的タンパク質との相互作用解析 フラグメント分子軌道(Fragment Molecular Orbital: FMO)計算は、量子化学に基づいてタンパク質などの生体分子の電子状態計算を行う近似法のひとつである。分子を小さなフラグメントに分割し、フラグメント単体(モノマー)とフラグメントペア(ダイマー)について計算を行うだけで、分子全体のエネルギーとプロパティを計算することができる[16-18]。フラグメントに分割しているにもかかわらず、多体効果を効果的に取り込んでいることが理論的にも示されており、通常のab initio法とほぼ同等の計算精度を得ることができる[19]。 FMO計算は、これまで多くのタンパク質に対して適用され、その応用事例も数多く蓄積されてきた。特にFMO計算に基づき算出されるフラグメント間の相互作用エネルギー(Inter-Fragment Interaction Energy: IFIE、またはPair Interaction Energy: PIE)は、分子間相互作用の解析に有効である。FMO計算におけるフラグメント分割位置を変えることで、任意の部位と部位の相互作用を解析することができる[20]。例えば、RNAアプタマーをヌクレオチドごとでフラグメントに分割して計算すれば、RNAアプタマーとタンパク質との分子間相互作用をヌクレオチドごとに解析できる。さらに、相互作用エネルギーは、静電力の寄与が大きな Hartree-Fock (HF)法で計算される部分と、ほぼ分散力の寄与に対応する電子相関の部分に分割して解析することも可能である。このようにFMO計算は、分子設計において利用できる実用的な解析ツールとしての一面も兼ね備えている。本稿では、FMO計算を用いてRNAアプタマーと標的タンパク質との分子間相互作用[21]、およびRNAアプタマーの分子内相互作用[22]について解析した結果について紹介する(図2)。 解析したRNAアプタマーは、ヒトの抗体(human Immunoglobulin G: IgG)に特異的に結合するRNAアプタマーである[8]。24塩基配列で構成され、シチジン(C)、およびウリジン(U)の糖部2’位にフルオロ基(2′-F)が修飾されている(図3)。このRNAアプタマーは、7番目のヌクレオチドの塩基が骨格構造の外側を向いたベースフリップ構造を形成し、正電荷に富んでいない抗体の表面領域に結合する[23-25]。これまで、リン酸基による負電荷を持つRNAアプタマーは、タンパク質の正電荷を持った分子表面としか結合できないと考えられていたが、抗体に結合するRNAアプタマーが取得されたことで、RNAアプタマーは単純な静電的な引力だけではなく、ファンデルワールス力などの非静電的な引力を含む複雑な分子間相互作用によって、タンパク質と強く結合していると考えられるようになった。そこで著者らは、RNAアプタマーの結合メカニズムを理解するため、RNAアプタマーと抗体との間に働く分子間相互作用を、FMO計算を用いて解析した。 3.1.1 RNAアプタマーと抗体との分子間相互作用の解析[21] RNAアプタマーと抗体の複合体構造に対してFMO計算を行い、RNAアプタマーと抗体との分子間相互作用を解析した。FMO計算におけるフラグメント分割では、RNAアプタマーは「リボース-5-リン酸部位」と「塩基部位」の2つの部位に分割し、抗体はアミノ酸ごとに分割した。これにより、FMO計算に基づくフラグメント間の相互作用エネルギー(IFIE)を用いることで、RNAアプタマーと抗体との相互作用を、「リボース-5-リン酸部位-アミノ酸」、および「塩基部位-アミノ酸」という枠組みで求めることができる。本稿におけるFMO計算は、PAICSプログラム[26]を用い、MP2/6-31G**レベルで行った。 まず、RNAアプタマーと抗体との相互作用を、RNAアプタマーのヌクレオチドごとに解析した(図4)。その結果、C22-A24を除くすべてのヌクレオチドのリボース-5-リン酸部位は、抗体と安定な相互作用を示した。特にU6-C8(図4赤)、A15-G17(図4青)、およびA19-U21(図4緑)のリボース-5-リン酸部位は、抗体と強い安定な相互作用エネルギーを示した。これらのヌクレオチドは、塩基部位も抗体と安定な相互作用エネルギーを示しており、これらの3つの領域が抗体と結合に重要であることが明らかとなった。 また、G7ヌクレオチドは「リボース-5-リン酸部位」、「塩基部位」ともに、すべてのヌクレオチドの中で最も強く抗体と相互作用していることが分かった。そこで、FMO計算に基づくIFIE解析を用いて、G7ヌクレオチドの相互作用をより詳細に解析した(図5)。G7のリン酸基とLys340の間に働く静電力は特に強く、RNAアプタマーの結合の駆動力となると示唆される。塩基が骨格構造の外側を向きベースフリップ構造をとるG7の塩基部位は、Arg344の側鎖、およびGly402-Ser403間の主鎖のカルボニル酸素と水素結合を形成することで、塩基のグリコシド結合の回転角χが固定され、Tyr373の側鎖と安定なπ-πスタッキング相互作用、およびGly341とのCH-π相互作用を形成できることが明らかとなった。一般的に、FMO計算におけるフラグメント分割において、i番目のアミノ酸の主鎖カルボニル基は、i+1番目のフラグメントに属するため、G7とGly402-Ser403間の主鎖のカルボニル酸素との相互作用は、Ser403の相互作用として計算される。 3.1.2 RNAアプタマーの分子内相互作用の解析[22] RNAアプタマーの塩基-塩基間の相互作用を、FMO計算に基づくIFIE解析を用いて詳細に解析した。核酸分子において、塩基対の水素結合や塩基の重なりによるπ-πスタッキング相互作用などの塩基-塩基間の相互作用は、核酸分子の固有な立体構造を形成するうえで重要な役割を担っている。図6は、FMO-IFIE解析を用いてRNAアプタマーを構成するすべての塩基-塩基間の相互作用を解析し、エネルギーマップとして図示したものである。赤色は、その塩基間の相互作用が反発し、青色は安定化している。色の濃淡は、濃いほど強く、淡いほど弱いことを示している。図6より、エネルギーマップの対角要素に連続して安定化相互作用が形成されていることが確認できる。これは、塩基の重なりによるπ-πスタッキング相互作用である。連続した4つの部位でスタッキングが形成されている。また、Loop領域では塩基間の相互作用がほとんど形成されていないことがわかる。また、A18は、U6とU9の2つの塩基と安定化相互作用を示している。これはA18がU6、およびU9とUAU-base tripleを形成していることに由来するものであり、base tripleの特徴的な相互作用パターンである。このようにFMO計算を用いた相互作用解析は、構造解析による距離情報だけでは解析することが難しい、塩基ごとの相互作用エネルギーを定量的に算出することができる。 3.2 分子動力学計算を用いたRNAアプタマーの立体構造解析 分子動力学(Molecular Dynamics: MD)計算は、物質系を構成するそれぞれの原子について古典力学に基づくニュートン運動方程式を数値的に解くことにより、位置、速度、エネルギーなどの原子が動く軌跡(トラジェクトリー)を追跡する方法である[27]。MD計算により得られたトラジェクトリーからは、構造の安定性や揺らぎについての情報を得ることができる。現在MD計算は、ペプチドやタンパク質に対して多くの解析例がある一方で、DNAやRNAなどの核酸分子に対する解析例はまだ少ない。本稿では、RNAアプタマーと抗体の複合体に対してMD計算を行い、RNAアプタマーの構造の動的な挙動について、マイクロ秒の時間スケールで解析した結果について紹介する。 ・2価カチオンの存在によるRNAアプタマーの立体構造の動的挙動の解析[28] RNAアプタマーは、多種多様な二次構造を組み合わせることで、特徴的な立体構造を形成することができる。しかし、RNAアプタマーは、リン酸基による負電荷を持つため、立体構造の形成には、2価のカチオンの存在が重要であると考えられている。抗体に結合するRNAアプタマーは、X線結晶構造解析によって、RNAアプタマーの7, 8番目のヌクレオチドと15, 16番目のヌクレオチドの間を架橋するようにCa2+が存在することが明らかとなった[21, 22](図3)。また、水溶液中のCa2+をキレートすると、RNAアプタマーと抗体の結合が解離することが報告された[8, 22, 29]。これらの実験結果から、抗体に結合するRNAアプタマーにおいて2価のカチオンは、標的分子との結合性を変化させてしまうほど、RNAアプタマーの立体構造に影響を与えていると示唆される。そこで本研究では、溶液中のカチオンの存在が、抗体に結合するRNAアプタマーの立体構造に与える影響について、MD計算を用いて解析した。MD計算では、溶液中に2価のカチオンとしてCa2+が存在するモデル(A)と、溶液中にCa2+が存在しないモデル(B)を構築した(図7)。どちらのモデルにもRNAアプタマーのヌクレオチド間を架橋するCa2+はそのまま配置した。2つのモデルに対してAmber力場を用いてMD計算を行い、1500 ns間の構造の経時的変化を計算した。 MD計算によって得られたトラジェクトリーに基づき、初期構造を基準とした重原子のみのRoot Mean Square Deviation(RMSD)を算出した(図8)。その結果、抗体の構造のRMSDは、溶液中にCa2+が存在している溶媒和モデル(A)では、平均値および標準偏差が2.20 ± 0.28 ?であり、溶液中にCa2+が存在しない溶媒和モデル(B)では、1.86 ± 0.19 ?となり、その違いは小さかった(図8左)。すなわち、抗体の立体構造は溶液中のCa2+の存在の有無による影響を受けないと示唆される。一方で、RNAアプタマーの構造のRMSDは、溶液中にCa2+が存在しているモデル(A)では、1.86 ± 0.03 ?であるのに対して、溶液中にCa2+が存在しないモデル(B)では、4.00 ± 0.46 ?となり、Ca2+の非存在下では、RNAアプタマーの構造が初期構造から大きく変化することが分かった(図8右)。すなわち、Ca2+はRNAアプタマーの立体構造の維持に重要な役割を担っていることが示唆された。 次に、時間経過に伴うRNAアプタマーと抗体の重心間の距離の変化を解析した(図9)。 その結果、溶液中にCa2+が存在しているモデル(A)は、平均値および標準偏差が27.37 ± 0.64 ?であり、結晶構造時の二点間距離27.48 ?を維持しているのに対して、溶液中にCa2+が存在しないモデル(B)では、平均値および標準偏差が29.83 ± 0.77 ?となり、200 ns付近を経過するまでに、二点間距離が離れ、以後その状態が続いていた。よって、Ca2+非存在下では、RNAアプタマーは、抗体との結合状態を維持できないことが明らかとなった。 著者らは現在、以上のようなMD計算を配列や修飾が異なる種々のRNAアプタマーに対して行い、修飾基や配列の違いがRNAアプタマーの立体構造にどのような影響を与えるか解析を進めている。このようなRNAアプタマーの構造の動的な挙動は、RNAアプタマーの構造安定性の理解に役立つとともに、新規RNAアプタマーを探索・設計する際の指針になる。また、NMR解析など実験的な手法と相補的に用いることで、RNAアプタマーの立体構造に対する理解が深まると期待される。 4. おわりに RNAアプタマーは新機能性の核酸分子として、医薬・診断薬だけでなく様々な分野で開発が進むものと期待される。RNAアプタマーを実用化するためには化学修飾が必須となるが、RNAアプタマーがどのように標的タンパク質を認識し、高い親和性によって結合するのか、そのメカニズムは明らかとなっていないことが多い。そのため現状では、どのような修飾をどのヌクレオチドに導入するかは、研究者の経験と勘に頼っており、多くの時間と費用が必要である。計算化学を用いてRNAアプタマーの分子設計が可能となれば、RNAアプタマーの設計効率を飛躍的に向上させることができ、画期的なRNAアプタマーの開発につながるものと期待される。 Veritas In Silicoの ibVIS ASO platform を活用した mRNA標的中分子創薬 株式会社Veritas In Silico 髙田 遼平・中村 慎吾 1. はじめに  核酸医薬品 (ここでは、アンチセンスオリゴ医薬品やsiRNAといった、核酸や核酸修飾物で構成されており、標的をmRNAや pre-mRNAとする医薬品を指すことにする) は、1978年に最初の報告が行われて以降、精力的に研究が続けられている。しかし、こうして注目されていながら、なぜ目立った医薬品の創出がないのであろうか。この大きな疑問に対して、Veritas In Silico (以下VIS) は正攻法で臨む体制である。 核酸医薬品の課題とは  ここ 20 年の世界の臨床開発状況を鑑みると、毎年数十個の核酸関連医薬品がパイプラインとして開発がなされている。しかし、2019年末までにようやく約10品目が市場に到達した状態である。数え方にもよるが、「 (第二相試験終了後に) 第三相試験を開始・終了し、申請等を終えて市場に出る」までの確率は、低分子医薬品についてはおおむね40-50%程度であるのに対し、核酸医薬品については8-10%程度にすぎない。つまり、核酸医薬品の最大の課題の一つは、第三相試験において人に大規模に適用してようやく判明する毒性が主要原因であって、より細かくは広義のoff-targetともいえるタンパク質への予測不可能な結合による毒性と、人においては重篤になってしまう核酸医薬品に施された各種化学修飾による化学毒性である。核酸医薬品を世に送り出すための最大の課題の一つは、この臨床後期に判明する毒性を回避することであろう。 1.2 一般的な方向性  こうした背景の中、世界では引き続いて新規の核酸医薬品の研究開発が行われている。すなわち、新たな技術の採用、新製剤方法やリガンド等の工夫によって対象細胞・臓器や細胞内へのデリバリーを可能にするほか、新規の修飾核酸の使用等で対象細胞内での活性を大幅に上げることが期待されている。結果として、新技術によって活性を増強すれば副作用を起こさない濃度で薬効を担保できるというのが一般的な作業仮説である。実際に、その方向性で核酸医薬品の課題は解決されつつあるようにも見受けられる。 1.3 VISの解法 ?ibVIS ASO プラットフォーム技術:シンプルかつ高活性なASOの創出技術  ところで、世界で一社くらい、逆を考えてもよいではないか?  すでに臨床応用されている技術を使った比較的小さい分子量のシンプルなアンチセンスオリゴ医薬品 (以下、ASO) によって、通常期待される核酸医薬品と同等の活性を得ることができれば、核酸医薬品の課題に対してもう一つの解法となるのではないか。すなわち、ASO分子を小さくすることでメリットを享受しつつデメリットを回避することができるのではないか。Phosphorothioate (PS) 結合を例にとる。PS結合とは天然型の核酸に見られるPhosphodiester (PO) 結合の一部をチオエート化 (S化) したものであり、ASOに最もよく使用される修飾の一つである。ASOが潜在的に持つ毒性の原因の一つと考えられている一方で、ヌクレアーゼ耐性の向上、膜透過性の改善等、ASO の性能を大きく引き上げる修飾である[1, 2]ため、ASOへのPS結合への採用は不可避である[3-6]。しかし、ASOの分子量を小さくすること (ASOを短くすること) でモルあたりのPS量を減らせることから、PS由来の化学毒性を減弱させることが期待できる。さらに短いASOほどそもそも生体内物質の何に対しても結合強度が低いと考えると、タンパク質との望まない結合強度も本質的に低くなる。つまり、活性を大幅に上げることだけでなく、(活性が同等程度であっても) 良く知られた従来化学修飾を施しただけの短いASOについても、副作用を引き起こす濃度から主作用を乖離させ、上記の課題を解決できる可能性がある。当たり前の話であるが、短いASOは当然に安価に純度高く製造できることも副次的に好ましい。  実際、VISではこの方向性で最短 12-mer のASOで従来型ASOと同等以上の活性を持つものを取得している。ただし、あまりに短すぎるものはヒト遺伝子に対して完全一致する相補的配列が多くなりすぎるため、狭義のoff-target副作用の点で問題である。しかし、完全一致する相補的配列を排除できる長さでありつつ十分短いASOについても、従来以上の活性があるものは十分発見できる。この試みは、インフォマティクス技術と分子生物学技術を組み合わせた ibVIS ASO プラットフォームを適用することで実時間内に可能となった。ここにその理論と実例の概要を紹介したい。 2. 核酸医薬品を分子標的創薬する – 熱力学的アプローチ  ここから、少し耳慣れないお話をせねばならない。すなわち、データを積み重ねて真理を論じる帰納法的態度での研究がなされることが多い生物学の分野ではあるが、VISでは一部の生物学における真理の探究に熱力学的な考え方(演繹的)も採用している。端的に言えば、熱力学とは、理想気体等の単純な挙動について理解を深め、その理解をよりマクロな現象に慎重に当てはめようとするものだ。細胞はもちろんタンパク質でさえ巨大であって、熱力学的な考え方をそのまま採用することはためらわれるわけだが、VISが創薬標的とするmRNA上の部分構造は十分小さく単純であるので、熱力学的な考え方が適用できる場合も思いのほか多い。本稿の主題であるASOの創薬においても、熱力学的な考え方を適用した理論的なアプローチが大いに手助けとなる。  さて、熱力学的視点に立った場合、短いASOで活性を上げるとして、そもそもASOの「活性」とは何か。活性とは、観測時点までの反応速度についての定積分値である。仮に同じ時点での活性を上げたいとなれば、それまでの反応速度を上げればよいことは自明である。ところで、本反応は多段階反応であるわけだが、その反応速度を上げる際に、熱力学における反応速度論的には律速段階を加速せねばならないとわかる。詳細を省くものの、LNA Gapmer ASOによる遺伝子発現ノックダウンについてのみ言えば、その律速段階はASOとmRNAの二重鎖形成ステップであることが多いと社内研究で分かっている。ここを加速することで全体の反応速度が上がり、つまりは活性を上げることができる。 2.1 遷移状態仮説 – 不安定構造へのASOが主作用のみを増強しうる  律速段階を加速するとは、遷移状態理論によれば、等温下であるならば遷移状態の自由エネルギーを下げることである(より正確には、初期状態から遷移状態への活性化エネルギーΔΔG を小さくする)。一般化された遷移状態理論に基づけば、ASOとmRNAの二重鎖形成ステップを化学反応とみた場合の遷移状態を下げるためには大きく3つの方法論があり (図1の矢印1, 2および3)、現実的にはそのうち2つをとりうる (図1の矢印2および3)。      一つの方法は、二重鎖形成反応終了状態の自由エネルギーを下げること、すなわちASOとmRNA上の標的配列の二重鎖形成時の安定性を高めることである (図2)。これには、GCが多く含まれる配列を標的配列に選ぶことに加え、ASO配列長を長くすることやLNA等の修飾核酸をASOに用いて、ASOとmRNAから生成される二重鎖の安定性を高めることなどが考えられる。ここまで遷移状態理論を考えたうえで行われているかどうかはともかくとして、ASOの活性を上げる試みとして、この「ASOとmRNAから生成される二重鎖の安定性を高める」試みは極めて広く一般的に行われている。しかし、この難点は、作られた ASOは同時に off-target 配列にも十分に強く結合してしまうために副作用の遷移状態も下げることになることから、主作用のみならず副作用までもが亢進してしまうことが避けられないことであろう。      もう一つの方法は、初期状態の自由エネルギーを上げること、すなわち不安定化することである (図3)。これは、mRNA上の不安定な構造中に対してASOの標的配列を求めることで達成されうる。この場合、off-target配列が不安定構造中に存在する可能性は高くないため副作用となる off-target 側の遷移状態は変化せず、結果として主作用を亢進させつつ副作用を抑えることが期待できる。      すなわち、LNA Gapmer ASOに限って言えば、ノックダウンを引き起こしたいmRNA上に不安定構造を探索し、その存在確率を解析して評価することができれば、その箇所をASOの好ましい標的部位構造とすることができる。すなわち、存在確率の高い不安定構造に対して作用するASOは、通常の技術だけを使用した短いASOであっても安定して高い活性を発揮すると仮定できる (作業仮説を置ける)。  この作業仮説から、mRNAの不安定構造内のセンス配列を標的とするASOは、不安定構造が無いところにある標的配列に対しては抑制効果が低いとVIS内では検証されている。実際に一例を示すと、CDIPT遺伝子に対するASOである 0115-14002 は標的である CDIPT mRNA 以外に TMEM130 mRNA にも完全一致標的配列があることがわかっている。しかしながら、CDIPT mRNAの標的配列は不安定構造中に存在しているが、TMEM130 mRNAの標的配列は不安定構造中に存在しないという違いがある (この不安定構造の探索・評価には、下記に示す VIS の独自技術が用いられている)。    この 0115-14002を20 nMでtransfection (以下 TF) した場合、標的配列が不安定構造中にある CDIPT mRNA は約 80% 抑制されるのに対し、標的配列が不安定構造中にない TMEM130 mRNA は約30%の抑制率となった (図4)。すなわち、不安定構造中の配列は確かにASOの標的となると示唆される。つまり、ASOについて主作用を引き起こす標的配列を不安定構造中に求めるのであれば、仮にその他のmRNA上に標的配列と同一の配列(ASOと完全に相補的に結合する可能性がある、もっとも強い副作用が推定されるoff-target配列)が存在していても、それらに対するASOの二重鎖形成速度は主たる標的配列に比して遅く、結果として副作用としてのそれらのmRNA抑制を回避できるという作業仮説は否定されない。この現象は、VISにおいて複数の標的遺伝子において日々実験的に検証され、手法の改良につながっている。それらの基礎には、mRNA中の部分構造の存在確率を解析する手法が必要である。 2.2 不安定構造を標的に – 統計熱力学と絶対反応速度論を応用し、存在確率の高い不安定構造を探索  独自の優位技術として、VISでは、mRNAの局所構造の存在確率を解析し評価する独自システム MobyDickが稼働している。このシステムは統計熱力学と絶対反応速度論を応用したものであり、mRNA上の安定構造だけでなく不安定構造の存在確率も統一的に算出することができる。具体的な解説については、ファルマシア誌 2019年11月号に掲載されたのでご覧いただきたい。 2.3 標的となる不安定構造の存在を実験的に確認する  不安定な構造を実験的に確認するには、計算によって探索された複数の不安定構造に対して、実際に最も効果を発揮すると予想されるASOを用いて細胞実験を行ってみればよい。それによって効果が確認された場合は、不安定構造の存在を確認できたことになる。さらに、確認できた不安定構造について端から端まですべての組み合わせのASOを用いて細胞実験を行うことにより、不安定構造の存在と妥当性について重ねて検証ができる。  特筆すべきは、ASO全長においてこうした「端から端まですべての実験」を行った場合には解釈しにくい結果になるが、確認された標的の不安定構造部位に対する局所集中的な実験においては十分に解釈可能なデータが得られるということである。裏返せば、十分に解釈可能な実験結果が得られない局所については、対象とした標的が存在すると言い切れないとなる。  VISでは、この段階の配列設計では毒性発現モチーフや他の動物種とのホモロジー、off-target 効果は一切考慮しない。それらは、標的構造部位の同定を実験的に確認・検証したのちの最適化ステップにおいて考慮に入れる。 3. 一つの実例  抑制したいmRNAに存在確率の高い不安定構造をVIS独自技術を用いて発見したのちは、後述するWalk-through実験を行ってその不安定構造の存在を確認する。さらに、in silico解析で種間の保存性と狭義のoff-targetを加味してヒット配列を確定する。その後、ヒット配列の化学修飾等を最適化して、開発候補ASOを確定する。このインフォマティクスと実験的手法を組み合わせて、短期間に開発候補ASOを得る総合技術は、ibVIS ASOプラットフォームと呼んでいる。ここでは、弊社内でibVISプラットフォームの一つの柱である、実験的確認法を用いての上記作業仮説の検証のうちから、手術後等の急性腎不全等の治療を目指した、細胞死を抑止する薬剤の開発を目的とした研究の実例を示したい。すなわち、細胞増殖抑制機能を持つp53 mRNAに対する、VIS型のASO創出を紹介したい。 3.1 標的構造の検証と配列最適化  VISにおいては、計算によって存在確率が高いと目される不安定構造を探索し、それを実験的に検証することからASOの配列デザインを開始する。  p53 mRNAについて存在確率の高い不安定構造を予測・解析した結果から、複数の不安定構造候補を選択し、それらの構造にハイブリダイズするようにASO (LNA Gapmer) を設計した。それらのASOを培養細胞に TF し、細胞から回収した全RNA中の標的mRNA レベルを測定することでp53 mRNA抑制効果を測定した。その結果、いくつかのASOは高いp53 mRNAノックダウン効果を示したことから、それらの ASO が標的とする不安定構造が、p53 mRNA中に実際に存在する確率は十分高いと確認された。そこで、注目する不安定構造の1つについて、精査を行った。すなわち、当該不安定構造が 5’-末端にハイブリダイズするように設計したASO1から、3’-末端にハイブリダイズするように設計したASO13 まで 1塩基きざみで調製した。これらを20 nMずつ添加し、改めて培養細胞に TFを行いその効果を確認した (VISでは、Walk-through 実験と呼ぶ)。    ASOの中心が標的mRNAの不安定構造に位置するASO7が最も抑制効果が強く、その配列からずれるに従い抑制効果は弱まっていく傾向にあった (図5)。このように、ある程度のゆらぎはあるものの、不安定構造を中心に持つASOが強いノックダウン活性を持つという傾向は、注目する不安定構造や標的mRNAに関わらず見られる。このように、計算で算出された存在確率の高い不安定構造はこのWalk-through実験を行うことによってその存在を確認できる。また、この段階で、各ASOについてin silico でのヒト配列への off-target配列および実験動物との種間の交差性について調査を行い、調査結果と細胞実験結果を総合的に勘案してヒットASOを選定する。 3.2 最適化ステップ  Walk-through実験で得られた配列を基本とし、抑制効果の向上と膜透過性の向上を目的として化学修飾によるヒットASOの 最適化 (VISでは、Fine-Tuningと呼称) を行った。ASOの化学修飾には様々なものがある。例えば、ヌクレアーゼ耐性と標的 mRNA への結合力を向上させるLNAや 2’-MOE等の糖鎖修飾や、リン酸基の PS化、特定の臓器・組織への移行・集積を目的とした GalNAcや α-Toc等のリガンド付加がある [7-9]。VISでは製造プロセスの効率と生産性も重視した核酸医薬品の創出を目指し、使用実績が豊富で、できるだけ簡素な化学修飾を用いる方針である。また特許権利が満了して供給が安定しており、毒性等の研究データが比較的蓄積されており未知のリスクが少ない、既知の化学修飾を採用している。ここでは、LNA、PS結合を中心に化学修飾による活性への影響を例示する。    ASO7に化学修飾を施した。ASO7塩基間のPS比率を変更することで、細胞実験での対象mRNAのノックダウン効果が向上した (ASO7 vs ASO7_1。ASOは、20 nMを使用。図6)。次に、ASO7_1を中心にLNA数を変更した (ASO7_1_L0~L3) 場合、抑制効果は減弱した。また、LNAを2’-MOEに変更する (ASO7_M) と抑制効果が減弱した。今回の場合、2-10-2 LNA gapmerが最も抑制効果が高かったが、他の標的遺伝子や、同じ標的mRNAでも狙う不安定構造が違うと最適な PS 比率や LNA 比率は異なるというデータも得られている。このように、Fine-Tuningを行うことで、VIS型のASOに最適な化学修飾を探索しASO7_1 へ到達、VISでのASOプラットフォーム技術の適用例として、化合物VN-193を創出するに至った。 3.3 先行品との比較  Fine-Tuning によって得られた抑制効果が強かったものについて、先行品 siRNA (QPI-1002現在、米国にて第三相臨床試験が進行中) との比較を行った。    先行品は 10 nMから抑制効果が頭打ちであったが、VISのASOは濃度依存的に抑制効果を示したため、TF条件下ではVN-193の薬理活性は先行siRNAに匹敵するといえる (図7)。VN-193の製造コストは概算で先行siRNAに比べて8分の1から10分の1であることから、VN-193の競争力は高い。  くわえて、VIS では先行品との比較は TF 条件下だけではなく、Free-uptake (FUT) 法と呼ばれる、培地にASOを添加することで細胞内に取り込ませる方法でも行っている。本方法は抑制効果を示すのに高濃度の ASOが必要なこと、またASOへの長期の暴露が必要なことなどスクリーニングへの実用面に問題があるが、一方で in vivo の効果を反映しやすいという報告もある [10, 11]。VISではFUT法のようなASOを多量に用いる実験でも、ASOの標的部位を不安定構造部分に絞り込むことで集中的に研究を進められるため、スクリーニングに用いることが可能である。以下に、FUT条件下でのVIS型ASOと 先行品siRNAの比較を載せる。    FUT法では、先行品 siRNAはほとんど抑制効果を示さないのに対し、VN-193は暴露後24時間から抑制効果を示し、暴露時間に従って抑制効果が強くなる傾向にあった (図8)。このFUT条件下では、VN-193は、siRNAに比べて圧倒的なパフォーマンスを発揮する。先に述べた Fine-Tuning した ASO の中にも、TF 条件下では抑制効果が同程度であっても、FUT条件下では顕著に差があるパターンが確認されている。VISにおいては、独自のインフォマティクス技術 により結果的に最適化ステップに進めるASO候補 の数を絞ることで研究を集中させ、種々の核酸修飾の評価と、幅広い実験系での検証を迅速に行うことができ、短期間に高活性な開発候補ASOを創出できる。 3.4 off-target 効果の考察 – 安定構造中のミスマッチ配列  一般的には、ASOの設計に際して標的mRNA以外に完全一致配列があることは回避される。しかしながら ASO の標的配列とほぼ同等でASOとの二重鎖形成が否定しきれない配列、具体的には 1塩基違いの配列 (1 塩基ミスマッチ配列)、あるいは 2 塩基違いの配列 (2塩基ミスマッチ配列) などは、量の多少はあれども標的mRNA以外に必ず見つかってしまう。こうしたミスマッチ配列について、それらが不安定構造中になければ抑制効果が無視できることは、理論とデータを示した通りである。  では、ミスマッチ配列が存在確率の高い不安定構造中にあった場合はどうだろうか。言い換えれば、標的以外のmRNAにミスマッチ配列が存在し、かつ、その配列が不安定構造中にある場合である。この条件下では、VIS型ASOとミスマッチ配列によって形成される二重鎖の安定性が、対応するmRNAのノックダウン活性を無視できるレベルまで抑えられるかを検証する必要がある。  この疑問に答えるべく、VN-193 の標的配列に対し最も副作用が懸念されるミスマッチである GU wobble塩基対を形成するようにASO配列を変更したミスマッチASOを用いて、p53 mRNAの抑制活性を測定した。GU wobble塩基対とは、通常GCおよびAU間で形成されるWatson Crick型塩基対に似てGU間に形成される安定な塩基対で、Watson Crick型塩基対以外の組み合わせをミスマッチと呼ぶ中で最も安定なミスマッチである [12]。すなわち、GU wobble塩基対を形成するミスマッチ配列は、二重鎖形成の安定性の観点からは完全相補配列に次いでmRNAの抑制効果が発現されやすい配列と言える。これらのことから本実験は、ミスマッチASOにとって、VN-193の標的配列こそが「存在確率の高い不安定構造中にある (最もoff-target効果が出やすい)ミスマッチ配列」となるので、その抑制活性を測定することで一般的にVIS型ASOがミスマッチ配列に対していかなるoff-target効果を示すかを理解する一助となるはずである。具体的にはVN-193の配列中に3箇所存在するA塩基をG塩基に変更し、標的に対して GU wobble 塩基対を形成するようにミスマッチASO を設計し、p53 mRNAに対する抑制効果を測定した。その結果、1塩基ミスマッチを持つミスマッチASO (1-MM: ASO7_2~4) では抑制効果が顕著に減弱し、2塩基以上のミスマッチを持つミスマッチASO (2-MM: ASO7_5~7, 3-MM: ASO7_8)では無視できる程度までに抑制活性が減弱した (図 9)。このことから、VIS の設計方法においても、ASO の基本特性である配列選択性は失われておらず、むしろ必要以上にASOの結合活性を高めないという設計方針から、たとえ最も副作用が懸念されるGU Wobble塩基対のようなミスマッチであっても、2塩基以上ミスマッチであれば抑制活性を引き起こさないことが示唆された。  すなわち、VIS型のASOは塩基配列と共に、標的部位の不安定構造の有無によってon-targetとoff-targetの抑制効果に差をつけることができるため、2塩基以上のミスマッチ配列による狭義の off-target 効果を本質的に回避しうる可能性がある。 4. まとめ  ここに示した例は1例にすぎないが、存在確率の高い不安定構造を標的としたASO創薬は、VISにおいて安定的に高活性ASOを創出できている。逆に言えば、そのことがMobyDick計算法の正しさを示唆している。このように、MobyDick計算結果の妥当性が検証できたことになるので、同時に、存在確率の高い安定構造も精度高く予測できると考える。MobyDick計算による存在確率の高い安定構造の情報は、VISのもう一つの創薬技術であるRNA標的の低分子創薬に活用しており、その成果からもMobyDick計算の妥当性が検証できている。  研究開発費と研究開発期間を圧縮できる中分子創薬は、希少疾患治療へ向く。mRNAの部分構造が関与する生命現象は、関与する分子の局所的な影響こそが大きいため、統計熱力学的な考え方 (理想気体等の素直な挙動をよりマクロな現象に演繹的に適用してもよいとする考え方) が直接適応できる数少ない分子生物学の分野である。VISは、こうした統計熱力学的な考え方に基づいた計算手法を、遷移状態理論と反応速度論にかなう考え方で使うとともに合目的な確認実験を行うことで、実質的なASO最適化手法を実現していることをご紹介した。      第47回構造活性相関シンポジウム開催報告    熊本大学大学院先端科学研究部 杉本 学    元号が改まりました令和元(2019)年12月12日(木)-13日(金)、熊本市民会館(シアーズホーム夢ホール)におきまして、第47回構造活性相関シンポジウム(主催:日本薬学会構造活性相関部会)を開催させていただきました(図1)。本シンポジウムでは、依頼講演8件に加えて、口頭発表18件、ポスター発表45件の合計71件の発表があり、参加者も150名を超えるご参加がありました。加えて、協賛企業3社、広告掲載2社、ブース展示5社(図2)のご協力もいただくことができ、雑で大変おぼつかない運営だったかと存じますが、おかげさまで大変盛大に実施することができました。 まずはじめに、これらをご報告申し上げますとともに、ご参加いただきました皆様、企業各社様に厚く御礼申し上げます。  この度の熊本開催につきまして、中川好秋・前部会長はじめ幹事会の皆様には熊本地震での被害のためにご心配な面が多々あったと存じますが、震災復興への観点から開催地に選定くださいまして、厚くお礼申し上げます。熊本県、熊本市の皆様のご尽力で復興も順調に進み、再開発された市街地にて皆様をお迎えすることができまして、安堵しております。  開催決定後は、大田雅照・現部会長はじめ、事務局、幹事の皆様にも、準備の段階から様々な面でのご支援を賜りました。特に、薬学会との折衝含め大変ご尽力くださいました大田先生はじめ、中川好秋先生、赤松美紀先生、飯島洋先生、前田美紀先生、竹田-志鷹真由子先生、加藤博明先生、田上宇乃先生からは、運営、広報面など、様々な局面でご指導、ご支援を賜りました。高木達也先生にはホームページ作成でご尽力くださいました。また実行委員会の石川勇人先生、研究室学生の皆さん、特にM1の沓脱拓郎君の大きな協力がありました。本シンポジウムにご支援、ご協力くださいました関係者の皆様に、心よりお礼申し上げます。更には、開催直後に労いのお言葉をいただきました寺田弘先生はじめ諸先生にも感謝申し上げます。皆様、誠にありがとうございました。  さて、今回のシンポジウムの実施にあたり、構造活性相関研究の最前線にある様々な研究分野・技術に関するご講演をしていただくことで、構造活性相関シンポジウムの素晴らしさを再認識していただきますとともに、本分野についてまだなじみのない方にも勉強する有用な機会としてご活用いただくべく、講師の先生方にご講演をお願いすることに致しました。  基調講演をいただきました大田雅照先生には、企業とアカデミアでのご研究経験の中で培っておられます創薬研究(医薬品)への強い目的意識と、ご参画になっているスーパーコンピューター利用に関する様々なプロジェクトについてご紹介いただくこと、当分野の現状と将来について高所から包括的にお話しいただける唯一の先生と思い、ご講演をお願いいたしました。ご講演ではAI技術の活用、分子動力学計算の高度利用についてもご講演いただきました。  特別講演の奈良先端大・金谷重彦先生にはケモインフォマティクスとバイオインフォマティクスに関する先端研究をご披露いただくことで、構造活性相関研究の新たな展開につながればと思い、ご講演をお願いしました。先生のご講演、特に過去のお話から、またケモインフォマティクス分野との融合も学術的には重要なのではないかと思いました。同じく特別講演の熊本大・塚本佐知子先生には、海洋生物からの天然物探索と創薬応用に関する実験研究の最先端研究についてご講演いただきました。言うまでもなく天然物創薬は創薬研究の大きな柱の一つであり、In Silico研究を行う研究者にとって、常に最新の知識をもつことが重要と考えた次第です。広野修一先生は、本年3月末で北里大学をご定年になったところではございますが、リガンド設計、たんぱく質-リガンド複合体のIn Silico研究における独創的な技術と研究成果をお持ちの先生ですので、この方面の先端研究をご紹介いただければと思い、特別講演をお願いしました。重要な創薬技術であるドッキング計算やファーマコフォア・デザインについてのお話も大変参考になりました。なお、広野先生におかれましては、本シンポジウムで全体の12.6%にもおよぶ9件ものご発表をいただきました。活発なご研究を賞するとともに、多くの若手研究者、学生さんをご指導になった賜物と思い、実行委員会として「ベスト・プロフェッサー賞」を急遽考案し、賞状を贈呈させていただきました。四題目の特別講演としましては、中川好秋先生にご講演をお願いしました。これは、構造活性相関分野の大きな研究の柱の一つが農薬研究であることを強く意識したためです。中川先生は、実験研究とQSAR手法によるIn Silico研究の両方を上手に組み合わせ、先端研究を精力的に展開しておられる模範的な研究者でおられますので、ぜひ講演をしていただきたく思いました。加えて、中川先生の研究室から多くの人材が育っており、その中から構造活性相関部会を支える幹事の皆様を多数輩出させていることも理由の一つです。当日は、私どもの期待した通りの大変素晴らしいご講演をいただきました。  依頼講演としましては、現在も大変強力な手法であるQSAR手法について、若い参加者の方への教育的な意味合いを込めまして、赤松美紀先生にご講演をお願いしました。第45回シンポジウムの実行委員長で実験研究を中心に研究を進めておられます飯島洋先生からは、構造活性相関研究をご専門とする立場とメディシナルケミストの立場の両方の観点から、構造活性相関研究の現状とこれからの課題について依頼講演としてご講演いただきました。今回の依頼講演のなかで唯一になってしまいましたが、旭化成ファーマの大川和史先生からは、企業での実践的な創薬研究の現状についてご講演いただきました。創薬研究で実践的に活用できる様々なアイディア、ツールを駆使した極めて先鋭的なご研究の一端をしることができ、若い研究者、学生の皆さんにも大きな刺激になったのではないかと思います。また依頼講演の中でFMO計算のような量子化学計算の役割についてもお話をお聞きすることができました。皆様、大変短いご講演時間で申し訳なく思っておりますが、大変内容の濃い、そして教育的で参考になることの多いご講演ばかりでした。  一般の口頭発表、ポスター発表におきましては、上述の依頼講演で触れていただきました分野の様々なご研究、しかも大変個性的で独創性の高い最新研究について、ご発表いただきました。口頭発表の中には、特別講演レベルの内容のご講演も多数いただきました。依頼講演であまりカバーされていなかった自然言語解析関連、データベース開発(構造および電子状態の両方)、機械学習手法、構造発生手法、分子動力学計算、量子化学計算に関する発表も多数ありました。  今回は発表件数が多く、休憩時間が短かったために、ご協力いただきました企業様にも、ごく短時間ではありましたが、ランチョンセミナーとして、ご活動や製品に関する紹介をしていただきました。中には求人のための情報もご提供いただきました。参加者の皆様に有益な情報をご提供くださいまして、誠にありがとうございました。  構造活性相関研究とは、分子の種類・構造と薬理活性、生化学的な活性の相関を研究するものですが、それは医薬品開発や農薬開発を目的とする合目的的研究推進の一環として実施されております。この極めて社会的ニーズの高い研究を推進し、国、世界の発展に貢献するには、優れた研究戦略の立案、手法の開発、手法の高度利用など、多方面での努力が欠かせません。目的が同じ、すなわち同じ志をもつ同士が切磋琢磨する本シンポジウムは他の学会にない熱意と意欲に満ち溢れた学会として、輝きを放ち続けていると思います。新たな技術開発、技術応用を継続的に続け、医薬品開発、農薬開発における重要な貢献をするための研究交流および学習の場として、構造活性相関シンポジウムが更に発展することを、今回の担当者として心より祈念する次第です。  最後になりましたが、厳正な審査の結果、発表者の中から、以下の皆様に優秀講演賞、優秀ポスター賞が授与されることとなりました。受賞者の皆様におかれましては、大変おめでとうございます。今回受賞されなかった皆様も大変素晴らしい発表ばかりでしたので、今後も継続して審査に応募していただければ幸いです。皆様の今後の更なるご発展、ご活躍をお祈り申し上げます。この度ご審査くださいました先生方にも大変お世話になりました。  <優秀発表賞(口頭)> 理化学研究所 千葉 峻太朗 氏 2O-04 「抗原・抗体複合体立体構造に基づく2アミノ酸同時変異戦略による新規抗体創製」 住友化学株式会社 原田 俊幸 氏 2O-05 「フラグメント分子軌道法と機械学習を用いたAuroraキナーゼ阻害剤の活性予測モデル構築」  <優秀発表賞(ポスター)> 岐阜薬科大学 遠藤 智史 氏  1P-27 「アンドロゲン合成酵素を標的とした新規去勢抵抗性前立腺がん治療薬の開発」 横浜市立大学 工藤 崇文 氏  1P-31 「拡張アンサンブル法を用いたビタミンD受容体のアゴニスト/アンタゴニスト活性調節機構の研究」 東北大学 吉留 崇 氏 1P-43 「溶液理論を用いたタンパク質-リガンド複合体における水和の大規模解析」  次年度は東京にて、理化学研究所・本間光貴 実行委員長の下、より盛大で先鋭的なシンポジウムが開催されると思っております。私自身、一参加者として、研究討論、交流に参加したいと思っております。そして、今回ご参加の皆様、今後新しくご参加の皆様にお目にかかれますことを、大変楽しみにしております。  ご関係の皆様におかれましては、今回以上に多数のご参加を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。 第47回構造活性相関シンポジウム 実行委員長  杉本 学